1942年のNFLドラフト
| 1942年のNFLドラフト | |
|---|---|
| 日程 | 1941年12月22日 |
| 開催地 | シカゴ |
| 会場 | パーマーハウスホテル |
| 指名数 | 22巡200名 |
| 全体1位指名 | |
| ビル・ダドリー (HB) (ピッツバーグ・スティーラーズ) | |
« 1941 1943 » | |
1942年のNFLドラフト(1942ねんのNFLどらふと)は、1941年12月22日に開催された第7回目のNFLドラフト。シカゴのパーマーハウスホテルで開催された[1]。
成績に基づく基本指名権
[編集]指名順は1941年のレギュラーシーズンの勝率に基づき決定され、勝敗が同じ場合はコイントスで決定された。2巡目と4巡目は成績下位5チームにだけ指名権が与えられた。なお、指名権は行使直前までトレードの対象となるため、以下の基本指名順は実際の指名順とは異なる。
| 順 | 1巡 | 2巡 | 3巡 | 4巡 | 5巡 | 6巡 | 7巡 | 1941 | プレーオフ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | スティーラーズ | スティーラーズ | スティーラーズ | スティーラーズ | スティーラーズ | スティーラーズ | スティーラーズ | 1–9–1 | レギュラーシーズン敗退 |
| 2 | ラムズ | ラムズ | ラムズ | ラムズ | ラムズ | ラムズ | ラムズ | 2–9 | レギュラーシーズン敗退 |
| 3 | イーグルス | イーグルス | イーグルス | イーグルス | イーグルス | イーグルス | イーグルス | 2–8–1 | レギュラーシーズン敗退 |
| 4 | カージナルス | カージナルス | カージナルス | カージナルス | カージナルス | カージナルス | カージナルス | 3–7–1 | レギュラーシーズン敗退 |
| 5 | ライオンズ | ライオンズ | ライオンズ | ライオンズ | ライオンズ | ライオンズ | ライオンズ | 4–6–1 | レギュラーシーズン敗退 |
| 6 | レッドスキンズ | レッドスキンズ | レッドスキンズ | レッドスキンズ | レッドスキンズ | レッドスキンズ | レッドスキンズ | 6–5 | レギュラーシーズン敗退 |
| 7 | ドジャース | ドジャース | ドジャース | ドジャース | ドジャース | ドジャース | ドジャース | 7–4 | レギュラーシーズン敗退 |
| 8 | ジャイアンツ | ジャイアンツ | ジャイアンツ | ジャイアンツ | ジャイアンツ | ジャイアンツ | ジャイアンツ | 8–3 | リーグチャンピオンシップ敗退 |
| 9 | パッカーズ | ベアーズ | パッカーズ | ベアーズ | パッカーズ | ベアーズ | パッカーズ | 10–1 | プレーオフゲーム敗退 |
| 10 | ベアーズ | パッカーズ | ベアーズ | パッカーズ | ベアーズ | パッカーズ | ベアーズ | NFL優勝 |
主な指名選手
[編集]ドラフト全体1位では、バージニア大学のビル・ダドリーが指名された。
2巡と4巡は5チームのみに指名権が与えられた。
1941年のハイズマン賞受賞者で13巡に指名されたブルース・スミスは真珠湾攻撃があったこともあり、アメリカ海軍の戦闘機パイロットとなり、1945年までNFLでプレーすることはなかった。1巡10位で指名されたフランキー・アルバートもアメリカ海軍に従軍し、AAFCに所属するサンフランシスコ・フォーティナイナーズに1946年に加入、中心選手となった[2]。
5巡でニューヨーク・ジャイアンツに指名されたアル・ブロージズはNFL1940年代オールディケイドチームに選ばれた。また彼の背番号32番はジャイアンツの永久欠番となっている。
15巡で指名されたジム・トリンブルはカナディアン・フットボール・リーグに在籍時グレイ・カップリングを獲得、後にニューヨーク・ジャイアンツのスカウトとして第21回スーパーボウルでスーパーボウルリングを獲得した数少ない人物である。
17巡で指名されたR・C・ピッツはバスケットボール男子アメリカ合衆国代表として1948年ロンドンオリンピックに出場し金メダルを獲得した。
