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1974年スペイングランプリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
スペインの旗 1974年スペイングランプリ
レース詳細
日程 1974年シーズン第4戦
決勝開催日 4月28日
開催地 ハラマ・サーキット
スペインの旗 スペイン マドリード県 サン・セバスティアン・デ・ロス・レイエス
コース長 3.404 km (2.115 mi)
レース距離 84周 285.936 km (177.672 mi)
※当初の予定は90周 306.360 km (190.363 mi)
決勝日天候 雨のち晴(ウェット→ドライ)[1]
ポールポジション
ドライバー
タイム 1:18.44
ファステストラップ
ドライバー オーストリアの旗 ニキ・ラウダ
タイム 1:20.83(47周目)[W 1]
決勝順位
優勝
2位
3位

1974年スペイングランプリ(英: 1974 Spanish Grand Prix、正式名称: XX Gran Premio de España[W 2])は、1974年のF1世界選手権第4戦として、1974年4月28日にハラマ・サーキットで開催された。

概要

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84周[注 1][1]で行われたレースは、ポールポジションからスタートしたオーストリア人ドライバーのニキ・ラウダがフェラーリ・312B3で優勝した。ラウダにとってはこれが25戦目で初めての勝利であった。チームメイトのスイス人クレイ・レガツォーニが2位、ブラジル人のエマーソン・フィッティパルディがマクラーレン・M23-フォードで3位となった。

背景

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レース前

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前戦南アフリカGPから1ヶ月のブランクがあったが、その間の4月7日に非選手権レースのBRDCインターナショナル・トロフィーがシルバーストン・サーキットで行われ[W 3]、ヘスケスのジェームス・ハントが優勝して早くも潜在能力を示した[2]。

サーキット

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ハラマでは1972年以来2年ぶりの開催となったが、コースの拡張と安全柵の設置を行った[W 4]。

エントリー

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ティレルは新車007をジョディー・シェクターに用意した(パトリック・デパイユは006)。シャドウは亡くなったピーター・レブソンの後任としてブライアン・レッドマンを、ブラバムはリチャード・ロバーツ(英語版)に代わってエンサインを去ったスポンサー持ち込みのリッキー・フォン・オペルを起用した[W 3]。

新たに2つのコンストラクターが参戦を開始した。クリス・エイモンは自身のチーム「クリス・エイモン・レーシング」を立ち上げ、元テクノのゴードン・ファウエルが制作したAF101を走らせる[W 3]。F5000に参戦していたトロージャン(英語版)は、フリーランスとなっていた元ブラバムのロン・トーラナックがデザインしたT103をティム・シェンケンが走らせる[3]。

スクーデリア・フィノット(英語版)はシルビオ・モーザーのためにブラバム・BT42をエントリーしていたが、前週のモンツァ1000kmレースで重傷を負ったため欠場した[注 2][W 4]。ジョージア王家の血を引く地元ドライバーのホルヘ・デ・バグラチオンがサーティース・TS16で参加する予定だったが、スペインのモータースポーツ連盟を退任する会長が公式エントリーリストを持ち去ってしまい、急いで代わりのエントリーリストを作成したが、スポンサー契約が切れたデ・バグラチオンがそのリストから漏れてしまったため出場できなかった[W 5]。

