減税
減税(げんぜい、英語: tax cut)とは、政府が徴収する税の削減を指す。通常は所得・財・サービスに対して課される税率の引き下げを意味するが、税額控除・所得控除・税法上の優遇措置といった形での実質的な課税軽減も含まれる[1]。
減税の効果は、削減される税の種類によって異なる。中低所得層世帯の可処分所得を増加させる政策は、総消費の拡大を通じて「経済を刺激する」可能性が高い[2]。減税単独では政府の借入を増加させることで経済を押し上げうるが、財政支出削減や金融政策の変更が伴う場合は刺激効果が相殺されることもある[3]。
減税が税収増加をもたらす場合があることについて、経済学者トーマス・ソウェルは次のように説明している。「1920年代に税率が引き下げられた後に実際に起きたことは、生産の増大、雇用の増大、所得の増大、そして税率が引き下げられたにもかかわらず所得増加を背景とした政府の税収増大であった」[4]。クーリッジ政権下では個人所得に対する最高税率が段階的に75%から25%に引き下げられたが、驚くべきことに税収は増加し、富裕層上位1%の税負担割合も上昇した[5]。
種類
[編集]減税は通常、税率の引き下げを指すが、納税額を減少させるその他の税制変更も広義の減税として捉えられる。こうした変更には所得控除・税額控除・非課税措置・調整が含まれ、また税率区分の調整によって高い税率が適用される所得の範囲を間接的に縮小することも減税に含まれる。
| 用語 | 定義 | 例 |
|---|---|---|
| 税率削減 | 課税対象物に対して課される割合の引き下げ。 | 所得税の税率削減は、所得に対して課せられる税の割合を引き下げる。 |
| 所得控除 | 税の対象となる課税物の額の引き下げ。 | 所得税の所得控除は、課税所得の額を引き下げる。 |
| 税額控除 | 納税額そのものの引き下げ。通常は定額。 | 授業料税額控除は、控除額分だけ納税額を引き下げる。還付可能な税額控除もあり、実際の納税額がない場合(控除が所得を上回る場合など)でも控除額が納税者に還付される。 |
| 非課税措置 | 特定の項目を課税対象から除外すること。 | 消費税において食料品が非課税とされる場合がある。 |
| 調整 | 外部要因に基づき課税対象の金額を変更すること。 | インフレ調整により、インフレ率分だけ実質的な納税額が引き下げられる。 |
効果の予測
[編集]減税は一般に、対象となる納税者の税負担を軽減し、税引き後の所得を増加させる。これが個人消費の増加・投資・賃金上昇・長期的な経済成長にどの程度つながるかについては、減税の種類や広義の経済状況によって異なるため、経済学者の間でも意見が分かれている。
個人消費は総需要の大きな構成要素である。総需要の増加は、その他の条件が一定であれば経済成長につながる可能性がある。所得税の減税は、労働・貯蓄・投資に対する税引き後の収益を高め、就労意欲を向上させて経済成長に貢献する。
政府が歳出削減や他の財源確保を伴わずに減税を実施した場合、財政赤字が拡大し、長期的に金利の上昇と民間投資の減少をもたらす可能性がある。また国民貯蓄が減少し、ひいては国家の資本ストックや将来世代の所得の縮小につながる。このため、減税の設計と財源確保の方法が経済成長実現の鍵となる[6][7]。
サプライサイドの減税
[編集]サプライサイド型の減税は、財の価格水準を下げることで需要を高め、資本形成を促進することを目的として設計される。その結果、総供給と総需要がともにシフトする。
法人所得税の減税
[編集]法人所得税の減税は、研究開発(R&D)支出・生産性・産出量に持続的な影響を与え、GDPを拡大させる。ある税制の影響を評価するうえで、R&D支出と技術採用の動向を分析することが重要である[8]。
個人所得税の減税
[編集]全米経済研究所によれば、個人所得税の減税はGDPと生産性に一時的な押し上げ効果をもたらすにとどまり、資本支出・生産性・産出量に大きいが短期的な反応を引き起こすのみで、GDPへの長期的な影響はないとされる。個人所得税減税の効果を評価する鍵は労働利用率にある[8]。
付加価値税の減税
[編集]付加価値税(VAT)は、財・サービスの付加価値に対して課される一般的かつ広範な消費税であり、各段階で分割して徴収される[9]。
VATの引き下げは国の経済に大きな影響を与えうる。短期的な消費喚起や企業投資促進の効果がある一方で、トレードオフも存在する。税率の引き下げは直接的に政府収入を減少させ、公共サービスやインフラに影響を及ぼす可能性がある。しかし適切に管理されれば、長期的な経済成長と財政の安定に貢献しうる。政策立案者は、VAT引き下げの便益と持続可能な収入確保の必要性を慎重に比較衡量しなければならない[10]。
VATの的を絞った引き下げの顕著な例として、英国でCOVID-19パンデミック期間中に実施された措置がある。標準税率が20%から5%に引き下げられ、とくに飲食・宿泊業界に適用された。この引き下げは経営難の事業者を支援し消費を喚起することを目的としたものであった。ただし、VATが引き下げられても供給業者がその恩恵を消費者に直接還元する義務はなく、VATの引き下げが価格に与える影響は不確実なままである。EU規定では軽減税率が認められているが、複数の国が最低基準を上回る水準でVATを維持している[11]。
費用・便益研究
[編集]2017年のIMFワーキングペーパーは、減税の効果に関して三つの主要な要因を示した[12]。
1. 減税は短期的に経済を押し上げることができるが、その効果は一般に税収損失を補填するほど強くはない。
いかなる減税も当初は税収を大幅に減少させる。経済成長による税収増加はこの効果を完全に相殺しない。生じる財源不足は、公的債務の増加・他の増税・歳出削減のいずれかで補填しなければならない。通常、所得税の引き下げは消費税の引き上げで相殺されるが、政府が減税の財源を確保する方法は複数考えられる。
a)歳出削減による場合
公平性と総需要に対する最終的な影響は中立となる。減税で恩恵を受ける者がいる一方、政府が社会保障給付を削減した場合には支出を減らさなければならない者も生じ、経済全体の総厚生は変わらない。
b)政府借入による場合
政府は債券を発行することで収入の損失を補填する場合がある。この補填方法の最終的な結果は経済の状況によって異なる。不況期には借入が総需要の増大につながる可能性がある。好況期には、民間部門が債券購入に資金を充てることで投資資金が減少するクラウディングアウトが生じる可能性もある。
c)好況期の減税による場合
ナイジェル・ローソン財務大臣が1988年に実施した減税は、経済成長期に行われた。この減税はさらなる経済成長をもたらしたが、インフレ率も上昇させ、好景気と不景気の繰り返しにつながった。
d)生産性向上による場合
減税が経済の生産性向上につながれば、経済が数年間安定して成長する場合に限り、税収が逆説的に安定することがある[13]。
2. 減税を直接受けなくても、低所得層が恩恵を受ける場合がある。
中・上流層が減税を受けると、低所得者層が提供するサービスへの支出が増えることが多い。平均的に、富裕層は所得に対してサービスへの支出割合が高い傾向がある。減税によって富裕層の支出が増え、サービスへの需要も増加する。
3. どの層が減税の恩恵を受けるかによって、成長と所得格差の間にトレードオフが生じる。
上流層への減税が低所得層が提供するサービスへの需要を増加させる場合であっても、所得格差と二極化は拡大する傾向がある。低所得層向けの給付付き税額控除は、高所得層向け減税ほど所得格差を縮小させない。一方、中間層を対象とした減税は所得格差と二極化を縮小させる可能性があるが、経済成長への貢献は小さくなる場合がある[14]。
各国の減税政策
[編集]アイルランド
[編集]アイルランドは1980年代末から法人税率の段階的引き下げを進め、2003年以降は法人税率を12.5%に設定している。この税率はOECD加盟国の中で最低水準の一つであり、多国籍企業の欧州本部誘致に大きく貢献した。アップル・グーグル・メタなど米国大手テクノロジー企業がアイルランドに欧州拠点を置く背景に、この低税率政策がある[15]。
しかしアイルランドの低法人税は欧州委員会や他のEU加盟国との間で長年にわたり摩擦の原因となった。2016年、欧州委員会はアイルランドによるアップルへの税制優遇が「違法な国家補助」にあたると裁定し、約130億ユーロの追徴課税を命じた(アイルランドは異議を申し立てたが、2024年に欧州司法裁判所が最終的にこれを支持)[16]。2021年にはOECDのグローバル法人税最低税率合意(15%)にアイルランドも参加を表明し、大企業への最低税率が適用されることになった。
