1976年ブラジルグランプリ
| レース詳細 | |||
|---|---|---|---|
|
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| 日程 | 1976年シーズン第1戦 | ||
| 決勝開催日 | 1月25日 | ||
| 開催地 |
インテルラゴス・サーキット | ||
| コース長 | 7.960 km (4.946 mi) | ||
| レース距離 | 40周 318.400 km (197.845 mi) | ||
| 決勝日天候 | 晴(ドライ)[1] | ||
| ポールポジション | |||
| ドライバー | |||
| タイム | 2:32.50[W 1] | ||
| ファステストラップ | |||
| ドライバー |
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| タイム | 2:35.07(31周目)[W 2] | ||
| 決勝順位 | |||
| 優勝 | |||
| 2位 | |||
| 3位 | |||
1976年ブラジルグランプリ(1976ねんブラジルグランプリ、英: 1976 Brazilian Grand Prix、正式名称: V Grande Prêmio do Brasil[W 4])は、1976年のF1世界選手権の開幕戦として、1976年1月25日にインテルラゴス・サーキットで開催された自動車レース。1972年に初開催されてから5回目のブラジルグランプリであり、F1世界選手権レースとして開催された4回目のレースであった。レースは全長7.87kmのサーキットを40周し、総走行距離は315kmメートルであった。
概要
[編集]レースはフェラーリ・312Tを駆る前年度王者のオーストリア人ドライバーであるニキ・ラウダが制した。ラウダはティレル・007を駆るフランス人ドライバーのパトリック・デパイユに28秒差を付け、自身8度目の勝利を挙げた。デパイユにとって2位は、1974年スウェーデンGP以来約2年ぶりの最高順位だった。トム・プライスはシャドウ・DN5Bで3位に入り、半年ぶりの2度目の表彰台を獲得した。これはプライスとシャドウにとってシーズン最高の瞬間となった。このシーズン唯一の表彰台であり、プライスが再び表彰台に立つことはなかった。
背景
[編集]当初、1月11日に開幕戦として予定されていたアルゼンチンGPは、アルゼンチン国内の政情不安[2]と経済問題[W 5]によりキャンセルされたため、本GPが開幕戦となった[W 6]。
エントリー
[編集]本GPは22台が参戦する[2]。前年末からドライバー、マシン等に変更があったチームを前年のコンストラクターズランキング順に記載する。
- ブラバム:アルファロメオ製水平対向12気筒エンジンを搭載した新車BT45を投入した[3]。前年に使用したBT44BはRAMに売却した[W 7]。
- マクラーレン:チームを離脱したエマーソン・フィッティパルディに代わって、ヘスケスからジェームス・ハントが加入した[3]。
- シャドウ:タイトルスポンサーのUOPが撤退し[3]、本年からチーム国籍をイギリスに変更した[W 8][W 9]。マシンは前年の改良版DN5Bを使用する[3]。
- ロータス:パーネリからマリオ・アンドレッティが加入し、新車77を投入した[4]。
- マーチ:本年もヴィットリオ・ブランビラ、ハンス=ヨアヒム・スタック、レラ・ロンバルディの3台体制を維持した[5]。マシンは前年同様F2マシンをベースとした新車761を投入する[6]。
- ウルフ・ウィリアムズ:カナダの実業家ウォルター・ウルフから支援を受けたことに伴い[7]、コンストラクター名称をウィリアムズから「ウルフ・ウィリアムズ」に改めるとともに[W 10]、資金難により撤退を決めたヘスケス[8][注 1]から308Cを購入し[5]、マシン名称をFW05に改めて参戦する[10][W 12]。ドライバーもジャッキー・イクスとレンツォ・ゾルジに一新された[5]。イクスはFW05、ゾルジは旧型のFW04を使用する[2]。
- BRM:イアン・アシュレイにドライバーを変更[5]。マシンは前年の改変型P201Bを使用する[11]。
- コパスカー:チーム運営に専念するウィルソン・フィッティパルディに代わって、弟のエマーソン・フィッティパルディがマクラーレンから加入し、同郷の新人インゴ・ホフマンとコンビを組み2台体制とした[5][11]。フィッティパルディは新車FD04、ホフマンは旧型のFD03を使用する[5]。
- リジェ:創設者ギ・リジェのもと、ジタンのスポンサーを受けて初参戦する[7]。ドライバーはウィリアムズから移籍したジャック・ラフィット、マシンはマトラV12エンジンを搭載したJS5とオールフレンチ体制を敷く[7][5]。
エントリーリスト
