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1975年オランダグランプリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
オランダの旗 1975年オランダグランプリ
レース詳細
日程 1975年シーズン第8戦
決勝開催日 6月22日
開催地 ザントフォールト・サーキット
オランダの旗 オランダ 北ホラント州ザントフォールト
コース長 4.226 km (2.626 mi)
レース距離 75周 316.950 km (196.944 mi)
決勝日天候 雨のち曇(ウェット→ドライ)[1]
ポールポジション
ドライバー
タイム 1:20.29[W 1][2]
ファステストラップ
ドライバー オーストリアの旗 ニキ・ラウダ
タイム 1:21.54(55周目)[W 2][3]
決勝順位
優勝
2位
3位

1975年オランダグランプリ(1975ねんオランダグランプリ、英: 1975 Dutch Grand Prix、正式名称: XXII Grand Prix Zandvoort)は、1975年のF1世界選手権の第8戦として、1975年6月22日にザントフォールト・サーキットで開催された自動車レース(オランダグランプリ)。

オランダグランプリとしては24回目の開催であった。レースは全長約4kmのサーキットを75周し、総走行距離317kmで行われた。

概要

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このレースは、F1史上最も劇的な番狂わせ勝利の一つとして記憶されている。後のドライバーズチャンピオンとなるイギリス人ドライバーのジェームズ・ハントが初優勝を果たし、小規模なプライベートチームであるヘスケス・レーシングに、6年間の歴史で唯一のグランプリ勝利という輝かしい瞬間をもたらした。ハントはヘスケス・308B[W 4]を駆り、ポイントリーダーであるオーストリア人ドライバーのニキ・ラウダが駆るフェラーリ・312Tを1秒差で抑えて優勝した。3位はラウダのチームメイトであるスイス人ドライバーのクレイ・レガツォーニが獲得した。また、F1世界選手権で日本人ドライバー(鮒子田寛)が初めて参戦したレースでもある[W 5]。

エントリー

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本GPは25台がエントリーされた[4]。

エンバシー・ヒルはヴァーン・シュパンに代わって、ハリー・スティラー(英語版)の撤退に伴いシートを失っていたアラン・ジョーンズを起用した[W 6]。パーネリのマリオ・アンドレッティはアメリカの国内レース(ポコノ500(英語版))に参戦するため欠場した[4]。一方、エンサインは復帰し、負傷中のロエロフ・ヴンデリンク(英語版)の代役としてジィズ・ヴァン・レネップを起用した[W 6]。ウィリアムズはジャック・ラフィットが復帰し、イアン・シェクターとコンビを組む[4]。コパスカーは新車FD03を投入した[W 7]。

日本のマキが本GPからF1に再登場し、ドライバーは当初予定されていたデヴィッド・ウォーカー(英語版)から、ル・マン24時間レースの参戦を終えたばかりだった鮒子田寛に急遽変更された[5]。日本人ドライバーがF1世界選手権に参戦するのは初めてのことである[W 5][注 1]。シチズン時計がスポンサーに付き[5]、マシンは前年のF101Bの改良型F101Cを使用する[6]。

