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1974年イタリアグランプリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
イタリアの旗 1974年イタリアグランプリ
レース詳細
日程 1974年シーズン第13戦
決勝開催日 9月8日
開催地 モンツァ・サーキット
イタリアの旗 イタリア ロンバルディア州 モンツァ
コース長 5.780 km (3.592 mi)
レース距離 52周 300.560 km (186.759 mi)
決勝日天候 晴(ドライ)[1]
ポールポジション
ドライバー
タイム 1:33.16[W 1]
ファステストラップ
ドライバー ブラジルの旗 カルロス・パーチェ
タイム 1:34.2(46周目)[W 2]
決勝順位
優勝
2位
3位

1974年イタリアグランプリ(1974ねんイタリアグランプリ、英: 1974 Italian Grand Prix、正式名称: XLV Gran Premio d'Italia)は、1974年のF1世界選手権の第13戦として、モンツァ・サーキットで1974年9月8日に開催された自動車レース(イタリアグランプリ)。

概要

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レースは52周で行われ、ロータスのロニー・ピーターソンが7番手スタートから優勝した。マクラーレンのエマーソン・フィッティパルディが2位、ティレルのジョディー・シェクターが3位となった。

背景

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サーキット
1972年に設置されたアスカリ・シケインが、3速で抜けられる2パートコーナーに改修されたことにより、1周のコース長が5.780kmに変更されている[2]。

エントリー

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(特記のない出典:[W 4])

本GPは31台が参加する[2]。

ワークスチーム

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ロータス
当初は2台とも76で臨む予定だったが、後述の事情により[2]、ロニー・ピーターソンはTカーとしてエントリーしていた72Eに乗り換えた。
BRM
3台目のP201が完成し、3台ともP201で参加する。
サーティース
ジャン=ピエール・ジャブイーユに代わって、同じフランス人ドライバーのジョセ・ドレム(英語版)を起用した。ドレムは母国GPの第9戦フランスGP以来2度目の参加となる。当初、前戦オーストリアGPGPで極度なアンダーステアを抱えるTS16で予選を通過し初出走を果たしたディーター・クエスターを引き続き3台目のドライバーとして起用する予定だったが、マスコミに対しチームオーナーのジョン・サーティースを批判したことにより解雇された。
エイモン
クリス・エイモンは自身のチームにおける最後のレースに臨む。
トークン
資金難のため、前戦オーストリアGPをもってF1から撤退した。

プライベートチーム

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スクーデリア・フィノット(英語版)
ホームGPを迎える本GPは当初2人のルーキードライバー(カルロ・ファセットとジーン=ルイス・ラフォース(英語版))を起用する予定だったが、ファセットのみ参加した。
チェッカード・フラッグ
イアン・アシュレイを起用し、ブラバム・BT42でエントリーしたが参加しなかった。

