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1974年ドイツグランプリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
西ドイツの旗 1974年ドイツグランプリ
レース詳細
日程 1974年シーズン第11戦
決勝開催日 8月4日
開催地 ニュルブルクリンク
西ドイツの旗 西ドイツ ラインラント=プファルツ州 アールヴァイラー郡 ニュルブルク
コース長 22.835 km (14.189 mi)
レース距離 14周 319.690 km (198.646 mi)
決勝日天候 晴一時雨(ドライ)[1]
ポールポジション
ドライバー
タイム 7:00.80[W 1]
ファステストラップ
ドライバー 南アフリカの旗 ジョディー・シェクター
タイム 7:11.1(15周目)[W 2]
決勝順位
優勝
2位
3位

1974年ドイツグランプリ(1974ねんドイツグランプリ、英: 1974 German Grand Prix、正式名称: XXXVI Großer Preis von Deutschland)は、1974年のF1世界選手権の第11戦として、ニュルブルクリンクで1974年8月4日に開催された自動車レース(ドイツグランプリ)。

36回目のドイツグランプリで、ニュルブルクリンクでの開催は33回目であり、「ヨーロッパグランプリ」の冠がかけられた[2][注 1]レースでもある。

概要

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レースは14周で行われ、フェラーリのクレイ・レガツォーニが全周回でリードし、1970年イタリアグランプリ以来4年ぶりの通算2勝目を挙げた。ティレルのジョディー・シェクターが2位、ブラバムのカルロス・ロイテマンが3位となった。

背景

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ニュルブルクリンクはジャッキー・スチュワートのリーダーシップの下、安全性の向上とサーキットの近代化のため、かつて保護の役割を果たしていた茂みをガードレールに置き換え、スタートライン付近を再舗装し、ストレートを囲むようにグラベルのランオフエリアが設けられた[W 4]。

エントリー

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(特記のない出典:[W 4])

本GPは31台が参加する[W 5]。

ロータスは改良された76を再び投入し、ロニー・ピーターソンに託した(ジャッキー・イクスは従来型の72E)。

ウィリアムズ(イソ・マールボロ)は2台目のドライバーにF2で活躍中のフランス人ドライバーで30歳の新人ジャック・ラフィットを起用する。

エンバシー・ヒルは負傷により前戦イギリスGPを欠場したガイ・エドワーズが復帰した。

エイモンがエントリーリストに復帰したが、オーナー兼ドライバーのクリス・エイモンが体調不良となったため、若いオーストラリア人F3ドライバーの新人ラリー・パーキンスを起用する。