エントリーリスト

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チーム No. ドライバー コンストラクター シャシー エンジン
イギリスの旗 マールボロ・チーム・テキサコ 1 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ マクラーレン M23 フォード DFV 3.0L V8
2 西ドイツの旗 ヨッヘン・マス
イギリスの旗 エルフ・チーム・ティレル 3 南アフリカの旗 ジョディー・シェクター ティレル 007 フォード DFV 3.0L V8
4 フランスの旗 パトリック・デパイユ
イギリスの旗 ジョン・プレイヤー・チーム・ロータス 5 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス 72E フォード DFV 3.0L V8
6 ベルギーの旗 ジャッキー・イクス
イギリスの旗 マルティーニ・レーシング 7 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム BT44B フォード DFV 3.0L V8
8 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ
イギリスの旗 ベータ・チーム・マーチ 9 イタリアの旗 ヴィットリオ・ブランビラ マーチ 751 フォード DFV 3.0L V8
イギリスの旗 ラヴァッツァ・マーチ 10 イタリアの旗 レラ・ロンバルディ
イタリアの旗 スクーデリア・フェラーリ SpA SEFAC 11 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ フェラーリ 312T フェラーリ 015 3.0L F12
12 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ
イギリスの旗 スタンレー・BRM 14 イギリスの旗 ボブ・エバンス BRM P201 BRM P200 3.0L V12
アメリカ合衆国の旗 UOP・シャドウ・レーシングチーム 16 イギリスの旗 トム・プライス シャドウ DN5 フォード DFV 3.0L V8
17 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ
イギリスの旗 チーム・サーティース 18 イギリスの旗 ジョン・ワトソン サーティース TS16 フォード DFV 3.0L V8
イギリスの旗 フランク・ウィリアムズ・レーシングカーズ 20 南アフリカの旗 イアン・シェクター ウィリアムズ FW03[4] フォード DFV 3.0L V8
21 フランスの旗 ジャック・ラフィット FW04
イギリスの旗 エンバシー・レーシング・ウィズ・グラハム・ヒル 22 オーストラリアの旗 アラン・ジョーンズ ヒル GH1 フォード DFV 3.0L V8
23 イギリスの旗 トニー・ブライズ
イギリスの旗 ヘスケス・レーシング 24 イギリスの旗 ジェームス・ハント ヘスケス 308B[W 4] フォード DFV 3.0L V8
アメリカ合衆国の旗 ペンスキー・カーズ 28 アメリカ合衆国の旗 マーク・ダナヒュー ペンスキー PC1 フォード DFV 3.0L V8
ブラジルの旗 コパスカー・フィッティパルディ 30 ブラジルの旗 ウィルソン・フィッティパルディ コパスカー FD03 フォード DFV 3.0L V8
イギリスの旗 HBビウェイキング・チーム・エンサイン 31 オランダの旗 ジィズ・ヴァン・レネップ エンサイン N174 フォード DFV 3.0L V8
日本の旗 マキ・エンジニアリング 35 日本の旗 鮒子田寛 マキ F101C フォード DFV 3.0L V8
出典: [W 8]
追記

予選

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予選は金曜日、土曜日の各2回、計4回のセッションで行われた[7]。

ニキ・ラウダがポールポジションを獲得し、チームメイトのクレイ・レガツォーニがフロントローに並んだ。

ジャン=ピエール・ジャリエは大クラッシュしたものの無傷で済んだ[W 7]。マキの鮒子田寛は金曜日の第1セッションでエンジンがブローしてしまい[8]、スペアのエンジンを持っていなかったため[注 2]、以後のセッションに参加できなくなった[9][5][W 7]。

ジェームス・ハントは猛烈な走りでグリッド3位を獲得した。土曜日午後、天候状況からタイムの向上が見込めなかったため、ハントは追加テストのためにコースへ送り出された。その最中、計量装置の一部が破損した。これは不幸中の幸いだった。オランダGPでは日曜朝のウォームアップランが設定されていなかったため、もしあの追加周回がなければ、メカニカルトラブルは決勝レース中に発生していたはずだからである。

