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1955年の広島カープ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1955年の広島カープ
成績
セントラル・リーグ4位
58勝70敗2分 勝率.453[1]
本拠地
都市 広島県広島市
球場 広島県総合野球場
球団組織
監督 白石勝巳(選手兼任)
« 1954
1956 »

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1955年の広島カープでは、1955年シーズンについての広島カープの動向についてまとめる。

この年の広島カープは、白石勝巳選手兼任監督の3年目のシーズンである。

概要

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広島カープの当年及び近年のシーズン成績
年 最終成績 リ
丨
グ
試
合
勝 敗 分 勝
率
総
得
点
総
失
点
打
率
本
塁
打
盗
塁
犠
打
四
死
球
O
P
S
防
御
率
完
投
失
策
監
督
1955 リーグ4位4位13058702.453395508.22664141105354.5993.2956137白石勝巳
1954 リーグ4位4位13056695.448419581.24555121101398.6423.8164158白石勝巳
1953 リーグ4位4位13053752.414507634.2427317473469.4.0038165石本秀一
1952 リーグ6位6位12037803.316365573.233294480396.3.8335114石本秀一
1951 リーグ7位7位9932643.333402555.245426177310.4.6343151石本秀一
1950 リーグ8位8位13841961.299511877.243817452447.5.2059229石本秀一

白石監督3年目、そして球団創設6年目を迎えたチームはアメリカ・カリフォルニア出身で日系二世の平山智を獲得。平山は銭村健四・銭村健三兄弟などに次ぐ、日系人選手の第4号であり金山次郎や小鶴誠らのベテラン組が衰えた中で主に3番を打ち、チームに大きく貢献した。投手陣では大黒柱の長谷川良平が30勝を上げる活躍を見せ、チーム勝ち星の大半を長谷川1人で稼いだ。肝心の成績は4月に最下位に落ちると、6月まで大洋との最下位争いが続いた。大洋が大型連敗を繰り返した7月以降は国鉄とのBクラス首位争いとなり最後は4位に浮上したが借金を返済できず、優勝の巨人に33ゲーム以上、2位中日に18ゲーム以上も離されてシーズンを終えた。

チーム成績

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レギュラーシーズン

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開幕オーダー
1 左銭村健四
2 二金山次郎
3 右平山智
4 中小鶴誠
5 捕門前真佐人
6 三三村勇夫
7 一藤井弘
8 遊米山祐昭
9 投長谷川良平
1955年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 最終成績
1位 大阪-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人--
2位 巨人0.0 中日3.5 大阪9.0 中日5.5 中日7.5 中日15.5 中日15.0
3位 中日0.5 大阪6.0 中日9.0 大阪14.5 大阪17.5 大阪18.5 大阪20.5
4位 国鉄4.0 国鉄10.0 国鉄17.0 国鉄21.5 国鉄25.5 広島32.0 広島33.5
5位 大洋4.0 大洋12.0 広島23.0 広島23.5 広島28.5 国鉄32.5 国鉄34.5
6位 広島6.5 広島13.5 大洋26.0 大洋35.0 大洋46.0 大洋53.0 大洋61.5
1955年セントラル・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝読売ジャイアンツ92371.713---
2位中日ドラゴンズ77521.59715.0
3位大阪タイガース71572.55520.5
4位広島カープ58702.45333.5
5位国鉄スワローズ57712.44534.5
6位大洋ホエールズ31990.23861.5

[1]

選手・スタッフ

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オールスターゲーム1955

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ファン投票 選出なし
監督推薦 長谷川良平

表彰選手

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リーグ・リーダー
選手名タイトル成績回数
長谷川良平 最多勝利30勝初受賞
ベストナイン
選出なし

脚注

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出典

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