トークンはF5000ドライバーの新人イアン・アシュレイを起用する。

エントリーリスト

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チーム No. ドライバー コンストラクター シャシー エンジン タイヤ
イギリスの旗 ジョン・プレイヤー・チーム・ロータス 1 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス 76 フォード DFV 3.0L V8 G
2 ベルギーの旗 ジャッキー・イクス 72E
イギリスの旗 エルフ・チーム・ティレル 3 南アフリカの旗 ジョディー・シェクター ティレル 007 フォード DFV 3.0L V8 G
4 フランスの旗 パトリック・デパイユ
イギリスの旗 マールボロ・チーム・テキサコ 5 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ マクラーレン M23 フォード DFV 3.0L V8 G
6 ニュージーランドの旗 デニス・ハルム
イギリスの旗 ヤードレー・チーム・マクラーレン 33 イギリスの旗 マイク・ヘイルウッド
イギリスの旗 モーターレーシング・ディベロップメンツ・リミテッド 7 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム BT44 フォード DFV 3.0L V8 G
8 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ
イギリスの旗 マーチ・エンジニアリング 9 西ドイツの旗 ハンス=ヨアヒム・スタック マーチ 741 フォード DFV 3.0L V8 G
10 イタリアの旗 ヴィットリオ・ブランビラ
イタリアの旗 スクーデリア・フェラーリ SpA SEFAC 11 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ フェラーリ 312B3-74 フェラーリ 001/11 3.0L F12 G
12 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ
イギリスの旗 チーム・モチュール・BRM 14 フランスの旗 ジャン=ピエール・ベルトワーズ BRM P201 BRM P200 3.0L V12 F
15 フランスの旗 アンリ・ペスカロロ
37 フランスの旗 フランソワ・ミゴール P160E BRM P142 3.0L V12
アメリカ合衆国の旗 UOP・シャドウ・レーシングチーム 16 イギリスの旗 トム・プライス シャドウ DN3 フォード DFV 3.0L V8 G
17 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ
イギリスの旗 バング&オルフセン・チーム・サーティース 18 イギリスの旗 デレック・ベル サーティース TS16 フォード DFV 3.0L V8 F
19 西ドイツの旗 ヨッヘン・マス
イギリスの旗 フランク・ウィリアムズ・レーシングカーズ 20 イタリアの旗 アルトゥーロ・メルツァリオ イソ・マールボロ FW フォード DFV 3.0L V8 F
21 フランスの旗 ジャック・ラフィット
イギリスの旗 チーム・エンサイン 22 オーストラリアの旗 ヴァーン・シュパン エンサイン N174 フォード DFV 3.0L V8 F
イギリスの旗 トロージャン-トーラナック・レーシング 23 オーストラリアの旗 ティム・シェンケン トロージャン(英語版) T103 フォード DFV 3.0L V8 F
イギリスの旗 ヘスケス・レーシング 24 イギリスの旗 ジェームス・ハント ヘスケス 308 フォード DFV 3.0L V8 F
日本の旗 マキ・エンジニアリング 25 ニュージーランドの旗 ハウデン・ガンレイ マキ F101 フォード DFV 3.0L V8 F
イギリスの旗 エンバシー・レーシング・ウィズ・グラハム・ヒル 26 イギリスの旗 グラハム・ヒル ローラ T370 フォード DFV 3.0L V8 F
27 イギリスの旗 ガイ・エドワーズ
イギリスの旗 ジョン・ゴールディ・レーシング・ウィズ・ヘキサゴン 28 イギリスの旗 ジョン・ワトソン ブラバム BT42 フォード DFV 3.0L V8 F
イタリアの旗 スクーデリア・フィノット 29 西ドイツの旗 マンフレッド・モール 1 ブラバム BT42 フォード DFV 3.0L V8 F
ニュージーランドの旗 クリス・エイモン・レーシング 30 ニュージーランドの旗 クリス・エイモン 2
オーストラリアの旗 ラリー・パーキンス
エイモン AF101 フォード DFV 3.0L V8 F
イギリスの旗 トークン・レーシング 32 イギリスの旗 イアン・アシュレイ トークン RJ02 フォード DFV 3.0L V8 F
出典: [W 6]
追記
  • ^1 - エントリーのみ
  • ^2 - エイモンは体調不良のため、パーキンスに交代

予選

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(特記のない出典:[3])

国際スポーツ委員会(CSI)[注 2]は参加する31台全車を決勝に進出させることを許可したが、バーニー・エクレストン率いるFOCAは第1コーナーが非常に危険であることを理由に決勝進出台数を上位25台に減らした。ただし、26番手で補欠となったイアン・アシュレイはリザーブポジションにおさまり、非公式ではあるが決勝に参加したため、実際には上位26台が決勝に進出したことになる[4]。

木曜日にフリー走行、予選は金曜日と土曜日に各2回のセッションが行われた。

ニキ・ラウダは木曜日のフリー走行で初めて7分を切る6分58秒[W 4]をマークする好調ぶりを見せ、金曜の第1セッションでも7分00秒8とニュルブルクリンクで過去最速の予選タイム(1972年にジャッキー・イクスが記録した7分07秒0)を約6秒縮め[W 7]、4戦連続[W 4]のポールポジションを獲得した。ラウダに続いたのはチームメイトのクレイ・レガツォーニで、フェラーリがフロントローを独占した。土曜日は雨模様だったが、エマーソン・フィッティパルディがタイムを更新してジョディー・シェクターを上回り、3番手を確保した。