予選結果

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順位 No. ドライバー コンストラクター タイム 差 Grid
1 12 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ フェラーリ 1:20.29 - 1
2 11 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ フェラーリ 1:20.57 +0.28 2
3 24 イギリスの旗 ジェームス・ハント ヘスケス-フォード 1:20.70 +0.41 3
4 3 南アフリカの旗 ジョディー・シェクター ティレル-フォード 1:20.74 +0.45 4
5 7 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム-フォード 1:20.87 +0.58 5
6 12 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ マクラーレン-フォード 1:20.91 +0.62 6
7 23 イギリスの旗 トニー・ブライズ ヒル-フォード 1:20.94 +0.65 7
8 2 西ドイツの旗 ヨッヘン・マス マクラーレン-フォード 1:21.01 +0.72 8
9 8 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ ブラバム-フォード 1:21.06 +0.77 9
10 17 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ シャドウ-フォード 1:21.10 +0.81 10
11 10 イタリアの旗 ヴィットリオ・ブランビラ マーチ-フォード 1:21.14 +0.85 11
12 16 イギリスの旗 トム・プライス シャドウ-フォード 1:21.16 +0.87 12
13 4 フランスの旗 パトリック・デパイユ ティレル-フォード 1:21.20 +0.91 13
14 18 イギリスの旗 ジョン・ワトソン サーティース-フォード 1:21.23 +0.94 14
15 21 フランスの旗 ジャック・ラフィット ウィリアムズ-フォード 1:21.32 +1.03 15
16 5 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス-フォード 1:21.46 +1.17 16
17 22 オーストラリアの旗 アラン・ジョーンズ ヒル-フォード 1:22.01 +1.72 17
18 28 アメリカ合衆国の旗 マーク・ダナヒュー ペンスキー-フォード 1:22.33 +2.04 18
19 20 南アフリカの旗 イアン・シェクター ウィリアムズ-フォード 1:22.82 +2.53 19
20 14 イギリスの旗 ボブ・エバンス BRM 1:22.97 +2.68 20
21 6 ベルギーの旗 ジャッキー・イクス ロータス-フォード 1:23.20 +2.91 21
22 31 オランダの旗 ジィズ・ヴァン・レネップ エンサイン-フォード 1:23.30 +3.01 22
23 10 イタリアの旗 レラ・ロンバルディ マーチ-フォード 1:23.99 +3.70 23
24 30 ブラジルの旗 ウィルソン・フィッティパルディ コパスカー-フォード 1:24.15 +3.86 24
25 35 日本の旗 鮒子田寛 マキ-フォード 1:33.37 +13.08 DNS 1
出典: [W 1][W 9]
追記
  • ^1 - 鮒子田はエンジントラブルにより、決勝の出走を見合わせた[9]

決勝

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ハントがラウダを抑えて初勝利を挙げた。

ニキ・ラウダがジョディー・シェクターを抑えて首位を走る中、ヴィットリオ・ブランビラとパトリック・デパイユが接触した。ヨッヘン・マスはメーターユニットの不具合に悩まされ、ジャッキー・イクスはエンジンをブローさせた。3周目頃に雨が止み[10]、7周目にジェームス・ハントが真っ先にドライタイヤへ交換し[10][W 10]、乾きつつある路面で急速にタイムを縮め、15周目までにジャン=ピエール・ジャリエとラウダを抜き去って首位に立った。ラウダは追い抜きが極めて困難な状況に直面していた。エマーソン・フィッティパルディはエンジントラブルでリタイアした。ジョン・ワトソンはウィングサポートを破損し、カルロス・ロイテマンはブレーキトラブルに苦しむトム・プライスを抜いた。

ジャリエは43周目にラウダに抜かれ[W 7]、45周目にタイヤがバーストしてスピンした[W 7]。ラウダはその後20周以上にわたりハントを必死に追いかけ、彼に多大なプレッシャーをかけた。ハントはアルゼンチンGPで同様のプレッシャーに屈していたが、今回は耐え抜いた。ラウダは低速コーナーで差を詰めたが、ハントは高速コーナーとストレートで再びリードを広げた。テレビディレクターたちは混乱し、残り3周と表示していたが、観客席から沸き起こった大歓声がレース終了を告げた。ハントはラウダを1秒差で抑えて初勝利を挙げ[W 10]、イングランド出身のドライバーとしては1971年イタリアGPのピーター・ゲシン以来4年ぶりの勝利であった[注 3]。

