1961年イギリス労働党党首選挙
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1961年イギリス労働党党首選挙(1961ねんイギリスろうどうとうとうしゅせんきょ、英語: 1961 Labour Party leadership election)は、1961年11月2日にイギリスで行われた労働党党首の選挙である[1]。
概要
[編集]定時党大会における現職党首の再選は形式的なものであったが、核軍縮などや綱領の近代化を巡る左右両派の対立により、昨年の党首選に引き続き右派で現職のヒュー・ゲイツケルに対抗して、左派は元党首のアーサー・グリーンウッドの子息で4期の庶民院議員であるトニー・グリーンウッドを擁立した。
選挙データ
[編集]現職の有無にかかわらず、議会の新会期ごとに党首選を実施。しかし現職が在職中は党首選は形式的であり、現職以外の立候補は行われずに事実上、現職の再任を妨げず承認する[注 1][2]。
党首
[編集]- 選挙前:ヒュー・ゲイツケル(第12代)
- 選挙後:ヒュー・ゲイツケル(第12代)
投票日
[編集]- 1960年11月2日[1]
選挙制度
[編集]- 有効投票の過半数を獲得した候補者が当選。不在の場合は、投票数が最も少ない候補者が除外され、さらに投票が行われる[2]。
投票方法
[編集]選挙権
[編集]被選挙権
[編集]- 議会労働党所属庶民院議員
- 立候補にあたっては、庶民院議員の推薦人並びに賛成者を各々1名必要[2]。
有権者数
[編集]- 255[注 2]
候補者
[編集]| 候補者 | 出生日 出生地 |
経歴 |
|---|---|---|
ヒュー・ゲイツケル |
1906年4月9日(55歳) ロンドン |
庶民院議員(5期/ゲイツケル派)(1945-)[注 3] 財務大臣(1950-1951) 経済大臣(1950) 燃料動力大臣(1947–1950) 陛下の野党党首/影の首相(1955-) 影の財務大臣(1951-1955) 労働党党首(1955-) |
トニー・グリーンウッド |
1911年9月14日(50歳) ウェスト・ヨークシャー、 リーズ |
庶民院議員(4期/左派)(1946-)[注 4] 議会労働党副議長(1951-1952) |
選挙結果
[編集]候補者別得票結果
[編集]| 候補者 | 得票数 | 得票率 | |||
|---|---|---|---|---|---|
| ヒュー・ゲイツケル | 171 | 74.35% | |||
| ハロルド・ウィルソン | 59 | 25.65% | |||
| 総計 | 230 | 100.0% | |||
| 投票総数(投票率) | 230 | 90.20% | |||
| 棄権者数(棄権率) | 25 | 9.80% | |||
| 有権者数 | 255 | 100.0% | |||
| 出典:Leaders of the Labour Party | |||||
脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ 1960年と1961年は党内の路線対立により、再任を望む現職に新人が挑んで選挙となっている。
- ↑ 1959年イギリス総選挙で当選した258議員と補欠選挙で当選した5議員から、辞職・死去した8議員を差し引いた議員数。
- ↑ リーズ・サウス選挙区選出。
- ↑ 1950からロッセンデール選挙区、1946-1950はヘイウッド・ラドクリフ選挙区選出。
出典
[編集]参考文献
[編集]- Butler, David; Butler, Gareth (2000), Twentieth-Century British Political Facts 1900–2000 (8th ed.), Macmillan Press
- Stenton, M.; Lees, S., eds. (1981), Who's Who of British Members of Parliament, Volume IV 1945–1979, Harvester Press