予選落ちに終わった前戦イギリスGPに続き2戦目の参戦となったマキは木曜日の午後に到着したが、その日のフリー走行に間に合わず、翌日朝の予選第1セッションからの参加となった。開始早々からショートコース[注 3]で1周のテスト走行を行い、2回目のテスト走行でハウデン・ガンレイはマシンの調子が良かったためロングコースに入ってしまう[注 4]。ガンレイは左後輪に異常を感じ、2.5km地点でコントロールを失ってスピンし、ガードレールに2度打ち付けられた。このクラッシュでガンレイは両足首骨折の大怪我を負ってしまい[5]、ガンレイのF1参戦もこれが最後となるとともに[W 8]、この年のマキのF1活動も終了となった[6]。

予選結果

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順位 No. ドライバー コンストラクター タイム 差 Grid
1 12 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ フェラーリ 7:00.80 - 1
2 11 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ フェラーリ 7:01.10 +0.30 2
3 5 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ マクラーレン-フォード 7:02.30 +1.50 3
4 3 南アフリカの旗 ジョディー・シェクター ティレル-フォード 7:03.40 +2.60 4
5 4 フランスの旗 パトリック・デパイユ ティレル-フォード 7:06.20 +5.40 5
6 7 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム-フォード 7:07.20 +6.40 6
7 6 ニュージーランドの旗 デニス・ハルム マクラーレン-フォード 7:08.80 +8.00 7
8 1 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス-フォード 7:09.00 1 +8.20 8
9 2 ベルギーの旗 ジャッキー・イクス ロータス-フォード 7:09.10 +8.30 9
10 19 西ドイツの旗 ヨッヘン・マス サーティース-フォード 7:09.80 +9.00 10
11 16 イギリスの旗 トム・プライス シャドウ-フォード 7:09.90 +9.10 11
12 33 イギリスの旗 マイク・ヘイルウッド マクラーレン-フォード 7:10.10 +9.30 12
13 24 イギリスの旗 ジェームス・ハント ヘスケス-フォード 7:10.40 +9.60 13
14 28 イギリスの旗 ジョン・ワトソン ブラバム-フォード 7:10.51 +9.71 14
15 14 フランスの旗 ジャン=ピエール・ベルトワーズ BRM 7:10.53 +9.73 15
16 20 イタリアの旗 アルトゥーロ・メルツァリオ イソ・マールボロ-フォード 7:11.20 +10.40 16
17 8 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ ブラバム-フォード 7:12.70 +11.90 17
18 17 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ シャドウ-フォード 7:14.90 +14.10 18
19 26 イギリスの旗 グラハム・ヒル ローラ-フォード 7:15.50 +14.70 19
20 9 西ドイツの旗 ハンス=ヨアヒム・スタック マーチ-フォード 7:16.00 +15.20 20
21 21 フランスの旗 ジャック・ラフィット イソ・マールボロ-フォード 7:17.60 +16.80 21
22 22 オーストラリアの旗 ヴァーン・シュパン エンサイン-フォード 7:20.81 +20.01 22
23 10 イタリアの旗 ヴィットリオ・ブランビラ マーチ-フォード 7:20.88 +20.08 23
24 15 フランスの旗 アンリ・ペスカロロ BRM 7:20.90 +20.10 24
25 18 イギリスの旗 デレック・ベル サーティース-フォード 7:22.00 +21.20 25
26 32 イギリスの旗 イアン・アシュレイ トークン-フォード 7:24.60 +23.80 26
上位26台が決勝進出
27 37 フランスの旗 フランソワ・ミゴール BRM 7:26.30 +25.50 DNQ
28 23 オーストラリアの旗 ティム・シェンケン トロージャン(英語版)-フォード 7:29.10 +28.30 DNQ
29 27 イギリスの旗 ガイ・エドワーズ ローラ-フォード 7:31.50 +30.70 DNQ
30 30 オーストラリアの旗 ラリー・パーキンス エイモン-フォード 7:36.20 +35.40 DNQ
31 30 ニュージーランドの旗 クリス・エイモン エイモン-フォード 8:26.20 +1:25.40 WD 2
32 25 ニュージーランドの旗 ハウデン・ガンレイ マキ-フォード No Time 3   DNQ
出典: [W 1][W 9]
追記
  • ^1 - ピーターソンのタイムはロータス・72Eで記録された[1]。
  • ^2 - No.30はエイモンからパーキンスに交代[1]。
  • ^3 - ガンレイは予選開始直後のアクシデントにより負傷し、タイムを記録できず[5]。

