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1922年イギリス労働党党首選挙

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1922年イギリス労働党党首選挙
1922 Labour Party leadership election

1922年11月21日 (1922-11-21)
→ 1931年



投票率 82.39%
 
候補者 ラムゼイ・マクドナルドジョン・ロバート・クラインス
得票数 6156
得票率 52.14%47.86%

選挙前議会労働党議長

ジョン・R・クラインス

党首

ラムゼイ・マクドナルド

1922年イギリス労働党党首選挙(1922ねんイギリスろうどうとうとうしゅせんきょ、英語: 1922 Labour Party leadership election)は、1922年11月21日にイギリスで行われた労働党党首の選挙である。

概要

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次期総選挙で野党第1党が確実視され、「陛下の野党」として「陛下の野党党首」に任命される可能性が出てきたため、1922年7月の党規約改正を行い、それまでの議会労働党議長から分離して「党首」職が設置された[注 1][1][2][3]。

総選挙で労働党は90議席増の142議席を獲得、自由党を抑えて野党第1党となった。規約に基づき当選した庶民院議員による初の党首選挙を実施した。

選挙データ

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現職の有無にかかわらず、議会の新会期ごとに党首選を実施。しかし現職が在職中は党首選は形式的であり、現職以外の立候補は行われずに事実上、現職の再任を妨げず承認する[注 2][1]。

党首

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投票日

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選挙制度

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有効投票の過半数を獲得した候補者が当選。不在の場合は、投票数が最も少ない候補者が除外され、さらに投票が行われる[1]。

投票方法

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秘密投票、単記投票、1票制[1]

選挙権

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議会労働党(PLP)所属庶民院議員[1]

被選挙権

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議会労働党所属庶民院議員
立候補にあたっては、庶民院議員の推薦人並びに賛成者を各々1名必要[1]。

有権者数

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142

候補者

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候補者 出生日
出生地
経歴

ジョン・ロバート・クラインス
1869年3月27日(53歳)
イングランドの旗 イングランド
ランカシャー、オールダム
庶民院議員(5期)(1906-)[注 4]
食糧大臣(1918–1919)
議会労働党議長(1921–)

ラムゼイ・マクドナルド
1866年10月12日(56歳)
スコットランドの旗 スコットランド
マレー、ロシーマス
庶民院議員(4期)(1906-1918, 1922–)[注 5]
議会労働党議長(1911–1914)

選挙結果

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候補者別得票結果

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e • d  1922年イギリス労働党党首選挙 (1922年11月21日 (1922-11-21)施行)
候補者 得票数得票率
ラムゼイ・マクドナルド 6152.14%
ジョン・ロバート・クラインス 5647.86%
総計 117100.0%
投票総数(投票率) 11782.39%
棄権者数(棄権率) 2517.61%
有権者数 142100.0%

選挙後

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党首に就任したマクドナルドは、敗北したクラインズを新設した副党首に任命。マクドナルドは自由党と協力して1924年、1929年に首相に就任。1931年、世界恐慌に対応を目的とした国民政府樹立により労働党を除名されるまで党首を担った[4][5]。

脚注

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注釈

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  1. ↑ ただし、1970年まで議会労働党議長と党首は同一人物が兼任していた。
  2. ↑ 1960年と1961年は党内の路線対立により、再任を望む現職に新人が挑んで選挙となっている。
  3. ↑ 議会労働党議長。
  4. ↑ マンチェスター・プラッティング選挙区。1906-1918まではマンチェスター・ノースイースト選挙区選出。
  5. ↑ アベラヴォン選挙区。1906-1918まではレスター選挙区選出。

出典

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  1. 1 2 3 4 5 6 宮畑建志「イギリス二大政党の党首選出手続―手続の民主化と党首の地位防衛」『レファレンス』2007年7月、136頁、2026年7月1日閲覧。
  2. ↑ “Mackay, Mary pseud. Marie Corelli”. 2026年7月1日閲覧。
  3. ↑ Thorpe, Andrew. (2001) A History of the British Labour Party, Palgrave, ISBN 0-333-92908-X
  4. ↑ Neil Riddell, Labour in Crisis: The Second Labour Government 1929-1931 (Manchester UP, 1999).
  5. ↑ Chris Wrigley, "The Fall of the Second MacDonald Government, 1931." in T. Heppell and K. Theakston, How Labour Governments Fall (Palgrave Macmillan UK, 2013) pp. 38–60.

参考文献

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  • Marquand, David (1977), Ramsay MacDonald, London: Jonathan Cape, pp. 285–287 
  • Quinn, Thomas (2005), Leasehold or Freehold? Leader-Eviction Rules in the British Conservative and Labour Parties, Politi cal Studies, Vol.53 Issue, pp. 809 

外部リンク

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