[編集]| チーム | No. | ドライバー | コンストラクター | シャシー | エンジン | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | フェラーリ | 312T | フェラーリ 015 3.0L F12 | |||
| 2 | ||||||
| 3 | ティレル | 007 | フォード DFV 3.0L V8 | |||
| 4 | ||||||
| 5 | ロータス | 77 | フォード DFV 3.0L V8 | |||
| 6 | ||||||
| 7 | ブラバム | BT45 | アルファロメオ 115-12 3.0L F12 | |||
| 8 | ||||||
| 9 | マーチ | 761 | フォード DFV 3.0L V8 | |||
| 10 | ||||||
| 34 | ||||||
| 11 | マクラーレン | M23 | フォード DFV 3.0L V8 | |||
| 12 | ||||||
| 14 | BRM | P201B | BRM P200 3.0L V12 | |||
| 16 | シャドウ | DN5B | フォード DFV 3.0L V8 | |||
| 17 | ||||||
| 20 | ウルフ・ウィリアムズ | FW05 | フォード DFV 3.0L V8 | |||
| 21 | FW04 | |||||
| 26 | リジェ | JS5 | マトラ MS73 3.0L V12 | |||
| 28 | ペンスキー | PC3 | フォード DFV 3.0L V8 | |||
| 30 | コパスカー | FD04 | フォード DFV 3.0L V8 | |||
| 31 | FD03 | |||||
| 出典: [W 13] | ||||||
- 追記
- タイヤは全車グッドイヤー
予選
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予選は金曜日2回、土曜日1回の合計3回のセクションで行われた。本年はグッドイヤーからの要請により、土曜日の1回目をフルタンクテストに充てるため、タイムは計測されないことになった[10]。
マクラーレン移籍初戦のジェームス・ハントが自身初のポールポジションを獲得し[W 6]、前年度王者のニキ・ラウダが0.02秒差でフロントローに並んだ[12]。ジャン=ピエール・ジャリエが土曜日の1回目に両者を上回るタイムを出したが、非計時セッションであるためこれは認められず、2回目に両者に次ぐ3番手タイムをマークした[12]。コパスカー移籍初戦となるエマーソン・フィッティパルディは5番手と健闘を見せた[W 4][W 14][12]。
予選結果
[編集]| 順位 | No. | ドライバー | コンストラクター | タイム | 差 | Grid |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 11 | マクラーレン-フォード | 2:32.50 | - | 1 | |
| 2 | 1 | フェラーリ | 2:32.52 | +0.02 | 2 | |
| 3 | 17 | シャドウ-フォード | 2:32.66 | +0.16 | 3 | |
| 4 | 2 | フェラーリ | 2:33.17 | +0.67 | 4 | |
| 5 | 30 | コパスカー-フォード | 2:33.33 | +0.83 | 5 | |
| 6 | 12 | マクラーレン-フォード | 2:33.59 | +1.09 | 6 | |
| 7 | 9 | マーチ-フォード | 2:33.63 | +1.13 | 7 | |
| 8 | 28 | ペンスキー-フォード | 2:33.87 | +1.37 | 8 | |
| 9 | 4 | ティレル-フォード | 2:34.49 | +1.99 | 9 | |
| 10 | 8 | ブラバム-アルファロメオ | 2:34.54 | +2.04 | 10 | |
| 11 | 26 | リジェ-マトラ | 2:34.67 | +2.17 | 11 | |
| 12 | 16 | シャドウ-フォード | 2:34.84 | +2.34 | 12 | |
| 13 | 3 | ティレル-フォード | 2:35.02 | +2.53 | 13 | |
| 14 | 34 | マーチ-フォード | 2:35.38 | +2.88 | 14 | |
| 15 | 7 | ブラバム-アルファロメオ | 2:35.97 | +3.47 | 15 | |
| 16 | 6 | ロータス-フォード | 2:36.01 | +3.51 | 16 | |
| 17 | 21 | ウルフ・ウィリアムズ-フォード | 2:37.07 | +4.57 | 17 | |
| 18 | 5 | ロータス-フォード | 2:37.19 | +4.69 | 18 | |