アメリカ合衆国
[編集]アメリカ合衆国における主な減税の例として以下がある。
- 減税・雇用法(2017年)により法人税率が21%に引き下げられ、個人所得税率も改定された。
- アメリカ回復・再投資法(2009年)には400ドルの税額控除・給与税率の引き下げ・勤労税額控除の拡充が含まれていた[17]。
- 2001年経済成長・税制軽減調整法は事業税と投資税を軽減した[18]。
税制は大統領ごとに異なり、大統領はしばしば税制変更を提案するが、法律として成立させるのは議会であり、大統領の提案どおりとなるとは限らない。
ジョン・F・ケネディ
[編集]ジョン・F・ケネディの計画は個人所得の最高税率を91%から65%に引き下げることであったが[19]、暗殺されたため実現しなかった。
リンドン・B・ジョンソン
[編集]リンドン・B・ジョンソンはケネディの構想を支持し、1964年歳入法を通じて個人所得の最高税率を91%から70%に引き下げた[20]。また法人税率を52%から48%に引き下げた。連邦税収は1961年の940億ドルから1968年には1530億ドルに増加した。
ロナルド・レーガン
[編集]ロナルド・レーガンの政策には税制改革が含まれていた。その政権は二つの重要な税法を実施した。まず1981年経済回復税法(ERTA)が経済成長の刺激・投資促進・個人および企業の税負担軽減を目的として実施された。主な措置として、個人所得の最高税率を70%から50%に、キャピタルゲイン課税率を28%から20%に引き下げた。ERTAは当初、連邦税収を減少させた[21]。続いて1986年税制改革法(TRA)がERTAを継承し、さらなる税制の見直しを行った。TRAにより個人所得の最高税率は当初38.5%に、最終的に28%にまで引き下げられた。法人税率も引き下げられ、1988年には法人税率が48%から34%に削減された[22]。TRAはブラケット数を削減することで税制を簡素化した。TRAは効率性と公平性を目指していたが、以前の減税による税収損失を完全には補填できなかった。
1980年代は「レーガン景気拡大」と呼ばれる経済拡大期であった[23]。1983年・1984年・1985年のGDP成長率はそれぞれ4.6%・7.2%・4.2%であった。
税率引き下げが成長に貢献した一方で、連邦準備制度の政策・連邦支出の増加・企業投資といった他の要因も役割を果たした。減税は短期的に財政赤字を悪化させたが、経済拡大により最終的には赤字が縮小した。1986年にピークを迎えた後、連邦赤字は1989年にかけて緩やかに縮小した。
ビル・クリントン
[編集]ビル・クリントンは1993年、財政赤字削減を最優先課題として掲げ、1993年包括財政調整法を成立させた。この法律は増税と歳出削減を組み合わせたもので、最高所得税率を31%から39.6%に引き上げ、法人税の最高税率も引き上げた。財政赤字削減を重視するクリントン政権の姿勢は共和党の多くから批判されたが、1993年以降は財政赤字が急速に縮小し、1998年度には1969年度以来29年ぶりとなる財政黒字を達成した[24]。
一方で1997年には1997年納税者救済法を成立させ、長期キャピタルゲイン税率を28%から20%に引き下げ、一定条件下での住宅売却益の非課税枠設定や児童税額控除の新設を行うなど、中産階級向けの減税措置も取り入れた[25]。クリントン政権期には1990年代の「ニューエコノミー」ブームが重なり、旺盛な税収増によって財政再建が実現したが、増税と財政黒字のどちらが経済成長の原因かについての議論は続いた。
ジョージ・W・ブッシュ
[編集]ジョージ・W・ブッシュの減税は2001年の景気後退への対応として実施された。個人所得の最高税率を39.6%から35%に[26]、長期キャピタルゲイン税率を20%から15%に、配当所得の最高税率を38.6%から15%に引き下げた[27]。
これらの減税は経済を押し上げた一方で、10年間で1.35兆ドルの米国債務を増加させた。これらの減税は主に高所得者層を対象としていた[28]。
バラク・オバマ
[編集]バラク・オバマは大不況への対応として複数の減税策を実施した。
7870億ドルのアメリカ回復・再投資法(2009年)には2880億ドルの減税措置と租税優遇措置が含まれた[29]。税制上の措置としては、給与税2%減税・医療費税額控除・個人所得税400ドル引き下げ・子育て税額控除および勤労税額控除の改善が含まれた。
2013年の財政の崖を回避するため、オバマは個人で年収40万ドル・夫婦で45万ドル未満に対するブッシュ時代の減税措置を延長した。閾値を超える所得には2012年米国納税者救済法に基づき39.6%(クリントン政権期の税率)が適用された[30]。
ドナルド・トランプ
[編集]ドナルド・トランプは2017年に減税・雇用法に署名し、法人税率を35%から21%に引き下げた[31]。
その他の主な変更点には、個人所得税率の引き下げ・標準控除の倍増・州・地方税控除の上限設定・人的控除の廃止が含まれた[32]。
2018年のGDP成長率は0.7%上昇したが、2019年には2017年の水準を下回った。2020年にはGDPが急激に落ち込んだが、これはCOVID-19パンデミックの影響によるものとみられる。
ジョー・バイデン
[編集]ジョー・バイデンは大統領在任中、複数の税制政策を提案した。2025年度予算には、一般市民・低所得層・高齢者向けの減税措置が含まれた。主要な提案の一つは、パンデミック期間中に数百万人の子供を貧困から救済した児童税額控除の拡充版の復活であった。バイデン計画では、6歳以上の子供に3,000ドル・6歳未満の子供に3,600ドルが支給される拡充CTCが盛り込まれた。また年収40万ドル未満の家庭への減税維持を支持した一方、高所得者向け減税の延長には反対した。こうした減税の財源として、法人および富裕層への増税を提唱した[33][34]。
アルゼンチン
[編集]ハビエル・ミレイ
[編集]ハビエル・ミレイの減税政策は、同国の財政構造の転換を目的としたものであった。ミレイは「オムニバス法」と呼ばれる税制改革を提案した。その中心的な柱は最高限界税率の廃止であり、高資産家個人の税負担を2027年までに1.75%から0.5%に段階的に引き下げるものであった[35]。
イギリス
[編集]マーガレット・サッチャー
[編集]マーガレット・サッチャーの政策には複数の減税措置が含まれた。サッチャー政権は所得税率を大幅に引き下げた。最高税率は1979年の83%から1988年までに40%に引き下げられ、基本税率も同期間に33%から25%に低下した。これらの引き下げは、労働・起業・投資の促進を通じた経済成長刺激を目的としていた[36]。所得税減税による税収損失を補填するため、サッチャー政権はVATを8%から15%に引き上げた。増税されたVATは重要な政府財源となった一方、所得税引き下げとVAT引き上げのトレードオフは論争を呼んだ[37]。サッチャーの戦略には法人減税も含まれた。法人税率は1970年代後半の52%から1986年には35%に低下した。こうした引き下げは英国の競争力強化・投資誘致・企業成長の促進を目的としていた。
税率引き下げが経済活動を活発化させた一方で、批判者[38]は恩恵が富裕層に偏ったと主張した。サッチャー在任中に貧困率が上昇し、子供の貧困率は2倍以上に増加した[39]。
トニー・ブレア
[編集]トニー・ブレア政権(1997年〜2007年)は全体として中道的な税制路線をとった。法人税率を33%から28%に段階的に引き下げる一方で、中低所得者向けの勤労税額控除(Working Tax Credit)を大幅に拡充した。ブレア政権は「減税か増税か」という二項対立を避け、税収を維持しつつ再分配の質を改善する方針をとった。ただし任期後半には、いわゆる「スーパーリッチ」への課税強化を求める党内左派との緊張も高まった[40]。
デービッド・キャメロン
[編集]デービッド・キャメロン政権(2010年〜2016年)は、緊縮財政と並行して法人税の段階的引き下げを推進した。2010年の28%から2016年には20%まで低下させ、英国はG7の中で最も低い法人税率の一つを実現した。キャメロン政権はこれを「ビジネス・フレンドリーな英国」の象徴と位置づけ、外国直接投資の誘致を狙った。一方で批判者は、法人税引き下げが恩恵を大企業に集中させる一方、福祉給付の削減により低所得者層への負担が増したと指摘した[41]。また個人所得税の基礎控除を段階的に引き上げ、低所得者層を課税対象外とする方針も進めた。
