1976年スウェーデングランプリ
| レース詳細 | |||
|---|---|---|---|
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| 日程 | 1976年シーズン第7戦 | ||
| 決勝開催日 | 6月13日 | ||
| 開催地 |
アンデルストープ・サーキット | ||
| コース長 | 4.018 km (2.497 mi)[1] | ||
| レース距離 | 72周 289.296 km (179.760 mi) | ||
| 決勝日天候 | 晴(ドライ)[1] | ||
| ポールポジション | |||
| ドライバー | |||
| タイム | 1:25.659[W 1][2] | ||
| ファステストラップ | |||
| ドライバー |
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| タイム | 1:28.002(11周目)[W 2][3] | ||
| 決勝順位 | |||
| 優勝 |
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| 2位 | |||
| 3位 | |||
1976年スウェーデングランプリ(1976ねんスウェーデングランプリ、英: 1976 Swedish Grand Prix、正式名称: VII Gislaved Sveriges Grand Prix[W 4])は、1976年のF1世界選手権の第7戦として、1976年6月13日にアンデルストープ・サーキットで開催された自動車レース。スウェーデングランプリとしての開催は9回目にあたる。レースは全長約4.0kmのサーキットを72周し、総距離約290kmで行われた[W 5]。
概要
[編集]このレースで6輪車のティレル・P34が初めてかつ唯一の勝利を挙げた。その理論は、前輪を4つにすることで路面との接地面積が増え、フロントエンドの機械的グリップが向上し、アンダーステアを解消すると同時に、コーナリングとブレーキング性能も向上するというものだった。その姿が明らかになった瞬間、1976年シーズンの一大センセーションを巻き起こした。
エントリー
[編集]本GPは27台が参加する[4]。
ロータスはマリオ・アンドレッティがインディ500の参戦を終えて復帰し、2台体制に戻った[W 6]。サーティースもブレット・ランガー用の新しいTS19が完成し、2台体制に戻った[W 6]。一方、ウルフ・ウィリアムズはジャッキー・イクスが同じ週末に開催されるル・マン24時間レースに参戦中だったため、ミシェル・ルクレールのみ参加する[W 6]。RAMはロリス・ケッセルとデンマーク人のF3ドライバーであるジャック・ネルマンのコンビで復帰した[W 7]。ペンスキーは新車PC4を本格的に投入した[W 6]。
エントリーリスト
[編集]- 追記
予選
[編集]ティレルのジョディー・シェクターがポールポジションを獲得し、チームメイトのパトリック・デパイユは4番手となった。2人の間に割って入ったのはロータスのマリオ・アンドレッティ[5]とエンサインのクリス・エイモンで[W 6]、今シーズン圧倒的な速さを見せていたフェラーリは苦戦し、ニキ・ラウダは5番手、クレイ・レガツォーニは6列目の11番手という不本意な結果に終わった[4]。
予選結果
[編集]| 順位 | No. | ドライバー | コンストラクター | タイム | 差 | Grid |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 3 | ティレル–フォード | 1:25.659 | - | 1 | |
| 2 | 5 | ロータス–フォード | 1:26.008 | +0.349 | 2 | |
| 3 | 22 | エンサイン–フォード | 1:26.163 | +0.504 | 3 | |
| 4 | 4 | ティレル–フォード | 1:26.362 | +0.703 | 4 | |
| 5 | 1 | フェラーリ | 1:26.441 | +0.782 | 5 | |
| 6 | 6 | ロータス–フォード | 1:26.570 | +0.911 | 6 | |
| 7 | 26 | リジェ–マトラ | 1:26.773 | +1.114 | 7 | |
| 8 | 11 | マクラーレン–フォード | 1:26.958 | +1.299 | 8 | |
| 9 | 10 | マーチ–フォード | 1:27.040 | +1.381 | 9 | |
| 10 | 8 | ブラバム–アルファロメオ | 1:27.133 | +1.474 | 10 | |
| 11 | 2 | フェラーリ | 1:27.157 | +1.498 | 11 | |
| 12 | 16 | シャドウ–フォード | 1:27.527 | +1.868 | 12 | |
| 13 | 12 | マクラーレン–フォード | 1:27.568 | +1.909 | 13 | |
| 14 | 17 | シャドウ–フォード | 1:27.618 | +1.959 | 14 | |
| 15 | 9 | マーチ–フォード | 1:27.640 | +1.981 | 15 | |
| 16 | 7 | ブラバム–アルファロメオ | 1:27.762 | +2.103 | 16 | |
| 17 | 28 | ペンスキー–フォード | 1:28.065 | +2.406 | 17 | |
| 18 | 19 | サーティース–フォード | 1:28.207 | +2.548 | 18 | |