エントリーリスト

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チーム No. ドライバー コンストラクター シャシー エンジン タイヤ
イギリスの旗 ジョン・プレイヤー・チーム・ロータス 1 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス 76 フォード DFV 3.0L V8 G
2 ベルギーの旗 ジャッキー・イクス
イギリスの旗 エルフ・チーム・ティレル 3 南アフリカの旗 ジョディー・シェクター ティレル 007 フォード DFV 3.0L V8 G
4 フランスの旗 パトリック・デパイユ 006
イギリスの旗 マールボロ・チーム・テキサコ 5 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ マクラーレン M23 フォード DFV 3.0L V8 G
56 ニュージーランドの旗 デニス・ハルム
イギリスの旗 ヤードレー・チーム・マクラーレン 33 イギリスの旗 マイク・ヘイルウッド
イギリスの旗 モーターレーシング・ディベロップメンツ・リミテッド 7 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム BT44 フォード DFV 3.0L V8 G
8 リヒテンシュタインの旗 リッキー・フォン・オペル
イギリスの旗 マーチ・エンジニアリング 9 西ドイツの旗 ハンス=ヨアヒム・スタック マーチ 741 フォード DFV 3.0L V8 G
10 イタリアの旗 ヴィットリオ・ブランビラ
イタリアの旗 スクーデリア・フェラーリ SpA SEFAC 11 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ フェラーリ 312B3-74 フェラーリ 001/11 3.0L F12 G
12 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ
イギリスの旗 チーム・モチュール・BRM 14 フランスの旗 ジャン=ピエール・ベルトワーズ BRM P201 BRM P200 3.0L V12 F
15 フランスの旗 アンリ・ペスカロロ P160E BRM P142 3.0L V12
37 フランスの旗 フランソワ・ミゴール
アメリカ合衆国の旗 UOP・シャドウ・レーシングチーム 16 イギリスの旗 ブライアン・レッドマン シャドウ DN3 フォード DFV 3.0L V8 G
17 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ
イギリスの旗 バング&オルフセン・チーム・サーティース 18 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ サーティース TS16 フォード DFV 3.0L V8 F
19 西ドイツの旗 ヨッヘン・マス
イギリスの旗 フランク・ウィリアムズ・レーシングカーズ 20 イタリアの旗 アルトゥーロ・メルツァリオ イソ・マールボロ FW フォード DFV 3.0L V8 F
21 デンマークの旗 トム・ベルソ(英語版)
イギリスの旗 トロージャン-トーラナック・レーシング 23 オーストラリアの旗 ティム・シェンケン トロージャン(英語版) T103 フォード DFV 3.0L V8 F
イギリスの旗 ヘスケス・レーシング 24 イギリスの旗 ジェームス・ハント ヘスケス 308 フォード DFV 3.0L V8 F
イタリアの旗 スクーデリア・フィノット 25 スイスの旗 シルビオ・モーザー 1 ブラバム BT42 フォード DFV 3.0L V8 F
イギリスの旗 エンバシー・レーシング・ウィズ・グラハム・ヒル 26 イギリスの旗 グラハム・ヒル ローラ T370 フォード DFV 3.0L V8 F
27 イギリスの旗 ガイ・エドワーズ
イギリスの旗 ジョン・ゴールディ・レーシング・ウィズ・ヘキサゴン 28 イギリスの旗 ジョン・ワトソン ブラバム BT42 フォード DFV 3.0L V8 F
スペインの旗 エスクデリア・カルボ・ソテロ 29 スペインの旗 ホルヘ・デ・バグラチオン 2 サーティース TS16 フォード DFV 3.0L V8 F
イギリスの旗 クリス・エイモン・レーシング 30 ニュージーランドの旗 クリス・エイモン エイモン AF101 フォード DFV 3.0L V8 F
出典: [W 6]
追記
  • ^1 - モーザーは前週のモンツァ1000kmで重症を負い欠場
  • ^2 - デ・バグラチオンは新たに作成されたエントリーリストから漏れたため参加できず

予選

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金曜日にロニー・ピーターソンがトップタイムを出したが、ギアボックスの問題が相次ぐロータス・76に不満をいだいていた。土曜日にニキ・ラウダがピーターソンを0.3秒上回りポールポジションを獲得した。2列目はクレイ・レガツォーニとエマーソン・フィッティパルディ、3列目はジャッキー・イクスとカルロス・ロイテマンが並ぶ[W 4]。

ヴィットリオ・ブランビラは1:19.81で9番手のタイムを出したが、メインストレートでウィングソテーが外れてブレーキパイプが切断され、そのままキャッチフェンスにクラッシュした。ブランビラは無傷だったが、彼のマーチ・741は原型を止めないほどにまで大破してしまったため、決勝の出走は不可能となった。このクラッシュによるマシンの排除とフェンスの修復のため、セッションは約1時間中断した。ティレル勢もブレーキトラブルに見舞われ、パトリック・デパイユもブランビラ同様キャッチフェンスにクラッシュしたが、スピードが落ちていた中でのクラッシュだったため、ダメージはマシンの両エンドで済み、ジョディー・シェクターも異音に気づいてピットインし、ブレーキディスクの破損が見つかり事なきを得た[5]。