リズ・トラス
[編集]リズ・トラス首相(2022年9月〜10月)は、就任直後の2022年9月に2022年英国ミニバジェットを発表した。所得税最高税率の45%から40%への廃止・法人税増税計画の撤回・印紙税の削減など、総額450億ポンドに上る大規模減税パッケージが含まれていた。しかし財源の裏付けを欠いた大型減税への金融市場の反応は激烈で、ポンドは対ドルで史上最安値近くまで急落し、英国国債(ギルト)の利回りが急騰した。イングランド銀行は年金基金の連鎖破綻を防ぐため緊急の市場介入を余儀なくされ、最終的にはこれらの減税措置の大半が後継のジェレミー・ハント財務相によって撤回された。トラス首相は就任からわずか45日で辞任し、財政規律なき大型減税の危険性を示す事例として広く引用される[42]。
イタリア
[編集]イタリアは高い公的債務(GDP比130〜150%)と複雑な税制を抱え、歴代政権が税制改革に苦闘してきた。
シルビオ・ベルルスコーニ政権(複数期)は税負担軽減と規制緩和を標榜したが、財政制約から大幅な減税の実現は限定的であった。
ジョルジャ・メローニ首相(2022年〜)は「フラット・タックス」(定率所得税)の拡大を公約の一つとして掲げ、自営業者・フリーランスに適用される定額課税(forfait)の売上上限を引き上げた。フラット・タックスの本格導入は財政コストへの懸念から段階的な実施にとどまっている[43]。
インド
[編集]ナレンドラ・モディ首相(2014年〜)は2019年、法人税率を30%から22%(新設企業は15%)に大幅引き下げた。これはインドの法人税率としては数十年ぶりの大規模な引き下げで、外国直接投資の誘致と国内製造業の競争力強化を目的とした。導入時にインド政府は年間約1.45兆ルピーの税収損失を見込んでいた[44]。
また2017年のGST(物品サービス税)統一も税制改革の一環として位置づけられる。複雑に乱立していた州ごとの間接税を単一の全国統一税に置き換え、二重課税の解消と税制の透明化を図った。
オーストラリア
[編集]ジョン・ハワード
[編集]ジョン・ハワード首相(1996年〜2007年)は2000年、物品サービス税(GST)を10%で導入する大規模な税制改革を実施した。GSTの新設に伴い、卸売売上税など既存の複数の間接税を廃止し、個人所得税の一部引き下げを同時に行った。これにより税制が簡素化された一方で、逆進性への懸念から野党・労働組合から激しい批判を受けた[45]。
またハワード政権は1999年、キャピタルゲイン税改革を実施し、12ヶ月超保有した資産のキャピタルゲインに対する有効税率を半減させた(名目利益の50%のみを課税所得に算入)。この措置は住宅・投資用不動産市場への資金流入を大幅に促し、以後のオーストラリアの住宅価格急騰の一因となったとする見方もある[46]。
スコット・モリソン
[編集]スコット・モリソン首相(2018年〜2022年)は「ステージ3減税(Stage 3 tax cuts)」を立法化した。この計画は2024年7月から施行され、当初は高所得者層(年収12万〜18万豪ドル)に有利な税率区分の簡素化を予定していたが、アンソニー・アルバニージー政権が2024年に計画を組み替え、中低所得者層により多くの恩恵が渡る形に修正した[47]。
カナダ
[編集]スティーブン・ハーパー
[編集]スティーブン・ハーパー首相(2006年〜2015年)は保守的な税制改革を積極的に推進した。就任直後の2006年に連邦消費税(GST)を7%から6%に引き下げ、翌2008年にはさらに5%まで引き下げた。GSTの2段階引き下げは選挙公約として掲げられていたもので、ハーパー政権の最も目立つ減税実績の一つとなった[48]。法人税率も段階的に引き下げ、2012年までに28%から15%とした。また中低所得者向けに「貯蓄非課税口座(TFSA)」を創設するなど、課税の繰り延べ・免除手段を拡充した。
一方でGSTの引き下げに対しては、大多数の経済学者から批判が寄せられた。所得税減税と比較して消費税減税は経済成長促進効果が低く、財政コストが大きいとされたためである。カナダ銀行の元総裁デービッド・ドッジらは所得税減税の方が優先されるべきと主張した[49]。
韓国
[編集]李明博
[編集]李明博大統領(2008年〜2013年)は就任直後から「ビジネス・フレンドリー」路線の下、大規模減税政策を実施した。法人税の最高税率を25%から22%に引き下げ、高所得者向けの所得税も削減した。李政権はこれを「減税を通じた成長(減税成長論)」として打ち出したが、2008年の世界金融危機で財政状況が悪化し、計画の一部は縮小・見直しを余儀なくされた[50]。
尹錫悦
[編集]尹錫悦大統領(2022年〜)は法人税の最高税率を25%から22%に再び引き下げる税制改正を推進した。半導体等の戦略産業への設備投資に対する税額控除も大幅に拡充し、大企業向けで最大25%、中小企業向けで最大35%の控除率を設定した[51]。
旧東側諸国のフラット・タックス
[編集]ソビエト連邦崩壊後の1990年代〜2000年代にかけて、旧東側諸国において「フラット・タックス(一律比例税率)」の導入ブームが起きた。これは累進課税を廃止して全所得に一律の税率を適用するもので、行政コストの削減・節税行動の抑制・経済活性化を目的として導入された。
エストニアは1994年に26%のフラット・タックスを導入した先駆けであり、ラトビア・リトアニア(バルト三国)も続いた。ロシアは2001年に個人所得税を累進課税から13%の一律税率に転換した。プーチン政権のこの措置は申告を適正化する効果があったとされ、税収が増加した[52]。スロバキア・ルーマニア・ブルガリア・モンゴルなど多くの国が2000年代にフラット・タックスを採用した。
フラット・タックスの効果については、格差拡大を懸念する批判と、経済の透明化・就労インセンティブ向上を評価する支持の双方がある。一部の国(スロバキア・チェコ等)では後に累進税率に戻している[53]。
スウェーデン
[編集]スウェーデンは高福祉・高負担で知られるが、1990年代以降は段階的な減税改革を実施している。
フレドリック・ラインフェルト
[編集]フレドリック・ラインフェルト首相(2006年〜2014年)率いる中道右派連立政権は「勤労税額控除(jobbskatteavdrag)」を中心とした減税政策を展開した。この措置は就労への経済的インセンティブを高め、失業給付への依存を減らすことを狙いとしていた。財務省の試算では、政策導入後の就労者数増加が目標を上回ったとされている[54]。また法人税率も28%から22%(のち20.6%)に引き下げられた。
スウェーデンの経験は、高福祉国家においても減税政策が就労促進に有効である事例として経済学者から注目されているが、所得格差の拡大についての懸念も示されている[55]。
スペイン
[編集]スペインは2008〜2013年の深刻な経済危機(スペイン経済危機)後、財政赤字削減を迫られ増税・歳出削減を行った。マリアノ・ラホイ首相(2011年〜2018年)は当初法人税の引き下げを公約としていたが、危機対応として付加価値税を18%から21%に引き上げるなど逆の方向の措置を余儀なくされた。
回復局面では法人税率を30%から25%に引き下げ、中小企業向けに特別優遇税制も設けた。ペドロ・サンチェス首相(2018年〜)は格差是正を掲げて富裕層・大企業への課税強化策を打ち出しているが、連立政権内の調整や議会での立場から大幅な増税は実現していない[56]。
チリ
[編集]チリは1973年のクーデター後、アウグスト・ピノチェト軍事政権下でシカゴ・ボーイズ(ミルトン・フリードマンの理論を学んだ経済学者集団)主導の市場自由化政策が実施された。法人税を大幅に削減し、関税を引き下げ、国営企業を民営化した。1975年から実施された一連の「ショック療法」的改革は短期的に深刻な不況をもたらしたが、1980年代後半には高成長が実現し「チリの奇跡(スペイン語: El milagro chileno)」として知られるようになった[57]。ただしその後の評価は分かれており、インフラ・教育・保健への公的投資の不足や所得格差の拡大を問題視する研究も多い。
