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1784年ボヘミア洪水

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
洪水時のカレル橋

1784年ボヘミア洪水 (チェコ語:Povodeň v Čechách) は、1784年2月から3月にかけて、ヴルタヴァ川およびエルベ川流域で発生した一連の洪水災害である。現在のチェコ西部ボヘミア地方を中心に甚大な被害が出た。

原因

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1783年夏、アイスランド島のラキ火山が大規模な噴火を起こし、その影響で1784年の冬はチェコ地域を含めヨーロッパの広範囲で大寒波が起きた。川は凍り、山地を中心に大量の雹や雪が降り、それが2月から3月にかけての急激な温度上昇により一気に融解した。

経過

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1784年2月23日以降、西および中央ヨーロッパは激しい雨に見舞われ、数日後に川の氷が割れ始めた[1]。ヴルタヴァ川では水位が急激に上昇し、数百年に一度の水準まで到達した。プラハでは、2月28日に水位がピークに達し、12時間で4m上昇、流量は約4580 m³/sに及んだ。市内では114の通りと785軒の家屋が冠水し、流氷がカレル橋の柱に直撃して5名の兵士がいた軍の警備所がヴルタヴァ川に崩落した[2]。翌2月29日には別の柱も損傷し、オッタヴィオ・モスト(チェコ語版)作の像のひとつが川に落ち、2004年にダイバーによってその一部が発見された[2]。エルベ川やその他の各河川でもほぼ同様の状況となった。

その他の地域

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ヴルタヴァ川、エルベ川に加え、ドナウ川やオーダー川、ナイセ川流域でも影響が出たほか、ヨーロッパ各地域でも、ライン川やネッカー川、モーゼル川、セーヌ川などでも被害が出た。この洪水は、記録された中でも最大級の洪水災害のひとつとなっている。

脚注

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  1. ↑ http://www.lib.cas.cz/casopisy/contents/Moravian_geographical_reports_0501.html
  2. 1 2 https://praha.idnes.cz/vyroci-zriceni-karlova-mostu-d2j-/praha-zpravy.aspx?c=A140228_2039831_praha-zpravy_bur
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