コンテンツにスキップ

1975年アルゼンチングランプリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アルゼンチンの旗 1975年アルゼンチングランプリ
レース詳細
日程 1975年シーズン第1戦
決勝開催日 1月12日
開催地 ブエノスアイレス・サーキット
アルゼンチンの旗 アルゼンチン ブエノスアイレス
コース長 5.968 km (3.708 mi)
レース距離 53周 320.665 km (199.252 mi)
決勝日天候 晴(ドライ)[1]
ポールポジション
ドライバー
タイム 1:49.21[W 1]
ファステストラップ
ドライバー イギリスの旗 ジェームス・ハント
タイム 1:50.91(34周目)[W 2]
決勝順位
優勝
2位
3位

1975年アルゼンチングランプリ(1975ねんアルゼンチングランプリ、英: 1975 Argentine Grand Prix、正式名称: XII Gran Premio de la Republica Argentina)は、1975年のF1世界選手権の開幕戦として、1975年1月12日にブエノスアイレス・サーキットで開催された自動車レース(アルゼンチングランプリ)。

概要

[編集]

レースは53周で行われ、2番手グリッドからスタートしたマクラーレンのエマーソン・フィッティパルディが優勝した。ヘスケスのジェームス・ハントが2位、ブラバムのカルロス・ロイテマンが3位となった。

エントリー

[編集]

前年のコンストラクターズランキング順に記載するが、ドライバー、マシンとも前年と変更がなく、かつ特筆性のないチームについては省略する。タイヤは前年をもってファイアストンがF1からの撤退を決めたため、グッドイヤーのワンメイクとなったが、後述の事情によりパーネリのみファイアストンを使用する[2]。

  • ウィリアムズ:イソの支払いが滞ったためスポンサー契約を解消し[W 4]、本年から「ウィリアムズ」の名称に変更した[6]。
  • パーネリ:ペンスキー同様、本年からフルタイム参戦を開始する[W 4]。F1参戦にあたり支援を受けていたファイアストン[W 5]がF1から撤退したため、本GPは在庫のタイヤで凌ぐことになった[2]。

エントリーリスト

[編集]
チーム No. ドライバー コンストラクター シャシー エンジン タイヤ
イギリスの旗 マールボロ・チーム・テキサコ 1 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ マクラーレン M23 フォード DFV 3.0L V8 G
2 西ドイツの旗 ヨッヘン・マス
イギリスの旗 エルフ・チーム・ティレル 3 南アフリカの旗 ジョディー・シェクター ティレル 007 フォード DFV 3.0L V8 G
4 フランスの旗 パトリック・デパイユ
イギリスの旗 ジョン・プレイヤー・チーム・ロータス 5 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス 72E フォード DFV 3.0L V8 G
6 ベルギーの旗 ジャッキー・イクス
イギリスの旗 マルティーニ・レーシング 7 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム BT44B フォード DFV 3.0L V8 G
8 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ
イギリスの旗 ベータ・チーム・マーチ 9 イタリアの旗 ヴィットリオ・ブランビラ マーチ 741 フォード DFV 3.0L V8 G
イタリアの旗 スクーデリア・フェラーリ SpA SEFAC 11 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ フェラーリ 312B3-74 フェラーリ 001/11 3.0L F12 G
12 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ
イギリスの旗 スタンレー・BRM 14 イギリスの旗 マイク・ワイルズ BRM P201 BRM P200 3.0L V12 G
アメリカ合衆国の旗 UOP・シャドウ・レーシングチーム 16 イギリスの旗 トム・プライス シャドウ DN3B フォード DFV 3.0L V8 G
17 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ DN5
イギリスの旗 チーム・サーティース 18 イギリスの旗 ジョン・ワトソン サーティース TS16 フォード DFV 3.0L V8 G
イギリスの旗 フランク・ウィリアムズ・レーシングカーズ 20 イタリアの旗 アルトゥーロ・メルツァリオ ウィリアムズ FW フォード DFV 3.0L V8 G
21 フランスの旗 ジャック・ラフィット
イギリスの旗 エンバシー・レーシング・ウィズ・グラハム・ヒル 22 イギリスの旗 グラハム・ヒル ローラ T370 フォード DFV 3.0L V8 G
23 西ドイツの旗 ロルフ・シュトメレン
イギリスの旗 ヘスケス・レーシング 24 イギリスの旗 ジェームス・ハント ヘスケス 308 フォード DFV 3.0L V8 G
アメリカ合衆国の旗 ヴェルズ・パーネリ・ジョーンズ・レーシング 27 アメリカ合衆国の旗 マリオ・アンドレッティ パーネリ VPJ4 フォード DFV 3.0L V8 F
アメリカ合衆国の旗 ペンスキー・カーズ 28 アメリカ合衆国の旗 マーク・ダナヒュー ペンスキー PC1 フォード DFV 3.0L V8 G
アルゼンチンの旗 オレステ・ベルタ 29 アルゼンチンの旗 ネストル・ガルシア・ヴェイガ(英語版) 1 ベルタ(英語版) 1 フォード DFV 3.0L V8 G
ブラジルの旗 コパスカー・フィッティパルディ 30 ブラジルの旗 ウィルソン・フィッティパルディ コパスカー FD01 フォード DFV 3.0L V8 G
出典: [W 6]
追記
  • ^1 - マシンが準備できず[W 3]

