1946年の政治
表示
| 1946年 |
|---|
| 各年の政治 |
| 1944 1945 1946 1947 1948 |
| 社会 |
| 政治 経済 法 労働 教育 交通 |
| ■ヘルプ |
できごと
[編集]- 1月1日
- 昭和天皇、「新日本建設に関する詔書」(いわゆる人間宣言)。
- ダグラス・マッカーサー元帥、「人間宣言」に賛意を表明。
- 1月4日 - GHQ、公職追放に関する覚書を発表。
- 1月5日 - 臨時閣議。
- 1月10日 - 第1回国連総会、開催。

- 2月1日
- 2月4日 - 閣議、「憲法改正要綱」(甲案、松本試案)を政府原案とすることに決定。
- 2月8日 - 政府、GHQに憲法改正に関する政府原案を提出。
- 2月12日
- 2月14日 - 日本進歩党、憲法改正案要綱発表。
- 2月17日 - 緊急金融措置令公布、食糧緊急措置令実施。


- 4月5日 - 東京で第1回連合国対日理事会が開催。
- 4月8日 - 首相官邸に徳田球一共産党書記長ら「国民代表」がデモ。
- 4月10日 - 第22回衆議院議員総選挙。
- 4月16日
- 幣原首相、日本進歩党総裁に就任。政権維持を画策。
- 社会党中央執行委員会。
- 4月17日 - 社会党中央執行委員会、幣原内閣打倒のために自由党、協同党、共産党の各党と共同闘争実施方針を決定。
- 4月18日 - 国際連盟が解散を決議。
- 4月19日
- 4月20日
- 第2回幣原内閣打倒共同委員会開催。
- 持株会社整理委員会令公布施行
- 4月22日 - 幣原内閣総辞職。
- 4月23日
- 4月24日
- 4月25日
- 河野・片山会談。自社共協4党共同委員会による時局収拾で合意。
- 4党共同委員会開催。首班問題は自社両党で政策問題は4党小委員会で討議。
- 4月26日
- 社会党常任中央執行委員会、連立打ち切りを決定。
- 4党小委員会決裂。
- 4月27日
- 鳩山・片山会談。片山書記長、自由党の単独内閣と個別政策の閣外協力を提案。
- 自由党代議士会で鳩山総裁が公職追放疑惑を打ち消す声明。
- 4月28日 - 河野自由党幹事長、自由党単独内閣、社会党閣外協力で工作。
- 4月30日 - 社会党常任中央執行委員会、自由党単独内閣支援を決定。
- 5月1日 - 第17回メーデー(復活第1回)開催。
- 5月2日
- 自由、社会両党の政策協定委員による協議。
- 自社両党による政策協定協議案、共産党を除く4党共同委員会で承認。
- 鳩山一郎自由党総裁、首相官邸に幣原首相を訪問。
- 幣原首相、宮中に参内し、鳩山を首班に奏請。GHQに鳩山首班を公文書で提出。
- 鳩山一郎自由党総裁に大命降下。
- 5月4日 - 鳩山一郎が公職追放。大命を拝辞する。

- 6月2日 - イタリアで国民投票により王政廃止を決定。
- 6月3日 - 枢密院本会議開催。
- 6月8日 - 枢密院で憲法改正草案を無修正可決。
- 6月10日 - イタリア共和国成立。
- 6月12日 - 聯合国占領軍の占領目的に有害な行為に対する処罰等に関する勅令公布。
- 6月15日 - 復員庁官制公布施行(第一復員省と第二復員省を統合)。
- 6月18日 - 東京裁判のジョセフ・キーナン首席検察官、ワシントンD.C.で記者会見し、昭和天皇を戦犯として裁判にかける事はないと表明。
- 6月20日
- 第90臨時議会召集。
- 政府、憲法改正案を帝国議会に提出。
- 6月21日
- 6月25日 - 吉田首相、衆議院本会議で憲法改正の提案理由を説明。28日まで各党による代表質問。
- 6月29日 - 衆議院に憲法改正特別委員会設置。第1回委員会。委員長に芦田均。

脚注
[編集]- ↑
Winston Churchill (英語), Sinews of Peace, ウィキソースより閲覧。 - ↑ 「米英同法組合樹立の要 チャーチル氏、対ソ攻撃演説」、1946年3月7日付毎日新聞(大阪)、2面(フルトン特電5日発UP)。田村幸策「チャーチルのフルトン演説――「鉄のカーテン」産みの親」(『日本政教研究所紀要』第5号、国士舘大学日本政教研究所、1981年)、1頁。
- ↑ “アチソン ジョージ(Jr.) Atcheson George(Jr.)”, 20世紀日本人名事典, 日外アソシエーツ, (2004)