1990年代の民政移管後は歴代の中道・左派政権が法人税の段階的引き上げなど「社会的公平性」重視の税制に戻しており、減税・増税が交互に繰り返されてきた。
中国
[編集]中国は計画経済から市場経済への移行過程で大規模な税制改革を繰り返してきた。
1994年の税制改革では、分税制の導入・付加価値税の全国統一・企業所得税の整備が行われ、現代的な税制の基盤が形成された。2008年には内資企業と外資企業に別々に適用されていた企業所得税率を統一し、33%・15%等の複雑な構造から25%の一律税率(ハイテク企業は15%)に簡素化した。この「内外資企業所得税統一」は、外資優遇の廃止と課税の公平化を図るものとして評価された[58]。
2018年には個人所得税の大幅な改革が実施され、基礎控除の引き上げ(3,500元/月から5,000元/月)・各種専項附加控除の新設(子育て・教育・住宅ローン利子等)・税率ブラケットの見直しが行われた。この改革は中低所得者層の実質的な減税として機能した。
また2020年のCOVID-19対応として、中小・零細企業の社会保険料・税負担の大幅な猶予・免除措置が実施された。
ドイツ
[編集]ゲアハルト・シュレーダー
[編集]ゲアハルト・シュレーダーは首相在任中(1998年-2005年)、経済成長の刺激と国際競争力の向上を目的とした大幅な減税政策を実施した。注目すべき措置として、2004年に所得税を10%引き下げる措置を前倒し実施した。この引き下げにより、連邦・州・地方政府の税収は約180億ユーロ減少した。シュレーダーはこの減税の財源として、補助金削減・民営化収入・国家債務の増加という組み合わせを計画した。その目標は経済再生のシグナルを発し、消費者信頼感を高めることであった[59]。一方、ウクライナへのロシアの侵攻を背景に、ロシアとのビジネス・政治的つながりを巡る批判と圧力にさらされた[60]。
アンゲラ・メルケル
[編集]アンゲラ・メルケル政権(2005年〜2021年)は全般として財政規律を重視したが、経済危機への対応として複数の減税措置を実施した。2008〜2009年のリーマン・ショック後には総額500億ユーロを超える経済刺激パッケージを導入し、投資優遇税制の拡充と自動車購入補助金(スクラップ制度)が組み込まれた[61]。2020年にはCOVID-19パンデミックへの対応として1300億ユーロの経済対策を発表し、その目玉として付加価値税を標準税率19%から16%、軽減税率7%から5%にそれぞれ引き下げた(同措置は2021年1月末をもって終了)[62]。この時限的なVAT引き下げが消費刺激効果を持ったかどうかについては、産業界・小売業者が価格への転嫁に一貫性を欠いたことから、経済学者の間で議論が続いた。
日本
[編集]日本においては、戦後の高度経済成長期以降、所得税・法人税・消費税など各税目にわたる減税政策が繰り返し実施されてきた。
シャウプ勧告と戦後税制の基盤(1949年)
[編集]日本の現代税制の原型は、1949年(昭和24年)に提出されたシャウプ勧告(カール・シャウプ博士率いる米国税制使節団の勧告)にさかのぼる。シャウプ勧告は、直接税中心主義・所得に対する応能負担・地方税の独立財源確保を基本原則とした包括的な税制改革案を示した。この勧告に基づき、日本は累進所得税を中心とする申告納税制度を整備し、法人税・地方税の基本的な枠組みを構築した。
シャウプ勧告の精神は「高い累進課税率と広い課税ベース」であったが、その後の政治過程で最高税率の維持と各種控除・特別措置の積み重ねが進み、実質的な税負担構造は複雑化した[63]。
高度経済成長期の減税政策(1950〜70年代)
[編集]高度経済成長期(1955〜73年)において、日本政府は年々拡大する税収を背景に繰り返し所得税の減税を実施した。「自然増収」(経済成長に伴う税収増)を財源として毎年の予算で所得税の課税最低限を引き上げ、基礎控除・配偶者控除・扶養控除を拡大した。この「毎年の所得税減税」は当時の自民党政権の恒例行事となり、国民の可処分所得の向上と内需拡大に寄与した。
法人税についても、企業の成長を支援するため各種租税特別措置(特別償却・準備金等)が整備され、製造業を中心に実質的な税負担軽減が図られた[64]。
中曽根政権と大型間接税論争(1980年代)
[編集]中曽根康弘首相(1982〜1987年)は、所得税の高い累進課税率による勤労意欲の低下と、直接税に偏った税制の不均衡を問題視し、大型間接税(売上税)の導入を試みた。1987年に「売上税」法案を国会に提出したが、中小企業団体・野党・消費者団体の強い反発を受けて廃案となった。この挫折は後の消費税導入に向けた政治的教訓となった。
中曽根政権は一方で所得税・法人税の最高税率引き下げも実施し、1986〜87年の税制改革で所得税の最高税率を70%から60%に、法人税率を43.3%から40%に引き下げた[65]。
消費税の導入(1989年)
[編集]竹下登首相は1989年(平成元年)4月、税率3%の消費税を導入した。これはシャウプ勧告以来最大の税制改革とされ、所得税・法人税・相続税の同時引き下げと組み合わせた「税制の抜本改革」として実施された。所得税の最高税率は60%から50%に、法人税率は42%から40%へと引き下げられた。
消費税の導入は、直接税から間接税へのシフト・税負担の広範な分散・高齢化社会に向けた安定財源の確保を目的としていた。しかし導入当初から「逆進性(低所得者ほど負担が重い)」という批判が絶えず、消費税は以後の税制論争の中心的争点であり続けた[66]。
バブル経済と土地税制(1980年代後半〜1990年代初頭)
[編集]1980年代後半のバブル景気期、地価・株価の急騰を受けて政府は土地への課税強化を図った。1991年には土地保有税として地価税を導入(土地の時価の0.3%)し、土地転がしへの抑制を狙った。これは土地バブルへの対処としての「増税」であったが、バブル崩壊後の1998年に凍結・廃止された。
バブル崩壊後の不況対策として、1990年代を通じて複数回の景気対策が打たれ、法人税の特別減税・所得税の特別控除などの時限措置が繰り返し実施された。
橋本政権の消費税増税と大不況(1997年)
[編集]橋本龍太郎首相は財政再建を目的として1997年(平成9年)4月に消費税率を3%から5%に引き上げた。同時に医療費の患者負担増・特別減税の廃止が重なり、家計への負担増は計9兆円規模に達した。折しもアジア通貨危機が進行していた時期と重なり、日本経済は急速に悪化して1997〜98年の深刻な景気後退を招いた。後にこの増税のタイミングを巡っては「経済回復途上での財政引き締めが景気を腰折れさせた」との批判が定説化し、以後の消費税増税の議論において常に参照される事例となった[67]。
小渕・森・小泉政権の景気対策減税(1999〜2006年)
[編集]小渕恵三首相は1999年、家計の可処分所得向上を目的として所得税・住民税あわせて4兆円規模の恒久的減税を実施した(最高税率を65%から50%、住民税15%から13%)。同時に法人税率も37.5%から30%に引き下げた。
小泉純一郎首相(2001〜2006年)は「聖域なき構造改革」の下で財政再建を優先したため大幅な減税は行わなかったが、住宅ローン控除の延長・株式譲渡益課税の引き下げ(20%から10%への時限軽減)など中産階級と投資家向けの個別減税を積み重ねた。また社会保険料の引き上げが実質的な可処分所得の圧縮をもたらしたため、名目上の税率引き下げと実質的な負担増が並存するという状況となった。
アベノミクスと法人税改革(2012〜2020年)
[編集]安倍晋三政権(2012年〜2020年)が推進したアベノミクスの成長戦略の一環として、法人税率が段階的に引き下げられた。企業の国際競争力強化と投資促進を目的とし、法人税の実効税率は2012年度の約34.6%から2018年度以降は約29.7%まで低下した[68]。法人税引き下げが賃金上昇や設備投資の増加に結びついたかどうかについては議論が続いた[69]。
一方で安倍政権は2014年(平成26年)4月に消費税率を5%から8%に引き上げ、2019年(令和元年)10月にはさらに10%(飲食料品等は軽減税率8%)に引き上げた。消費税の引き上げは社会保障財源確保と財政健全化を目的としていたが、景気への影響から2度にわたり予定より延期されて実施された。
2024年定額減税
[編集]岸田文雄政権は物価高騰への対応策として、2024年(令和6年)6月から定額減税を実施した。納税者本人および配偶者・扶養親族1人につき、所得税3万円・個人住民税1万円の計4万円が控除された。対象は合計所得金額1,805万円以下の者とされた[70]。
