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12月の虐殺

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

12月の虐殺(じゅうにがつのぎゃくさつ)は、朝鮮戦争において共産軍が平壌を再占領したのち、韓国政府が政治的動機に基づいて執り行った一連の処刑行為を指す。

概要

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処刑は主にソウルおよびその周辺を中心に韓国全土で行われた。韓国政府によって数千人が処刑されたと見られるが、正確な犠牲者数の把握は困難を極める。一連の処刑により李承晩政権は国際社会から厳しい批判を浴び、その威信を大きく損なう結果となった[1]。

背景

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1950年10月、国連軍と韓国軍は北朝鮮軍のほぼ全滅に成功した。これに対し中華人民共和国は、国連軍が鴨緑江へ接近すれば参戦を余儀なくされると警告。同月末、中国軍(人民志願軍)は鴨緑江を渡河して国連軍・韓国軍への攻撃を開始した。中国軍の連勝によって国連軍・韓国軍は南退を余儀なくされ、12月初旬には平壌の防衛が不可能と判明。間もなく平壌は再び陥落した[2]。

虐殺

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​共産勢力と見なされた者に対し、李承晩政権は凄惨な弾圧を繰り広げた。平壌後退以降、大規模な逮捕や処刑が常態化。戦時中を通じて計画的処刑は頻発していたが、その多くは小規模にとどまっていた。しかし10月、ロンドン・タイムズは拘束された約300人の男女が銃床や竹棒で殴打されている実態を報道した[3]。

爪下への竹片の突き刺しや公衆の面前での集団銃殺など、苛烈な拷問が横行した。1950年12月15日には、ソウル郊外で政治犯800人以上が処刑される現場を英米軍部隊が目撃。女性や子供を含む囚人らがトラックで搬送され、掘られた塹壕内へ降ろされた挙句、銃殺・埋葬されたと伝えられている[4]。

処刑は5人の射手によって行われ、7時30分に開始され、8時10分に終了した。目撃者の一人は、約8歳の少年が塹壕の中で泣きながらひざまずき、護衛の一人に向かって振り返った後に射殺されたと述べている[5]。

犠牲者には共産主義者のほか、破壊工作員や過激な犯罪者とされる者も含まれていた。国連軍が一連の処刑記録を詳細に残していたにもかかわらず、韓国政府は不正行為に関する主張を否定し続けた。

反応

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南部での大量処刑に関する報道を受け、国際社会は強い憤りを示した。世界各地で李承晩政権に対し即時処刑停止を求める声が相次ぎ、国連軍の多くも一連の事態に強い嫌悪感を露わにした。実際、自軍キャンプからわずか45メートルの距離で韓国軍による囚人の処刑を目撃したイギリス兵は、朝食時に子供の処刑が始まったためその場を離れざるを得なかったと証言している。国連軍司令部は処刑が作戦行動へ悪影響を及ぼすことを懸念したものの、詳細な調査にはほとんど着手しなかった[6]。

李承晩は大量処刑の中止と死刑判決の減刑を約束し、処刑停止ならびに徹底調査や軍法会議の実施を国連指導部に保証したが、その後実際に処刑が停止されたかについての客観的評価は困難とされる。

歴史的意義

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李承晩政権は保導連盟事件を引き起こし、共産主義者やその同調者とみなされた6万から20万人に及ぶ人々が虐殺された。続く「12月の虐殺」は、同政権に対する国際社会からの圧力と批判をいっそう激化させた。相次ぐ大量処刑の報道は韓国政府の統治の正当性を著しく損ない、結果として国連軍による介入そのものの信頼性にも影を落とした[7]。

なお、これらの虐殺は共産主義勢力にとってプロパガンダの材料となり、何年にもわたって韓国政権を非難するために利用された。

脚注

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  1. ↑ Jager, Sheila Miyoshi. "An Entirely New War." Brothers at War: The Unending Conflict in Korea. New York City, 2013. Print.
  2. ↑ Li, Xiaobing. "Beijing's Decision." China's Battle for Korea. Bloomington: Indiana UP, 2014. Print.
  3. ↑ "Seoul After Victory↵Side to South Korean Rule," London Times, cited in Jager 2013, p. 148
  4. ↑ Letter from soldier Duncan to MP, National Archives, Kew, UK, cited in Jager 2013, p. 149
  5. ↑ “The West Australian (Perth, WA : 1879 - 1954) - 18 Dec 1950 - p1”. 2024年8月15日閲覧。
  6. ↑ Jager 2013, p. 150
  7. ↑ Jager 2013, p. 151

関連項目

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