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1975年イギリス保守党党首選挙

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1975年イギリス保守党党首選挙
1975 Conservative Party leadership election

1965年 ←
第1回投票:1975年2月4日 (1975-02-04)
第2回投票:1975年2月11日 (1975-02-11)

→ 1989年



 
候補者 マーガレット・サッチャーエドワード・ヒースウィリアム・ホワイトロー
得票数 130119(不出馬)
得票率 47.10%[注 1]43.12%-
得票数(第2回) 146(辞退)79
得票率(第2回) 52.90%[注 1]-28.62%

 
候補者 ジェフリー・ハウ ジム・プライアー ヒュー・フレイザー
得票数 (不出馬) (不出馬) 16
得票率 - - 5.80%
得票数(第2回) 19 19 (不出馬)
得票率(第2回) 6.88% 6.88% -

選挙前党首

エドワード・ヒース

選出党首

マーガレット・サッチャー

1975年イギリス保守党党首選挙(1975ねんイギリスほしゅとうとうしゅせんきょ、英語: 1965 Conservative Party leadership election)は、1975年2月4日から2月11日にイギリスで行われた保守党党首の選挙です[1]。

概要

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保守党党首で首相でもあったエドワード・ヒースは、1974年2月の総選挙で過半数を失い下野したものの、労働党も過半数を確保できなかったものの第1党として、ハロルド・ウィルソンを首相とする少数与党政権を樹立した。しかしウィルソンは同年10月に総選挙を再度実施し、労働党が野党を3議席差で抑え、過半数を獲得した。ヒースは過去10年間にわたり党を率いてきたものの、戦った4回の総選挙のうち3回で敗北しており、党首辞任は不可避と見られていた。

しかし、党首選出の規定は党首が欠員の場合のみで、現職の党首に対して挑戦する手段は存在しなかったため[2]、党首選出規定の見直しを行い、その後、自身の再選を問う選挙に臨むという1922年委員会の提案に同意した。

選挙データ

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規定の見直しは、元党首のアレック・ダグラス=ヒューム主導で行われ、2つの勧告がなされた。一つは、野党・与党の別を問わず、党首を毎年「国王演説」後の期間(議会の新 会期の招集日から4週間以内、または新議会の招集日から6ヶ月以内に告示。)に選出するというものであったが、実際には多くの年で形式的な手続きにとどまることとなった。もう一つは、第1回投票において勝利候補者に求められる「次点候補者に対する得票率差」に関する要件の変更であった。それまでは候補者に投票した議員の「有効投票数」15pp差が基準とされていたが、これを「党所属庶民院議員の総数」の15pp差という基準に変更したのである。この変更で、15年後に行われた1990年の保守党党首選において、マーガレット・サッチャーが第1回投票で過半数を獲得することを阻む要因となった[1]。

党首

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日程

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  • 1975年
    • 2月4日:第1回党首選挙が実施され、当選者が決まらず。得票数2位だった現職のエドワード・ヒースは第2回投票への不出馬を表明。
    • 2月11日:第2回党首選挙が実施され、マーガレット・サッチャーが党首に選出。

選挙制度

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有効投票の過半数を獲得し、かつ次点の候補者と有権者数の15pp以上の得票差を得た候補者が当選。不在の場合は第2回投票が行われ、有効投票の過半数を獲得した候補者が当選。ただし、第2回投票への立候補は、第1回投票に出馬した候補者という規定はなかった。第2回投票で不在の場合は、上位3名による決選投票が行われる[1]。
第3回投票(決選投票)は得票率50%以上の候補者が当選。当選者が不在の場合、最も少ない得票数の候補者を除外し、その候補者の第二投票数を再分配して決定。

投票方法

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  1. 第1回・第2回投票:単記投票、1票制
  2. 第3回投票:優先順位付投票制、1票制[2]

選挙権

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保守党所属庶民院議員[2]

被選挙権

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保守党所属庶民院議員
立候補にあたっては、庶民院議員の推薦人並びに賛成者を各々1名必要[2]。

有権者数

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276

第1回投票

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候補者

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立候補届出者

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候補者 出生日
出生地
経歴

ヒュー・フレイザー
1918年1月23日(57歳)
イングランドの旗 イングランド
ロンドン、ウェストミンスター
庶民院議員(10期)(1945-)[注 2]
空軍大臣(1962-1964)

エドワード・ヒース
1916年7月9日(58歳)
イングランドの旗 イングランド
ケント、サネットブロードステアーズ
庶民院議員(9期)(1950-)[注 3]
首相(1970-1974)
商務庁長官(1963-1964)
産業・貿易・地域開発大臣(1963-1964)
王璽尚書(1960-1963)
労働大臣(1959-1960)
陛下の野党党首/影の首相(1965-1970, 1974-)
影の財務大臣(1965)
保守党党首(1965-)