18巡で指名されたラルフ・ミラーは、カレッジバスケットボールとカレッジフットボールで活躍した選手で後にバスケットボール殿堂入りを果たした。
指名選手一覧
[編集]1巡目 2巡目 3巡目 4–5巡目 6–7巡目 8–10巡目 11–13巡目 14–16巡目 17巡目
| 巡 | 全体 | チーム | 選手名 | Pos. | 大学 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1 | ピッツバーグ・スティーラーズ | ビル・ダドリー | HB | バージニア大学 | ||
| 1 | 2 | クリーブランド・ラムズ | ジャック・ウィルソン | HB | ベイラー大学 | ||
| 1 | 3 | フィラデルフィア・イーグルス | ピート・クメトヴィッチ | HB | スタンフォード大学 | ||
| 1 | 4 | シカゴ・カージナルス | スティーブ・ラック | FB | デューク大学 | ||
| 1 | 5 | デトロイト・ライオンズ | ボブ・ウェストフォール | FB | ミシガン大学 | ||
| 1 | 6 | ワシントン・レッドスキンズ | スペック・サンダース | RB | テキサス大学 | ||
| 1 | 7 | ブルックリン・ドジャース | ボビー・ロバートソン | RB | 南カリフォルニア大学 | ||
| 1 | 8 | ニューヨーク・ジャイアンツ | マール・ヘイプス | FB | ミシシッピ大学 | ||
| 1 | 9 | グリーンベイ・パッカーズ | アーバン・オドソン | T | ミネソタ大学 | ||
| 1 | 10 | シカゴ・ベアーズ | フランキー・アルバート | QB | スタンフォード大学 | ||
| 2 | 12 | クリーブランド・ラムズ | ジャック・ジェイコブス | B | オクラホマ大学 | ||
| 2 | 19 | シカゴ・カージナルス | バド・シュベンク | B | ワシントン大学 (セントルイス) | ||
| 3 | 26 | ピッツバーグ・スティーラーズ | マルコム・カトナー | E | テキサス大学 | ||
| 3 | 29 | シカゴ・カージナルス | ヴィンス・バノニス | C | デトロイト大学 | ||
| 4 | 38 | ニューヨーク・ジャイアンツ | アル・ブロージズ | T | ジョージタウン大学 | ||
| 12 | 119 | グリーンベイ・パッカーズ | ブルース・スミス | RB | ミネソタ大学 | ||
| 14 | 135 | デトロイト・ライオンズ | マック・スピーディー | E | ユタ大学 | ||
| 14 | 139 | グリーンベイ・パッカーズ | ジム・トリンブル | T | インディアナ大学 | ||
| 16 | 157 | ブルックリン・ドジャース | R・C・ピッツ | E | アーカンソー大学 | ||
| 17 | 167 | ブルックリン・ドジャース | ラルフ・ミラー | B | カンザス大学 | ||
| 主なドラフト外入団選手 | |||||||
| 外 | - | シカゴ・カージナルス | チェト・バルジャー | OT | セントメアリーズ大学ミネソタ | ||
| 外 | - | クリーブランド・ラムズ | ボッシュ・プリチャード | RB | ジョージア工科大学 | ||
| 外 | - | グリーンベイ・パッカーズ | テッド・フリッチ | RB | ウィスコンシン大学スティーブンスポイント校 | ||
殿堂入り選手
[編集]この年のドラフトで指名された選手のうち、2名がプロフットボール殿堂入りを果たしている。
- ビル・ダドリー - 1966年殿堂入り
- マック・スピーディー - 2020年殿堂入り
脚注
[編集]- ↑ Dan Salomone (2014年10月2日). “NFL Draft headed to Chicago in 2015”. ニューヨーク・ジャイアンツ. 2015年9月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年10月25日閲覧。
- ↑ A.Goodin (2009年10月13日). “Frankie Albert Biography”. 20Yardline.com. 2022年10月25日閲覧。