エントリーリスト

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チーム No. ドライバー コンストラクター シャシー エンジン タイヤ
イギリスの旗 ジョン・プレイヤー・チーム・ロータス 1 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス 76 1
72E
フォード DFV 3.0L V8 G
2 ベルギーの旗 ジャッキー・イクス 76
イギリスの旗 エルフ・チーム・ティレル 3 南アフリカの旗 ジョディー・シェクター ティレル 007 フォード DFV 3.0L V8 G
4 フランスの旗 パトリック・デパイユ
イギリスの旗 マールボロ・チーム・テキサコ 5 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ マクラーレン M23 フォード DFV 3.0L V8 G
6 ニュージーランドの旗 デニス・ハルム
イギリスの旗 ヤードレー・チーム・マクラーレン 33 イギリスの旗 デヴィッド・ホッブス
イギリスの旗 モーターレーシング・ディベロップメンツ・リミテッド 7 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム BT44 フォード DFV 3.0L V8 G
8 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ
イギリスの旗 マーチ・エンジニアリング 9 西ドイツの旗 ハンス=ヨアヒム・スタック マーチ 741 フォード DFV 3.0L V8 G
10 イタリアの旗 ヴィットリオ・ブランビラ
イタリアの旗 スクーデリア・フェラーリ SpA SEFAC 11 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ フェラーリ 312B3-74 フェラーリ 001/11 3.0L F12 G
12 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ
イギリスの旗 チーム・モチュール・BRM 14 フランスの旗 ジャン=ピエール・ベルトワーズ BRM P201 BRM P200 3.0L V12 F
15 フランスの旗 アンリ・ペスカロロ
37 フランスの旗 フランソワ・ミゴール
アメリカ合衆国の旗 UOP・シャドウ・レーシングチーム 16 イギリスの旗 トム・プライス シャドウ DN3 フォード DFV 3.0L V8 G
17 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ
イギリスの旗 チーム・サーティース 18 イギリスの旗 デレック・ベル サーティース TS16 フォード DFV 3.0L V8 F
19 フランスの旗 ジョセ・ドレム(英語版)
イギリスの旗 フランク・ウィリアムズ・レーシングカーズ 20 イタリアの旗 アルトゥーロ・メルツァリオ イソ・マールボロ FW フォード DFV 3.0L V8 F
21 フランスの旗 ジャック・ラフィット
ニュージーランドの旗 クリス・エイモン・レーシング 22 ニュージーランドの旗 クリス・エイモン エイモン AF101 フォード DFV 3.0L V8 F
フィンランドの旗 AAW・レーシングチーム 23 フィンランドの旗 レオ・キヌーネン サーティース TS16 フォード DFV 3.0L V8 F
イギリスの旗 ヘスケス・レーシング 24 イギリスの旗 ジェームス・ハント ヘスケス 308 フォード DFV 3.0L V8 F
イギリスの旗 チーム・エンサイン 25 イギリスの旗 マイク・ワイルズ エンサイン N174 フォード DFV 3.0L V8 F
イギリスの旗 エンバシー・レーシング・ウィズ・グラハム・ヒル 26 イギリスの旗 グラハム・ヒル ローラ T370 フォード DFV 3.0L V8 F
27 西ドイツの旗 ロルフ・シュトメレン
イギリスの旗 ジョン・ゴールディ・レーシング・ウィズ・ヘキサゴン 28 イギリスの旗 ジョン・ワトソン ブラバム BT44 フォード DFV 3.0L V8 F
イギリスの旗 トロージャン-トーラナック・レーシング 29 オーストラリアの旗 ティム・シェンケン トロージャン(英語版) T103 フォード DFV 3.0L V8 F
イタリアの旗 スクーデリア・フィノット 31 イタリアの旗 カルロ・ファセット ブラバム BT42 フォード DFV 3.0L V8 F
32 フランスの旗 ジーン=ルイス・ラフォース(英語版) 2
イギリスの旗 チェッカード・フラッグ 35 イギリスの旗 イアン・アシュレイ 2 ブラバム BT42 フォード DFV 3.0L V8 G
出典: [W 5]
追記

予選

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(特記のない出典:[3])

本GPも決勝に進出できるのは上位25台に限定された。予選は金曜日、土曜日に2回ずつ行われた[4]。

チャンピオン争いで優位に立ちホームGPを迎えたフェラーリ勢に注目される中で、ニキ・ラウダがF1新記録となる6戦連続[W 4]のポールポジションを獲得した。一方のクレイ・レガツォーニは3台のブラバム勢に阻まれ5番手に甘んじた。

前戦オーストリアGPで2勝目を挙げたカルロス・ロイテマンが2番手、チームメイトのカルロス・パーチェが3番手、そしてプライベートチームのゴールディ・ヘキサゴン(英語版)から参戦中のジョン・ワトソンが自チームのブラバム・BT44をクラッシュさせ、ワークスから貸し出してもらったスペアカーのBT44に乗り換えたが[W 4][W 6]4番手に続く健闘を見せ、BT44の優秀性が改めて確認されることになった。

レガツォーニに続くのはインダクションポッドの形状を変えたマクラーレン・M23を駆るエマーソン・フィッティパルディで、チームメイトのデニス・ハルムはエンジンの不調でTカーに乗り換えたが、19番手に沈んだ。

2台の76で挑んだロータスだったが、ロニー・ピーターソンが最終コーナーの パラボリカ[注 1]で大きくスピンしてウィングを破損したため、Tカーの72Eに乗り換えて7番手をマークし、決勝も72Eを使用することになった。