予選結果

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順位 No. ドライバー コンストラクター タイム 差 Grid
1 12 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ フェラーリ 1:18.44 - 1
2 1 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス-フォード 1:18.47 +0.03 2
3 11 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ フェラーリ 1:19.25 +0.81 3
4 5 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ マクラーレン-フォード 1:19.28 +0.84 4
5 2 ベルギーの旗 ジャッキー・イクス ロータス-フォード 1:19.28 +0.84 5
6 7 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム-フォード 1:19.37 +0.93 6
7 20 イタリアの旗 アルトゥーロ・メルツァリオ イソ・マールボロ-フォード 1:19.54 +1.10 7
8 56 ニュージーランドの旗 デニス・ハルム マクラーレン-フォード 1:19.66 +1.22 8
9 10 イタリアの旗 ヴィットリオ・ブランビラ マーチ-フォード 1:19.81 +1.37 DNS 1
10 3 南アフリカの旗 ジョディー・シェクター ティレル-フォード 1:19.86 2 +1.42 9
11 24 イギリスの旗 ジェームス・ハント ヘスケス-フォード 1:19.87 +1.43 10
12 14 フランスの旗 ジャン=ピエール・ベルトワーズ BRM 1:20.03 +1.59 11
13 17 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ シャドウ-フォード 1:20.20 +1.76 12
14 9 西ドイツの旗 ハンス=ヨアヒム・スタック マーチ-フォード 1:20.46 +2.02 13
15 18 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ サーティース-フォード 1:20.52 +2.08 14
16 28 イギリスの旗 ジョン・ワトソン ブラバム-フォード 1:20.52 +2.08 15
17 4 フランスの旗 パトリック・デパイユ ティレル-フォード 1:20.65 2 +2.21 16
18 33 イギリスの旗 マイク・ヘイルウッド マクラーレン-フォード 1:20.65 +2.21 17
19 19 西ドイツの旗 ヨッヘン・マス サーティース-フォード 1:20.80 +2.36 18
20 26 イギリスの旗 グラハム・ヒル ローラ-フォード 1:20.99 +2.55 19
21 15 フランスの旗 アンリ・ペスカロロ BRM 1:21.32 +2.88 20
22 16 イギリスの旗 ブライアン・レッドマン シャドウ-フォード 1:21.35 +2.91 21
23 37 フランスの旗 フランソワ・ミゴール BRM 1:21.43 +2.99 22
24 30 ニュージーランドの旗 クリス・エイモン エイモン-フォード 1:21.79 +3.35 23
25 8 リヒテンシュタインの旗 リッキー・フォン・オペル ブラバム-フォード 1:21.85 +3.41 24
26 23 オーストラリアの旗 ティム・シェンケン トロージャン(英語版)-フォード 1:21.89 +3.45 25 3
27 27 イギリスの旗 ガイ・エドワーズ ローラ-フォード 1:21.96 +3.52 DNQ
28 21 デンマークの旗 トム・ベルソ(英語版) イソ・マールボロ-フォード 1:22.09 +3.65 DNQ
出典: [W 7][W 8]
追記
  • ^1 - ブランビラは予選中のアクシデントによりマシンが大破したため、決勝の出走を見合わせた[5]。
  • ^2 - シェクターはティレル・006、デパイユはティレル・005で記録したタイム[1]。
  • ^3 - シェンケンは本来予選落ちだが、ブランビラがマシンの大破により出場できなくなったため、繰り上がりで決勝進出の権利を得た[W 4]。

決勝

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(特記のない出典:[6])

決勝日の朝から雨が降り始め、非公式プラクティスは大雨の中行われた。レースが始まる前も雨が降り続いていたが、レース途中には雨が止みそうな状況になってきた。

レースがスタートすると、2列目までの4台(フェラーリ勢、ロニー・ピーターソン、エマーソン・フィッティパルディ)が他に差を付けて飛び出し先頭集団を構成する。その先頭に立ったのはピーターソンで、9周目には2位ニキ・ラウダとの差を2.5秒に広げるも、ラウダも激しい水しぶきの中ピーターソンについていき、3位のクレイ・レガツォーニに17秒の大差を付けた。

