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1974年カナダグランプリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
カナダの旗 1974年カナダグランプリ
レース詳細
日程 1974年シーズン第14戦
決勝開催日 9月22日
開催地 モスポート・パーク
カナダの旗 カナダ オンタリオ州 ボーマンビル(英語版)
コース長 3.957 km (2.459 mi)
レース距離 80周 316.560 km (196.701 mi)
決勝日天候 曇(ドライ)[1]
気温: 13.3 °C (55.9 °F)[W 1]
風速: 17.04キロメートル毎時 (4.73 m/s)[W 1]
ポールポジション
ドライバー
タイム 1:33.188[W 2]
ファステストラップ
ドライバー オーストリアの旗 ニキ・ラウダ
タイム 1:13.659(60周目)[W 3]
決勝順位
優勝
2位
3位

1974年カナダグランプリ(1974ねんカナダグランプリ、英: 1974 Canadian Grand Prix、正式名称: Labatt's 50 Grand Prix of Canada[W 5][2])は、1974年のF1世界選手権の第14戦として、1974年9月22日にモスポート・パークで開催された自動車レース(カナダグランプリ)。

概要

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レースは80周で行われ、ポールポジションからスタートしたマクラーレンのエマーソン・フィッティパルディが優勝した。フェラーリのクレイ・レガツォーニが2位、ロータスのロニー・ピーターソンが3位となった。

背景

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タイトル争い[W 6]
本年度のレースも残り2戦となったが、ドライバーズタイトルとコンストラクターズタイトル争いは混沌としていた。
サーキット[2]
カナダGPは1971年以降モスポート・パークで継続開催していたが、路面の荒れ具合が問題となっていたため、この年再舗装された。

エントリー

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(特記のない出典:[W 6])

北米ラウンドを迎え、トロージャン(英語版)、AAW、フィノット(英語版)といった小規模チームは参加せず、クリス・エイモンは自身のチーム(エイモン)での活動を終了した。一方、アメリカから以下の2チームが新規参戦する。

ワークスチーム

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元ドライバーのロジャー・ペンスキー率いるペンスキーは、NASCARやUSACチャンピオンシップ(現在のインディカー・シリーズ)で数々の成功を収めた後、F1への参戦を決意した。ファースト・ナショナル・シティバンクの支援を受け[W 7]、マシンはジェフ・フェリス(英語版)設計のPC1で、ドライバーはペンスキーで1972年のインディ500(英語版)を制し、1971年のカナダGPでマクラーレンの車両を走らせて表彰台を獲得したマーク・ダナヒューを起用した。

同じく元ドライバーのパーネリ・ジョーンズ(英語版)率いるパーネリも、ファイアストンと実業家のヴェルコ・ミレティッチ(Velko Miletich)から多額の資金を得てF1に参戦する。マシンはモーリス・フィリップ(英語版)設計のVPJ4で、ドライバーは2年ぶりのF1復帰となるマリオ・アンドレッティを起用した。

マクラーレンの3台目(ヤードレー)のドライバーは、不振のデヴィッド・ホッブスに代わり、2ヶ月前にサーティースを去ったヨッヘン・マスが後任に就いた。

BRMはアンリ・ペスカロロが衰退の一途を辿るチームの不振に嫌気が差してチームを去り、クリス・エイモンが後任に就いた。さらにフランソワ・ミゴールを解雇し、2台体制に縮小した。

サーティースはフィナ(英語版)とマッチボックスのスポンサードに加え、F1を撤退しようとしていたファイアストン[注 1]からもはや開発していなかった劣悪なタイヤと引き換えに数ドルを得て細々と活動していたが[注 2]、オーナーのジョン・サーティースはオーストリアGPの1戦のみで解雇したディーター・クエスターを再起用しない条件で、オーストリアのたばこブランド「メンフィス(英語版)」からの資金援助を取り戻そうとした。この仲介役となったヘルムート・マルコは、オーストリアGPでフィノットから参加したが予選を通過できなかった弟子のヘルムート・コイニクを紹介した。前年にフォーミュラ・Veeでチャンピオンを獲得したコイニクはこの年、スポーツカーではポルシェのワークスチーム(マルティーニ・レーシング)から、ツーリングカーではフォードのワークスチームから参戦していた若手ドライバーであり[4]、ジム・クラーク・メモリアルではサーティースのF2マシンを走らせていた。