マーガレット・サッチャー
1925年10月13日(49歳)
イングランドの旗 イングランド
リンカンシャー、グランサム
庶民院議員(6期)(1959-)[注 4]
教育科学大臣(1970-1974)
影の財務首席政務次官(1974-)

選挙結果

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サッチャーがヒースを抑え最多得票を得たものの、選挙規則に基づく「有権者数の50%以上」「次点候補者と15pp以上の差」を満たさなかったため、第2回投票が行われることとなった。

候補者別得票結果

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e • d 
1975年イギリス保守党党首選挙
(第1回投票:1975年2月4日 (1975-02-04)施行)
候補者 得票数得票率
[注 1]
得票差
マーガレット・サッチャー 13047.10% ±00.00pp
エドワード・ヒース 11943.12% Δ03.98pp
ヒュー・フレイザー 165.80% Δ41.30pp
総計 26596.01%
投票総数(投票率) 26596.01%
棄権者数(棄権率) 113.99%
有権者数 276100.0%

第2回投票

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候補者

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立候補届出者

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候補者 出生日
出生地
経歴

ジェフリー・ハウ
1926年12月20日(48歳)
ウェールズの旗 ウェールズ
グラモーガン、ポートタルボット
庶民院議員(3期)(1964-1966, 1970-)[注 5]
貿易担当大臣(1972-1974)
影の保健社会サービス大臣(1974-)

ジョン・ペイトン
1919年2月13日(55歳)
イングランドの旗 イングランド
ロンドン
庶民院議員(8期)(1951-)[注 6]
運輸大臣(1970)
影の庶民院院内総務(1974-)

ジム・プライアー
1927年10月11日(47歳)
イングランドの旗 イングランド
ノーフォーク、ノリッジ
庶民院議員(6期)(1959-)[注 7]
庶民院院内総務/枢密院議長(1972-1974)
農業・水産・食糧大臣(1970-1972)

マーガレット・サッチャー
1925年10月13日(49歳)
イングランドの旗 イングランド
リンカンシャー、グランサム
庶民院議員(6期)(1959-)[注 8]
教育科学大臣(1970-1974)
影の財務首席政務次官(1974-)

ウィリアム・ホワイトロー
1918年6月28日(56歳)
スコットランドの旗 スコットランド
エディンバラ
庶民院議員(7期)(1955-)[注 9]
雇用担当大臣(1973-1974)
北アイルランド大臣(1972-1973)
庶民院院内総務(1970-1972)
保守党議長(1974-)

選挙結果

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サッチャーが第1回投票より16票増やた一方で、次点となったホワイトローはヒースが獲得した票を40票減らした結果、選挙規則に基づく「有権者数の50%以上」「次点候補者と15pp以上の差」を満たしたため、サッチャーは当選人に決定した。

候補者別得票結果

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e • d 
1975年イギリス保守党党首選挙
(第2回投票:1975年2月11日 (1975-02-11)施行)
候補者 得票数得票率
[注 1]
得票差
マーガレット・サッチャー 14652.90% ±00.00pp
ウィリアム・ホワイトロー 7928.62% Δ24.26pp
ジェフリー・ハウ 196.88% Δ46.02pp
ジム・プライアー 196.88% Δ46.02pp
ジョン・ペイトン 113.99% Δ48.91pp
総計 27499.28%
投票総数(投票率) 27499.28%
棄権者数(棄権率) 20.72%
有権者数 276100.0%

脚注

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注釈

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  1. 1 2 3 4 得票率は「得票数÷有権者数」で算出する。
  2. ↑ 1950からスタッフォード・アンド・ストーン選挙区、1945-1950まではストーン選挙区選出。
  3. ↑ 1974からシドカップ選挙区、1950-1974まではベクスリー選挙区選出。
  4. ↑ フィンチリー選挙区選出。
  5. ↑ 1974からイースト・サリー選挙区、1970-1974までリーゲート選挙区、1964-1966まではベビントン選挙区選出。
  6. ↑ ヨーヴィル選挙区選出。
  7. ↑ ローストフト選挙区選出。
  8. ↑ フィンチリー選挙区選出。
  9. ↑ ペンリス・ザ・ボーダー選挙区選出。

出典

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  1. 1 2 3 “Leadership elections: Conservative Party”. House of Commoms Library. 2026年8月2日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 宮畑建志「イギリス二大政党の党首選出手続―手続の民主化と党首の地位防衛」『レファレンス』2007年7月、136頁、2026年7月1日閲覧。

外部リンク

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