1955年の政治
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| 1955年 |
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| 各年の政治 |
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できごと
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1月
[編集]2月
[編集]- 2月27日 - ゲオルギー・マレンコフ・ソ連閣僚会議議長(首相)が辞任。後任にニコライ・ブルガーニンが就任する。
- 2月27日 - 第27回衆議院議員総選挙投票。
3月
[編集]4月
[編集]5月
[編集]- 5月4日 - 第三次日中貿易協定調印。
- 5月5日 - パリ協定が発効し西ドイツが主権回復。
- 5月7日 - 岸信介民主党幹事長、保守結集と民主党解党に関する幹事長談話を発表。
- 5月8日 - 左右両社会党、統一のための綱領折衝開始。
- 5月10日 - 在日米軍、北富士演習場での射撃演習開始。
- 5月14日 - ワルシャワ条約機構が結成される。
- 5月15日 - オーストリア国家条約がウィーンのベルヴェデーレ宮殿で調印される。米英仏ソの連合国とオーストリアが署名し、オーストリアの独立と主権が回復した。
- 5月15日 - 三木武吉、東京高輪の山下太郎邸で大野伴睦自由党総務会長と会談。三木は保守合同に関して大野説得に成功。
- 5月27日 - 岸信介、三木武吉、石井光次郎自由党幹事長、大野伴睦の四者会談。
6月
[編集]7月
[編集]- 7月18日 - ジュネーヴで米英仏ソ首脳による四国巨頭会議が開催される。
- 7月20日 - 経済審議庁を経済企画庁に改組。
- 7月25日 - 日本住宅公団発足。
- 7月26日
- 第8回松本・マリク会談。
- 第6回総評大会。
- 7月27日 - 国防会議の構成等に関する法律案、衆議院を通過。
- 7月28日
- AP電、核弾頭搭載地対地ロケットオネスト・ジョンの在日米軍配備を打電(オネスト・ジョン問題)。
- 憲法調査会法案、衆議院を通過。
- 7月29日
- 国会、オネスト・ジョン問題で憲法調査会法案、国防会議の構成等に関する法律案の審議がストップする。
- 自動車損害賠償保障法公布。
- 日本共産党第6回全国協議会、活動方針変更を決定。武装闘争を事実上破棄。
- 7月30日 - 憲法調査会法案、国防会議の構成等に関する法律案を継続審議とするため、23時参議院議院運営委員会を開催。乱闘事件が起こり郡祐一委員長は負傷。
8月
[編集]9月
[編集]10月
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- 10月12日 - 左右両社会党解党大会。
- 10月13日 - 日本社会党統一党大会が東京神田の共立講堂で開かれる。左右両社会党が再統一(社会党再統一)。委員長に鈴木茂三郎(左社)、書記長に浅沼稲次郎(右社)。
- 10月22日 - 民主党両院議員総会で民主・自由両党の議員全員での新党結成準備会結成を党議決定。
- 10月25日 - 自由党両院議員総会で民主・自由両党の議員全員での新党結成準備会結成を党議決定。
- 10月26日 - ベトナム共和国が成立。初代大統領にゴ・ディン・ジエム。
- 10月27日 - 民主・自由両党による新党結成準備会結成。
- 10月29日 - 河野一郎、新党結成準備会世話人会で話し合いによる鳩山首相の新党総裁就任を提案。自由党側は総裁公選を主張。
11月
[編集]- 11月6日 - 三木、岸、大野、石井四者会談。鳩山首相のまま第3次鳩山内閣を発足させることと、新党総裁空席・総裁代行委員による党運営で合意。
- 11月9日 - 自由党、四者会談の内容を了承。
- 11月11日 - 下中弥三郎・植村環・茅誠司・上代たの・平塚らいてう・前田多門・湯川秀樹の7人によって世界平和アピール七人委員会が結成される。
- 11月13日 - 吉田13人衆、新宿諏訪町の林譲治邸で新党参加をめぐり議論。
- 11月14日 - 日米原子力協定調印。
- 11月15日 - 自由党と日本民主党が合併し、自由民主党が誕生する(保守合同)。いわゆる55年体制の幕開けとなる。
- 11月21日 - 第2次鳩山内閣総辞職。
- 11月22日