ロータスは両ドライバーとも72Eに戻し、76は1台のみTカーとしてエントリーするにとどまった[5]。

プライベートチーム

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チェッカード・フラッグが初参戦にこぎつけ、イアン・アシュレイを起用する。チーム・カナダ・F1レーシングから母国出身のエッピー・ウィーツェス(英語版)が1967年のカナダGP以来7年ぶりにスポット参戦する。この両者はいずれもブラバムの旧車BT42を使用する。

エントリーリスト

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チーム No. ドライバー コンストラクター シャシー エンジン タイヤ
イギリスの旗 ジョン・プレイヤー・チーム・ロータス 1 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス 72E フォード DFV 3.0L V8 G
2 ベルギーの旗 ジャッキー・イクス
イギリスの旗 エルフ・チーム・ティレル 3 南アフリカの旗 ジョディー・シェクター ティレル 007 フォード DFV 3.0L V8 G
4 フランスの旗 パトリック・デパイユ
イギリスの旗 マールボロ・チーム・テキサコ 5 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ マクラーレン M23 フォード DFV 3.0L V8 G
6 ニュージーランドの旗 デニス・ハルム
イギリスの旗 ヤードレー・チーム・マクラーレン 33 西ドイツの旗 ヨッヘン・マス
イギリスの旗 モーターレーシング・ディベロップメンツ Ltd 7 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム BT44 フォード DFV 3.0L V8 G
8 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ
イギリスの旗 マーチ・エンジニアリング 9 西ドイツの旗 ハンス=ヨアヒム・スタック マーチ 741 フォード DFV 3.0L V8 G
10 イタリアの旗 ヴィットリオ・ブランビラ
イタリアの旗 スクーデリア・フェラーリ SpA SEFAC 11 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ フェラーリ 312B3-74 フェラーリ 001/11 3.0L F12 G
12 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ
イギリスの旗 チーム・モチュール・BRM 14 フランスの旗 ジャン=ピエール・ベルトワーズ BRM P201 BRM P200 3.0L V12 F
15 ニュージーランドの旗 クリス・エイモン
37 フランスの旗 フランソワ・ミゴール 1
アメリカ合衆国の旗 UOP・シャドウ・レーシングチーム 16 イギリスの旗 トム・プライス シャドウ DN3 フォード DFV 3.0L V8 G
17 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ
イギリスの旗 チーム・サーティース 18 イギリスの旗 デレック・ベル サーティース TS16 フォード DFV 3.0L V8 F
19 オーストリアの旗 ヘルムート・コイニク
イギリスの旗 フランク・ウィリアムズ・レーシングカーズ 20 イタリアの旗 アルトゥーロ・メルツァリオ イソ・マールボロ FW フォード DFV 3.0L V8 F
21 フランスの旗 ジャック・ラフィット
イギリスの旗 チーム・エンサイン 22 イギリスの旗 マイク・ワイルズ エンサイン N174 フォード DFV 3.0L V8 F
イギリスの旗 ヘスケス・レーシング 24 イギリスの旗 ジェームス・ハント ヘスケス 308 フォード DFV 3.0L V8 F
イギリスの旗 エンバシー・レーシング・ウィズ・グラハム・ヒル 26 イギリスの旗 グラハム・ヒル ローラ T370 フォード DFV 3.0L V8 F
27 西ドイツの旗 ロルフ・シュトメレン
イギリスの旗 ジョン・ゴールディ・レーシング・ウィズ・ヘキサゴン 28 イギリスの旗 ジョン・ワトソン ブラバム BT44 フォード DFV 3.0L V8 F
イギリスの旗 チェッカード・フラッグ 42 イギリスの旗 イアン・アシュレイ ブラバム BT42 フォード DFV 3.0L V8 G
カナダの旗 チーム・カナダ・F1レーシング 50 カナダの旗 エッピー・ウィーツェス(英語版) ブラバム BT42 フォード DFV 3.0L V8 G
アメリカ合衆国の旗 ヴェルズ・パーネリ・ジョーンズ・レーシング 55 アメリカ合衆国の旗 マリオ・アンドレッティ パーネリ VPJ4 フォード DFV 3.0L V8 F
アメリカ合衆国の旗 ペンスキー・カーズ 66 アメリカ合衆国の旗 マーク・ダナヒュー ペンスキー PC1 フォード DFV 3.0L V8 G
出典: [W 8][W 5]
追記
  • ^1 - ミゴールはBRMから解雇された。

