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1974年オーストリアグランプリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
オーストリアの旗 1974年オーストリアグランプリ
レース詳細
日程 1974年シーズン第12戦
決勝開催日 8月18日
開催地 エステルライヒリンク
 オーストリア シュタイアーマルク州 ムルタール郡(ドイツ語版) シュピールベルク(ドイツ語版)
コース長 5.911 km (3.673 mi)
レース距離 54周 319.194 km (198.338 mi)
決勝日天候 晴(ドライ)[1]
ポールポジション
ドライバー
タイム 1:35.40[W 1]
ファステストラップ
ドライバー スイスの旗 クレイ・レガツォーニ
タイム 1:37.22(46周目)[W 2]
決勝順位
優勝
2位
3位

1974年オーストリアグランプリ(1974ねんオーストリアグランプリ、英: 1974 Austrian Grand Prix、正式名称: XII Memphis(英語版) Grand Prix von Österreich[W 4])は、1974年のF1世界選手権の第12戦として、エステルライヒリンクで1974年8月18日に開催された自動車レース(オーストリアグランプリ)。

概要

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決勝レースは54周で行われ、ブラバムのカルロス・ロイテマンが優勝、マクラーレンのデニス・ハルムが2位、ヘスケスのジェームス・ハントが3位となった。ハルムは本GPでF1キャリア最後の表彰台を獲得した[W 5]。なお、ニュージーランド人ドライバーの表彰台は2024年終了時点で本GPのハルムが最後となっている[W 6]。

エントリー

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(特記のない出典:[W 7])

ワークスチーム

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サーティースはカルロス・パーチェに続いてヨッヘン・マスもオーナーのジョン・サーティースとの対立によりチームを離脱した。それに伴い、バング&オルフセンもタイトルスポンサーを降板してしまい、チームは深刻な財政難に陥った。パーチェの離脱後に加入したデレック・ベルがNo.1に昇格し、ジャン=ピエール・ジャブイーユがマスに代わりシートを得た。また、BMWでF2とツーリングカーレースの両方で活躍していた母国出身のディーター・クエスターがメンフィス・インターナショナル(英語版)のスポンサーを持ち込んで第3のシートを確保した。クエスターは35歳であるが、F1では初参戦となる[注 1]。

エンサインもスポンサーのテディ・イップ(セオドール・レーシング)が支援を取りやめたことによりヴァーン・シュパンが離脱し、マイク・ワイルズに交代した。

マクラーレンは前戦ドイツGPのアクシデントにより足を骨折する重症を負ったマイク・ヘイルウッド[W 8][W 9][注 2]に代わり、1971年以来F1から離れていたデヴィッド・ホッブスを起用した。

同GPの予選でヘイルウッド同様足を骨折する重症を負ったハウデン・ガンレイ[2][注 2]を失ったマキは、この年の参戦を取りやめた。

BRMは度重なるエンジントラブルの影響により、ジャン=ピエール・ベルトワーズのみ参加することを決めた。

前年の参戦開始からずっとジェームス・ハントのみの1カー体制だったヘスケスは初めて2台目をエントリーし、ジョディー・シェクターの兄であるイアン・シェクターを起用した。

ロータスは新車76をジャッキー・イクスに託した(ロニー・ピーターソンは従来型の72E)。

プライベートチーム

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エンバシー・ヒルはガイ・エドワーズが負傷した手首の回復が思わしくなかったため、ロルフ・シュトメレンが代走を務める。

ゴールディ・ヘキサゴン・レーシング(ヘキサゴン)(英語版)はジョン・ワトソンのためにマシンをブラバムの最新型BT44に変更した。

前戦ドイツGPを欠場したAAW・レーシングチームはレオ・キヌーネンとともにサーティース・TS16で復帰した。

第9戦フランスGP以来の参戦となるスクーデリア・フィノット(英語版)は、主にスポーツカーレースとツーリングカーレースで活躍する母国出身で25歳の若手ヘルムート・コイニクがブラバム・BT42を走らせる。コイニクは、2年前のフランスGPで片目を負傷したことにより引退を余儀なくされた母国出身の先輩ヘルムート・マルコの愛弟子でもある。