総額3.5兆円規模の定額減税については、恒久的な制度改正ではなく一時的な給付的措置にとどまることへの批判もあった。物価高騰に苦しむ低所得者層への直接給付と組み合わせる形で実施されたが、給付事務の複雑さや周知不足から制度の認知度が低かったとも指摘された[71]。
ニュージーランド
[編集]ロジャー・ダグラス(ロジャーノミクス)
[編集]ロジャー・ダグラス財務相は、デービッド・ランギ首相の第四次労働党政権(1984〜1990年)において急進的な市場自由化・規制緩和・税制改革を推進した。一連の改革は「ロジャーノミクス」として知られる。
税制面では、最高所得税率を66%から33%に大幅引き下げ、物品サービス税(GST)を1986年に10%で導入した(後に12.5%に引き上げ)。この改革は経済学者から「ショック療法」的なアプローチと評される一方、失業率の急上昇と格差拡大をもたらしたとする批判もある[72]。
ジョン・キー
[編集]ジョン・キー首相(2008年〜2016年)は国民党政権下で法人税率を30%から28%に、最高個人所得税率を38%から33%に引き下げた。同時にGSTを12.5%から15%に引き上げて財源を確保した。この「税制の組み替え」は、より効率的な税制実現を目指すものとして評価される一方、消費税の逆進性強化への懸念も示された[73]。
フランス
[編集]フランスは第五共和政以来、高い税負担率(GDP比で主要先進国中トップクラス)を維持してきた。歴代政権の減税政策は概して段階的かつ限定的であったが、マクロン政権以降は法人税を中心とした構造的な引き下げが進んでいる。
フランソワ・オランド
[編集]フランソワ・オランド大統領(2012年〜2017年)は当初、富裕層への増税を強く主張し、年収100万ユーロ超に75%の最高税率を導入しようとしたが、憲法院が違憲と判断し断念した。代わりに2014年、企業の社会保険料負担を大幅に軽減する「責任・連帯協定(Pacte de responsabilité et de solidarité)」を導入した。この措置により2016年までに企業の社会保険料・税負担が累計410億ユーロ軽減されると見込まれた[74]。
エマニュエル・マクロン
[編集]エマニュエル・マクロン大統領(2017年〜)は就任直後から大規模な減税・規制緩和路線を打ち出した。最大の施策は富裕税(ISF)の廃止であり、不動産を除く金融資産への富裕税を2018年から廃止し、不動産富裕税(IFI)に転換した。これは「富裕層優遇」との批判を呼び、翌2018年末に勃発した黄色いベスト運動の背景要因の一つとなった[75]。また法人税率を33.3%から2022年までに25%に段階的に引き下げる計画を推進した[76]。さらに個人所得にかかる社会負担金(CSG)を引き上げる一方で、住宅税(taxe d'habitation)を段階的に廃止するなど、税制の組み替えを図った。
ブラジル
[編集]ブラジルは世界でも有数の複雑な税制を持つ国として知られ、企業が税務コンプライアンスに費やす時間は年間約1,500時間に上るとも言われる[77]。
ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ(ルーラ)第三次政権(2023年〜)は、カオス的な間接税制度を統一GSTに替える大規模な税制改革を推進した。2023年12月に憲法改正として成立した同改革は、連邦・州・市の複数の間接税を段階的に統合する計画で、2033年の完全移行を目指している。ブラジルにとって半世紀ぶりとも言われる抜本的な税制改革として注目されている[78]。
ベトナム
[編集]ベトナムでは研究・科学技術関連費用の150%を法人税の計算上控除することが認められており、これは産業の近代化と経済発展を目指す広範な政策の一環として位置づけられる[79]。
ベトナム政府は減税を複数の社会目標の実現手段として活用している。低所得者層の可処分所得向上のほか、教育・環境・医療・雇用促進、さらに農業従事者・宗教団体・地方政治組織に対する租税優遇措置が設けられている。一部の減税措置は適用上限を設けた限定的な形で実施される場合がある(例:電気自動車購入向け税額控除において購入価格の1%かつ上限500ドルの適用制限を設けた事例)。
また、ベトナムでの減税制度の実施にあたっては、地方行政機関への申請と審査が必要とされる場合が多く、承認・拒否・再申請のいずれかの結果が下される。個人が適用税額をゼロとする完全免税を受けるケースも存在し、地域規模の災害・障害・家族の死亡などの特殊事情が発生した際に認められることがある。また、海外に居住・就労するベトナム国民への非課税措置も設けられている。
乗数効果
[編集]税率の引き下げにより、家計の可処分所得が増加する。この可処分所得の一部は支出または投資に充てられ、経済を刺激する。この現象を乗数効果という。乗数効果とは、経済活動に支出された資金と減税または政府支出増加との関係を表すものである。J・ウォレンとF・ライヒリングによる2015年の研究「財政乗数と米国の経済政策分析」は、減税の短期的効果と経済潜在力に焦点を当てた。その結果は、減税または歳出拡大の効果が経済状況に依存することを示した。経済がその潜在力に近く、連邦準備制度がゼロ金利制約を受けていない場合、財政刺激が金利引き上げに凌駕されるため減税の短期的な経済効果は小さい。一方、経済が潜在力から遠くゼロ金利制約下にある場合、財政刺激の効果はより大きくなる。米国議会予算局は、弱い経済での乗数効果の潜在力は強い経済の3倍に上ると試算した。同研究は財政政策をめぐる不確実性の大きさを強調しており、また減税の乗数効果の低位推計と高位推計の間には大きな差異があることを示した。他方、減税よりも政府支出の方が財政政策として信頼性が高いという結論も示した[80]。
減税と生産性
[編集]税率と政府収入の関係はラッファー曲線によってしばしば描写される。税率を継続的に引き上げていくと、ある時点で税収がむしろ減少し始めることが経験的に示されている。これは、政府がより多くの所得を徴収するにつれて個人の就労意欲が低下することで説明できる。曲線の頂点が政府にとっての収入最大化点となる。
ラッファー曲線は、収入最大化点を実際に見つけることが非常に難しいことから、その抽象性ゆえに批判されることが多い。収入最大化点は社会とその選好に大きく依存するが、それ自体が流動的であるにもかかわらず、モデルは税収と税率を一般化して単純化している。また単一の税率と単一の労働供給を前提としている。さらに、税率が高くなると、人々が節税や脱税を通じて課税回避するため、税収が常に連続関数にはならないことを考慮していない。これらの要因により収入最大化点の位置に不確実性が生じる。それでも、ラッファー曲線の理論的基礎は増減税の正当化にしばしば用いられる[81][82]。
減税の根拠
[編集]政府が減税を行う理由として以下のものが挙げられる。
公平性
[編集]金銭はそれを所有する人、特に稼いだ人のものである。政府が徴収する金額を減らすことは公平性の向上につながりうる。しかし、減税が歳出削減によって賄われる場合、主に低所得者層が利用するサービスが削減されることで低所得者層に不均衡な不利益をもたらすという議論もある。低所得者層は納税割合が相対的に低い一方で、こうした歳出削減の影響を受けやすい。
自由主義哲学の観点から、政治哲学者ロバート・ノージックは著作『アナーキー・国家・ユートピア』(1974年)において、強制的な再分配としての累進課税は個人の基本的権利を侵害すると主張した。ノージックによれば、稼いだ収入への課税は強制労働と構造的に同一であり、個人が自分の労働の成果を自由に処分できる権利を制限するとされる。この立場からは、減税は単なる経済政策ではなく、個人の財産権を守るための要請でもある[83]。
比例課税(フラット・タックス)を支持する論者は、垂直的衡平(応能負担)よりも水平的衡平(同一税率の適用)こそが真の公平であると主張する。一定の税率を適用した場合、高所得者は絶対額でより多くを納税するため、累進税と同様に「より稼いだ者がより多く納税する」という結果は生まれる。経済学者ミルトン・フリードマンは、複雑な累進税制よりも単純で低率のフラット・タックスの方が経済効率と公平性を両立できると主張し、多数の控除・優遇措置を持つ複雑な税制が高所得者にとって有利な節税機会を生み出している点を批判した[84]。
税の衡平