ティレルはジョディー・シェクターのレースカーが満足な状態ではなくTカーを使用したが、10番手をマークしたチームメイトのパトリック・デパイユを下回る12番手と振るわなかった。

サーティースはワークス、プライベートともに予選を通過できなかった。

クリス・エイモンは予選を通過できず、自身のチームであるエイモンは本GPをもってF1から撤退した[W 8]。

予選結果

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順位 No. ドライバー コンストラクター タイム 差 Grid
1 12 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ フェラーリ 1:33.16 - 1
2 7 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム-フォード 1:33.27 +0.11 2
3 8 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ ブラバム-フォード 1:33.53 +0.37 3
4 28 イギリスの旗 ジョン・ワトソン ブラバム-フォード 1:33.63 +0.47 4
5 11 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ フェラーリ 1:33.73 +0.57 5
6 5 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ マクラーレン-フォード 1:33.95 +0.79 6
7 1 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス-フォード 1:34.24 +1.08 7
8 24 イギリスの旗 ジェームス・ハント ヘスケス-フォード 1:34.34 +1.18 8
9 17 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ シャドウ-フォード 1:34.56 +1.40 9
10 4 フランスの旗 パトリック・デパイユ ティレル-フォード 1:34.56 +1.40 10
11 14 フランスの旗 ジャン=ピエール・ベルトワーズ BRM 1:34.62 +1.46 11
12 3 南アフリカの旗 ジョディー・シェクター ティレル-フォード 1:34.70 +1.54 12
13 10 イタリアの旗 ヴィットリオ・ブランビラ マーチ-フォード 1:34.76 +1.60 13
14 27 西ドイツの旗 ロルフ・シュトメレン ローラ-フォード 1:34.84 +1.68 14
15 20 イタリアの旗 アルトゥーロ・メルツァリオ イソ・マールボロ-フォード 1:35.02 +1.86 15
16 2 ベルギーの旗 ジャッキー・イクス ロータス-フォード 1:35.19 +2.03 16
17 21 フランスの旗 ジャック・ラフィット イソ・マールボロ-フォード 1:35.22 +2.06 17
18 9 西ドイツの旗 ハンス=ヨアヒム・スタック マーチ-フォード 1:35.23 +2.07 18
19 6 ニュージーランドの旗 デニス・ハルム マクラーレン-フォード 1:35.63 +2.47 19
20 29 オーストラリアの旗 ティム・シェンケン トロージャン(英語版)-フォード 1:35.72 +2.56 20
21 26 イギリスの旗 グラハム・ヒル ローラ-フォード 1:35.82 +2.66 21
22 16 イギリスの旗 トム・プライス シャドウ-フォード 1:36.27 +3.11 22
23 33 イギリスの旗 デヴィッド・ホッブス マクラーレン-フォード 1:36.31 +3.15 23
24 37 フランスの旗 フランソワ・ミゴール BRM 1:36.36 +3.20 24
25 15 フランスの旗 アンリ・ペスカロロ BRM 1:36.64 +3.48 25
上位25台が決勝進出
26 19 フランスの旗 ジョセ・ドレム(英語版) サーティース-フォード 1:36.84 +3.68 DNQ
27 31 イタリアの旗 カルロ・ファセット ブラバム-フォード 1:37.30 +4.14 DNQ
28 18 イギリスの旗 デレック・ベル サーティース-フォード 1:37.32 +4.16 DNQ
29 25 イギリスの旗 マイク・ワイルズ エンサイン-フォード 1:37.38 +4.22 DNQ
30 22 ニュージーランドの旗 クリス・エイモン エイモン-フォード 1:38.21 +5.05 DNQ
31 23 フィンランドの旗 レオ・キヌーネン サーティース-フォード 1:40.32 +7.16 DNQ
出典: [W 1][W 9]

決勝

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(特記のない出典:[5])

ポールポジションからスタートしたニキ・ラウダが好スタートを決め、1周目を終えた時には2位のカルロス・ロイテマンに3秒の差を付けた。ラウダを追うブラバムの3台だったが、2周目にジョン・ワトソンがブレーキに異常を感じ始めて脱落した。3周目の半ばには8位を走行していたヘスケスのジェームス・ハントがクラッシュしてリタイアした。