20周目には雨が止み、路面はすぐに乾いていく。するとそれまで使っていたレインタイヤが限界となり、各車ドライタイヤへの交換を行うが、首位のピーターソンはエンジンの油圧が0に落ち、コースには復帰したもののまもなくリタイアした。チームメイトのジャッキー・イクスもタイヤ交換でのミスによりリタイアし、ロータス勢は全滅した。

一方、フェラーリ勢は順調にタイヤ交換を済ませ、ラウダとレガツォーニの1-2体制ができあがった。その2台を追うフィッティパルディがレガツォーニに迫っていくが抑えきり、ラウダがF1初優勝、2位にレガツォーニが入り、フェラーリは1-2フィニッシュを挙げるとともに、F1通算50勝目を達成した。フィッティパルディは3位表彰台を獲得した。

以下、マーチのハンス=ヨアヒム・スタックが4位で2戦連続入賞を果たし[W 9]、ティレルのジョディー・シェクターが5位で初入賞を果たした[W 10]。フィッティパルディのチームメイトのデニス・ハルムは6位に入賞した。

なお、降雨により2時間ルールが適用され、レースは本来の90周から84周に短縮された[1]。

レース結果

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順位 No. ドライバー コンストラクター 周回数 タイム/リタイア原因 Grid Pts.
1 12 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ フェラーリ 84 2:00:29.56 1 9
2 11 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ フェラーリ 84 +35.61 3 6
3 5 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ マクラーレン-フォード 83 +1 Lap 4 4
4 9 西ドイツの旗 ハンス=ヨアヒム・スタック マーチ-フォード 82 +2 Laps 13 3
5 3 南アフリカの旗 ジョディー・シェクター ティレル-フォード 82 +2 Laps 9 2
6 56 ニュージーランドの旗 デニス・ハルム マクラーレン-フォード 82 +2 Laps 8 1
7 16 イギリスの旗 ブライアン・レッドマン シャドウ-フォード 81 +3 Laps 21
8 4 フランスの旗 パトリック・デパイユ ティレル-フォード 81 +3 Laps 16
9 33 イギリスの旗 マイク・ヘイルウッド マクラーレン-フォード 81 +3 Laps 17
10 24 イギリスの旗 ジェームス・ハント ヘスケス-フォード 81 +3 Laps 10
11 28 イギリスの旗 ジョン・ワトソン ブラバム-フォード 80 +4 Laps 15
12 15 フランスの旗 アンリ・ペスカロロ BRM 80 +4 Laps 20
13 18 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ サーティース-フォード 78 +6 Laps 14
14 23 オーストラリアの旗 ティム・シェンケン トロージャン(英語版)-フォード 76 スピンオフ 25
NC 17 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ シャドウ-フォード 73 規定周回数不足 12
Ret 26 イギリスの旗 グラハム・ヒル ローラ-フォード 43 エンジン 19
Ret 20 イタリアの旗 アルトゥーロ・メルツァリオ イソ・マールボロ-フォード 37 アクシデント 7
Ret 19 西ドイツの旗 ヨッヘン・マス サーティース-フォード 35 ギアボックス 18
Ret 37 フランスの旗 フランソワ・ミゴール BRM 27 エンジン 22
Ret 2 ベルギーの旗 ジャッキー・イクス ロータス-フォード 26 ブレーキ 5
Ret 1 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス-フォード 23 エンジン 2
Ret 30 ニュージーランドの旗 クリス・エイモン エイモン-フォード 22 ブレーキ 23
Ret 8 リヒテンシュタインの旗 リッキー・フォン・オペル ブラバム-フォード 14 オイル漏れ 24
Ret 7 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム-フォード 12 スピンオフ 6
Ret 14 フランスの旗 ジャン=ピエール・ベルトワーズ BRM 2 エンジン 11
DNS 10 イタリアの旗 ヴィットリオ・ブランビラ マーチ-フォード 予選でアクシデント
DNQ 27 イギリスの旗 ガイ・エドワーズ ローラ-フォード 予選不通過
DNQ 21 デンマークの旗 トム・ベルソ(英語版) イソ・マールボロ-フォード 予選不通過
優勝スピード(勝者ラウダの平均速度):142.383 km/h[1]
ファステストラップ:ニキ・ラウダ - 1:20.83(47周目)[W 1]
出典: [W 11][W 12]
ラップリーダー[W 13]
※太字は最多ラップリーダー