ハントに苦戦を強いられて2位に終わったラウダだったが[11]、6点を獲得してドライバーズランキング首位の座を固め、ロイテマンに対するリードを13点に広げた。

レース結果

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順位 No. ドライバー コンストラクター 周回数 タイム/リタイア原因 Grid Pts.
1 24 イギリスの旗 ジェームス・ハント ヘスケス-フォード 75 1:46:57.40 3 9
2 12 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ フェラーリ 75 +1.06 1 6
3 11 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ フェラーリ 75 +55.06 2 4
4 7 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム-フォード 74 +1 Lap 5 3
5 8 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ ブラバム-フォード 74 +1 Lap 9 2
6 16 イギリスの旗 トム・プライス シャドウ-フォード 74 +1 Lap 12 1
7 23 イギリスの旗 トニー・ブライズ ヒル-フォード 74 +1 Lap 7
8 28 アメリカ合衆国の旗 マーク・ダナヒュー ペンスキー-フォード 74 +1 Lap 18
9 4 フランスの旗 パトリック・デパイユ ティレル-フォード 73 +2 Laps 13
10 31 オランダの旗 ジィズ・ヴァン・レネップ エンサイン-フォード 71 +4 Laps 22
11 30 ブラジルの旗 ウィルソン・フィッティパルディ コパスカー-フォード 71 +4 Laps 24
12 20 南アフリカの旗 イアン・シェクター ウィリアムズ-フォード 70 +5 Laps 19
13 22 オーストラリアの旗 アラン・ジョーンズ ヒル-フォード 70 +5 Laps 17
14 10 イタリアの旗 レラ・ロンバルディ マーチ-フォード 70 +5 Laps 23
15† 5 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス-フォード 69 燃料切れ 16
16† 3 南アフリカの旗 ジョディー・シェクター ティレル-フォード 67 エンジン 4
Ret 21 フランスの旗 ジャック・ラフィット ウィリアムズ-フォード 64 エンジン 15
Ret 2 西ドイツの旗 ヨッヘン・マス マクラーレン-フォード 61 アクシデント 8
Ret 17 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ シャドウ-フォード 44 タイヤ 10
Ret 18 イギリスの旗 ジョン・ワトソン サーティース-フォード 43 異常振動 14
Ret 1 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ マクラーレン-フォード 40 エンジン 6
Ret 14 イギリスの旗 ボブ・エバンス BRM 23 ディファレンシャル 20
Ret 6 ベルギーの旗 ジャッキー・イクス ロータス-フォード 6 エンジン 21
Ret 9 イタリアの旗 ヴィットリオ・ブランビラ マーチ-フォード 0 サスペンション 11
DNS 35 日本の旗 鮒子田寛 マキ-フォード エンジン[9]
優勝スピード(勝者ハントの平均速度):177.801 km/h
ファステストラップ:ニキ・ラウダ - 1:21.54(55周目)[W 2]
出典: [W 12][W 3][W 9]
追記
  • † - リタイアだが、90%以上の距離を走行したため規定により完走扱い。
ラップリーダー
ドライバー 周回数 リードラップ
ニキ・ラウダ 12周 1-12
クレイ・レガツォーニ 2周 13-14
ジェームス・ハント 61周 15-75
出典: [W 13]
  • 太字は最多ラップリーダー

主な記録

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ドライバー

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コンストラクター

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第8戦終了時点のランキング

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  • 注: トップ5のみ表示。有効ポイントは前半7戦のうちベスト6戦と後半7戦のうちベスト6戦の合計。ポイントは有効ポイント、括弧内は総獲得ポイント。

脚注

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注釈

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  1. ↑ 非選手権レースを含めると、前年に高原敬武が参戦している。
  2. ↑ スペアのDFVエンジンは書類手続きの問題でロンドン・ヒースロー空港の倉庫に残したままであり、他のチームにDFVエンジンの融通を依頼したが、次戦フランスGPが2週間後に控えていたことから断られた。
  3. ↑ イギリス国籍とした場合、同GPから本GPまでの間に勝利を挙げていたのはスコットランド出身のジャッキー・スチュワートのみである[W 11]。

