1976年モナコグランプリ
座標: 北緯43度44分4.74秒 東経7度25分16.8秒 / 北緯43.7346500度 東経7.421333度
| レース詳細 | |||
|---|---|---|---|
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| 日程 | 1976年シーズン第6戦 | ||
| 決勝開催日 | 5月30日 | ||
| 開催地 |
モンテカルロ市街地コース | ||
| コース長 | 3.312 km (2.058 mi) | ||
| レース距離 | 78周 258.336 km (160.523 mi) | ||
| 決勝日天候 | 曇(ドライ)[1] | ||
| ポールポジション | |||
| ドライバー | |||
| タイム | 1:29.65[W 1] | ||
| ファステストラップ | |||
| ドライバー |
| ||
| タイム | 1:30.28(60周目)[W 2][2] | ||
| 決勝順位 | |||
| 優勝 | |||
| 2位 | |||
| 3位 | |||
1976年モナコグランプリ(1976ねんモナコグランプリ、英: 1976 Monaco Grand Prix、正式名称: XXXIV Grand Prix Automobile de Monaco[W 4])は、1976年のF1世界選手権の第6戦として、1976年5月30日にモンテカルロ市街地コースで開催された自動車レース。1929年の初開催以来、34回目のモナコグランプリである。レースは全長約3.3kmのサーキットを78周し、総距離約257kmで行われた。
概要
[編集]このレースを制したのは、フェラーリのニキ・ラウダで、彼はフェラーリ・312T2でポールポジションも獲得した。2位は6輪車ティレル・P34を駆るジョディー・シェクター、3位は同車を駆るチームメイトのパトリック・デパイユが入った[3]。
背景
[編集]エントリー
[編集]モナコ自動車クラブ(ACM)が参加台数を25台、決勝の出走台数を20台に制限したことによりRAMは参加せず[W 6]、コパスカーはエマーソン・フィッティパルディ1台のみ参加する[W 5]。
マリオ・アンドレッティは同日に決勝が開催されるインディ500に参戦中だったため、ロータスはグンナー・ニルソン1台のみ参加する[5]。
BSファブリケーションズはサーティースからブレット・ランガー用のTS19を購入し、フランスのノレブをスポンサーに付けて参戦を開始した。ドライバーはアンリ・ペスカロロを起用した[W 6][W 5][6]。このため、ランガーは欠場せざるを得なかった[W 6]。
エントリーリスト
[編集]- 追記
- タイヤは全車グッドイヤー
予選
[編集]ニキ・ラウダがポールポジション、クレイ・レガツォーニが0.2秒差で2番手と、フェラーリがフロントローを独占した[7][W 5]。ロニー・ピーターソンがフェラーリ勢に続く3番手タイムをマークし、ティレル勢より前の位置を確保した[7]。マクラーレン勢は精彩を欠き、ジェームス・ハントは7列目に沈んだ[8]。カルロス・ロイテマンは20番手で辛うじて予選を通過した[W 5]。
予選結果
[編集]| 順位 | No. | ドライバー | コンストラクター | タイム | 差 | Grid |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1 | フェラーリ | 1:29.65 | - | 1 | |
| 2 | 2 | フェラーリ | 1:29.91 | +0.26 | 2 | |
| 3 | 10 | マーチ-フォード | 1:30.08 | +0.43 | 3 | |
| 4 | 4 | ティレル-フォード | 1:30.33 | +0.68 | 4 | |
| 5 | 3 | ティレル-フォード | 1:30.55 | +0.90 | 5 | |
| 6 | 34 | マーチ-フォード | 1:30.66 | +0.95 | 6 | |
| 7 | 30 | コパスカー-フォード | 1:31.39 | +1.74 | 7 | |
| 8 | 26 | リジェ-マトラ | 1:31.46 | +1.81 | 8 | |
| 9 | 9 | マーチ-フォード | 1:31.47 | +1.82 | 9 | |
| 10 | 17 | シャドウ-フォード | 1:31.65 | +2.00 | 10 | |
| 11 | 12 | マクラーレン-フォード | 1:31.67 | +2.02 | 11 | |
| 12 | 22 | エンサイン-フォード | 1:31.75 | +2.10 | 12 | |
| 13 | 8 | ブラバム-アルファロメオ | 1:31.81 | +2.16 | 13 | |
| 14 | 11 | マクラーレン-フォード | 1:31.88 | +2.23 | 14 | |
| 15 | 16 | シャドウ-フォード | 1:31.98 | +2.33 | 15 | |
| 16 | 6 | ロータス-フォード | 1:32.10 | +2.45 | 16 | |