エントリーリスト

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チーム No. ドライバー コンストラクター シャシー エンジン タイヤ
イギリスの旗 ジョン・プレイヤー・チーム・ロータス 1 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス 72E フォード DFV 3.0L V8 G
2 ベルギーの旗 ジャッキー・イクス 76
イギリスの旗 エルフ・チーム・ティレル 3 南アフリカの旗 ジョディー・シェクター ティレル 007 フォード DFV 3.0L V8 G
4 フランスの旗 パトリック・デパイユ
イギリスの旗 マールボロ・チーム・テキサコ 5 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ マクラーレン M23 フォード DFV 3.0L V8 G
6 ニュージーランドの旗 デニス・ハルム
イギリスの旗 ヤードレー・チーム・マクラーレン 33 イギリスの旗 デヴィッド・ホッブス
イギリスの旗 モーターレーシング・ディベロップメンツ・リミテッド 7 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム BT44 フォード DFV 3.0L V8 G
8 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ
イギリスの旗 マーチ・エンジニアリング 9 西ドイツの旗 ハンス=ヨアヒム・スタック マーチ 741 フォード DFV 3.0L V8 G
10 イタリアの旗 ヴィットリオ・ブランビラ
イタリアの旗 スクーデリア・フェラーリ SpA SEFAC 11 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ フェラーリ 312B3-74 フェラーリ 001/11 3.0L F12 G
12 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ
イギリスの旗 チーム・モチュール・BRM 14 フランスの旗 ジャン=ピエール・ベルトワーズ BRM P201 BRM P200 3.0L V12 F
15 フランスの旗 アンリ・ペスカロロ 1
37 フランスの旗 フランソワ・ミゴール 1 P160E BRM P142 3.0L V12
アメリカ合衆国の旗 UOP・シャドウ・レーシングチーム 16 イギリスの旗 トム・プライス シャドウ DN3 フォード DFV 3.0L V8 G
17 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ
イギリスの旗 チーム・サーティース 18 イギリスの旗 デレック・ベル サーティース TS16 フォード DFV 3.0L V8 F
19 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャブイーユ
イギリスの旗 メンフィス・インターナショナル(英語版)・チーム・サーティース 30 オーストリアの旗 ディーター・クエスター
イギリスの旗 フランク・ウィリアムズ・レーシングカーズ 20 イタリアの旗 アルトゥーロ・メルツァリオ イソ・マールボロ FW フォード DFV 3.0L V8 F
21 フランスの旗 ジャック・ラフィット
イギリスの旗 チーム・エンサイン 22 イギリスの旗 マイク・ワイルズ エンサイン N174 フォード DFV 3.0L V8 F
イギリスの旗 トロージャン-トーラナック・レーシング 23 オーストラリアの旗 ティム・シェンケン トロージャン(英語版) T103 フォード DFV 3.0L V8 F
イギリスの旗 ヘスケス・レーシング 24 イギリスの旗 ジェームス・ハント ヘスケス 308 フォード DFV 3.0L V8 F
31 南アフリカの旗 イアン・シェクター
日本の旗 マキ・エンジニアリング 25 ニュージーランドの旗 ハウデン・ガンレイ 2 マキ F101 フォード DFV 3.0L V8 F
イギリスの旗 エンバシー・レーシング・ウィズ・グラハム・ヒル 26 イギリスの旗 グラハム・ヒル ローラ T370 フォード DFV 3.0L V8 F
27 西ドイツの旗 ロルフ・シュトメレン
イギリスの旗 ジョン・ゴールディ・レーシング・ウィズ・ヘキサゴン 28 イギリスの旗 ジョン・ワトソン ブラバム BT44 フォード DFV 3.0L V8 F
イタリアの旗 スクーデリア・フィノット 32 オーストリアの旗 ヘルムート・コイニク ブラバム BT42 フォード DFV 3.0L V8 F
イギリスの旗 トークン・レーシング 35 イギリスの旗 イアン・アシュレイ トークン RJ02 フォード DFV 3.0L V8 F
フィンランドの旗 AAW・レーシングチーム 43 フィンランドの旗 レオ・キヌーネン サーティース TS16 フォード DFV 3.0L V8 F
出典: [W 10]
追記
  • ^1 - BRMはベルトワーズのみ参加。
  • ^2 - マキはガンレイの負傷により、参戦を取りやめた。