| 19 | 20 | ウルフ・ウィリアムズ-フォード | 2:37.62 | +5.12 | 19 | |
| 20 | 31 | コパスカー-フォード | 2:40.25 | +7.85 | 20 | |
| 21 | 14 | BRM | 2:40.94 | +8.44 | 21 | |
| 22 | 10 | マーチ-フォード | 2:40.95 | +8.45 | 22 | |
| 出典: [W 1][W 15] | ||||||
決勝
[編集]決勝日は朝から好天に恵まれた[12]。
2台目のフェラーリ・312Tを駆るクレイ・レガツォーニが好スタートを切って先頭に立った[W 16][13][14]。ロータスのマリオ・アンドレッティとロニー・ピーターソンは6周目に同士討ちしてしまい、両者ともリタイアとなった[W 17][13]。9周目にレガツォーニのフロントタイヤがパンクしたためピットインを強いられ[13]、ラウダはジェームス・ハントとジャン=ピエール・ジャリエを従えて首位に浮上した[W 18]。ハントとジャリエはラウダを懸命に追うが徐々に差を広げられていく[13]。ハントはスロットルが固着したためクラッシュし、ジャリエも1周後にハントのマシンから漏れ出したオイルを走行中に踏んだため、ハントと同様にクラッシュした[W 17][15]。
ラウダはタイトル防衛の年となる初戦を勝利でスタートさせ[14]、ティレルのパトリック・デパイユが2位、シャドウのトム・プライスが3位となった。コパスカーでのデビュー戦となったエマーソン・フィッティパルディはスタートで3位に浮上したが[13]、様々なメカニカルトラブルにより当初の期待に応えられず、3周遅れでフィニッシュした。
レース結果
[編集]| 順位 | No. | ドライバー | コンストラクター | 周回数 | タイム/リタイア原因 | Grid | Pts. |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1 | フェラーリ | 40 | 1:45:16.78 | 2 | 9 | |
| 2 | 4 | ティレル-フォード | 40 | +21.47 | 9 | 6 | |
| 3 | 16 | シャドウ-フォード | 40 | +23.84 | 12 | 4 | |
| 4 | 34 | マーチ-フォード | 40 | +1:28.17 | 14 | 3 | |
| 5 | 3 | ティレル-フォード | 40 | +1:56.46 | 13 | 2 | |
| 6 | 12 | マクラーレン-フォード | 40 | +1:58.27 | 6 | 1 | |
| 7 | 2 | フェラーリ | 40 | +2:15.24 | 4 | ||
| 8 | 20 | ウルフ・ウィリアムズ-フォード | 39 | +1 Lap | 19 | ||
| 9 | 21 | ウルフ・ウィリアムズ-フォード | 39 | +1 Lap | 17 | ||
| 10 | 8 | ブラバム-アルファロメオ | 39 | +1 Lap | 10 | ||
| 11 | 31 | コパスカー-フォード | 39 | +1 Lap | 20 | ||
| 12 | 7 | ブラバム-アルファロメオ | 37 | 燃料切れ | 15 | ||
| 13 | 30 | コパスカー-フォード | 37 | +3 Laps | 5 | ||
| 14 | 10 | マーチ-フォード | 36 | +4 Laps | 22 | ||
| Ret | 17 | シャドウ-フォード | 33 | アクシデント | 3 | ||
| Ret | 11 | マクラーレン-フォード | 32 | スロットル/アクシデント | 1 | ||
| Ret | 9 | マーチ-フォード | 15 | オイル漏れ | 7 | ||
| Ret | 26 | リジェ-マトラ | 14 | トランスミッション | 11 | ||
| Ret | 5 | ロータス-フォード | 10 | アクシデント | 18 | ||
| Ret | 6 | ロータス-フォード | 6 | アクシデント | 16 | ||
| Ret | 28 | ペンスキー-フォード | 2 | 燃料システム | 8 | ||
| Ret | 14 | BRM | 2 | オイルポンプ | 21 | ||
| 優勝スピード(勝者ラウダの平均速度):181.460 km/h | |||||||
| ファステストラップ:ジャン=ピエール・ジャリエ - 2:35.07(31周目)[W 2] | |||||||
| 出典: [W 19][W 3][W 15] | |||||||
| ドライバー | 周回数 | リードラップ |
|---|---|---|
| クレイ・レガツォーニ | 8周 | 1-8 |
| ニキ・ラウダ | 32周 | 9-40 |