主な記録

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(特記のない出典:[W 4])

ドライバー

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コンストラクター

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エンジン

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第4戦終了時点のランキング

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  • 注: トップ5のみ表示。有効ポイントは前半8戦のうちベスト7戦と後半7戦のうちベスト6戦の合計。

脚注

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注釈

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  1. ↑ 当初の予定は90周だったが、降雨の影響により2時間ルールが適用されて84周に短縮。
  2. ↑ モーザーは意識が戻らないまま、同レースの約1ヶ月後(5月26日)に亡くなった[4]。詳細はシルビオ・モーザー#事故死を参照。

出典

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書籍
  1. 1 2 3 4 5 (林信次 1993, p. 126)
  2. ↑ (林信次 1993, p. 77)
  3. ↑ (林信次 1993, p. 88)
  4. ↑ (AUTOSPORT 148, p. 90)
  5. 1 2 (AUTOSPORT 146, p. 29)
  6. ↑ (AUTOSPORT 146, pp. 31–33)
ウェブサイト
  1. 1 2 “Spain 1974 - Best laps” (英語). STATS F1. 2025年7月15日閲覧。
  2. ↑ “Motor Racing Programme Covers: 1974”. The Programme Covers Project. 2017年10月28日閲覧。
  3. 1 2 3 “Spanish GP, 1974” (英語). grandprix.com. 2018年8月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年7月15日閲覧。
  4. 1 2 3 4 5 “Spain 1974” (フランス語). STATS F1. 2025年7月15日閲覧。
  5. ↑ “Jorge de Bagration - Biography” (英語). Formula One Rejects. 2013年3月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年7月15日閲覧。
  6. ↑ “Spain 1974 - Race entrants” (英語). STATS F1. 2025年7月15日閲覧。
  7. ↑ “Spain 1974 - Qualifications” (英語). STATS F1. 2025年7月15日閲覧。
  8. ↑ “Spain 1974 - Starting grid” (英語). STATS F1. 2025年7月15日閲覧。
  9. ↑ “戦績:H.J.シュトゥック”. F1 DataWeb. 2025年7月15日閲覧。
  10. 1 2 “戦績:J.シェクター”. F1 DataWeb. 2025年7月15日閲覧。
  11. ↑ “1974 Spanish Grand Prix” (英語). formula1.com. 2015年1月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年12月22日閲覧。
  12. ↑ “Spain 1974 - Result” (英語). STATS F1. 2025年7月15日閲覧。
  13. ↑ “Spain 1974 - Laps led” (英語). STATS F1. 2025年7月15日閲覧。
  14. ↑ “戦績:N.ラウダ”. F1 DataWeb. 2025年7月15日閲覧。
  15. ↑ “戦績:トロージャン”. F1 DataWeb. 2025年7月15日閲覧。
  16. ↑ “戦績:エイモン”. F1 DataWeb. 2025年7月15日閲覧。
  17. ↑ “Statistics Engines - Wins - Consecutively” (英語). STATS F1. 2025年7月15日閲覧。
  18. 1 2 “FIA Formula One World Championship 1974 Spanish Grand Prix Standings” (英語). Motorsport Stats. 2025年7月15日閲覧。

参照文献

[編集]
  • Wikipedia英語版 - en:1974 Spanish Grand Prix(2024年8月22日 14:59:33(UTC))
  • 林信次『F1全史 1971-1975 [名手スチュワートの退場/若手精鋭たちの新時代]』ニューズ出版(現:三栄)、1993年。ISBN 4-938495-05-8。 
  • ダグ・ナイ「第20回スペイン・グランプリ」『AUTO SPORT No.146 1974年7月1日号』、三栄書房、1974年、27-33頁。 
  • 「S.モーザー死亡」『AUTO SPORT No.148 1974年8月1日号』、三栄書房、1974年、90頁。 

外部リンク

[編集]
前戦
1974年南アフリカグランプリ
FIA F1世界選手権
1974年シーズン
次戦
1974年ベルギーグランプリ
前回開催
1973年スペイングランプリ
スペインの旗 スペイングランプリ 次回開催
1975年スペイングランプリ
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