決勝

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(特記のない出典:[7])

決勝の朝を迎え、西ドイツのみならず周辺諸国から多数の観衆が押し寄せ、23万人を動員した。

ポールポジションからスタートしたニキ・ラウダは出遅れ、クレイ・レガツォーニとジョディー・シェクターの先行を許す。エマーソン・フィッティパルディはギアが入らず、後方からチームメイトのデニス・ハルムが追突し、リアサスペンションを壊してあっさりリタイアとなる。フィッティパルディも遅れてスタートしたが、接触によりタイヤがパンクしてしまったためスロー走行せざるを得なかった。ハルムはピットからスペアカーに乗り換えたが、黒旗が掲示され失格となった。1周目の混乱はこれで終わらず、2位を争うラウダとシェクターが接触する。ラウダのマシンはコントロールを失い、キャッチフェンスにクラッシュし大破した。フィッティパルディも3周目にピットでリタイアした。

レガツォーニは2位のシェクターを大きく引き離し、カルロス・ロイテマンが3位につける。本GPでサーティースを去ると噂されていた地元出身のヨッヘン・マスは、ジャッキー・イクス、ロニー・ピーターソン、マイク・ヘイルウッドと4位争いを繰り広げるが、エンジンが異音を発してペースを落としていき、11周目にブローしてリタイアとなった。これでヘイルウッドはイクスとピーターソンのロータス勢に挟まれる形で5位を走行することになったが、13周目にスピンしてコースを飛び出してフェンスに激突し、跳ね返ってコースを横断してリアからクラッシュしてしまった(15位完走扱い)。マシンは大破し、ヘイルウッドは右足を骨折する大怪我を負ってしまい、F1から引退を余儀なくされた[W 10][注 5]。

レガツォーニ、シェクター、ロイテマンは安定した走りで1-3位のまま14周を走り終え、レガツォーニは1970年イタリアグランプリ以来4年ぶりの勝利を挙げるとともに、ドライバーズポイントもシェクターに3点差を付けてランキング首位に立った。ランキング上位のラウダとフィッティパルディがリタイアで無得点に終わったことにより、ドライバーズチャンピオン争いはさらに混戦の様相を呈してきた。最終ラップにイクスをかわしたピーターソンが4位に入り[注 6]、F1キャリア5戦目の新人トム・プライスが6位で初入賞を果たす[W 13]大金星を挙げた。