| 出典: [W 20] | ||
- 太字は最多ラップリーダー
記録
[編集]ドライバー
[編集]コンストラクター
[編集]第1戦終了時点のランキング
[編集]
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| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
- 注: トップ5のみ表示。有効ポイントは前半8戦のうちベスト7戦と後半8戦のうちベスト7戦の合計。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- 書籍・雑誌
- ↑ (F1全史1976–1980 1993, p. 114)
- 1 2 3 (AUTOSPORT 190, p. 23)
- 1 2 3 4 (AUTOSPORT 188, p. 103)
- ↑ (AUTOSPORT 188, pp. 103–104)
- 1 2 3 4 5 6 7 (AUTOSPORT 188, p. 104)
- ↑ (F1全史1976–1980 1993, p. 27)
- 1 2 3 (F1全史1976–1980 1993, p. 28)
- ↑ (AUTOSPORT 184, p. 68)
- ↑ (AUTOSPORT 192, p. 26)
- 1 2 (AUTOSPORT 190, p. 25)
- 1 2 (F1全史1976–1980 1993, p. 29)
- 1 2 3 4 (AUTOSPORT 190, p. 26)
- 1 2 3 4 5 (AUTOSPORT 190, p. 27)
- 1 2 (Henry 1989, p. 286)
- ↑ (AUTOSPORT 190, p. 28)
- ウェブサイト
- 1 2 “Brazil 1976 - Qualifications” (英語). STATS F1. 2026年3月12日閲覧。
- 1 2 “Brazil 1976 - Best laps” (英語). STATS F1. 2026年3月12日閲覧。
- 1 2 “Brazil 1976 - Result” (英語). STATS F1. 2026年3月12日閲覧。
- 1 2 “1976 Brazilian GP - Overview” (英語). www.chicanef1.com. 2012年8月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年3月12日閲覧。
- ↑ “1976 Brazilian Grand Prix race report March 1976” (英語). Motor Sport Magazine. 2020年10月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年3月3日閲覧。
- 1 2 “Brazil 1976”. STATS F1. 2026年3月12日閲覧。
- ↑ “Brazilian GP, 1976” (英語). grandprix.com. 2026年3月12日閲覧。
- ↑ “1975 United States Grand Prix Entry list”. RacingSportsCars. 2026年3月12日閲覧。
- ↑ “1976 Austrian Grand Prix Entry list”. RacingSportsCars. 2026年3月12日閲覧。
- 1 2 “[We love F1!!]ウィリアムズ FW04 1975”. Lawrence (2017年10月5日). 2026年3月3日閲覧。
- ↑ “Hesketh 308” (英語). Hesketh Racing. 2026年3月12日閲覧。
- ↑ “【70年代のF1マシン】黄金期を迎える前のウイリアムズ (2/3ページ)”. 交通タイムス社. CARトップ (2016年11月12日). 2026年3月3日閲覧。
- ↑ “Brazil 1976 - Race entrants” (英語). STATS F1. 2026年3月12日閲覧。
- ↑ “1976 Brazilian GP - Qualifying” (英語). www.chicanef1.com. 2020年8月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年8月1日閲覧。
- 1 2 “Brazil 1976 - Starting grid” (英語). STATS F1. 2026年3月12日閲覧。
- ↑ “Lauda Easily Wins Opening Prix Race”. Wilkes-Barre Times Leader (英語). 26 January 1976. Newspapers.comより2026年3月12日閲覧.