[編集]課税における衡平性には主に二つの概念がある。水平的衡平(すべての個人が同じ税負担を負うべきという考え方)と垂直的衡平(「応能負担原則」とも呼ばれ、所得が高い者はより重く課税されるべきという考え方)である。
効率性
[編集]減税は市場の効率性を高めうる。税率を下げることで、高税率の場合よりも効率的な資源配分が可能になる。一般的に、民間主体は政府よりも効率的に資金を使用するとされる。減税によって民間主体がより効率的に資金を活用できるようになる。
経済学の観点から、課税は「超過負担(デッドウェイト・ロス)」と呼ばれる経済的損失を生み出す。超過負担とは、税収として政府に移転されるわけでも納税者の手元に残るわけでもなく、単純に消滅する経済的価値である。限界税率が高いほどこの超過負担は急増し、おおむね税率の二乗に比例することが知られている。したがって、高税率をわずかに引き下げる場合の効率性改善効果は、低税率をさらに引き下げる場合よりも大きい。
また、多数の控除・免除・優遇規定を持つ複雑な税制は、租税回避行動を誘発し、弁護士・税理士・会計士等を使った節税活動という非生産的な経済活動に資源を浪費させる。税制の簡素化と税率の引き下げは、こうした非生産的活動を最小化し、経済主体が本来の生産・投資活動に集中できる環境を整える効果があるとされる。
インセンティブ
[編集]高い税率は一般に就労や投資を抑制する。税によって就労の見返りが低下すれば、労働者の就労意欲が減退するのは当然である[85]。所得に対する税は、従業員が受け取る額と雇用主が支払う額との乖離を生み出す。高い税率は雇用主が低い税率の場合に比べてより少ない雇用を生み出すよう促す。
インセンティブ論拠の重要な柱として、限界税率の引き下げが労働供給を増加させるという実証研究がある。ナダ・エイサとジェフリー・リーブマンの1996年の研究は、米国の勤労税額控除(EITC)の拡充が低所得のシングルマザーの就業率を大幅に高めたことを実証し、税制上の処遇改善が労働参加を促進することを示した[86]。特に二次的稼ぎ手(配偶者・パートタイム労働者)は限界税率の変化に対して弾力的に反応することが多くの研究で示されており、高い税率は家庭内の就労選択を歪める効果がある。
投資インセンティブについても、法人税引き下げや「加速減価償却」・「即時費用化(ボーナス償却)」等の投資促進税制が設備投資・研究開発支出を増加させるという実証研究が存在する[87]。企業が新たな投資から得られる税引き後収益率が高まれば、より多くのプロジェクトが採算ラインを超えて実行可能になり、経済全体の資本蓄積が促進される。
税負担
[編集]税負担とは、法律上の納税者に関わらず税を実質的に負担する責任を指す[88]。米国では2020年の総税負担はGDP全体の16%に相当した[89]。
税負担の転嫁理論によれば、法律上の納税義務者(例えば法人)と実質的な負担者(従業員・消費者・株主)は必ずしも一致しない。法人税の場合、企業は税負担の一部を価格転嫁(消費者への転嫁)・賃金抑制(従業員への転嫁)・配当削減(株主への転嫁)によって処理するとされる。実証研究によってその転嫁割合の推計は幅広く、「労働者が法人税の相当部分を実質的に負担する」とする研究もある[90]。この観点からは、法人税引き下げは企業だけでなく、その企業で働く労働者の実質賃金を改善する効果もありうると主張される。
国際的な租税負担比較では、低税率を採用しつつ高い経済成長と生活水準を実現した国・地域が存在することが知られている。OECDの統計によれば、主要先進国の税収対GDP比は20〜45%の幅があり、同程度の経済発展水準でも税負担の差が大きい。減税論者は「政府規模が小さく税負担が軽い経済ほど、民間部門の活力が増してより高い成長を実現しやすい」と主張するが、この関係は単純な因果関係ではなく、法の支配・財産権保護・インフラ整備等の制度的要因も重要な役割を果たす。
経済成長への実証的効果
[編集]減税政策が経済成長を促進したとされる事例は、歴史上いくつかの経験が減税支持者によって引用される。
ケネディ減税(1964年)
ケネディ大統領が提唱し、ジョンソン政権下で成立した1964年歳入法は、個人所得税の最高税率を91%から70%に、最低税率を20%から14%に引き下げた。当時の経済諮問委員会委員長ウォルター・ヘラーが主導した減税は、1961〜1969年にかけての当時の戦後最長の景気拡大の一因とされ、失業率は1963年の5.7%から1969年の3.5%まで低下した[91]。ケネディは議会での演説の中で、「課税ベースの拡大が税率の低下を相殺し、国家全体の税収は維持される」と論じており、サプライサイド的な論拠を用いた初期の事例として後の減税論者に引用されることが多い。
レーガン減税(1981〜86年)
レーガン政権が実施した2段階の大規模減税(最高税率70%→28%)について、支持者は1983年から1990年まで続いた景気拡大(当時の平時最長記録)の基盤になったと評価する。実質GDP成長率は1983〜89年に年平均4.3%を記録し、民間設備投資は大幅に回復した[92]。批判者は同時期のFRBによる金融緩和・防衛費の急増・石油価格の低下を主要因として指摘し、減税による効果を二次的なものとみなす。財政赤字が大幅に拡大したことも批判の中心にある。
法人税率引き下げと設備投資
実証研究の多くは、法人税率の引き下げが国内の設備投資・研究開発投資の増加と統計的に相関することを示している。特に外国直接投資(FDI)については、税率差が立地選択に顕著な影響を与えることが経済研究で繰り返し確認されている[93]。ただし税率以外の要因(法の支配・インフラ・労働市場・地理的条件)も投資決定に大きく影響するため、減税のみで外資誘致・成長促進の効果を測定することには方法論的な困難が伴う。
国際競争力と資本誘致効果
[編集]グローバル化が進んだ現代経済では、各国の税率の差が企業・資本・高技能労働者の立地選択に大きな影響を与える。低税率を採用した国・地域が外資誘致と高い経済成長を達成した事例は、減税論者が国際競争力強化の根拠として援用する。
アイルランドの低法人税戦略
アイルランドは2003年以降、法人税率12.5%を維持してきた(当時のEU平均の約半分)。アップル・グーグル・フェイスブック(現Meta)等の多国籍IT企業が欧州本社をアイルランドに設置し、同国は1990〜2000年代に「ケルティック・タイガー」と呼ばれる高度成長を経験した。アイルランドの一人当たりGDPはEU平均を大幅に上回るようになり、低法人税政策の経済的メリットが実証された事例として広く引用される[94]。ただし2021年のOECDグローバル最低税率合意(15%)により、2024年から大企業への適用を受け入れた。
東欧フラット・タックスの外資誘致効果
エストニア(1994年にフラット・タックス導入)をはじめ、ラトビア・リトアニア・スロバキア・ルーマニア・ブルガリア等の中東欧諸国は2000年代にかけて低税率・税制簡素化政策を相次いで採用した。特にエストニアは企業の留保利益への課税を行わず分配時にのみ課税するという独自の法人税制を採用し、ヘリテージ財団の経済自由度指数やタックス・ファウンデーションの国際税制競争力指数で継続的に上位に位置している[95]。これら中東欧諸国は旧共産圏からの移行期に税制改革を断行し、外国直接投資の呼び込みに成功したとされる。
シンガポール・香港の低税率モデル
シンガポール(法人税率17%・個人所得税最高22%)と香港(法人税率16.5%・個人所得税最高17%)は、アジア有数の低税率体制を維持しつつ金融・ビジネスハブとして発展し、一人当たり所得はアジア地域でトップクラスに達した。減税論者はこれらを「低税率が経済成長の強力な触媒になりうる」証左として援用する[96]。ただし両地域の成功には地理的優位性・優れたインフラ・法の支配・自由貿易政策など多くの要因が複合しており、低税率のみに起因する成長への貢献を切り分けることは困難である。
ダイナミック・スコアリングと財政への影響
[編集]減税の財政影響を試算する際、従来は「経済主体の行動が変化しない」と仮定する「静的スコアリング」が広く使われてきた。これに対して「ダイナミック・スコアリング(動的スコアリング)」は、減税が経済成長・労働供給・投資等に与える誘引効果を試算に組み込む手法である。
