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1962年アジア競技大会

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
第4回アジア大会
4th Asian Games
開催国・都市 インドネシアの旗 インドネシア ジャカルタ
参加国・地域数 17
参加人数 1527
競技種目数 14
開会式 1962年8月24日
閉会式 1962年9月4日
開会宣言 スカルノ(大統領)
主競技場 ゲロラ・ブン・カルノ・スタジアム
オリンピックの旗 Portal:オリンピック
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1962年アジア競技大会(1962ねんアジアきょうぎたいかい、IV Asian Games Jakarta 1962)は1962年8月24日から9月4日までインドネシアの首都・ジャカルタで行われたアジア競技大会。

概要

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17カ国、1527人の選手が参加したが、アラブ諸国と中華人民共和国との連携強化を図るインドネシア政府が、本来は参加資格を有するイスラエルと中華民国の代表団に対してビザを発給せず事実上の参加拒否を行うという事態が生じた。

国際オリンピック委員会(IOC)、国際陸上競技連盟(IAAF)は参加資格がある国を拒否する大会は、正式な競技大会とは認めないと表明。インドネシア国内オリンピック委員会を、IOC加盟団体として資格停止にした。これに対してインドネシア国内オリンピック委員会はIOCからの脱退を表明(しかし実際には脱退せず1964年6月に復帰)。国際ウエイトリフティング連盟(IWF)も、この大会を強行すれば東京オリンピックへの出場を停止すると通告し、最終的にはウエイトリフティングの競技が中止となった[1]。

この問題から、インドネシアは共産圏諸国と同調し1963年11月の新興国競技大会(GANEFO)開催へとつながってゆく。

日本は参加するかどうかで苦慮したが、インドネシアの対日感情の悪化を危惧して全競技に参加した[1]。ただし、その責任を取って津島壽一が日本体育協会会長・日本オリンピック委員会(JOC)会長・東京オリンピック組織委員会会長を、田畑政治が日本オリンピック委員会(JOC)総務主事を辞任した[2]。

バドミントン競技が初実施された。

参加国・地域

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参加国・地域人数

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IOC 参加国・地域 人数

実施競技

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エキシビション

各国・地域の獲得メダル数

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順 国・地域 金 銀 銅 計
1日本の旗 日本736523161
2インドネシアの旗 インドネシア21263077
3インドの旗 インド10132752
4フィリピンの旗 フィリピン741627
5大韓民国の旗 韓国491023
6パキスタンの旗 パキスタン34411
7タイ王国の旗 タイ25512
8マレーシアの旗 マレーシア23510
9ビルマの旗 ビルマ連邦21710
10シンガポールの旗 シンガポール1012
11 セイロン0123
12香港の旗 イギリス領香港0011
合計113103108324

脚注

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  1. 1 2 アジア大会物知り事典 - 日本オリンピック委員会
  2. ↑ 紛糾したアジア競技大会とGANEFO。そしてインドネシアと北朝鮮の引き揚げ - 日本オリンピック委員会(コラム「東京オリンピック開催へ」 Vol.3)
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