予選

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(特記のない出典:[3])

セッションは金曜日、土曜日とも各2回のセッションで行われた。このレースも予選を通過できるのは25台に制限された。

母国グランプリを迎えるニキ・ラウダが5戦連続のポールポジションを獲得し、スターリング・モスとフィル・ヒルの記録に並んだ[W 7][W 11]。

ブラバムの「2人のカルロス」が躍進し、カルロス・ロイテマンが2番手、カルロス・パーチェが4番手を得た。エマーソン・フィッティパルディが3番手で、ブラバム勢の間に割って入った。ジョディー・シェクターは3列目の5番手に続く。ロータスは72Eと76を2台ずつ持ち込んだが、ロニー・ピーターソンは72Eで6番手を確保したが、76を駆るジャッキー・イクスは22番手に沈んでしまった。

予選結果

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順位 No. ドライバー コンストラクター タイム 差 Grid
1 12 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ フェラーリ 1:35.40 - 1
2 7 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム-フォード 1:35.56 +0.16 2
3 5 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ マクラーレン-フォード 1:35.76 +0.36 3
4 8 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ ブラバム-フォード 1:35.91 +0.51 4
5 3 南アフリカの旗 ジョディー・シェクター ティレル-フォード 1:35.94 +0.54 5
6 1 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス-フォード 1:36.00 +0.60 6
7 24 イギリスの旗 ジェームス・ハント ヘスケス-フォード 1:36.11 +0.71 7
8 11 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ フェラーリ 1:36.31 +0.91 8
9 20 イタリアの旗 アルトゥーロ・メルツァリオ イソ・マールボロ-フォード 1:36.35 +0.95 9
10 6 ニュージーランドの旗 デニス・ハルム マクラーレン-フォード 1:36.39 +0.99 10
11 28 イギリスの旗 ジョン・ワトソン ブラバム-フォード 1:36.52 +1.12 11
12 21 フランスの旗 ジャック・ラフィット イソ・マールボロ-フォード 1:36.86 +1.46 12 1
13 27 西ドイツの旗 ロルフ・シュトメレン ローラ-フォード 1:37.18 +1.78 13
14 4 フランスの旗 パトリック・デパイユ ティレル-フォード 1:37.25 +1.85 14
15 9 西ドイツの旗 ハンス=ヨアヒム・スタック マーチ-フォード 1:37.37 +1.97 15
16 16 イギリスの旗 トム・プライス シャドウ-フォード 1:37.39 +1.99 16
17 33 イギリスの旗 デヴィッド・ホッブス マクラーレン-フォード 1:37.41 +2.01 17
18 14 フランスの旗 ジャン=ピエール・ベルトワーズ BRM 1:37.43 +2.03 18
19 23 オーストラリアの旗 ティム・シェンケン トロージャン(英語版)-フォード 1:37.43 +2.03 19
20 10 イタリアの旗 ヴィットリオ・ブランビラ マーチ-フォード 1:37.47 +2.07 20
21 26 イギリスの旗 グラハム・ヒル ローラ-フォード 1:37.54 +2.14 21
22 2 ベルギーの旗 ジャッキー・イクス ロータス-フォード 1:38.09 +2.69 22
23 17 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ シャドウ-フォード 1:38.17 +2.77 23
24 32 イギリスの旗 イアン・アシュレイ トークン-フォード 1:38.67 +3.27 24
25 30 オーストリアの旗 ディーター・クエスター サーティース-フォード 1:38.88 +3.48 25
上位25台が決勝進出
26 31 南アフリカの旗 イアン・シェクター ヘスケス-フォード 1:39.17 +3.77 DNQ
27 43 フィンランドの旗 レオ・キヌーネン サーティース-フォード 1:39.47 +4.07 DNQ
28 18 イギリスの旗 デレック・ベル サーティース-フォード 1:39.53 +4.13 DNQ
29 22 イギリスの旗 マイク・ワイルズ エンサイン-フォード 1:39.96 +4.56 DNQ
30 19 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャブイーユ サーティース-フォード 1:40.10 +4.70 DNQ
31 32 オーストリアの旗 ヘルムート・コイニク ブラバム-フォード 1:40.60 +5.20 DNQ
出典: [W 1][W 12]
追記
  • ^1 - ラフィットは決勝をスタートする際、前輪が逆向きに取り付けられていたためエンジンをかけられず、ナットの一部が固着してしまい、レース開始時点でスターティンググリッドに着けなかった。ラフィットは17周遅れてピットレーンからスタートした[W 7]。

