1956年メルボルンオリンピックの体操競技・男子鉄棒
| 1956夏季 男子鉄棒 | |||||||
| 表彰式。左からチトフ、小野、竹本 | |||||||
| 会場2 | Festival Hall | ||||||
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| 開催日 | 12月3–7日 | ||||||
| 参加選手数 | 18か国 63人 | ||||||
| 優勝スコア | 19.60 | ||||||
| メダリスト | |||||||
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| « 1952 | 1960 » | ||||||
1956年メルボルンオリンピックの体操競技・男子鉄棒(1956年メルボルンオリンピックのたいそうきょうぎ・だんしてつぼう)は、1956年メルボルンオリンピックの体操競技で行われた男子8種目のうちの1つである。18の国から63人が出場し(1952年の185人から激減した)、団体に参加する国は最大6人が出場し、他の国は最大3人の選手が出場できた[1]。日本の小野喬が金メダルを獲得し、竹本正男が銅メダルを獲得した。ソビエト連邦(ソ連)のユーリ・チトフが銀メダルを獲得した。日本とソ連は鉄棒で初めてのメダルを獲得した。また、小野の金メダルは日本の体操競技として初めてのものでもあった。
背景
[編集]オリンピックでこの種目が行われるのは9回目である。この種目は、器具を用いる種目が行われなかった1900年パリオリンピック、1908年ロンドンオリンピック、1912年ストックホルムオリンピック、1920年アントワープオリンピックを除くオリンピックにおいては行われている。1952年の前大会でこの種目に出場していた10人の選手のうち、4人が本大会においても出場した。4人は5位であったソ連のViktor Chukarin、7位であったドイツのヘルムート・バンツ、9位であったフィンランドのBerndt Lindfors、ソ連のワレンチン・ムラトフである。ムラトフは1954年の世界選手権で優勝しており、そのときはバンツとソ連のボリス・シャハリンが2位であった[1]。
オーストラリアとカナダがこの種目に初出場し、東ドイツと西ドイツが初めて東西統一ドイツとして出場した。アメリカは最多の8回目の出場であった(1896年のみ出場していない)。
日程
[編集]時間はオーストラリア東部標準時 (UTC+10)
| 日 | 時間 | ラウンド |
|---|---|---|
| 1956年12月3日 - 7日 | 8:00 | 決勝 |
結果
[編集]出典
[編集]- 1 2 “Horizontal Bar, Men”. Olympedia. 2020年12月9日閲覧。