静的スコアリングは減税による税収損失を機械的に計算するため、経済活動の活発化を通じた税基盤拡大の効果を見落とす可能性がある。例えば、税率を10%引き下げることで直接の税収は減少するが、その結果として経済活動が活発化し課税所得が拡大すれば、実際の税収減少は静的試算より小さくなりうる。この「ラッファー効果」が働く水準の税率においては、減税の財政コストは静的試算によって過大評価されているという主張がある。
米国では2015年から米国議会予算局(CBO)および議会合同課税委員会(JCT)が主要財政立法に対してダイナミック・スコアリングを採用している。2017年の「減税・雇用法(TCJA)」の財政試算においても、動的効果を考慮することで税収損失の一部が相殺されると推計された。ただし成長効果の大きさについては経済学者間で見解が分かれており、動的試算に用いる仮定(弾性値・将来の政策対応等)の妥当性は依然として議論の的である。減税論者は動的スコアリングが「経済の現実を反映した正確な試算」と主張するが、批判者は楽観的な仮定による過小評価リスクを指摘する[97]。
減税に対する批判と懸念
[編集]減税政策に対しては、経済学・財政学・社会科学の観点から多角的な批判が展開されている。
財政赤字と公的債務の拡大
[編集]減税は政府収入を直接減少させるため、他の条件が同じであれば財政赤字を拡大させる。この関係は理論的には明白であるが、減税の支持者はしばしば「経済成長による税収増が減税による税収損失を相殺する」と主張する(いわゆる「ダイナミック・スコアリング」)。しかし実証研究の多くはこの主張に懐疑的である。
1981年のレーガン減税後、米国の財政赤字はGDP比で増大した。1980年度に3,370億ドルだった国家債務は1989年度には2兆8,570億ドルに膨れ上がり、8年間で約3.4倍増加した[98]。ジョージ・W・ブッシュ政権期も、クリントン政権が達成した財政黒字が就任初年から消滅し、2001〜2004年の減税によって10年間で1.35兆ドルの追加債務が生じたと試算された。
IMFやOECDの研究は、富裕層向けの大型減税が財政赤字と公的債務を拡大させ、長期的には金利上昇・投資クラウドアウトを通じて経済成長を阻害する可能性を示している[99]。
所得格差の拡大
[編集]多くの経済学者は、特に高所得者向けの減税が所得格差を拡大させると指摘する。減税の恩恵は税負担が大きい高所得者層に偏りがちで、ジニ係数で測定される格差が拡大する傾向がある。
トマ・ピケティ、エマニュエル・サエズ、ステファニー・スタンチェバの2014年の研究は、高所得者への最高税率引き下げが所得格差を拡大させることを20カ国以上のデータで示した。彼らの推計によれば、最適な最高税率(格差拡大なしに経済効率を最大化できる税率)は70〜80%程度と示唆されており、現実の先進国の税率とは大きく乖離している[100]。
米国では1980年代以降、所得上位1%の所得シェアが急拡大しており、この傾向はレーガン減税と時期的に一致している(1980年の約9%から2020年には約20%)。ただし因果関係については技術進歩・グローバル化など他の要因も複合的に作用しているとの見方も多い[101]。
トリクルダウン効果への懐疑
[編集]サプライサイド経済学の核心的命題である「富裕層・企業への減税が最終的に低所得者層にも恩恵をもたらす(トリクルダウン効果)」については、実証的根拠が乏しいとする研究が蓄積されている。
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の2020年の研究は、18の先進国において1965年〜2015年に実施された富裕層向け減税のデータを分析した。その結果、富裕層向け減税は実施後5年間において経済成長にも雇用にも有意な影響を与えなかった一方で、所得格差(上位1%の所得シェア)の拡大と有意に相関していたことが示された[102]。
公共サービスへの影響
[編集]減税が歳出削減で賄われる場合、医療・教育・インフラ・社会保障等の公共サービスが縮小する可能性がある。低所得者層はこれらサービスへの依存度が高いため、減税の直接的恩恵が及ばない一方で歳出削減の打撃を受けるという「二重の不利益」が生じうる。
英国のサッチャー政権期には所得税の最高税率が83%から40%に引き下げられたが、同時期に公営住宅の売却と社会福祉予算の削減が進み、子どもの貧困率が大幅に上昇したとされる[103]。同様の現象は米国のレーガン政権期にも観察された。
逆進性
[編集]消費税(付加価値税)の引き下げは一見すると一般消費者に恩恵をもたらすように見えるが、低所得者ほど所得に占める消費税負担割合が高い(逆進性)ため、消費税率の引き下げによる恩恵の絶対額は高所得者の方が大きい。所得税の引き下げについても同様に、高所得者ほど適用税率が高く減税の恩恵が大きいため、定率での税率引き下げは所得格差を拡大する方向に作用する。
逆進性への対策として、低所得者向けの給付付き税額控除(勤労税額控除)や食料品等への軽減税率適用が多くの国で設けられている。
タックス・インバージョンと税基盤浸食
[編集]法人税引き下げ競争(「底辺への競争」)は、多国籍企業の本社や利益を低税率国に移転するタックス・インバージョンを促進する可能性がある。各国が外資誘致のために法人税率を引き下げ競う構造が生まれ、最終的には全体の法人税収が圧迫される懸念が指摘されている[104]。
OECDが主導する「税源浸食と利益移転(BEPS)」対策は、各国が協調してこうした問題に対処するための国際的な枠組みの整備を目指している。2021年には136カ国・地域がグローバル最低法人税率15%の合意に参加した。
経済学的背景と理論
[編集]サプライサイド経済学
[編集]サプライサイド経済学は、1970〜80年代にアーサー・ラッファー・ロバート・マンデル・ジュード・ワニスキーらによって体系化された経済理論である。その核心的主張は、「減税→労働・投資インセンティブの増大→生産性向上→経済成長→税収増(またはトントン)」というメカニズムにある。
この理論の主要な論拠として:
- 高い税率は就労・起業・リスクテイクへの意欲を損なう
- 税引き後収益率の改善は投資・R&D支出を増加させる
- 経済成長により課税対象(所得・利益・消費)が拡大し、税率を下げても税収が維持・増加しうる
レーガン政権はこの理論を政策の根拠として大規模減税を実施し「レーガノミクス」と呼ばれた。理論を支持する経済学者はその後の1980年代の経済成長をサプライサイド政策の成果と評価するが、批判者は連邦準備制度の金融政策や財政拡張(防衛費増大)の寄与を指摘する。
ジョージ・H・W・ブッシュは1980年の共和党大統領予備選において、レーガンのサプライサイド政策を「ブードゥー経済学(voodoo economics)」と批判した[105]。この表現はその後もポール・クルーグマン(ノーベル経済学賞)をはじめとする経済学者がサプライサイド経済学批判の文脈で広く用いている。
ケインズ経済学と需要側の視点
[編集]ケインズ経済学は、不況期においては需要不足が経済停滞の主因であるとし、減税(特に消費性向の高い中低所得者向け)や政府支出拡大による需要刺激の有効性を支持する。ただし古典的なケインズ政策論は需要刺激としての「財政政策」全般を支持するものであり、减税と政府支出のどちらが刺激効果として優れているかは議論がある。
米国議会予算局(CBO)の推計によれば、同規模の財政刺激を行う場合、政府支出の乗数効果(景気刺激効果)は減税の乗数効果を概ね上回るとされる。特に流動性の罠に陥った状況(ゼロ金利制約下)では、減税よりも政府支出の方が有効と見られている[106]。
現代貨幣理論(MMT)の観点
[編集]現代貨幣理論(MMT)は、自国通貨を発行する国家は財政赤字を過度に恐れる必要がないと主張し、インフレが生じない限りにおいて財政支出(または減税)を拡大できるとする。MMTの立場からは、減税による財政赤字の拡大それ自体は問題ではなく、それが実物経済(インフレ・雇用)に与える影響こそが評価基準となる。
ただしMMTに対してはポール・クルーグマン・ケネス・ロゴフら主流派経済学者から「インフレリスクを過小評価している」との批判が根強い[107]。
ラッファー曲線の定量的研究
[編集]ラッファー曲線の頂点(税収最大化点)を実証的に特定しようとする研究が数多く存在する。
クリスティーヌ・ロマー(オバマ政権の大統領経済諮問委員会委員長)とデービッド・ロマーは、減税(特に所得税)の乗数効果を米国の歴史的データで推計し、税引き前GDPの約3倍の経済効果があると示した[108]。ただしこの効果は主に中低所得者向け減税について成立するものであり、富裕層向け減税では乗数が小さいとも指摘される。