予選

[編集]

(特記のない出典:[11])

セッションは金曜日・土曜日の各2回、合計4回行われた。

金曜日の第1セッション直前まで雨が降っていたが、開始前に晴れてコースは乾きだした。新車シャドウ・DN5を駆るジャン=ピエール・ジャリエがこの日の第2セッションで1分49秒21を叩き出してトップタイムを記録し、土曜日のセッションでジャリエのタイムを上回る者はなく、F1キャリア初のポールポジションを獲得した[W 7]。ジャリエに続いたのはカルロス・パーチェと母国GPとなるカルロス・ロイテマンのブラバム勢で、4番手のニキ・ラウダまでが1分50秒の壁を破った。新規参戦したコパスカーのウィルソン・フィッティパルディは初期トラブルが頻発してまともに走行することができず、ジャリエより11秒、ウィルソンより1つ前のマイク・ワイルズより2秒遅い最下位でチーム初の予選を終えた。

予選結果

[編集]
順位 No. ドライバー コンストラクター タイム 差 Grid
1 17 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ シャドウ-フォード 1:49.21 - 1
2 8 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ ブラバム-フォード 1:49.64 +0.43 2
3 7 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム-フォード 1:49.80 +0.59 3
4 12 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ フェラーリ 1:49.96 +0.75 4
5 1 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ マクラーレン-フォード 1:50.02 +0.81 5
6 24 イギリスの旗 ジェームス・ハント ヘスケス-フォード 1:50.26 +1.05 6
7 11 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ フェラーリ 1:50.71 +1.50 7
8 4 フランスの旗 パトリック・デパイユ ティレル-フォード 1:50.80 +1.59 8
9 3 南アフリカの旗 ジョディー・シェクター ティレル-フォード 1:50.82 +1.61 9
10 27 アメリカ合衆国の旗 マリオ・アンドレッティ パーネリ-フォード 1:51.06 +1.85 10
11 5 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス-フォード 1:51.44 +2.23 11
12 9 イタリアの旗 ヴィットリオ・ブランビラ マーチ-フォード 1:51.77 +2.56 12
13 2 西ドイツの旗 ヨッヘン・マス マクラーレン-フォード 1:51.82 +2.61 13
14 16 イギリスの旗 トム・プライス シャドウ-フォード 1:51.92 +2.71 14
15 18 イギリスの旗 ジョン・ワトソン サーティース-フォード 1:52.13 +2.92 15
16 28 アメリカ合衆国の旗 マーク・ダナヒュー ペンスキー-フォード 1:52.36 +3.15 16
17 21 フランスの旗 ジャック・ラフィット ウィリアムズ-フォード 1:52.88 +3.67 17
18 6 ベルギーの旗 ジャッキー・イクス ロータス-フォード 1:52.90 +3.69 18
19 23 西ドイツの旗 ロルフ・シュトメレン ローラ-フォード 1:53.12 +3.91 19
20 20 イタリアの旗 アルトゥーロ・メルツァリオ ウィリアムズ-フォード 1:53.43 +4.22 20
21 22 イギリスの旗 グラハム・ヒル ローラ-フォード 1:54.00 +4.79 21
22 14 イギリスの旗 マイク・ワイルズ BRM 1:54.48 +5.27 22
23 30 ブラジルの旗 ウィルソン・フィッティパルディ コパスカー-フォード 2:00.22 +11.01 23
出典: [W 1][W 8]

決勝

[編集]

(特記のない出典:[12])

母国の英雄カルロス・ロイテマンを応援するために18万人の大観衆が訪れた。

レース開始まで30分を切った16時過ぎに各車がコースインしていく中、初のポールポジションを獲得したジャン=ピエール・ジャリエのシャドウ・DN5はわずか200m走行したところでエンジンが息の根を止めてしまった。メカニックが急いで駆けつけたが、ディファレンシャルギアが壊れていたため、レースを諦めるしかなかった。