出典

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書籍・雑誌
  1. ↑ (F1全史1971–1975 1993, p. 131)
  2. ↑ (Lang 1983, p. 83)
  3. ↑ (Lang 1983, p. 84)
  4. 1 2 3 4 (AUTOSPORT 175, p. 95)
  5. 1 2 3 (AUTOSPORT 175, p. 96)
  6. ↑ (F1全史1971–1975 1993, p. 109)
  7. ↑ (AUTOSPORT 175, pp. 95, 96)
  8. ↑ (AUTOSPORT 175, p. 76)
  9. 1 2 3 (AUTOSPORT 175, p. 77)
  10. 1 2 (AUTOSPORT 175, p. 97)
  11. ↑ (Henry 1989, p. 282)
ウェブサイト
  1. 1 2 “Netherlands 1975 - Qualifications” (英語). STATS F1. 2026年2月14日閲覧。
  2. 1 2 “Netherlands 1975 - Best laps” (英語). STATS F1. 2026年2月14日閲覧。
  3. 1 2 “Netherlands 1975 - Result” (英語). STATS F1. 2026年2月14日閲覧。
  4. 1 2 “Race Results” (英語). Hesketh Racing. 2026年2月14日閲覧。
  5. 1 2 3 “日本人F1ドライバー熱風録(1987年)”. GAZOO (2015年8月14日). 2026年2月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年2月14日閲覧。
  6. 1 2 “Dutch GP, 1975” (英語). grandprix.com. 2023年1月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年2月14日閲覧。
  7. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 “Netherlands 1975”. STATS F1. 2026年2月14日閲覧。
  8. ↑ “Netherlands 1975 - Race entrants” (英語). STATS F1. 2026年2月14日閲覧。
  9. 1 2 “Netherlands 1975 - Starting grid” (英語). STATS F1. 2026年2月14日閲覧。
  10. 1 2 “Zandvoort 1975” (英語). Hesketh Racing. 2026年2月14日閲覧。
  11. ↑ “United Kingdom - Wins” (英語). STATS F1. 2026年2月14日閲覧。
  12. ↑ “1975 Dutch Grand Prix” (英語). formula1.com. 2014年6月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年2月14日閲覧。
  13. ↑ “Netherlands 1975 - Laps led” (英語). STATS F1. 2026年2月14日閲覧。
  14. ↑ “戦績:J.ハント”. F1 DataWeb. 2026年2月14日閲覧。
  15. ↑ “戦績:鮒子田寛”. F1 DataWeb. 2026年2月14日閲覧。
  16. ↑ “戦績:ヘスケス”. F1 DataWeb. 2026年2月14日閲覧。
  17. ↑ “Penske - Grands Prix started 1975” (英語). STATS F1. 2026年2月14日閲覧。
  18. 1 2 “FIA Formula One World Championship 1975 Dutch Grand Prix Standings” (英語). Motorsport Stats. 2026年2月14日閲覧。
  19. 1 2 “FIA Formula One World Championship 1975 Swedish Grand Prix Standings” (英語). Motorsport Stats. 2026年2月14日閲覧。

参照文献

[編集]
  • 『F1全史』シリーズ(NCID BN12600893)
    • 林信次『F1全史 1971-1975 [名手スチュワートの退場/若手精鋭たちの新時代]』ニューズ出版(現:三栄)、1993年。ASIN B07DP9R68Q。ISBN 4-938495-05-8。ASB:FZS19931201。 
  • 『オートスポーツ』(NCID AA11437582)
    • 『No.175 1975年9月1日号』三栄書房(現:三栄)、1975年、75-77, 94-97頁。ASB:AST19750901。 
  • Lang, Mike (1983). Grand Prix! Vol 3. Haynes Publishing Group. ISBN 0-85429-380-9 
  • アラン・ヘンリー 著、早川麻百合、鳥江政弘 訳『チーム・フェラーリの全て』CBS・ソニー出版、1989年。ISBN 4-7897-0491-2。 

翻訳元

[編集]

外部リンク

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前戦
1975年スウェーデングランプリ
FIA F1世界選手権
1975年シーズン
次戦
1975年フランスグランプリ
前回開催
1974年オランダグランプリ
オランダの旗 オランダグランプリ 次回開催
1976年オランダグランプリ
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