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1956年イギリス労働党副党首選挙

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1956年イギリス労働党副党首選挙
1956 Labour Party deputy leadership election

1953年 ←
1956年2月2日 (1956-02-02)
→ 1959年



投票率 90.97%(増加03.56pp)
 
候補者 ジム・グリフィスアナイリン・ベヴァン
得票数 141111
得票率 70.43%29.57%

選挙前副党首

ハーバート・モリソン

選出副党首

ジム・グリフィス

1956年イギリス労働党副党首選挙(1956ねんイギリスろうどうとうふくとうしゅせんきょ、英語: 1956 Labour Party deputy leadership election)は、1956年2月2日に行われたイギリスの労働党副党首の選挙である[1]。

概要

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前年の党首選で副党首で党首代行のハーバート・モリソンは、右派のヒュー・ゲイツケルと左派のアナイリン・ベヴァンの後塵の3位と敗北。モリソンは副党首選への不出馬を表明し、選挙が実施されることとなった。

選挙データ

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現職の有無にかかわらず、議会の新会期ごとに党首選を実施。しかし現職が在職中は党首・副党首選は形式的であり、現職以外の立候補は行われずに事実上、現職の再任を妨げず承認する[注 1][2]。

党首・副党首

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投票日

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  • 1956年2月2日

選挙制度

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有効投票の過半数を獲得した候補者が当選。不在の場合は、投票数が最も少ない候補者が除外され、さらに投票が行われる[2]。

投票方法

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秘密投票、単記投票、1票制[2]

選挙権

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議会労働党(PLP)所属庶民院議員[2]

被選挙権

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議会労働党所属庶民院議員
立候補にあたっては、庶民院議員の推薦人並びに賛成者を各々1名必要[2]。

有権者数

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277[注 2]

候補者

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候補者 出生日 経歴

アナイリン・ベヴァン
1897年11月15日(58歳)
ウェールズの旗 ウェールズ
モンマスシャー、リーズ市トレデガー
庶民院議員(7期/ベヴァン派)(1929-)[注 3]
労働・公共サービス大臣(1951)
保健大臣(1945–1951)
影の労働・公共サービス大臣(1955-)

ジム・グリフィス
1890年9月19日(65歳)
ウェールズの旗 ウェールズ
カーマーゼンシャー、ベトウズ
庶民院議員(5期)(1936-)[注 4]
植民地大臣(1950-1951)
枢密院議長(1945-1950)

選挙結果

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候補者別得票結果

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e • d  1956年イギリス労働党副党首選挙 (1956年2月2日 (1956-02-02)施行)
候補者 得票数得票率
ジム・グリフィス 14155.95%
アナイリン・ベヴァン 11144.05%
総計 252100.0%
投票総数(投票率) 25290.97%
棄権者数(棄権率) 259.03%
有権者数 277100.0%
出典:Labour Party deputy leaders(英語)

脚注

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注釈

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  1. ↑ ただし、党内対立が激化した1952年、1953年の副党首選は除く。
  2. ↑ 1955年イギリス総選挙で当選した277議員と、補欠選挙で当選した2議員から、辞職・死去した2議員を差し引いた議員数。
  3. ↑ エブ・ヴェイル選挙区選出。
  4. ↑ ラネリ選挙区選出。

出典

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  1. ↑ Archived 19 August 2016 at the Wayback Machine.
  2. 1 2 3 4 5 宮畑建志「イギリス二大政党の党首選出手続―手続の民主化と党首の地位防衛」『レファレンス』2007年7月、136頁、2026年7月1日閲覧。

外部リンク

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