決勝

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(特記のない出典:[4])

レースはあまりの暑さのため、スタートを午後3時に遅らせた。

地元オーストリアのファンは母国出身のニキ・ラウダがリードするのを期待したが、好スタートを決めたのはカルロス・ロイテマンだった。次いでラウダとロイテマンのチームメイトであるカルロス・パーチェが続いたが、2周目にラウダのチームメイトであるクレイ・レガツォーニがパーチェを抜いて3位に浮上する。

8周目にはあまりもの暑さにより、首位ロイテマンの左フロントタイヤに異常が発生したものの、問題なく快調に首位を走行し続ける。13周目、2位を走行していたラウダがエンジントラブルで後退し、レガツォーニに先行を許したのちピットインして応急措置を施して再びコースに復帰したが、1気筒だけ発火しないトラブルにより、前戦ドイツGPに続き2戦連続のリタイアとなった。

ラウダのリタイア後、首位ロイテマンと2位レガツォーニの順位は変わらなかったが、3位以下はエマーソン・フィッティパルディ、ロニー・ピーターソン、パーチェの順に変わっていた。パーチェはスタート時にガソリンが満タンだった際は車重が重いマシンに苦しめられたが、周回を重ねるにつれてガソリンの搭載量が少なくなり車重が軽くなると、3位のフィッティパルディを猛追していく。ペースを上げるためにエンジンを酷使したフィッティパルディはエンジンをブローさせてしまい、首位争いから脱落した。パーチェはさらにレガツォーニもオーバーテイクし、ブラバムが1-2体制を築いた。レガツォーニもラウダ同様エンジンの状態が良くなく、ピーターソンにも先行を許した。しかし、それと同時にパーチェの燃料パイプのラインが外れてしまい、ブラバムの1-2フィニッシュの夢はあっさりと崩れ去った。

これでロイテマン、ピーターソン、レガツォーニの順となるが、レガツォーニがリアタイヤに異常を感じてピットインしてしまう。タイヤとホイールのマッチングが悪く、空気が抜けてしまっていたためだった。レガツォーニはコースに復帰したが、入賞圏外の7位まで後退してしまった。代わってデニス・ハルムが3位に浮上した。

レースも終盤となった残り8周、ピーターソンのCVジョイントが壊れてコースアウトしてしまい、代わってハルムが2位に順位を上げた。

ロイテマンは首位を一度も譲らないまま、2位のハルムに42秒の大差を付けてシーズン2勝目を挙げた[W 7][5]。2位のハルムはF1キャリア最後の表彰台となった[W 5]。ジェームス・ハントが3位表彰台を獲得した[W 7]。ヘキサゴン(英語版)のジョン・ワトソンは初乗車となるブラバム・BT44で4位[W 7]、レガツォーニは入賞圏内の5位まで追い上げてポイント獲得にこぎつけた[W 7]。ヴィットリオ・ブランビラは6位に入賞し、自身初のポイントを獲得した[W 7]。