| 19 | 35 | マーチ–フォード | 1:28.221 | +2.562 | 19 | |
| 20 | 34 | マーチ–フォード | 1:28.230 | +2.571 | 20 | |
| 21 | 30 | コパスカー–フォード | 1:28.670 | +3.011 | 21 | |
| 22 | 37 | ボロ–フォード | 1:28.815 | +3.156 | 22 | |
| 23 | 24 | ヘスケス–フォード | 1:28.885 | +3.226 | 23 | |
| 24 | 18 | サーティース–フォード | 1:29.343 | +3.684 | 24 | |
| 25 | 21 | ウルフ・ウィリアムズ–フォード | 1:29.597 | +3.938 | 25 | |
| 26 | 32 | ブラバム–フォード | 1:30.020 | +4.361 | 26 | |
| 上位26台が決勝進出 | ||||||
| 27 | 33 | ブラバム–フォード | 1:30.259 | +4.600 | DNQ | |
| 出典: [W 1][W 9][4] | ||||||
決勝
[編集]
ロータス・77を駆るマリオ・アンドレッティがレースの大半をリードしたが、アンドレッティはフライングスタートにより1分のペナルティが科せられた[6][7][注 1]。見かけ上の首位を走るアンドレッティは2台のティレル・P34に対するリードを広げようとしたが、46周目にエンジンのトラブルによりリタイアした[6]。その結果、ティレルが1-2フィニッシュを果たすとともに[8][7]、ジョディー・シェクターがパトリック・デパイユを抑えて2度目のスウェーデンGP優勝を果たした。
アンドレッティのリタイアから8周前、クリス・エイモンがサスペンションの故障によりエンサイン・N176をクラッシュさせ、これによりフェラーリ・312T2を駆るチャンピオンシップ首位のニキ・ラウダが3位でフィニッシュした[8]。ジャック・ラフィットは4位に入り、リジェ・JS5の将来性を引き続き示した。ジェームズ・ハントはマクラーレン・M23で5位[9]、2台目のフェラーリを駆るクレイ・レガツォーニはハントに僅差で及ばず6位となった[10]。
レース結果
[編集]| 順位 | No. | ドライバー | コンストラクター | 周回数 | タイム/リタイア原因 | Grid | Pts. |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 3 | ティレル-フォード | 72 | 1:46:53.729 | 1 | 9 | |
| 2 | 4 | ティレル-フォード | 72 | +19.766 | 4 | 6 | |
| 3 | 1 | フェラーリ | 72 | +33.866 | 5 | 4 | |
| 4 | 26 | リジェ-マトラ | 72 | +55.819 | 7 | 3 | |
| 5 | 11 | マクラーレン-フォード | 72 | +59.483 | 8 | 2 | |
| 6 | 2 | フェラーリ | 72 | +1:00.366 | 11 | 1 | |
| 7 | 10 | マーチ-フォード | 72 | +1:03.493 | 9 | ||
| 8 | 8 | ブラバム-アルファロメオ | 72 | +1:11.613 | 10 | ||
| 9 | 16 | シャドウ-フォード | 71 | +1 Lap | 12 | ||
| 10 | 9 | マーチ-フォード | 71 | +1 Lap | 15 | ||
| 11 | 12 | マクラーレン-フォード | 71 | +1 Lap | 13 | ||
| 12 | 17 | シャドウ-フォード | 71 | +1 Lap | 14 | ||
| 13 | 19 | サーティース-フォード | 71 | +1 Lap | 18 | ||
| 14† | 35 | マーチ-フォード | 70 | エンジン | 19 | ||
| 15 | 18 | サーティース-フォード | 70 | +2 Laps | 24 | ||
| Ret | 24 | ヘスケス-フォード | 54 | スピンオフ | 23 | ||
| Ret | 34 | マーチ-フォード | 52 | エンジン | 20 | ||
| Ret | 5 | ロータス-フォード | 45 | エンジン | 2 | ||
| Ret | 22 | エンサイン-フォード | 38 | アクシデント | 3 | ||
| Ret | 21 | ウルフ・ウィリアムズ-フォード | 20 | エンジン | 25 | ||
| Ret | 37 | ボロ-フォード | 18 | エンジン | 22 | ||
| Ret | 30 | コパスカー-フォード | 10 | ハンドリング | 21 | ||
| Ret | 32 | ブラバム-フォード | 5 | アクシデント | 26 | ||
| Ret | 6 | ロータス-フォード | 2 | アクシデント | 6 | ||
| Ret | 7 | ブラバム-アルファロメオ | 2 | エンジン | 16 | ||
| Ret | 28 | ペンスキー-フォード | 0 | アクシデント | 17 | ||
| DNQ | 33 | ブラバム-フォード | 予選不通過 | ||||
| 優勝スピード(勝者シェクターの平均速度):162.381 km/h | |||||||
| ファステストラップ:マリオ・アンドレッティ - 1:28.002(11周目)[W 2] | |||||||
