1963年イギリス労働党党首選挙
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1963年イギリス労働党党首選挙(1963ねんイギリスろうどうとうとうしゅせんきょ、英語: 1963 Labour Party leadership election)は、1963年2月7日から14日にイギリスで行われた労働党党首の選挙である[1]。
概要
[編集]1963年1月18日、党首のヒュー・ゲイツケルが死去し、副党首のジョージ・ブラウンが党首代行となり新しい党首を選出するため党首選を実施した。
選挙データ
[編集]現職の有無にかかわらず、議会の新会期ごとに党首選を実施。しかし現職が在職中は党首選は形式的であり、現職以外の立候補は行われずに事実上、現職の再任を妨げず承認する[注 2][2]。
党首
[編集]- 選挙前:ジョージ・ブラウン(代行)第12代党首ヒュー・ゲイツケルの死去に伴い、副党首のブラウンが党首代行に就任。
- 選挙後:ハロルド・ウィルソン(第13代)
投票日
[編集]- 1963年2月7日 – 14日[1]
選挙制度
[編集]- 有効投票の過半数を獲得した候補者が当選。不在の場合は、投票数が最も少ない候補者が除外され、さらに投票が行われる[2]。
投票方法
[編集]選挙権
[編集]被選挙権
[編集]- 議会労働党所属庶民院議員
- 立候補にあたっては、庶民院議員の推薦人並びに賛成者を各々1名必要[2]。
有権者数
[編集]- 259[注 3]
候補者
[編集]| 候補者 | 出生日 出生地 |
経歴 |
|---|---|---|
ジョージ・ブラウン |
1914年9月2日(48歳) ロンドン、ランベス |
庶民院議員(5期)(1945-)[注 4] 公共事業大臣(1951) 陛下の野党党首/影の首相(1963) 影の内務大臣(1961-) 影の国防大臣(1956-1961) 影の労働・公共サービス大臣(1951) 労働党党首代行(1963) 労働党副党首(1960-) |
ジェームズ・キャラハン |
1912年3月27日(50歳) ハンプシャー、ポーツマス |
庶民院議員(5期)(1945-)[注 5] 運輸政務次官(1947-1950) 海軍政務次官(1947-1950) 影の財務大臣(1961-) |
ハロルド・ウィルソン |
1916年3月11日(46歳) ウェスト・ヨークシャー州 ハダースフィールド |
庶民院議員(5期)(1945-)[注 6] 商務庁長官(1947-1951) 海外貿易大臣(1947) 影の外務大臣(1961-1963) 影の財務大臣(1955-1961) |
立候補を辞退した議員
[編集]影の住宅・地方自治大臣で右派グループのマイケル・スチュワートが立候補を検討したが、ブラウン、キャラハンとの右派候補が乱立すること避けるため、辞退した[3]。
| 候補者 | 出生日 出生地 |
経歴 |
|---|---|---|
マイケル・スチュワート |
1906年11月6日(56歳) ケント、ブロムリー |
庶民院議員(5期)(1945-)[注 7] 陸軍政務次官(1947-1951) 軍需政務次官(1951) 影の住宅・地方自治大臣(1959-) 影の教育大臣(1955-1959) |
選挙結果
[編集]候補者別得票結果
[編集]| 候補者 | 第1回投票 | 第2回投票 | |||
|---|---|---|---|---|---|
| 得票数 | 得票率 | 得票数 | 得票率 | ||
| ハロルド・ウィルソン | 115 | 47.13% | 144 | 58.30% | |
| ジョージ・ブラウン | 88 | 36.07% | 103 | 41.70% | |
| ジェームズ・キャラハン | 41 | 16.80% | |||
| 総計 | 244 | 100.0% | 247 | 100.0% | |
| 投票総数(投票率) | 244 | 94.21% | 247 | 95.37% | |
| 棄権者数(棄権率) | 15 | 5.79% | 12 | 4.63% | |
| 有権者数 | 259 | 100.0% | 259 | 100.0% | |
| 出典:Leaders of the Labour Party | |||||
脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ 1935年党首選挙における第2回投票との比較。
- ↑ 1960年と1961年は党内の路線対立により、再任を望む現職に新人が挑んで選挙となっている。
- ↑ 1959年イギリス総選挙で当選した258議員と補欠選挙で当選した16議員から、辞職・死去した15議員を差し引いた議員数。
- ↑ ベルパー選挙区選出。
- ↑ 1950からカーディフ・サウス選挙区、1945-1950まではカーディフ・サウス・イースト選挙区選出。
- ↑ 1950からヒュイトン選挙区、1945-1950まではオームスカーク選挙区選出。
- ↑ 1955からフラム選挙区、1945-1955までフラム・イースト選挙区選出。
出典
[編集]- 1 2 “Leaders of the Labour Party”. Election.demon.co.uk. 2018年4月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年7月16日閲覧。
- 1 2 3 4 5 宮畑建志「イギリス二大政党の党首選出手続―手続の民主化と党首の地位防衛」『レファレンス』2007年7月、136頁、2026年7月1日閲覧。
- ↑ “Leadership Of Labour Party. Fourth Candidate Possible”. The Glasgow Herald. 26 January 1963. p. 25. 2025年4月15日閲覧.
参考文献
[編集]- Butler, David; Butler, Gareth (2000), Twentieth-Century British Political Facts 1900–2000 (8th ed.), Macmillan Press
- Stenton, M.; Lees, S., eds. (1981), Who's Who of British Members of Parliament, Volume IV 1945–1979, Harvester Press