- 1 2 “Lauda's Ferrari Winner of Brazilian Grand Prix”. The Los Angeles Times (英語). 26 January 1976. Newspapers.comより2026年3月12日閲覧.
- ↑ “Prix King Lauda Wins '76 Debut”. Press and Sun-Bulletin. 26 January 1976. Newspapers.comより2020年8月1日閲覧.
- ↑ “1976 Brazilian Grand Prix” (英語). formula1.com. 2014年12月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年3月12日閲覧。
- ↑ “Brazil 1976 - Laps led” (英語). STATS F1. 2026年3月12日閲覧。
- ↑ “戦績:I.ホフマン”. F1 DataWeb. 2026年3月12日閲覧。
- ↑ “戦績:J.ハント”. F1 DataWeb. 2026年3月12日閲覧。
- ↑ “戦績:T.プライス”. F1 DataWeb. 2026年3月12日閲覧。
- ↑ “McLaren - Pole positions” (英語). STATS F1. 2026年3月12日閲覧。
- ↑ “戦績:リジェ”. F1 DataWeb. 2026年3月12日閲覧。
- ↑ “Wolf-Williams” (英語). www.chicanef1.com. 2013年11月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年3月12日閲覧。
- ↑ “戦績:シャドー”. F1 DataWeb. 2026年3月12日閲覧。
- 1 2 “FIA Formula One World Championship 1976 Brazilian Grand Prix Standings” (英語). Motorsport Stats. 2026年3月12日閲覧。
参照文献
[編集]- 『F1全史』シリーズ(NCID BN12600893)
- 林信次『F1全史 1976-1980 [空力を求めて / 王者ラウダの光と影]』ニューズ出版(現:三栄)、1993年。ASIN B07DPBCDV6。ISBN 4-938495-04-X。ASB:FZS19930701。
- 『オートスポーツ』(NCID AA11437582)
- 『No.184 1976年1月15日号』三栄書房(現:三栄)、1976年、68-69頁。ASB:AST19760115。
- 『No.188 1976年3月15日号』三栄書房(現:三栄)、1976年、103-104頁。ASB:AST19760315。
- 『No.190 1976年4月1日号』三栄書房(現:三栄)、1976年、23-28頁。ASB:AST19760401。
- 『No.192 1976年5月1日号』三栄書房(現:三栄)、1976年、24-29頁。ASB:AST19760501。
- アラン・ヘンリー 著、早川麻百合、鳥江政弘 訳『チーム・フェラーリの全て』CBS・ソニー出版、1989年。ISBN 4-7897-0491-2。
翻訳元
[編集]- Wikipedia英語版 - en:1976 Brazilian Grand Prix(2026年1月10日 22:18:20(UTC))
外部リンク
[編集]- Brazil 1976 - STATS F1(レースレポートのみフランス語。他は英語)
- Brazilian GP, 1976 - grandprix.com(英語)
- 1976年第1戦ブラジルグランプリの結果 - F1 DataWeb
| FIA F1世界選手権 1976年シーズン |
次戦 1976年南アフリカグランプリ | |
| 前回開催 1975年ブラジルグランプリ |
次回開催 1977年ブラジルグランプリ |