5周目にクレイ・レガツォーニがブラバムの2台をかわして2位に浮上し、ホームGPのモンツァでフェラーリが1-2体制を築いた。ラウダは7周目にレガツォーニとの差を7秒に広げた。

11周目にロイテマンはギアボックスのトラブルでリタイアを余儀なくされ、ロニー・ピーターソンが3位、エマーソン・フィッティパルディが4位に浮上した。

レースも中盤に差し掛かった22周目、7位に後退していたカルロス・パーチェがタイヤ交換でピットインすると、パーチェはここから調子を上げていく。

モンツァを埋めた観客たち(ティフォシ)は、1-2体制を続けるフェラーリ2台の走りに酔いしれていたが、28周目に首位を独走していたラウダのエキゾーストパイプから青い大量の煙が漏れ出してスローダウンし、30周目にレガツォーニに首位の座を明け渡した。ラウダは32周目にピットに飛び込んでリタイアした。ラウダのエンジンカウルの中は噴き出したオイルでベタベタになっていた。39周目にはレガツォーニにもトラブルが発生してピットに飛び込み、その間にピーターソンとフィッティパルディが抜き去っていく。レガツォーニはすぐにピットアウトしたが、レズモでエンジンがストップしてしまい、ティフォシの希望は完全に絶たれた。この直後はピーターソンとフィッティパルディの激しい首位争いとなったが、40周目のシケインでピーターソンがフィッティパルディをブレーキング争いで抑えこみ、勝敗は決した。

その後はピーターソンが首位の座を守り、フィッティパルディに0.8秒の僅差で今季3勝目を挙げた。この2人は2年連続で僅差の1-2位ではあるが、もはやチームメイトではなく、ロータスとマクラーレンに所属するライバル同士である[6]。ピーターソンは優勝回数が最も多いものの、チャンピオン争いにはまだ遠い。ジョディー・シェクターが3位表彰台を勝ち取り、無得点に終わったランキング首位のレガツォーニに1点差に迫り、2位のフィッティパルディもレガツォーニに3点差と混戦模様となった。母国出身のアルトゥーロ・メルツァリオが4位に入賞し、パーチェは5位でブラバム移籍後初のポイントをもぎ取った。デニス・ハルムは6位に入賞した[W 4]。コンストラクターズチャンピオン争いも激戦で、マクラーレンがフェラーリに2点差で首位の座を奪還した[W 4]。