ポールシッターが不在という異例の状況でレースはスタートした。ロイテマンが好スタートを決め、カルロス・パーチェを抜いてトップに立った。1周目の半ばにヨッヘン・マスがジョディー・シェクターに接触し、シェクターはコース外に飛び出してしまう。1周目の終わりに両者ピットインして修理を終えるが、コースに戻ると既に3周遅れとなっていた。

2周目に入り、ロイテマンはパーチェ、ニキ・ラウダ、ジェームス・ハント、エマーソン・フィッティパルディの4台をリードし、6位に順位を上げていたロニー・ピーターソンがクレイ・レガツォーニとパトリック・デパイユを引き連れる。

8周目、ハントがラウダを抜き、E.フィッティパルディにも迫られていく。ラウダはクラッチに問題を抱えていた。

13周目、最後尾からスタートしたF1デビュー戦のコパスカーがピットを過ぎたタイトな左コーナーでドライブシャフトが折れ、スピンを繰り返してガードレールにクラッシュし、燃料ポンプが破損してFD01は炎に包まれた[注 1]。ウィルソン・フィッティパルディは無事に脱出して無傷だったが、チームとしてはほろ苦いF1デビュー戦となってしまった。その周にパーチェがロイテマンを抜いて首位に浮上するが、メインスタンド前のコーナーでスピンして7位に後退してしまった。

レースが中盤にさしかかりロイテマンのペースが次第に鈍りだし、26周目にハントがロイテマンを抜き去りって初のラップリーダーとなる[W 7]。E.フィッティパルディもラウダ、続いてロイテマンを抜いて2位に浮上した。ラウダはハンドリングに不調を抱えて上位争いから脱落した。

34周目、ハントがパーチェと同じ場所でスピンしてしまい、E.フィッティパルディに首位の座は明け渡したが、立ち直りは早く2位で踏みとどまった。

その後はE.フィッティパルディが悠々と首位を走行し、トップでチェッカーフラッグを受けた。ハントが2位、ロイテマンはスタンドの大声援を受けながら3位でフィニッシュした。以下、レガツォーニ、デパイユ、ラウダが入賞した[W 7]。

レース結果

[編集]
順位 No. ドライバー コンストラクター 周回数 タイム/リタイア原因 Grid Pts.
1 1 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ マクラーレン-フォード 53 1:39:26.29 5 9
2 24 イギリスの旗 ジェームス・ハント ヘスケス-フォード 53 +5.91 6 6
3 7 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム-フォード 53 +17.06 3 4
4 11 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ フェラーリ 53 +35.79 7 3
5 4 フランスの旗 パトリック・デパイユ ティレル-フォード 53 +54.25 8 2
6 12 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ フェラーリ 53 +1:19.65 4 1
7 28 アメリカ合衆国の旗 マーク・ダナヒュー ペンスキー-フォード 52 +1 Lap 16
8 6 ベルギーの旗 ジャッキー・イクス ロータス-フォード 52 +1 Lap 18
9 9 イタリアの旗 ヴィットリオ・ブランビラ マーチ-フォード 52 +1 Lap 12
10 22 イギリスの旗 グラハム・ヒル ローラ-フォード 52 +1 Lap 21
11 3 南アフリカの旗 ジョディー・シェクター ティレル-フォード 52 +1 Lap 9
12 16 イギリスの旗 トム・プライス シャドウ-フォード 51 トランスミッション 14
13 23 西ドイツの旗 ロルフ・シュトメレン ローラ-フォード 51 +2 Laps 19
14 2 西ドイツの旗 ヨッヘン・マス マクラーレン-フォード 50 +3 Laps 13
Ret 8 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ ブラバム-フォード 46 エンジン 2
NC 20 イタリアの旗 アルトゥーロ・メルツァリオ ウィリアムズ-フォード 44 規定周回数不足 20
Ret 27 アメリカ合衆国の旗 マリオ・アンドレッティ パーネリ-フォード 27 トランスミッション 10
Ret 14 イギリスの旗 マイク・ワイルズ BRM 24 エンジン 22
Ret 5 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス-フォード 15 エンジン 11
Ret 21 フランスの旗 ジャック・ラフィット ウィリアムズ-フォード 15 ギアボックス 17
Ret 30 ブラジルの旗 ウィルソン・フィッティパルディ コパスカー-フォード 12 アクシデント 23
DSQ 18 イギリスの旗 ジョン・ワトソン サーティース-フォード 6 失格(アウトサイド・アシスタンス) 15
DNS 17 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ シャドウ-フォード 0 トランスミッション 1
WD 29 アルゼンチンの旗 ネストル・ガルシア・ヴェイガ(英語版) ベルタ(英語版)-フォード マシンが準備できず[W 9]
優勝スピード(勝者E.フィッティパルディの平均速度):190.855 km/h
ファステストラップ:ジェームス・ハント - 1:50.91(34周目)[W 2]
出典: [W 10][W 3][W 8][1]
ラップリーダー
ドライバー 周回数 リードラップ
カルロス・ロイテマン 25周 1-25
ジェームス・ハント 9周 26-34
エマーソン・フィッティパルディ 19周 35-53
出典: [W 11]
  • 太字は最多ラップリーダー