レース結果

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順位 No. ドライバー コンストラクター 周回数 タイム/リタイア原因 Grid Pts.
1 11 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ フェラーリ 14 1:41:35.0 2 9
2 3 南アフリカの旗 ジョディー・シェクター ティレル-フォード 14 +50.7 4 6
3 7 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム-フォード 14 +1:23.3 6 4
4 1 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス-フォード 14 +1:24.2 8 3
5 2 ベルギーの旗 ジャッキー・イクス ロータス-フォード 14 +1:25.0 9 2
6 16 イギリスの旗 トム・プライス シャドウ-フォード 14 +2:18.1 11 1
7 9 西ドイツの旗 ハンス=ヨアヒム・スタック マーチ-フォード 14 +2:58.7 20
8 17 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ シャドウ-フォード 14 +3:25.9 18
9 26 イギリスの旗 グラハム・ヒル ローラ-フォード 14 +3:26.4 19
10 15 フランスの旗 アンリ・ペスカロロ BRM 14 +4:17.7 24
11 18 イギリスの旗 デレック・ベル サーティース-フォード 14 +5:17.7 25
12 8 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ ブラバム-フォード 14 +6:26.3 17
13 10 イタリアの旗 ヴィットリオ・ブランビラ マーチ-フォード 14 +8:43.1 23
14 32 イギリスの旗 イアン・アシュレイ トークン-フォード 13 +1 Lap 26
15 † 33 イギリスの旗 マイク・ヘイルウッド マクラーレン-フォード 12 アクシデント 12
Ret 19 西ドイツの旗 ヨッヘン・マス サーティース-フォード 10 エンジン 10
Ret 24 イギリスの旗 ジェームス・ハント ヘスケス-フォード 10 ギアボックス 13
Ret 4 フランスの旗 パトリック・デパイユ ティレル-フォード 5 アクシデント 5
Ret 20 イタリアの旗 アルトゥーロ・メルツァリオ イソ・マールボロ-フォード 5 スロットル 16
Ret 14 フランスの旗 ジャン=ピエール・ベルトワーズ BRM 4 燃料システム 15
Ret 22 オーストラリアの旗 ヴァーン・シュパン エンサイン-フォード 4 ギアボックス 22
Ret 5 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ マクラーレン-フォード 2 サスペンション 3
Ret 21 フランスの旗 ジャック・ラフィット イソ・マールボロ-フォード 2 サスペンション 21
Ret 28 イギリスの旗 ジョン・ワトソン ブラバム-フォード 1 サスペンション 14
Ret 12 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ フェラーリ 0 アクシデント 1
DSQ 6 ニュージーランドの旗 デニス・ハルム 1 マクラーレン-フォード 0 アクシデント/失格(無資格出走)1 7
DNQ 37 フランスの旗 フランソワ・ミゴール BRM 予選不通過
DNQ 23 オーストラリアの旗 ティム・シェンケン トロージャン(英語版)-フォード 予選不通過
DNQ 27 イギリスの旗 ガイ・エドワーズ ローラ-フォード 予選不通過
DNQ 30 オーストラリアの旗 ラリー・パーキンス エイモン-フォード 予選不通過
WD 30 ニュージーランドの旗 クリス・エイモン エイモン-フォード パーキンスに交代
DNQ 25 ニュージーランドの旗 ハウデン・ガンレイ マキ-フォード 予選でアクシデント
優勝スピード(勝者レガツォーニの平均速度):188.824 km/h
ファステストラップ:ジョディー・シェクター - 7:11.1(11周目)[W 2]
出典: [W 14][W 3][W 9]
追記
  • ^† - リタイアだが、90%以上の距離を走行したため規定により完走扱い。
  • ^1 - ハルムは1周目の事故後、無資格出走(スペアカーに乗り換えて2周した)を行ったため失格[1]
ラップリーダー
ドライバー 周回数 リードラップ
クレイ・レガツォーニ 14周 1-14(全周回)
出典: [W 15]
  • 太字は最多ラップリーダー

主な記録

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ドライバー

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コンストラクター

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第11戦終了時点のランキング

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ポイントは前戦イギリスGPのニキ・ラウダの順位が同GP終了から2ヶ月後の9月19日に9位から5位に繰り上がった後のものとするが、繰り上げ前の順位(本GPが終了した当時の順位)も参考資料として掲載する[注 7]。

  • 注: トップ5のみ表示。有効ポイントは前半8戦のうちベスト7戦と後半7戦のうちベスト6戦の合計。ポイントは有効ポイント、括弧内は総獲得ポイント。

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ↑ 1923年から1977年まで断続的にヨーロッパ各国の持ち回りで、その年の最も権威のあるレースに対して「ヨーロッパGP」の冠がかけられていた。主に1国1GPの制約を回避する目的で単独イベントとして開催されるのは1983年以降である。
  2. ↑ 世界のモータースポーツを統括する国際自動車連盟(FIA)の下部組織。1978年に国際自動車スポーツ連盟(FISA)に改組されたのち、1993年に解散。モータースポーツ統括業務は同年に新設された世界モータースポーツ評議会に移行した。
  3. ↑ ニュルブルクリンクは1周の距離が約23kmと長いため、マシンのセットアップを行うためのテスト走行にショートコースが用いられた。
  4. ↑ 本来ならばタイヤや足回りのチェックをするため、ショートコースを最低7周することになっていた。
  5. ↑ この事故により4輪レースからは引退したが、1978年に2輪のマン島TTレースでレース復帰を果たし、ドゥカティを駆り優勝した。翌1979年もスズキの500ccでシニアTTレースを制したが、その後レースから完全に引退した[W 11]。
  6. ↑ ロータス・76にとって結果的にこれが唯一の入賞となった[W 12]。
  7. ↑ ラウダの順位繰り上げ前は5位カルロス・ロイテマン、6位デニス・ハルムであり、ロイテマンが所属するブラバムのポイントが1点多く加算されていた。