予選

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(特記のない出典:[6])

セッションは金曜日・土曜日の各2回、合計4回行われた。

エマーソン・フィッティパルディがニキ・ラウダを0.42秒差で抑え、第2戦ブラジルGP以来となる今季2回目のポールポジションを獲得した[W 6]。2番手に終わったラウダの連続ポールポジション記録は6でストップした[W 9]。

3番手以降はジョディー・シェクター、カルロス・ロイテマン、ジャン=ピエール・ジャリエ、クレイ・レガツォーニの順に続くが[W 6]、レガツォーニは土曜日にカーブを曲がりきれずにキャッチフェンスに突っ込み、ノーズセクションに大きなダメージを負ったが、レガツォーニ自身は無事にピットに戻ってきた。

ロータス勢は不調でロニー・ピーターソンが10番手、ジャッキー・イクスは金曜日に72Eをコースアウトさせ、フロントウィッシュボーンとステアリングラックを壊してしまい、Tカーの76もブレーキシステムの準備が完了しておらず、その日の走行を断念し、土曜日に72Eでベストタイムをマークしたが20番手止まりだった。

本GPから参戦を開始したアメリカの2チームだが、パーネリのマリオ・アンドレッティは金曜日、ファイアストンタイヤのトラブルにより低調だったが、気温が下がった土曜日は前日より0.7秒速いタイムをマークして16番手、ペンスキーのマーク・ダナヒューは土曜日の朝、わずか3周でエンジンがストップしてしまい、燃料系統のトラブルにも見舞われ、金曜日のタイムがベストタイムとなったが、24番手で予選を通過した。

サーティースに新加入したヘルムート・コイニクは22番手で予選を通過した。母国GPにスポット参戦したエッピー・ウィーツェス(英語版)は、25番手のクリス・エイモンより0.5秒遅い26番手だったが、予選を通過することができた[注 3]。

マーチのヴィットリオ・ブランビラは金曜日に第3コーナーへ下るダウンヒルでクラッシュし、フロントセクションに大きなダメージを負ったため、以後のセッションは断念せざるを得なかった。

