愛八

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愛八(あげはち、あいはち、1874年10月23日 - 1933年12月30日)は、明治時代から昭和初期にかけて長崎県長崎市の丸山で活動した芸妓、民謡歌手。本名は松尾 サダ(まつお サダ)。長崎の民謡の発掘・普及に尽力し、1931年に「長崎ぶらぶら節」や「浜節」などをレコードに吹き込んだことで知られる[1][2]。作家なかにし礼の小説『長崎ぶらぶら節』の主人公のモデルとしても知られる[3]。

芸妓生涯

1874年(明治7年)10月23日、長崎県西彼杵郡日見村(現在の長崎市網場町)に生まれた[1][4]。父松尾甚三郎、母ナカの間に生まれた子は、長女マス、次女サダ(愛八)、品太郎(のち三代治)、スエ、恒次郎の5人の名が伝えられている[5]。

幼少期を過ごした網場は、長崎市街の東方に位置する漁村である。愛八は芸妓となるため丸山の花街に入り、10歳ごろから芸事を学んだとされる。1890年(明治23年)ごろ、長崎丸山の置屋・末吉から、愛次の妹として芸妓のお披露目を行った[5][6]。1891年(明治24年)ごろから長崎の花街・丸山で芸妓として活動した。芸事に秀で、歌唱力にも優れたことで知られ、丸山を代表する名妓の一人となった[1][7]。

愛八は三味線を伴奏に歌う芸を得意とし、長唄、清元、常磐津、端唄など、幅広い邦楽のレパートリーを持っていた。長崎の郷土芸能に通じた芸妓としても知られ、歌唱力と芸事への熱心さによって人気を集めた[1][8]。

相撲を好み、力士や相撲関係者との交流でも知られた。また、困窮する人々への援助を惜しまなかったとする郷土資料がある[7][9]。

民謡の発掘とレコード録音

昭和初期、郷土史家の古賀十二郎と協力し、長崎に伝わる民謡の発掘と普及に取り組んだ。愛八は古老らから歌を聞き集め、古賀とともに歌詞や旋律を検討した。この活動を通じて、長崎の代表的な民謡として知られる「長崎ぶらぶら節」の普及に貢献した[2][10]。また、古賀との協力によって「浜節」を生み出し、長崎の新しい民謡として広めた[11]。1931年(昭和6年)、ビクターレコードから「長崎ぶらぶら節」「浜節」などの民謡を録音したレコードが発売された。録音には「追分」「散財唄」「二上り都々逸」「婚礼唄」なども含まれ、長崎の民謡や芸能を記録した音源として知られている[12]。

私生活

大正末期から昭和初期にかけて、郷土史家の古賀十二郎と協力し、長崎に伝わる民謡の発掘に取り組んだ。なかにし礼の小説『長崎ぶらぶら節』では、愛八が古賀に恋心を抱く人物として描かれているが、長崎楽会による史実との比較では、愛八が実際に古賀に恋愛感情を抱いていたかどうかは不明とされている[5]。

晩年

芸妓としての活動に加え、長崎の歌謡を後世に伝える活動にも尽力した[1]。一方、晩年は経済的に恵まれず、貧しい生活を送っていたとされる。困窮する学生らに金銭的な援助を惜しまなかったという逸話も伝わる。晩年の住まいは長崎検番裏の借家であったとされ、晩年には質素な生活を送っていた[5][13]。

1933年(昭和8年)12月30日、長崎で死去した。享年60。長崎楽会の郷土史資料では、同月25日に脳溢血で倒れ、その5日後に亡くなったとする記述が、小説における愛八の生涯との比較の中で紹介されている。ただし、脳溢血という死因については、独立した医療記録などによる裏付けは確認できない[1][5]。

葬儀は1934年(昭和9年)1月8日、長崎市寺町の浄安寺で営まれた。戒名は「愛誉八池貞水大姉」。墓所は長崎市内の梅園天満宮付近、上小島の丘にあるとされる[5][13]。

また、愛八の妹スエの娘である福富キミは、愛八の養女となった。愛八の死後も、弟の三代治の子孫が位牌を守っていたとされる[5]。

作品における描写

1999年に発表されたなかにし礼の小説『長崎ぶらぶら節』は、愛八と古賀十二郎による長崎の古い歌の発掘を題材としている。同作は第122回直木三十五賞を受賞し、2000年には吉永小百合主演で映画化された[14]。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 “松尾サダ”. コトバンク. 日外アソシエーツ. 2026年10月17日閲覧。
  2. 1 2 “長崎の文化人 〜古賀十二郎〜”. ナガジン. 長崎市. 2026年10月16日閲覧。
  3. ↑ “長崎ぶらぶら節”. 文藝春秋. 2026年10月16日閲覧。
  4. ↑ “愛八の生涯(小説と史実)”. 長崎楽会. 2026年10月16日閲覧。
  5. 1 2 3 4 5 6 7 “愛八の生涯(小説と史実)”. 長崎楽会. 2026年10月17日閲覧。
  6. ↑ “愛八の墓”. 長崎市公式観光サイト「travel nagasaki」. 2026年10月17日閲覧。
  7. 1 2 “広助の丸山歴史散歩”. 2026年10月16日閲覧。
  8. ↑ 人間文化創成科学論叢 第22巻. (2019).
  9. ↑ “愛八の生涯(小説と史実)”. 長崎楽会. 2026年10月16日閲覧。
  10. ↑ “歌で巡るながさき”. ナガジン. 長崎市. 2026年10月16日閲覧。
  11. ↑ “歌で巡るながさき”. ナガジン. 長崎市. 2026年10月17日閲覧。
  12. ↑ “愛八 長崎ぶらぶら節”. ビクターエンタテインメント. 2026年10月16日閲覧。
  13. 1 2 “広助の丸山歴史散歩”. 2026年10月17日閲覧。
  14. ↑ “長崎ぶらぶら節”. 文藝春秋. 2026年10月16日閲覧。

参考文献

  • 日外アソシエーツ『新撰 芸能人物事典 明治〜平成』2010年。
  • 日外アソシエーツ『20世紀日本人名事典』2004年。
  • 長崎楽会「愛八の生涯(小説と史実)」。