出典

[編集]
書籍
  1. 1 2 3 4 (林信次 1993, p. 128)
  2. ↑ (AUTOSPORT 152, p. 57)
  3. ↑ (AUTOSPORT 152, pp. 57–58)
  4. ↑ (AUTOSPORT 152, pp. 58–59)
  5. 1 2 (AUTOSPORT 152, pp. 61–62)
  6. ↑ (林信次 1993, p. 80)
  7. ↑ (AUTOSPORT 152, pp. 58–61)
  8. ↑ (AUTOSPORT 152, p. 61)
ウェブサイト
  1. 1 2 “Germany 1974 - Qualifications” (英語). STATS F1. 2025年8月27日閲覧。
  2. 1 2 “Germany 1974 - Best laps” (英語). STATS F1. 2025年8月27日閲覧。
  3. 1 2 “Germany 1974 - Result” (英語). STATS F1. 2025年8月27日閲覧。
  4. 1 2 3 4 “Germany 1974”. STATS F1. 2025年8月27日閲覧。
  5. ↑ “German GP, 1974” (英語). grandprix.com. 2025年8月27日閲覧。
  6. ↑ “Germany 1974 - Race entrants” (英語). STATS F1. 2025年8月27日閲覧。
  7. ↑ “Nürburgring” (英語). STATS F1. 2025年8月27日閲覧。
  8. 1 2 “戦績:H.ガンリー”. F1 DataWeb. 2025年8月27日閲覧。
  9. 1 2 “Germany 1974 - Starting grid” (英語). STATS F1. 2025年8月27日閲覧。
  10. 1 2 “戦績:M.ヘイルウッド”. F1 DataWeb. 2025年8月27日閲覧。
  11. ↑ “Mike Hailwood” (英語). grandprix.com. 2025年8月27日閲覧。
  12. ↑ “Lotus 76” (英語). STATS F1. 2025年8月27日閲覧。
  13. 1 2 “戦績:T.プライス”. F1 DataWeb. 2025年8月27日閲覧。
  14. ↑ “1974 German Grand Prix”. formula1.com. 2015年1月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年8月27日閲覧。
  15. ↑ “Germany 1974 - Laps led” (英語). STATS F1. 2025年8月27日閲覧。
  16. ↑ “戦績:I.アシュリー”. F1 DataWeb. 2025年8月27日閲覧。
  17. ↑ “戦績:J.ラフィー”. F1 DataWeb. 2025年8月27日閲覧。
  18. ↑ “戦績:L.パーキンス”. F1 DataWeb. 2025年8月27日閲覧。
  19. ↑ “Statistics Constructors - Pole positions - Chronology of the record” (英語). STATS F1. 2025年8月27日閲覧。
  20. ↑ “Brabham - Podiums” (英語). STATS F1. 2025年8月27日閲覧。
  21. 1 2 “FIA Formula One World Championship 1974 German Grand Prix Standings” (英語). Motorsport Stats. 2025年8月27日閲覧。

参照文献

[編集]
  • Wikipedia英語版 - en:1974 German Grand Prix(2024年9月6日 23:51:22(UTC))
  • 林信次『F1全史 1971-1975 [名手スチュワートの退場/若手精鋭たちの新時代]』ニューズ出版(現:三栄)、1993年。ISBN 4-938495-05-8。ASB:FZS19931201。 
  • Jane Mase「ドイツ・グランプリ」『AUTO SPORT No.152 1974年10月1日号』、三栄書房、1974年、57-62頁、ASB:AST19741001。 

外部リンク

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前戦
1974年イギリスグランプリ
FIA F1世界選手権
1974年シーズン
次戦
1974年オーストリアグランプリ
前回開催
1973年ドイツグランプリ
西ドイツの旗 ドイツグランプリ 次回開催
1975年ドイツグランプリ
前回開催
1973年ベルギーグランプリ
欧州連合の旗 ヨーロッパグランプリ
(冠大会時代)
次回開催
1975年オーストリアグランプリ
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