予選結果

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順位 No. ドライバー コンストラクター タイム 差 Grid
1 5 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ マクラーレン-フォード 1:13.188 - 1
2 12 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ フェラーリ 1:13.230 +0.042 2
3 3 南アフリカの旗 ジョディー・シェクター ティレル-フォード 1:13.302 +0.114 3
4 7 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム-フォード 1:13.482 +0.294 4
5 17 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ シャドウ-フォード 1:13.538 +0.350 5
6 11 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ フェラーリ 1:13.553 +0.365 6
7 4 フランスの旗 パトリック・デパイユ ティレル-フォード 1:13.634 +0.446 7
8 24 イギリスの旗 ジェームス・ハント ヘスケス-フォード 1:13.736 +0.548 8
9 8 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ ブラバム-フォード 1:14.100 +0.912 9
10 1 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス-フォード 1:14.340 +1.152 10
11 27 西ドイツの旗 ロルフ・シュトメレン ローラ-フォード 1:14.449 +1.261 11
12 33 西ドイツの旗 ヨッヘン・マス マクラーレン-フォード 1:14.486 +1.261 12
13 16 イギリスの旗 トム・プライス シャドウ-フォード 1:14.631 +1.261 13
14 6 ニュージーランドの旗 デニス・ハルム マクラーレン-フォード 1:14.754 +1.566 14
15 28 イギリスの旗 ジョン・ワトソン ブラバム-フォード 1:14.757 +1.569 15
16 55 アメリカ合衆国の旗 マリオ・アンドレッティ パーネリ-フォード 1:14.923 +1.735 16
17 14 フランスの旗 ジャン=ピエール・ベルトワーズ BRM 1:15.021 +1.833 17
18 21 フランスの旗 ジャック・ラフィット イソ・マールボロ-フォード 1:15.218 +2.030 18
19 20 イタリアの旗 アルトゥーロ・メルツァリオ イソ・マールボロ-フォード 1:15.337 +2.149 19
20 26 イギリスの旗 グラハム・ヒル ローラ-フォード 1:15.538 +2.350 20
21 2 ベルギーの旗 ジャッキー・イクス ロータス-フォード 1:15.661 +2.473 21
22 19 オーストリアの旗 ヘルムート・コイニク サーティース-フォード 1:15.668 +2.480 22
23 9 西ドイツの旗 ハンス=ヨアヒム・スタック マーチ-フォード 1:15.709 +2.521 23
24 66 アメリカ合衆国の旗 マーク・ダナヒュー ペンスキー-フォード 1:15.741 +2.553 24
25 15 ニュージーランドの旗 クリス・エイモン BRM 1:15.815 +2.627 25
26 50 カナダの旗 エッピー・ウィーツェス(英語版) ブラバム-フォード 1:16.311 +3.123 26
上位26台が決勝進出
27 18 イギリスの旗 デレック・ベル サーティース-フォード 1:16.600 +3.412 DNQ
28 22 イギリスの旗 マイク・ワイルズ エンサイン-フォード 1:16.822 +3.634 DNQ
29 10 イタリアの旗 ヴィットリオ・ブランビラ マーチ-フォード 1:17.216 +4.028 DNQ
30 42 イギリスの旗 イアン・アシュレイ ブラバム-フォード 1:17.305 +4.117 DNQ
出典: [W 2][W 10]

決勝

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(特記のない出典:[7])

空は雲に覆われて風が冷たくなる中、観客のマナーの悪さや犬や猫がコース上に侵入したことでスタートは午後3時半まで遅れた。

ニキ・ラウダが好スタートを決めて首位に立ち、エマーソン・フィッティパルディはクレイ・レガツォーニとジョディー・シェクターを引き連れてラウダを追う。

4周目、シェクターがダウンヒルのヘアピンでインからレガツォーニを抜き去ると、上位3台はレガツォーニに大きく水を開けていった。その後方を走るジェームス・ハントはアップデートされたヘスケス・308で快走しブラバムの2台、パトリック・デパイユ、そしてロニー・ピーターソンを抑える。

30周を過ぎてもラウダ、フィッティパルディ、シェクター、レガツォーニの順位は変わらなかったが、ピーターソンは徐々に順位を上げている中、32周目にヨッヘン・マスを周回遅れにしようとする際に左フロントのスポイラーにダメージを受けるも問題なく走行を続ける。

40周を終えた時点でも上位4台は変わらず、カルロス・パーチェがこの4台に続いたが、左リアタイヤがパンクしてしまいピットインせざるを得ず、9位に順位を下げた。上位4台のうち、シェクターのブレーキにトラブルが発生し、49周目にヘアピンを曲がりきれずガードレールにクラッシュしてしまった。これでシェクターのドライバーズタイトルの可能性は大きくしぼんでしまった。これでハントとピーターソンが4位を争うことになったが、ピーターソンが60周目にハントを抜いて4位な座を奪い、さらに3位のレガツォーニにも迫っていく。