レース結果

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順位 No. ドライバー コンストラクター 周回数 タイム/リタイア原因 Grid Pts.
1 1 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス-フォード 52 1:22:56.6 7 9
2 5 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ マクラーレン-フォード 52 +0.8 6 6
3 3 南アフリカの旗 ジョディー・シェクター ティレル-フォード 52 +24.7 12 4
4 20 イタリアの旗 アルトゥーロ・メルツァリオ イソ・マールボロ-フォード 52 +1:27.7 15 3
5 8 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ ブラバム-フォード 51 +1 Lap 3 2
6 6 ニュージーランドの旗 デニス・ハルム マクラーレン-フォード 51 +1 Lap 19 1
7 28 イギリスの旗 ジョン・ワトソン ブラバム-フォード 51 +1 Lap 4
8 26 イギリスの旗 グラハム・ヒル ローラ-フォード 51 +1 Lap 21
9 33 イギリスの旗 デヴィッド・ホッブス マクラーレン-フォード 51 +1 Lap 23
10 16 イギリスの旗 トム・プライス シャドウ-フォード 50 +2 Laps 22
11 4 フランスの旗 パトリック・デパイユ ティレル-フォード 50 +2 Laps 10
Ret 11 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ フェラーリ 40 エンジン 5
Ret 12 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ フェラーリ 32 エンジン 1
Ret 2 ベルギーの旗 ジャッキー・イクス ロータス-フォード 30 スロットル 16
Ret 27 西ドイツの旗 ロルフ・シュトメレン ローラ-フォード 25 サスペンション 14
Ret 21 フランスの旗 ジャック・ラフィット イソ・マールボロ-フォード 22 エンジン 17
Ret 17 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ シャドウ-フォード 19 エンジン 9
Ret 10 イタリアの旗 ヴィットリオ・ブランビラ マーチ-フォード 16 アクシデント 13
Ret 29 オーストラリアの旗 ティム・シェンケン トロージャン(英語版)-フォード 15 ギアボックス 20
Ret 7 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム-フォード 12 ギアボックス 2
Ret 9 西ドイツの旗 ハンス=ヨアヒム・スタック マーチ-フォード 11 シャシー 18
Ret 15 フランスの旗 アンリ・ペスカロロ BRM 3 エンジン 25
Ret 24 イギリスの旗 ジェームス・ハント ヘスケス-フォード 2 エンジン 8
Ret 37 フランスの旗 フランソワ・ミゴール BRM 1 ギアボックス 24
Ret 14 フランスの旗 ジャン=ピエール・ベルトワーズ BRM 0 電気系統 11
DNQ 19 フランスの旗 ジョセ・ドレム(英語版) サーティース-フォード 予選不通過
DNQ 31 イタリアの旗 カルロ・ファセット ブラバム-フォード 予選不通過
DNQ 18 イギリスの旗 デレック・ベル サーティース-フォード 予選不通過
DNQ 25 イギリスの旗 マイク・ワイルズ エンサイン-フォード 予選不通過
DNQ 30 ニュージーランドの旗クリス・エイモン エイモン-フォード 予選不通過
DNQ 23 フィンランドの旗 レオ・キヌーネン サーティース-フォード 予選不通過
優勝スピード(勝者ピーターソンの平均速度):217.421 km/h
ファステストラップ:カルロス・パーチェ - 1:34.2(46周目)[W 2]
出典: [W 10][W 3][W 9]
ラップリーダー
ドライバー 周回数 リードラップ
ニキ・ラウダ 29周 1-29
クレイ・レガツォーニ 11周 30-40
ロニー・ピーターソン 12周 41-52
出典: [W 11]
  • 太字は最多ラップリーダー

主な記録

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ドライバー

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コンストラクター

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エンジン

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第13戦終了時点のランキング

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2ヶ月前に開催された第10戦イギリスGPのレース最終盤にニキ・ラウダが観衆にあふれたピットロードからコースに復帰できなかった件についてフェラーリから抗議があったが、本GP終了後の9月19日夜遅くにFIAは「架空の1周」を認めることを発表し、ラウダは当初の9位から入賞圏内の5位に浮上して2点加算された。これにより、当初は5位だったカルロス・ロイテマン以下の順位も入れ替わり、ロイテマンは6位で1点(所属するブラバムのコンストラクターズポイントも同様)、デニス・ハルム(マクラーレン)は7位で無得点となった[7][8][注 3]。

この節ではラウダの順位が繰り上がった後の順位を基準とするが、繰り上げ前の順位(本GPが終了した当時の順位)も参考資料として掲載する。

  • 注: トップ5のみ表示。有効ポイントは前半8戦のうちベスト7戦と後半7戦のうちベスト6戦の合計。ポイントは有効ポイント、括弧内は総獲得ポイント。

脚注

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注釈

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  1. ↑ 2021年のイタリアGPから「クルヴァ・アルボレート」に名称が変更された[W 7]。
  2. ↑ 翌年から「ウィリアムズ」(ただし、現在のウィリアムズ(ウィリアムズ・グランプリ・エンジニアリング)とは直接の繫がりはない)にコンストラクター名を変更したため、「イソ・マールボロ」としては最後の入賞となる。
  3. ↑ 当時のコンストラクターズポイントは最上位に入賞した者のみが対象であり、同GPはマクラーレンのエマーソン・フィッティパルディが2位、フェラーリのクレイ・レガツォーニが4位に入賞しているため、両チームのポイントに変更はない。ブラバムはロイテマンの5位が最上位だったが、6位に下がったため1点減少した(ポイント付与方式の詳細はF1世界選手権ポイントシステムを参照)。