主な記録

[編集]

(特記のない出典:[W 7])

ドライバー

[編集]

コンストラクター

[編集]

エンジン

[編集]

タイヤ

[編集]

第1戦終了時点のランキング

[編集]
  • 注: トップ5のみ表示。有効ポイントは前半7戦のうちベスト6戦と後半7戦のうちベスト6戦の合計。

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ↑ FD01は大破したまま手を加えられず保管されていたが、約30年後の2004年に修復が完了した。
  2. ↑ 現在のウィリアムズと創設者(フランク・ウィリアムズ)は同じだが、チームとしての繫がりはない。

出典

[編集]
書籍
  1. 1 2 (林信次 1993, p. 130)
  2. 1 2 (林信次 1993, p. 98)
  3. ↑ (林信次 1993, p. 106)
  4. 1 2 3 4 5 (AUTOSPORT 163, p. 11)
  5. ↑ (AUTOSPORT 163, p. 4)
  6. 1 2 3 (AUTOSPORT 163, p. 12)
  7. ↑ (林信次 1993, p. 107)
  8. ↑ (AUTOSPORT 163, p. 2)
  9. ↑ (AUTOSPORT 163, pp. 11–12)
  10. ↑ (林信次 1993, p. 109)
  11. ↑ (AUTOSPORT 163, pp. 12–16)
  12. ↑ (AUTOSPORT 163, pp. 16–17)
ウェブサイト
  1. 1 2 “Argentina 1975 - Qualifications” (英語). STATS F1. 2025年12月25日閲覧。
  2. 1 2 “Argentina 1975 - Best laps” (英語). STATS F1. 2025年12月25日閲覧。
  3. 1 2 3 “Argentina 1975 - Result” (英語). STATS F1. 2025年12月25日閲覧。
  4. 1 2 3 4 5 “Argentine GP, 1975” (英語). grandprix.com. 2025年12月25日閲覧。
  5. ↑ “Canada 1974”. STATS F1. 2025年12月25日閲覧。
  6. ↑ “Argentina 1975 - Race entrants” (英語). STATS F1. 2025年12月25日閲覧。
  7. 1 2 3 4 “Argentina 1975”. STATS F1. 2025年12月25日閲覧。
  8. 1 2 “Argentina 1975 - Starting grid” (英語). STATS F1. 2025年12月25日閲覧。
  9. ↑ “The Grand Prix car Argentina almost had”. forix.autosport.com. 2023年2月22日閲覧.
  10. ↑ “1975 Argentine Grand Prix”. formula1.com. 2014年6月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年12月25日閲覧。
  11. ↑ “Argentina 1975 - Laps led” (英語). STATS F1. 2025年12月25日閲覧。
  12. ↑ “戦績:J.P.ジャリエ”. F1 DataWeb. 2025年12月25日閲覧。
  13. ↑ “戦績:シャドー”. F1 DataWeb. 2025年12月25日閲覧。
  14. ↑ “戦績:ヘスケス”. F1 DataWeb. 2025年12月25日閲覧。
  15. ↑ “戦績:ウィリアムズ”. F1 DataWeb. 2025年12月25日閲覧。
  16. ↑ “戦績:コパーシュカー”. F1 DataWeb. 2025年12月25日閲覧。
  17. ↑ “Firestone”. STATS F1. 2025年12月25日閲覧。
  18. 1 2 “FIA Formula One World Championship 1975 Argentine Grand Prix Standings” (英語). Motorsport Stats. 2025年12月25日閲覧。

参照文献

[編集]

外部リンク

[編集]
FIA F1世界選手権
1975年シーズン
次戦
1975年ブラジルグランプリ
前回開催
1974年アルゼンチングランプリ
アルゼンチンの旗 アルゼンチングランプリ 次回開催
1977年アルゼンチングランプリ
⌬ Phoenix Mesh CID: 未登録 IPFS未登録 📡 0ピア PQS A97