ラウダは首位を順調に走行していたが、68周目[W 6]の第3ターンに差し掛かるコーナーを曲がりきれず、ガードレールにクラッシュし、ラウダはタイトルの可能性を失ってしまった。レース後、ラウダはリタイアした時の状況をこのように語った。

まるで氷の上を滑っているようだった。おまけに突っ込んだところが砂利や砂がいっぱいときてる。簡単にお手上げさ。 — ニキ・ラウダ、[8]

ラウダがリタイアしたことでフィッティパルディが首位に浮上した。ピーターソンはレガツォーニを射程圏内に捉え、最終ラップの最終コーナーでオーバーテイクを仕掛けるも僅か0.4秒差届かず、レガツォーニが2位、ピーターソンが3位でフィニッシュした。以下、4位のハント、5位のパトリック・デパイユ、6位のデニス・ハルムがポイントを獲得した[W 6]。

フィッティパルディはレガツォーニに14秒の差を付けてレースを制し、両者のポイントは52点と同点で並び、優勝回数の差(フィッティパルディ3勝、レガツォーニ1勝)によりフィッティパルディがランキング首位に浮上した。最終戦のアメリカGPで上位にフィニッシュすれば[注 4]ドライバーズタイトルが決定することになった。なお、リタイアしたシェクターも45点でタイトルの可能性を残し、ラウダとピーターソンはタイトル争いから脱落した[W 6]。コンストラクターズタイトル争いは、首位のマクラーレンが2位のフェラーリとの差を5点に広げ、ティレルはタイトル争いから脱落した[W 6]。

タイトル争いから脱落したラウダはレース後、このように語った。

今年はまだワールドチャンピオンになるには未熟でした。来シーズン良い結果を残せれば、その理由と、この困難な74年シーズンが私に与えてくれたもの、つまり成長と、より大きな挑戦への準備ができたことを理解できるでしょう。 — ニキ・ラウダ、[W 6]

レース結果

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順位 No. ドライバー コンストラクター 周回数 タイム/リタイア原因 Grid Pts.
1 5 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ マクラーレン-フォード 80 1:40:26.136 1 9
2 11 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ フェラーリ 80 +13.034 6 6
3 1 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス-フォード 80 +14.494 10 4
4 24 イギリスの旗 ジェームス・ハント ヘスケス-フォード 80 +15.669 8 3
5 4 フランスの旗 パトリック・デパイユ ティレル-フォード 80 +55.322 7 2
6 6 ニュージーランドの旗 デニス・ハルム マクラーレン-フォード 79 +1 Lap 14 1
7 55 アメリカ合衆国の旗 マリオ・アンドレッティ パーネリ-フォード 79 +1 Lap 16
8 8 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ ブラバム-フォード 79 +1 Lap 9
9 7 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム-フォード 79 +1 Lap 4
10 19 オーストリアの旗 ヘルムート・コイニク サーティース-フォード 78 +2 Laps 22
11 27 西ドイツの旗 ロルフ・シュトメレン ローラ-フォード 78 +2 Laps 11
12 66 アメリカ合衆国の旗 マーク・ダナヒュー ペンスキー-フォード 78 +2 Laps 24
13 2 ベルギーの旗 ジャッキー・イクス ロータス-フォード 78 +2 Laps 21
14 26 イギリスの旗 グラハム・ヒル ローラ-フォード 77 +3 Laps 20
15† 21 フランスの旗 ジャック・ラフィット イソ・マールボロ-フォード 74 パンクチャー 18
16 33 西ドイツの旗 ヨッヘン・マス マクラーレン-フォード 72 +8 Laps 12
NC 15 ニュージーランドの旗 クリス・エイモン BRM 70 規定周回数不足 25
Ret 12 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ フェラーリ 67 アクシデント 2
Ret 16 イギリスの旗 トム・プライス シャドウ-フォード 65 エンジン 13
Ret 28 イギリスの旗 ジョン・ワトソン ブラバム-フォード 61 サスペンション 15
NC 14 フランスの旗 ジャン=ピエール・ベルトワーズ BRM 60 規定周回数不足 17
Ret 3 南アフリカの旗 ジョディー・シェクター ティレル-フォード 48 ブレーキ 3
Ret 17 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ シャドウ-フォード 46 ハーフシャフト 5
Ret 20 イタリアの旗 アルトゥーロ・メルツァリオ イソ・マールボロ-フォード 40 ハンドリング 19
Ret 50 カナダの旗 エッピー・ウィーツェス(英語版) ブラバム-フォード 33 エンジン 26
Ret 9 西ドイツの旗 ハンス=ヨアヒム・スタック マーチ-フォード 12 燃料システム 23
DNQ 18 イギリスの旗 デレック・ベル サーティース-フォード 予選不通過
DNQ 22 イギリスの旗 マイク・ワイルズ エンサイン-フォード 予選不通過
DNQ 10 イタリアの旗 ヴィットリオ・ブランビラ マーチ-フォード 予選不通過
DNQ 42 イギリスの旗 イアン・アシュレイ ブラバム-フォード 予選不通過
優勝スピード(勝者フィッティパルディの平均速度):189.112 km/h
ファステストラップ:ニキ・ラウダ - 1:13.659(60周目)[W 3]
[W 11][W 4][W 10]
追記
  • ^† - リタイアだが、90%以上の距離を走行したため規定により完走扱い。
ラップリーダー
ドライバー 周回数 リードラップ
ニキ・ラウダ 67周 1-67
エマーソン・フィッティパルディ 13周 68-80
出典: [W 12]
  • 太字は最多ラップリーダー

