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1960年の大洋ホエールズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1960年の大洋ホエールズ
成績
日本一
日本S 4勝0敗(対大毎)[1]
セントラル・リーグ 優勝
70勝56敗4分 勝率.556[2]
本拠地
都市 神奈川県川崎市
球場 川崎球場
球団組織
オーナー 中部謙吉
経営母体 大洋漁業
監督 三原脩
« 1959
1961 »

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1960年の大洋ホエールズでは、1960年の大洋ホエールズにおける動向をまとめる。

この年の大洋ホエールズは三原脩監督の1年目のシーズンであり、球団創設11年目にして初のリーグ優勝と日本一に輝いたシーズンである。

概要

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前年まで6年連続最下位だった大洋は、前年まで西鉄の監督を務め、西鉄を4度のリーグ優勝・3度の日本一に導いている三原脩を新監督として迎えた。チームは、前年までと同様に貧打に苦しんだが[注 1]、新人の近藤昭仁を二塁に、さらにシーズン中の6月にトレードで近鉄から獲得した鈴木武を遊撃に置き、守りの野球に徹した三原監督が投手陣をやり繰りし、接戦を次々と勝利していった。開幕6連敗を喫した序盤は5月終了時点で借金3と苦戦したが、6月1日の対巨人戦で鈴木隆がセ・リーグ記録の8者連続奪三振を記録してからチームは波に乗り、最終的には2位の巨人に4.5ゲーム差をつけて初のリーグ優勝を果たした[3]。日本シリーズでは、打者2人で先発を交代させる奇策を見せて、第1戦に勝利したのを皮切りに、「ミサイル打線」擁する大毎を相手に、レギュラーシーズン同様、投手陣のやり繰りで守り切る野球に徹し、全て1点差勝利の4連勝で初の日本一を決めた。前年まで6年連続最下位で、貧打の大洋を日本一に輝かせた三原監督の手腕は「三原マジック」と称された[4]。投手陣は秋山登、3年目の島田源太郎、大石正彦などの活躍でチーム防御率2.33でリーグ1位となった。対戦成績ではそれまで苦手だった巨人に14勝11敗1分で初の勝ち越しを果たし、そのほとんどを接戦でものにした。

大洋ホエールズの当年及び近年のシーズン成績
年 最終成績 リ
丨
グ
試
合
勝 敗 分 勝
率
総
得
点
総
失
点
打
率
本
塁
打
盗
塁
犠
打
四
死
球
O
P
S
防
御
率
完
投
失
策
監
督
1960 日本一優勝13070564.556411361.23060149101365.6222.3229121三原脩
1959 リーグ6位6位13049774.389514..3.4749114森茂雄
1958 リーグ6位6位13051736.411436..2.7542124迫畑正巳
1957 リーグ6位6位13052744.413355486.229634288313.6003.1048152迫畑正巳
1956 リーグ6位6位13043870.331483..3.1550139迫畑正巳
1955 リーグ6位6位13031990.238290578.209515175263.5353.6938168藤井勇
1954 リーグ6位6位13032962.250365625.227685171259.5904.1452149永沢武夫
1953 リーグ5位5位13052771.403467622.2466310963328.4.1043149小西得郎
1952 リーグ4位4位12058620.483519548.2485716052413.3.685492小西得郎
1951 リーグ6位6位10840644.385502620.253866636368.4.8438147中島治康
1950 リーグ5位5位14069683.504759761.27311118040499.4.4760199渡辺大陸