| 出典: [W 10][W 3][W 9][1][11] | |||||||
- 追記
- † - リタイアだが、90%以上の距離を走行したため規定により完走扱い。
| ドライバー | 周回数 | リードラップ |
|---|---|---|
| マリオ・アンドレッティ | 45周 | 1-45 |
| ジョディー・シェクター | 27周 | 46-72 |
| 出典: [W 11][11] | ||
- 太字は最多ラップリーダー
記録
[編集]ドライバー
[編集]- ジョディー・シェクターが42戦目で初のポールポジションを獲得した[W 12]。南アフリカ人ドライバーとしても初の記録となる[W 13]。シェクターはポール・トゥ・ウィンでスウェーデンGP2勝目を挙げ、1973年にデニス・ハルムが樹立した記録を塗り替えた[W 14]。
- ニキ・ラウダが20回目の表彰台を獲得した[W 15]。
- イタリア人ドライバーが200戦目の参戦を果たした[W 16]。この200戦において、イタリア人ドライバーは25勝[W 17]、表彰台81回[W 18][注 2]、ポールポジション22回[W 19]、ファステストラップ24回[W 20]、ドライバーズチャンピオン3回(ジュゼッペ・ファリーナ1回、アルベルト・アスカリ2回)を獲得している[W 21]。
- デンマーク人ドライバーのジャック・ネルマンが唯一の参戦[W 22]。
コンストラクター
[編集]エンジン
[編集]- フォード・コスワース・DFVエンジン搭載車が249・250台目の表彰台を獲得した[W 28]。
その他
[編集]第7戦終了時点のランキング
[編集]本節のランキング及びポイントは、第4戦スペインGPで優勝したジェームス・ハントがレース後に失格処分が下され[12]、マクラーレンの異議申し立てにより次戦フランスGP終了翌日の7月5日に失格処分が取り消され、勝者に復位した[13][10][14][注 4]後のものを掲載するが、ハントが失格となっていた当時のランキングも参考資料として掲載する。
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- 注: トップ5のみ表示。有効ポイントは前半8戦のうちベスト7戦と後半8戦のうちベスト7戦の合計。
- * - ハントの失格と復位によってポイントが変動したドライバー及びコンストラクター。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ アンドレッティは1周を終えて2位のシェクターに2秒差を付けていたが、ピットから「2位、-58秒」(2位のシェクターに対し-58秒差)というサインボードが出され、フライングスタートで1分のペナルティが科せられたのを知らされた。
- ↑ 1957年まではマシンの分乗が認めれており、1950年イタリアGPのアルベルト・アスカリとドリノ・セラフィーニ(2位)、1951年イタリアGPのフェリーチェ・ボネットとジュゼッペ・ファリーナ(3位)、1955年アルゼンチンGPのファリーナとウンベルト・マグリオーリ(3位、ファリーナは2位にも入賞)の3回でイタリア人ドライバーがマシンを分乗して表彰台を獲得している。
- ↑ その後、他チームも6輪車をテストしたが実戦投入には至らず、1983年にタイヤは4輪と定められたため、4輪ではないF1マシンが優勝した唯一のレースとなった。
- ↑ リジェのジャック・ラフィットもスペインGPのレース後に失格となったが、ハントとともに失格が取り消された。ただし、入賞圏外の12位であるためポイントの変動はない。
出典
[編集]- 書籍・雑誌
- 1 2 3 (F1全史1976–1980 1993, p. 115)
- ↑ (Lang 1983, p. 126)
- ↑ (Lang 1983, p. 128)
- 1 2 3 4 (AUTOSPORT 199, p. 98)
- ↑ (AUTOSPORT 199, p. 99)
- 1 2 (AUTOSPORT 199, p. 100)
- 1 2 3 4 (GPCarStory_Vol26 2018, p. 50)
- 1 2 (Henry 1989, p. 289)
- ↑ (Nye 1989, p. 249)
- 1 2 (AUTOSPORT 199, p. 101)
- 1 2 3 (GPCarStory_Vol26 2018, p. 51)
- ↑ (Nye 1989, p. 248)
- ↑ (Nye 1989, pp. 248, 250)
- ↑ (AUTOSPORT 200, p. 37)
- ウェブサイト
- 1 2 “Sweden 1976 - Qualifications” (英語). STATS F1. 2026年4月17日閲覧。
- 1 2 “Sweden 1976 - Best laps” (英語). STATS F1. 2026年4月17日閲覧。
- 1 2 “Sweden 1976 - Result” (英語). STATS F1. 2026年4月17日閲覧。
- ↑ “1976 Swedish GP” (英語). www.chicanef1.com. 2013年12月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年4月17日閲覧。
- ↑ “1976 Swedish Grand Prix Entry list”. RacingSportsCars. 2026年4月17日閲覧。
- 1 2 3 4 5 “Swedish GP, 1976” (英語). grandprix.com. 2026年4月17日閲覧。