主な記録

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(特記のない出典:[W 6])

ドライバー

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コンストラクター

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第14戦終了時点のランキング

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  • 注: トップ5のみ表示。有効ポイントは前半8戦のうちベスト7戦と後半7戦のうちベスト6戦の合計。ポイントは有効ポイント、括弧内は総獲得ポイント。フィッティパルディとレガツォーニは同点だが、優勝回数(フィッティパルディ3勝、レガツォーニ1勝)の差でフィッティパルディが上位。

脚注

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注釈

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  1. ↑ 実際にこの年をもってF1から撤退した。前記した通りファイアストンが支援していたパーネリは、1975年の開幕戦アルゼンチンGPのみ在庫品のタイヤを使用したが、この1戦のみでグッドイヤーに変更せざるを得ず、結果的にグッドイヤーのワンメイクとなった[3]。
  2. ↑ 開幕当初はカルロス・パーチェとマスのコンビであったが、両者ともオーナーのジョン・サーティースと衝突の末解雇された。マスの解雇とともにタイトルスポンサーのバング&オルフセンが降板したことにより、チームは資金難に陥っていた。このことが後述の背景となっている。
  3. ↑ これまで予選通過台数は25台だったが、本GPは26台に拡大されていた。
  4. ↑ ただし、前述の理由により両者とも7位以下またはリタイアの場合、フィッティパルディがチャンピオンとなる。
  5. ↑ 翌年からコンストラクター名称を「ウィリアムズ」に変更した。