チーム成績

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レギュラーシーズン

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開幕オーダー[5]
1 遊麻生実男
2 一近藤和彦
3 左岩本堯[注 2]
4 三桑田武
5 中渡辺清[注 3]
6 右黒木基康
7 二芝野忠男
8 捕土井淳
9 投幸田優
1960年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 最終成績
1位 巨人-- 中日-- 中日-- 中日-- 大洋-- 大洋--
2位 大阪2.0 巨人1.5 大洋0.5 巨人1.0 中日1.5 巨人4.5
3位 国鉄2.0 広島2.5 巨人1.5 大洋1.5 巨人4.0 大阪6.0
4位 中日2.5 国鉄3.0 広島2.0 国鉄2.5 大阪6.5 広島6.5
5位 大洋3.5 大洋4.0 国鉄3.0 大阪6.0 国鉄7.5 中日9.0
6位 広島5.0 大阪 大阪5.0 広島7.0 広島7.5 国鉄16.0
1960年セントラル・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝大洋ホエールズ70564.556---
2位読売ジャイアンツ66613.5204.5
3位大阪タイガース64624.5086.0
4位広島カープ62617.5046.5
5位中日ドラゴンズ63670.4859.0
6位国鉄スワローズ54724.42916.0

[2]

日本シリーズ

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1960年 日本シリーズ
日付試合ビジター球団(先攻)スコアホーム球団(後攻)開催球場
10月11日(火)第1戦毎日大映オリオンズ0 - 1大洋ホエールズ川崎球場
10月12日(水)第2戦毎日大映オリオンズ2 - 3大洋ホエールズ
10月13日(木)移動日
10月14日(金)第3戦大洋ホエールズ6 - 5毎日大映オリオンズ後楽園球場
10月15日(土)第4戦大洋ホエールズ1 - 0毎日大映オリオンズ
優勝:大洋ホエールズ(初優勝)

[1]

オールスターゲーム1960

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  • 選出選手及びスタッフ
ポジション名前選出回数
コーチ三原脩
投手秋山登5
鈴木隆3
島田源太郎初
捕手土井淳5
内野手桑田武2
外野手近藤和彦初
  • 太字はファン投票による選出。

できごと

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10月2日、甲子園球場で迎えた阪神戦。1回表・大洋の攻撃中に、その日はデーゲームだったマジック対象チームの読売ジャイアンツが広島カープに敗れたことにより、球団創設11年目にして初のリーグ優勝を果たした[6]。

10月11日から行われた日本シリーズでは[7]、大毎オリオンズに全て1点差で4連勝し、初優勝で初の日本一となった[8]。

選手・スタッフ

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[9]

表彰選手

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リーグ・リーダー
選手名タイトル成績回数
秋山登 最優秀選手初受賞
最優秀防御率1.75初受賞
最高勝率.677初受賞
ベストナイン
選手名ポジション回数
秋山登投手初受賞
土井淳捕手初受賞
近藤和彦一塁手初受賞

脚注

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注釈

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  1. ↑ 本塁打数リーグ最下位、打率リーグ5位
  2. ↑ 偵察メンバーの若生照元と交代。
  3. ↑ 偵察メンバーの秋山登と交代。

出典

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  1. 1 2 “1960年度日本シリーズ”. 日本野球機構. 2015年10月22日閲覧。
  2. 1 2 “年度別成績 1960年 セントラル・リーグ”. 日本野球機構. 2015年10月22日閲覧。
  3. ↑ 【4月2日】1960年(昭35) ノックバット直撃しエース昏倒!開幕6連敗も秋には美酒スポニチアネックス 日めくりプロ野球4月
  4. ↑ 【4月19日】1960年(昭35) 卒倒から17日 秋山登 いきなり完投勝利で大洋浮上スポニチアネックス 日めくりプロ野球2012年4月
  5. ↑ 『読売新聞』1960年4月4日付朝刊、14版、6面
  6. ↑ “60年:全試合”. ベイスターズの記録あと何?. 横浜DeNAベイスターズ. 2023年11月20日閲覧。
  7. ↑ “■ 1960年度日本シリーズ 試合結果(第1戦)”. NPB. 日本野球機構. 2023年11月20日閲覧。
  8. ↑ “「あの3球が集大成」 土井淳が語る54年前の日本シリーズ (2/3)”. 日刊ゲンダイ DIGITAL. 日刊現代. 2016年10月17日. 2023年11月20日閲覧.
  9. ↑ ベイスボール・マガジン 1998年夏季号
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