| 17 | 28 | ペンスキー-フォード | 1:32.14 | +2.49 | 17 | |
| 18 | 21 | ウルフ・ウィリアムズ-フォード | 1:32.17 | +2.52 | 18 | |
| 19 | 19 | サーティース-フォード | 1:32.33 | +2.68 | 19 | |
| 20 | 7 | ブラバム-アルファロメオ | 1:32.43 | +2.78 | 20 | |
| 上位20台が決勝進出 | ||||||
| 21 | 20 | ウルフ・ウィリアムズ-フォード | 1:32.74 | +3.09 | DNQ | |
| 22 | 38 | サーティース-フォード | 1:32.82 | +3.17 | DNQ | |
| 23 | 37 | ボロ-フォード | 1:33.73 | +4.08 | DNQ | |
| 24 | 24 | ヘスケス-フォード | 1:33.93 | +4.28 | DNQ | |
| 25 | 35 | マーチ-フォード | 1:35.17 | +5.52 | DNQ | |
| 出典: [W 1][W 8][4] | ||||||
決勝
[編集]ニキ・ラウダは、6輪のティレル・P34を駆るジョディー・シェクターに11秒の差を付けてポール・トゥ・ウィン[9]でモナコGP2連覇を飾った[3]。シェクターのチームメイトであるパトリック・デパイユが3位に入り、表彰台を締めくくった。このレースの結果、ラウダはドライバーズ選手権でのリードを36点[注 2]に広げた。
2番手からスタートしたチームメイトのクレイ・レガツォーニはロニー・ピーターソンに先行を許し[13]、25周目にジェームス・ハントがエンジンブローでリタイアした[14]際に路面に流出したオイルに巻き込まれ、エスケープロードへ逃れる間にティレル勢にも抜かれてしまった[W 6]。1周後にピーターソンもそのオイルに乗ってしまいクラッシュした[W 6][13]。レガツォーニは63周目にデパイユを抜き、73周目にシェクターを捕えようとしたが、エセスでクラッシュしてしまった[3]。
1周遅れで4位に入ったのはハンス=ヨアヒム・スタックのマーチ・761で、ヨッヘン・マスのマクラーレン・M23[14]とエマーソン・フィッティパルディのコパスカー・FD04がポイント圏内を締めくくった。
レース結果
[編集]| 順位 | No. | ドライバー | コンストラクター | 周回数 | タイム/リタイア原因 | Grid | Pts. |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1 | フェラーリ | 78 | 1:59:51.47 | 1 | 9 | |
| 2 | 3 | ティレル-フォード | 78 | +11.13 | 5 | 6 | |
| 3 | 4 | ティレル-フォード | 78 | +1:04.84 | 4 | 4 | |
| 4 | 34 | マーチ-フォード | 77 | +1 Lap | 6 | 3 | |
| 5 | 12 | マクラーレン-フォード | 77 | +1 Lap | 11 | 2 | |
| 6 | 30 | コパスカー-フォード | 77 | +1 Lap | 7 | 1 | |
| 7 | 16 | シャドウ-フォード | 77 | +1 Lap | 15 | ||
| 8 | 17 | シャドウ-フォード | 76 | +2 Laps | 10 | ||
| 9 | 8 | ブラバム-アルファロメオ | 76 | +2 Laps | 13 | ||
| 10 | 28 | ペンスキー-フォード | 76 | +2 Laps | 17 | ||
| 11 | 21 | ウルフ・ウィリアムズ-フォード | 76 | +2 Laps | 18 | ||
| 12† | 26 | リジェ-マトラ | 75 | アクシデント | 8 | ||
| 13 | 22 | エンサイン-フォード | 74 | +4 Laps | 12 | ||
| 14† | 2 | フェラーリ | 73 | アクシデント | 2 | ||
| Ret | 6 | ロータス-フォード | 39 | エンジン | 16 | ||
| Ret | 10 | マーチ-フォード | 26 | アクシデント | 3 | ||
| Ret | 11 | マクラーレン-フォード | 24 | エンジン | 14 | ||
| Ret | 9 | マーチ-フォード | 9 | サスペンション | 9 | ||
| Ret | 19 | サーティース-フォード | 1 | 接触 | 19 | ||
| Ret | 7 | ブラバム-アルファロメオ | 0 | アクシデント | 20 | ||
| DNQ | 20 | ウルフ・ウィリアムズ-フォード | 予選不通過 | ||||
| DNQ | 38 | サーティース-フォード | 予選不通過 | ||||
| DNQ | 37 | ボロ-フォード | 予選不通過 | ||||
| DNQ | 24 | ヘスケス-フォード | 予選不通過 | ||||
