段葛

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段葛、二の鳥居付近(2005年11月)。平成の大改修前
段葛、二の鳥居付近(2017年5月)。平成の大改修後
段葛(2005年11月)。二の鳥居側から三の鳥居側を望む
段葛(2019年1月)。平成の大改修後

段葛(だんかずら)は、神奈川県鎌倉市の鶴岡八幡宮へ続く若宮大路の中央に設けられた、二の鳥居から三の鳥居までの一段高い参道である。神奈川県指定史跡であり、若宮大路の一部として鶴岡八幡宮の参道を構成する。若宮大路の一部は国の史跡に指定されており、同時に神奈川県道21号横浜鎌倉線の一部でもある。

段葛は、周囲の車道より高い位置に設けられ、両側を石積みなどで区画した構造を持つ。鎌倉時代に造られたと考えられているが、現在の姿はその後の改修を経て形成されたものである。明治維新後に官有地となったのち、1917年(大正6年)1月に鶴岡八幡宮の境内への編入が許可され、現在は同宮の境内として扱われている[1]。

構造

段葛は若宮大路の中央に設けられた幅約9メートル、高さ約45センチメートルの道で、両側は石積みなどによって周囲の路面と区切られている。一般の道路とは異なる形状を持ち、鎌倉時代に造られたと考えられている。ただし、現存する構造は中世の遺構がそのまま残ったものではなく、近世以降に繰り返された改修によって形成されたものである[2]。

段葛は、鶴岡八幡宮へ向かうにつれて道幅が狭く見える構造を持つ。参道の遠近感を強め、実際の距離よりも長く感じさせる効果があるとされる。この形状は、後世の改修でも踏襲されている。

沿革

1868年の若宮大路。右手奥に三の鳥居が見える。段葛の両側は低い土手で、現在のような石積みは設けられていない

鎌倉時代から近世

段葛は、鎌倉時代には「作道」と呼ばれていた[3]。源頼朝らが鎌倉に居住するようになると、山地を切り開いて宅地を造成し、限られた平地を利用した。これに伴い、雨のたびに土砂や水が若宮大路へ流れ込み、路面がぬかるむ問題が生じた。こうした環境のなかで、周囲の道より一段高い通路が設けられたと考えられている。低湿地に石を置いて整えた道であることから、「置道(おきみち)」と呼ばれたこともあり、特定の身分や高貴な人のための通路だったとする見方もある[2]。

段葛は、かつて一の鳥居から続く参道の一部であった。しかし、横須賀線の建設に伴い、一の鳥居と二の鳥居の間の参道は撤去された。横須賀線は当初、若宮大路と平面交差していたが、のちに立体交差化された。下馬のガードは1910年(明治43年)10月30日に設置されている[4]。

一の鳥居などの大鳥居は、徳川家綱が1668年(寛文8年)に寄進した石造鳥居に始まる。関東大震災(1923年)では鳥居が倒壊し、1936年(昭和11年)に一の鳥居が再建された。一の鳥居を除く大鳥居は、その後、朱塗りの鉄筋コンクリート造りに改められた。境内には、震災で倒壊した鳥居の部材とされる石材も保存されているが、元の鳥居の位置については特定されていない。

近代の植樹と整備

段葛に樹木が植えられるようになったのは明治時代中期とみられる。明治初期の写真には植樹が確認できず、1917年(大正6年)の改修以前には、桜だけでなく梅や松も植えられていたとされる[5][6]。

桜については、1913年(大正2年)3月に国と県から植樹の許可が下り、158本が植えられた[7][8]。以後、段葛は桜並木のある参道として知られるようになった。

戦前の二の鳥居前には青銅製の狛犬があったとする記録があるが、設置時期や撤去の経緯には不明な点がある。1935年(昭和10年)、1938年(昭和13年)、1942年(昭和17年)の写真では狛犬が確認できないため、設置されていたとしても、その期間は限られていた可能性がある[9][10]。1961年(昭和36年)には、コンクリート製の狛犬が奉納された[11]。

1961年から1962年(昭和36–37年)にかけて段葛の改修工事が行われ、従来は土手であった両側に石積みが設けられた。また、木製だった灯籠も石灯籠に改められた[12]。

平成の大改修

2014年(平成26年)10月、段葛の大規模な改修工事が始まり、2016年(平成28年)3月に完成した。完成時の通り初めには、二代目中村吉右衛門らが参加した[13]。

この改修では、石積みがかさ上げされ、路面が舗装された。老木化した桜は植え替えられ、本数は約250本から約180本に減少した。植え込みのツツジも撤去され、石灯籠はLED照明を備えたものに統一された。新しい石灯籠には寄贈者名などが刻まれており、従来の灯籠の寄贈者名や奉納時の表記を残したものもある。

参道を横断する通路も整理され、出入り口の配置が変更された。改修前には若宮大路側に設けられていた防護柵は撤去され、出入り口の階段部分には照明を備えた柱が設けられた。横断通路は互い違いの配置となり、車両が利用できた開口部も通行できなくなったため、段葛の途中での車両の横断やUターンはできなくなっている。

景観

段葛の両側には桜が植えられており、春には桜並木を目当てに多くの花見客が訪れる。平成の大改修後は、桜の木の下にスポットライトが設置され、夜間のライトアップも行われるようになった。

段葛は参道であるため、車両の通行は認められていない。若宮大路では人力車を利用でき、沿道から段葛の桜並木を眺めることもできる。

脚注

参考文献

書籍

  • 『ふるさとの思い出写真集 明治大正昭和:鎌倉』沢寿郎編、国書刊行会、1979年7月。 
  • 『図説鎌倉年表』鎌倉市、1989年1月3日。 
  • 『目で見る鎌倉・逗子の100年』木村彦三郎著、郷土出版社、1992年1月。ISBN 978-4-8766-5035-4。 
  • 『文士の愛した鎌倉』文芸散策の会編、JTB、1997年9月1日。ISBN 4-533-02815-2。 
  • 武部健一『道路の日本史:古代駅路から高速道路へ』中央公論新社〈中公新書2321〉、2015年5月25日。ISBN 978-4-12-102321-6。 
  • 『写真アルバム:鎌倉・逗子・葉山の昭和』いき出版、2014年4月22日。ISBN 978-4-904614-46-4。 
  • 『昭和の鎌倉風景』竹腰眞一写真、冬花社、2014年6月。ISBN 978-4-925236-95-9。 
  • 浅田勁『鎌倉千年の歩み:段葛からのオマージュ』歴史探訪社、2017年1月18日。ISBN 978-4-8021-3044-8。 

雑誌

  • 『鶴岡』NO.123、鶴岡八幡宮社務所内編、2016年6月1日。