個人所得税の最高税率については、先進国の実証研究から「税収最大化点は70%前後」との推計が複数示されているが(ピケティ・サエズ・スタンチェバ 2014年等)、労働供給弾性値・資本逃避・節税行動の仮定によって推計値は幅広く、コンセンサスはない。
歴史的概観
[編集]19世紀・20世紀初頭
[編集]近代的な所得税は19世紀後半〜20世紀初頭に多くの先進国で導入された。英国では1799年にナポレオン戦争の戦費として所得税が初めて導入されたが、戦後に廃止され1842年に恒久化された。米国では南北戦争の財源として1861年に初めて連邦所得税が導入されたが、1872年に廃止され、1913年の合衆国憲法修正第16条により恒久的な連邦所得税が確立された。
第一次世界大戦(1914〜18年)と第二次世界大戦(1939〜45年)において、主要参戦国の所得税最高税率は劇的に引き上げられた。米国では1944〜45年に最高税率が94%に達した。戦後の1950年代も70〜90%台の最高税率が維持されたが、これは戦争財政の遺産であり、各種控除・免除措置により実質税率は名目税率より大幅に低かった。
1920年代クーリッジ減税
[編集]カルビン・クーリッジ大統領と財務長官アンドリュー・メロンの下、1921〜1928年にかけて米国の最高所得税率は73%から25%に段階的に引き下げられた。この「メロン減税」の結果、1920年代の米国経済は「ジャズ・エイジ」と呼ばれる繁栄を享受した。税収も増加し、当初は財政赤字が縮小した。
この事例は後のサプライサイド経済学者たちが「減税が経済成長と税収増をもたらした歴史的証拠」として頻繁に引用する。ただし1920年代の繁栄は信用拡大と投機に支えられた側面が強く、最終的には世界恐慌(1929年〜)につながったとする見方もある[109]。
戦後の高税率時代と経済成長(1945〜1980年)
[編集]興味深いことに、主要先進国において最高所得税率が非常に高かった1945〜1980年は、多くの先進国が高度経済成長を達成した時期でもある。米国の1950〜60年代は最高税率91%を維持しつつ、年平均4%前後の実質GDP成長率を記録した。これをもって「高税率時代の方が成長率が高かった」と主張する論者も存在するが、この時期の成長は戦後復興・人口ボーナス・技術革新など多くの要因が複合した結果であり、高税率が成長に「貢献した」とまでは言い難い[110]。
1980年代の新自由主義的転換
[編集]1979〜81年のサッチャー(英国)・レーガン(米国)の登場を機に、主要先進国の税制は「累進課税の引き下げと市場への信頼」を特徴とする新自由主義的方向に大きく転換した。この流れは1990〜2000年代にも続き、OECD加盟国の法人税率は1985年の平均47%から2023年には21%台まで低下した[111]。
個人所得税の最高税率についても、1980年代〜2000年代を通じて引き下げが続き、OECDの単純平均で1980年代初頭の約67%から近年には約43〜49%程度まで低下した[112]。
2008年世界金融危機後の潮流
[編集]2008年の世界金融危機後、財政刺激の手段として多くの国が減税(特に消費税引き下げ・給付付き税額控除の拡充)と歳出拡大を組み合わせた対策を実施した。その後の財政再建過程では、一部の国は増税(付加価値税率の引き上げ等)も実施した。
2020年のCOVID-19パンデミック対応では、ドイツのVAT一時引き下げ、英国のホスピタリティ向けVAT引き下げ、日本の定額給付金(事実上の税金還付的性格)など、各国で減税的措置が講じられた。
グローバル最低法人税(2021年〜)
[編集]2021年10月、OECDと先進20カ国・地域(G20)の主導で「グローバル法人税最低税率15%」の合意(BEPS第二の柱)が136カ国・地域の賛同を得て成立した。年間売上7.5億ユーロ超の多国籍企業に対して、実効税率が15%を下回る場合は本国で差額分を徴収するという仕組みであり、法人税引き下げ競争(底辺への競争)に歯止めをかけることが目的とされた[113]。アイルランドも2024年から大企業への15%最低税率適用を受け入れた。
税目別の減税政策
[編集]所得税の減税
[編集]所得税の減税は大きく分けて「税率引き下げ」と「課税ベース縮小(控除拡大)」の二種類がある。
税率引き下げは累進課税の各ブラケットの税率を直接引き下げるものであり、その恩恵は課税ブラケットの高い高所得者に大きく偏る傾向がある。最高税率の引き下げは高所得者の就労・投資インセンティブを高めるとされる一方で、所得格差を拡大するとも批判される。
課税ベースの縮小は基礎控除・配偶者控除・扶養控除などを拡大することで課税所得を減らすものであり、低中所得者ほど実効的な恩恵を受けやすい。また「勤労税額控除」(就労者向け税額控除)は就労インセンティブを高める効果があるとして、英国・米国・日本など多くの国で採用されている。
法人税の減税
[編集]法人税の減税については、国際競争力・投資促進・雇用創出の観点から支持する立場と、公的財政への影響・格差助長を懸念する立場が対立している。
OECD加盟国の平均法人税率は1980年代の約48%から2023年には約21%まで低下している。この「法人税率引き下げ競争」は:
- 多国籍企業の立地選択に影響を与えた
- 実際に一部の国への本社・利益集中をもたらした(アイルランド・オランダ・ルクセンブルク等)
- 税収のGDP比への影響は各国で異なり、課税ベースの拡大により税収維持・増加した国もある
法人税引き下げの経済効果については、投資を促進するという実証的証拠と、雇用や賃金への波及効果は限定的とする証拠が混在している[114]。
キャピタルゲイン税の減税
[編集]キャピタルゲイン税(資産売却益への課税)は、投資インセンティブとの関係から特に議論を呼ぶ税目である。米国では1978年以降、キャピタルゲイン税率は所得税の最高税率よりも低く設定されており、長期保有(1年超)の資産には優遇税率が適用されている。
ウォーレン・バフェットが「自分の実効税率は秘書より低い」と発言して話題になったように、キャピタルゲインの優遇税率は主に富裕層(資産所有者)に有利に働く。支持者は「二重課税(企業利益への法人税+個人への所得税)への対応」「長期投資の促進」を根拠とするが、批判者は「投資所得よりも労働所得の税負担が重くなる不公平」を問題視する[115]。
日本では「金融所得課税の強化」(20%から25〜30%への引き上げ)が格差是正の観点から政治的議題となっているが、株式市場への影響を懸念する声から慎重論も根強い。
消費税・付加価値税の減税
[編集]付加価値税(VAT)・消費税は最も安定的な税収源の一つであるが、逆進性が高いため減税・軽減税率の政策的意義は「低所得者保護」に求められることが多い。
主な政策手段:
- ゼロ税率: 食料品・医薬品・子供服などの生活必需品をVAT非課税(またはゼロ税率)とする。英国・アイルランド等で採用
- 軽減税率: 生活必需品に標準税率より低い税率を適用。EU各国・日本(10%に対し食料品8%)が採用
- 給付付き税額控除: VATの逆進性を所得税・給付制度で補填する(カナダのGST/HST税額控除等)
- 一時的引き下げ: 景気対策として期間限定でVATを引き下げる(コロナ禍のドイツ・英国の事例)
経済学者の間では、軽減税率による逆進性の緩和よりも、標準税率を維持して給付付き税額控除で低所得者を保護する方が行政効率・経済効率とも優れるとする見方が有力である[116]。
相続税の減税と廃止
[編集]相続税(または遺産税)は富の世代間移転に課される税であり、「相続した富」ではなく「稼いだ所得」に対する公平性の観点から導入される。しかし「同じ財産に二度課税される」「中小企業・農家の事業承継を阻害する」などの批判もある。
米国では連邦遺産税の適用対象を縮小・基礎控除を引き上げる方向の政策が共和党政権下で繰り返され、2017年のトランプ減税(TCJA)では基礎控除額が560万ドルから1,120万ドルに倍増された。スウェーデン・オーストラリア・カナダ・ニュージーランドなどは相続税を廃止している。一方フランスは高い相続税率を維持しており(最高45%)、格差是正の手段として機能させている。
脚注
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