- 1 2 “Sweden 1976”. STATS F1. 2026年4月17日閲覧。
- ↑ “Sweden 1976 - Race entrants” (英語). STATS F1. 2026年4月17日閲覧。
- 1 2 “Sweden 1976 - Starting grid” (英語). STATS F1. 2026年4月17日閲覧。
- ↑ “1976 Swedish Grand Prix” (英語). formula1.com. 2014年12月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年4月17日閲覧。
- ↑ “Sweden 1976 - Laps led” (英語). STATS F1. 2026年4月17日閲覧。
- ↑ “戦績:J.シェクター”. F1 DataWeb. 2026年4月17日閲覧。
- ↑ “South Africa - Pole positions” (英語). STATS F1. 2026年4月17日閲覧。
- 1 2 “Grands Prix Sweden” (英語). STATS F1. 2026年4月17日閲覧。
- ↑ “Niki LAUDA - Podiums” (英語). STATS F1. 2026年4月17日閲覧。
- ↑ “Italy - Grands Prix started” (英語). STATS F1. 2026年4月17日閲覧。
- ↑ “Italy - Wins” (英語). STATS F1. 2026年4月17日閲覧。
- ↑ “Italy - Podiums” (英語). STATS F1. 2026年4月17日閲覧。
- ↑ “Italy - Pole positions” (英語). STATS F1. 2026年4月17日閲覧。
- ↑ “Italy - Fastests laps” (英語). STATS F1. 2026年4月17日閲覧。
- ↑ “Italy” (英語). STATS F1. 2026年4月17日閲覧。
- ↑ “戦績:J.ネルマン”. F1 DataWeb. 2026年4月17日閲覧。
- ↑ “Tyrrell - Wins” (英語). STATS F1. 2026年4月17日閲覧。
- ↑ “Tyrrell - Podiums” (英語). STATS F1. 2026年4月17日閲覧。
- ↑ “Tyrrell - One-two” (英語). STATS F1. 2026年4月17日閲覧。
- ↑ “Tyrrell - Pole positions” (英語). STATS F1. 2026年4月17日閲覧。
- ↑ “戦績:ティレル”. F1 DataWeb. 2026年4月17日閲覧。
- ↑ “Ford Cosworth - Podiums” (英語). STATS F1. 2026年4月17日閲覧。
- 1 2 “FIA Formula One World Championship 1976 Swedish Grand Prix Standings” (英語). 2026年4月17日閲覧。
- 1 2 “FIA Formula One World Championship 1976 Monaco Grand Prix Standings” (英語). Motorsport Stats. 2026年4月17日閲覧。
参照文献
[編集]- 『F1全史』シリーズ(NCID BN12600893)
- 林信次『F1全史 1976-1980 [空力を求めて / 王者ラウダの光と影]』ニューズ出版(現:三栄)、1993年。ASIN B07DPBCDV6。ISBN 4-938495-04-X。ASB:FZS19930701。
- 『オートスポーツ』(NCID AA11437582)
- 『No.199 1976年8月15日号』三栄書房(現:三栄)、1976年、97-103頁。ASB:AST19760801。
- 『No.200 1976年9月1日号』三栄書房(現:三栄)、1976年、37頁。ASB:AST19760901。
- 『GP Car Story』シリーズ
- 『Vol.26 Tyrell P34』三栄書房(現:三栄)、2018年、48-51頁。ASIN B07DP9DWJ5。ISBN 9784779637995。ASB:GPC20181210。
- アラン・ヘンリー 著、早川麻百合、鳥江政弘 訳『チーム・フェラーリの全て』CBS・ソニー出版、1989年。ISBN 4-7897-0491-2。
- ダグ・ナイ 著、森岡成憲 訳『チーム・マクラーレンの全て』CBS・ソニー出版、1989年。ISBN 4-7897-0504-8。
- Lang, Mike (1983). Grand Prix! Vol 3. Haynes Publishing Group. ISBN 0-85429-380-9
翻訳元
[編集]- Wikipedia英語版 - en:1976 Swedish Grand Prix(2026年3月29日 20:55:32(UTC))
外部リンク
[編集]- Sweden 1976 - STATS F1(レースレポートのみフランス語。他は英語)
- Swedish GP, 1976 - grandprix.com(英語)
- 1976年第7戦スウェーデングランプリの結果 - F1 DataWeb
| 前戦 1976年モナコグランプリ |
FIA F1世界選手権 1976年シーズン |
次戦 1976年フランスグランプリ |
| 前回開催 1975年スウェーデングランプリ |
次回開催 1977年スウェーデングランプリ |