混沌とするチャンピオン争いはランキング上位のうち、首位のレガツォーニのみがポイントを獲得するにとどまった[W 8]。

レース結果

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順位 No. ドライバー コンストラクター 周回数 タイム/リタイア原因 Grid Pts.
1 7 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム-フォード 54 1:28:44.72 2 9
2 6 ニュージーランドの旗 デニス・ハルム マクラーレン-フォード 54 +42.92 10 6
3 24 イギリスの旗 ジェームス・ハント ヘスケス-フォード 54 +1:01.54 7 4
4 28 イギリスの旗 ジョン・ワトソン ブラバム-フォード 54 +1:09.39 11 3
5 11 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ フェラーリ 54 +1:13.08 8 2
6 10 イタリアの旗 ヴィットリオ・ブランビラ マーチ-フォード 54 +1:13.82 20 1
7 33 イギリスの旗 デヴィッド・ホッブス マクラーレン-フォード 53 +1 Lap 17
8 17 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ シャドウ-フォード 52 +2 Laps 23
9 30 オーストリアの旗 ディーター・クエスター サーティース-フォード 51 +3 Laps 25
10 23 オーストラリアの旗 ティム・シェンケン トロージャン(英語版)-フォード 50 +4 Laps 19
11† 9 西ドイツの旗 ハンス=ヨアヒム・スタック マーチ-フォード 48 サスペンション 15
12 26 イギリスの旗 グラハム・ヒル ローラ-フォード 48 +6 Laps 21
NC 35 イギリスの旗 イアン・アシュレイ トークン-フォード 46 規定周回数不足 24
Ret 1 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス-フォード 45 ハーフシャフト 6
Ret 2 ベルギーの旗 ジャッキー・イクス ロータス-フォード 43 接触 22
Ret 4 フランスの旗 パトリック・デパイユ ティレル-フォード 42 接触 14
Ret 8 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ ブラバム-フォード 41 燃料漏れ 4
Ret 5 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ マクラーレン-フォード 37 エンジン 3
NC 21 フランスの旗 ジャック・ラフィット イソ・マールボロ-フォード 37 規定周回数不足 12
Ret 20 イタリアの旗 アルトゥーロ・メルツァリオ イソ・マールボロ-フォード 24 燃料システム 9
Ret 16 イギリスの旗 トム・プライス シャドウ-フォード 22 スピンオフ 16
Ret 14 フランスの旗 ジャン=ピエール・ベルトワーズ BRM 22 エンジン 18
Ret 12 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ フェラーリ 17 エンジン 1
Ret 27 西ドイツの旗 ロルフ・シュトメレン ローラ-フォード 14 アクシデント 13
Ret 3 南アフリカの旗 ジョディー・シェクター ティレル-フォード 8 エンジン 5
DNQ 31 南アフリカの旗 イアン・シェクター ヘスケス-フォード 予選不通過
DNQ 43 フィンランドの旗 レオ・キヌーネン サーティース-フォード 予選不通過
DNQ 18 イギリスの旗 デレック・ベル サーティース-フォード 予選不通過
DNQ 22 イギリスの旗 マイク・ワイルズ エンサイン-フォード 予選不通過
DNQ 19 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャブイーユ サーティース-フォード 予選不通過
DNQ 32 オーストリアの旗 ヘルムート・コイニク ブラバム-フォード 予選不通過
優勝スピード(勝者ロイテマンの平均速度):215.804 km/h
ファステストラップ:クレイ・レガツォーニ - 1:37.2(46周目)[W 2]
出典: [W 13][W 3][W 12]
追記
  • ^† - リタイアだが、90%以上の距離を走行したため規定により完走扱い。
ラップリーダー
ドライバー 周回数 リードラップ
カルロス・ロイテマン 54周 1-54(全周回)
出典: [W 14]
  • 太字は最多ラップリーダー

主な記録

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ドライバー

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コンストラクター

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エンジン

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第12戦終了時点のランキング

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ポイントは第10戦イギリスGPのニキ・ラウダの順位が同GP終了から2ヶ月後の9月19日に9位から5位に繰り上がった後のものとするが、繰り上げ前の順位(本GPが終了した当時の順位)も参考資料として掲載する[注 3]。

  • 注: トップ5のみ表示。有効ポイントは前半8戦のうちベスト7戦と後半7戦のうちベスト6戦の合計。ポイントは有効ポイント、括弧内は総獲得ポイント。

脚注

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注釈

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  1. 1 2 クエスターはF2との混走が認められていた1969年ドイツグランプリ(この年までドイツGPはF2との混走が認められていたが、F1部門とF2部門に分けられ、F2部門のドライバーが入賞圏内の6位以上になってもポイントの対象外であった。ただし、出走や参戦についてはF1の記録に含まれる)にもF2部門のBMWで参加したが、予選でチームメイトのゲルハルト・ミッターが事故で亡くなったため、BMW勢とハンス・ヘルマンは決勝の出場を辞退した。このため、F1マシンでは初参戦だが、厳密にはF1の参加は2回目となる。
  2. 1 2 ヘイルウッドとガンレイはドイツGPでの事故により、ともにF1からの引退を余儀なくされた。
  3. ↑ ラウダの順位繰り上げ前は5位カルロス・ロイテマン、6位デニス・ハルムであり、ロイテマンが所属するブラバムのポイントが1点多く加算されていた。