出典

[編集]
書籍
  1. ↑ (林信次 1993, p. 129)
  2. 1 2 3 4 (AUTOSPORT 154, p. 35)
  3. ↑ (AUTOSPORT 154, pp. 34–36)
  4. ↑ (AUTOSPORT 154, p. 34)
  5. ↑ (AUTOSPORT 154, pp. 36–37)
  6. ↑ (林信次 1993, p. 79)
  7. ↑ (AUTOSPORT 155, p. 50)
  8. ↑ (林信次 1993, p. 78)
  9. ↑ (AUTOSPORT 154, p. 37)
ウェブサイト
  1. 1 2 “Italy 1974 - Qualifications” (英語). STATS F1. 2025年10月13日閲覧。
  2. 1 2 “Italy 1974 - Best laps” (英語). STATS F1. 2025年10月13日閲覧。
  3. 1 2 “Italy 1974 - Result” (英語). STATS F1. 2025年10月13日閲覧。
  4. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 “Italy 1974”. STATS F1. 2025年10月13日閲覧。
  5. ↑ “Italy 1974 - Race entrants” (英語). STATS F1. 2025年10月13日閲覧。
  6. ↑ “Italian GP, 1974” (英語). grandprix.com. 2023年1月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年10月13日閲覧。
  7. ↑ “モンツァのパラボリカコーナー、元F1ドライバーにちなみ『アルボレート』に名称変更へ”. autosport web (2021年9月10日). 2025年10月13日閲覧。
  8. ↑ “Amon” (英語). grandprix.com. 2025年10月13日閲覧。
  9. 1 2 “Italy 1974 - Starting grid” (英語). STATS F1. 2025年10月13日閲覧。
  10. ↑ “1974 Italian Grand Prix”. formula1.com. 2015年1月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年12月22日閲覧。
  11. ↑ “Italy 1974 - Laps led” (英語). STATS F1. 2025年10月13日閲覧。
  12. ↑ “Statistics Drivers - Pole positions - Consecutively” (英語). STATS F1. 2025年10月13日閲覧。 (PCでは「au GP」の年度を「1974」、レース名(フランス語)を「13-Italie」に指定し、「OK」ボタンをクリックすれば最終レースの指定が可能。スマートフォンでは最初の記録として表示される。)
  13. ↑ “戦績:C.ファセッティ”. F1 DataWeb. 2025年10月13日閲覧。
  14. ↑ “戦績:A.メルヅァリオ”. F1 DataWeb. 2025年10月13日閲覧。
  15. ↑ “戦績:D.ホブス”. F1 DataWeb. 2025年10月13日閲覧。
  16. ↑ “戦績:L.キヌーネン”. F1 DataWeb. 2025年10月13日閲覧。
  17. ↑ “戦績:イソ・マールボロ”. F1 DataWeb. 2025年10月13日閲覧。
  18. ↑ “戦績:トロージャン”. F1 DataWeb. 2025年10月13日閲覧。
  19. ↑ “戦績:エイモン”. F1 DataWeb. 2025年10月13日閲覧。
  20. 1 2 “FIA Formula One World Championship 1974 Italian Grand Prix Standings” (英語). Motorsport Stats. 2025年10月13日閲覧。

参照文献

[編集]
  • Wikipedia英語版 - en:1974 Italian Grand Prix(2024年8月22日 13:21:34(UTC))
  • 林信次『F1全史 1971-1975 [名手スチュワートの退場/若手精鋭たちの新時代]』ニューズ出版(現:三栄)、1993年。ISBN 4-938495-05-8。ASB:FZS19931201。 
  • Jane Mase「イタリア・グランプリ」『AUTO SPORT No.154 1974年11月1日号』、三栄書房、1974年、33-37頁、ASB:AST19741101。 
  • 「情報パック「ラウダ、5位!」」『AUTO SPORT No.155 1974年11月15日号』、三栄書房、1974年、50頁、ASB:AST19741115。 

外部リンク

[編集]
前戦
1974年オーストリアグランプリ
FIA F1世界選手権
1974年シーズン
次戦
1974年カナダグランプリ
前回開催
1973年イタリアグランプリ
イタリアの旗 イタリアグランプリ 次回開催
1975年イタリアグランプリ
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