出典

[編集]
書籍
  1. ↑ (林信次 1993, p. 129)
  2. 1 2 (AUTOSPORT 155, p. 58)
  3. ↑ (林信次 1993, p. 98)
  4. ↑ (林信次 1993, p. 82)
  5. ↑ (AUTOSPORT 155, p. 59)
  6. ↑ (AUTOSPORT 155, pp. 58–62)
  7. ↑ (AUTOSPORT 155, pp. 62–63)
  8. ↑ (AUTOSPORT 155, p. 63)
ウェブサイト
  1. 1 2 “Weather information for the "1974 Canadian Grand Prix"” (英語). The Old Farmers' Almanac. 2025年12月17日閲覧。
  2. 1 2 “Italy 1974 - Qualifications” (英語). STATS F1. 2025年12月17日閲覧。
  3. 1 2 “Canada 1974 - Best laps” (英語). STATS F1. 2025年12月17日閲覧。
  4. 1 2 “Canada 1974 - Result” (英語). STATS F1. 2025年12月17日閲覧。
  5. 1 2 “Labatt's 50 Trophy in the Grand Prix of Canada Provisional Entry List” (英語). RacingSportsCars. 2025年12月17日閲覧。
  6. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 “Canada 1974”. STATS F1. 2025年12月17日閲覧。
  7. ↑ “Canadian GP, 1974” (英語). grandprix.com. 2025年12月17日閲覧。
  8. ↑ “Canada 1974 - Race entrants” (英語). STATS F1. 2025年12月17日閲覧。
  9. ↑ “Statistics Drivers - Pole positions - Consecutively” (英語). STATS F1. 2025年12月17日閲覧。 (PCでは「au GP」の年度を「1974」、レース名(フランス語)を「14-Canada」に指定し、「OK」ボタンをクリックすれば最終レースの指定が可能。スマートフォンでは最初の記録として表示される。)
  10. 1 2 “Canada 1974 - Starting grid” (英語). STATS F1. 2025年12月17日閲覧。
  11. ↑ “1974 Canadian Grand Prix”. formula1.com. 2015年1月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年12月17日閲覧。
  12. ↑ “Canada 1974 - Laps led” (英語). STATS F1. 2025年12月17日閲覧。
  13. ↑ “戦績:D.ハルム”. F1 DataWeb. 2025年12月17日閲覧。
  14. ↑ “戦績:H.コイニク”. F1 DataWeb. 2025年12月17日閲覧。
  15. ↑ “戦績:J.ラフィー”. F1 DataWeb. 2025年12月17日閲覧。
  16. ↑ “戦績:E.ウィーツェス”. F1 DataWeb. 2025年12月17日閲覧。
  17. ↑ “France - Grands Prix started (1974)” (英語). STATS F1. 2025年12月17日閲覧。
  18. ↑ “France - Wins” (英語). STATS F1. 2025年12月17日閲覧。
  19. ↑ “France - Pole positions” (英語). STATS F1. 2025年12月17日閲覧。
  20. ↑ “France - Fastests laps” (英語). STATS F1. 2025年12月17日閲覧。
  21. ↑ “France - Podiums” (英語). STATS F1. 2025年12月17日閲覧。
  22. ↑ “戦績:パーネリ”. F1 DataWeb. 2025年12月17日閲覧。
  23. ↑ “戦績:ペンスキー”. F1 DataWeb. 2025年12月17日閲覧。
  24. ↑ “戦績:イソ・マールボロ”. F1 DataWeb. 2025年12月17日閲覧。
  25. ↑ “Grands Prix Canada” (英語). STATS F1. 2025年12月17日閲覧。
  26. 1 2 “FIA Formula One World Championship 1974 Canadian Grand Prix Standings” (英語). Motorsport Stats. 2025年12月17日閲覧。

参照文献

[編集]
  • Wikipedia英語版 - en:1974 Canadian Grand Prix(2025年7月2日 13:16:30(UTC))
  • 林信次『F1全史 1971-1975 [名手スチュワートの退場/若手精鋭たちの新時代]』ニューズ出版(現:三栄)、1993年。ISBN 4-938495-05-8。ASB:FZS19931201。 
  • 赤井邦彦「カナダ・グランプリ」『AUTO SPORT No.155 1974年11月15日号』、三栄書房(現:三栄)、1974年、58-63頁、ASB:AST19741115。 

外部リンク

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前戦
1974年イタリアグランプリ
FIA F1世界選手権
1974年シーズン
次戦
1974年アメリカグランプリ
前回開催
1973年カナダグランプリ
カナダの旗 カナダグランプリ 次回開催
1976年カナダグランプリ
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