出典

[編集]
書籍
  1. ↑ (林信次 1993, p. 128)
  2. ↑ (林信次 1993, p. 80)
  3. ↑ (AUTOSPORT 153, pp. 59–61)
  4. ↑ (AUTOSPORT 153, pp. 62–63)
  5. ↑ (林信次 1993, p. 79)
  6. ↑ (AUTOSPORT 153, p. 63)
ウェブサイト
  1. 1 2 “Austria 1974 - Qualifications” (英語). STATS F1. 2025年10月13日閲覧。
  2. 1 2 “Austria 1974 - Best laps” (英語). STATS F1. 2025年10月13日閲覧。
  3. 1 2 “Austria 1974 - Result” (英語). STATS F1. 2025年10月13日閲覧。
  4. ↑ “1974 Austrian Grand Prix Entry list” (英語). RacingSportsCars. 2025年10月13日閲覧。
  5. 1 2 3 “戦績:D.ハルム”. F1 DataWeb. 2025年10月13日閲覧。
  6. 1 2 “New Zealand - Podiums” (英語). STATS F1. 2025年10月13日閲覧。
  7. 1 2 3 4 5 6 7 8 “Austria 1974”. STATS F1. 2025年10月13日閲覧。
  8. 1 2 “Austrian GP, 1974” (英語). grandprix.com. 2025年10月13日閲覧。
  9. ↑ “Mike Hailwood” (英語). grandprix.com. 2025年10月13日閲覧。
  10. ↑ “Austria 1974 - Race entrants” (英語). STATS F1. 2025年10月13日閲覧。
  11. ↑ “Statistics Drivers - Pole positions - Consecutively” (英語). STATS F1. 2025年10月13日閲覧。 (「au GP」の年度を「1974」、レース名(フランス語)を「12-Autriche」と指定し、「OK」ボタンをクリックすれば最終レースの指定が可能。)
  12. 1 2 “Austria 1974 - Starting grid” (英語). STATS F1. 2025年10月13日閲覧。
  13. ↑ “1974 Austrian Grand Prix”. formula1.com. 2015年1月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年12月22日閲覧。
  14. ↑ “Austria 1974 - Laps led” (英語). STATS F1. 2025年10月13日閲覧。
  15. ↑ “戦績:V.ブランビラ”. F1 DataWeb. 2025年10月13日閲覧。
  16. ↑ “戦績:D.クエスター”. F1 DataWeb. 2025年10月13日閲覧。
  17. ↑ “戦績:H.コイニク”. F1 DataWeb. 2025年10月13日閲覧。
  18. ↑ “戦績:T.シェンケン”. F1 DataWeb. 2025年10月13日閲覧。
  19. ↑ “Hesketh - Grands Prix started 1974” (英語). STATS F1. 2025年10月13日閲覧。
  20. ↑ “戦績:トロージャン”. F1 DataWeb. 2025年10月13日閲覧。
  21. ↑ “戦績:トークン”. F1 DataWeb. 2025年10月13日閲覧。
  22. ↑ “Ford Cosworth - Podiums” (英語). STATS F1. 2025年10月13日閲覧。
  23. 1 2 “FIA Formula One World Championship 1974 Austrian Grand Prix Standings” (英語). Motorsport Stats. 2025年10月13日閲覧。

参照文献

[編集]
  • Wikipedia英語版 - en:1974 Austrian Grand Prix(2025年9月8日 10:32:26(UTC))
  • 林信次『F1全史 1971-1975 [名手スチュワートの退場/若手精鋭たちの新時代]』ニューズ出版(現:三栄)、1993年。ISBN 4-938495-05-8。ASB:FZS19931201。 
  • Jane Mase「オーストリア・グランプリ」『AUTO SPORT No.153 1974年10月15日号』、三栄書房、1974年、59-63頁、ASB:AST19741015。 

外部リンク

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前戦
1974年ドイツグランプリ
FIA F1世界選手権
1974年シーズン
次戦
1974年イタリアグランプリ
前回開催
1973年オーストリアグランプリ
オーストリアの旗 オーストリアグランプリ 次回開催
1975年オーストリアグランプリ
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