| DNQ | 35 | マーチ-フォード | 予選不通過 | ||||
| 優勝スピード(勝者ラウダの平均速度):129.321 km/h | |||||||
| ファステストラップ:クレイ・レガツォーニ - 1:30.28(60周目)[W 2] | |||||||
| 出典: [W 9][W 3][W 8][1] | |||||||
- 追記
- † - リタイアだが、90%以上の距離を走行したため規定により完走扱い。
| ドライバー | 周回数 | リードラップ |
|---|---|---|
| ニキ・ラウダ | 78周 | 1-78(全周回) |
| 出典: [W 10] | ||
- 太字は最多ラップリーダー
記録
[編集]ドライバー
[編集]コンストラクター
[編集]第6戦終了時点のランキング
[編集]本節のランキング及びポイントは、第4戦スペインGPで優勝したジェームス・ハントがレース後に失格処分が下され[10]、マクラーレンの異議申し立てにより7月に失格処分が取り消されて勝者に復位した[11][12][注 3]後のものを掲載するが、ハントが失格となっていた当時のランキングも参考資料として掲載する。
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- 注: トップ5のみ表示。有効ポイントは前半8戦のうちベスト7戦と後半8戦のうちベスト7戦の合計。
- 注2: レガツォーニとハントは同点だが、上位フィニッシュの回数(レガツォーニは優勝・2位・7位・11位・14位各1回、ハントは優勝・2位各1回)によりレガツォーニが上位となる。
- 注3: デパイユとシェクターは同点だが、上位フィニッシュの回数(デパイユは2位1回、3位2回、9位1回、シェクターは2位1回、4位2回、5位1回)によりデパイユが上位となる。
- * - ハントの失格と復位によってポイントが変動したドライバー及びコンストラクター。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- 書籍・雑誌
- 1 2 (F1全史1976–1980 1993, p. 115)
- ↑ (Lang 1983, p. 125)
- 1 2 3 (AUTOSPORT 198, p. 22)
- 1 2 3 4 (AUTOSPORT 198, p. 18)
- ↑ (AUTOSPORT 198, p. 21)
- ↑ (F1全史1976–1980 1993, p. 29)
- 1 2 (AUTOSPORT 198, p. 19)
- ↑ (AUTOSPORT 198, p. 20)
- ↑ (Henry 1989, pp. 287, 289)
- 1 2 (Nye 1989, p. 248)
- 1 2 (Nye 1989, pp. 248, 250)
- 1 2 (AUTOSPORT 200, p. 37)
- 1 2 (AUTOSPORT 198, p. 23)
- 1 2 (Nye 1989, p. 249)
- ウェブサイト
- 1 2 “Monaco 1976 - Qualifications” (英語). STATS F1. 2026年4月13日閲覧。
- 1 2 “Monaco 1976 - Best laps” (英語). STATS F1. 2026年4月13日閲覧。
- 1 2 “Monaco 1976 - Result” (英語). STATS F1. 2026年4月13日閲覧。
- ↑ “1976 Monaco GP” (英語). www.chicanef1.com. 2012年3月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年4月13日閲覧。
- 1 2 3 4 5 “Monaco 1976”. STATS F1. 2026年4月13日閲覧。
- 1 2 3 4 5 “Monaco GP, 1976” (英語). grandprix.com. 2023年2月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年4月13日閲覧。
- ↑ “Monaco 1976 - Race entrants” (英語). STATS F1. 2026年4月13日閲覧。
- 1 2 “Monaco 1976 - Starting grid” (英語). STATS F1. 2026年4月13日閲覧。
- ↑ “1976 Monaco Grand Prix” (英語). formula1.com. 2014年12月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年4月13日閲覧。
- ↑ “Monaco 1976 - Laps led” (英語). STATS F1. 2026年4月13日閲覧。
- ↑ “Niki LAUDA - Pole positions” (英語). STATS F1. 2026年4月13日閲覧。
- ↑ “Jody SCHECKTER - Podiums” (英語). STATS F1. 2026年4月13日閲覧。
- ↑ “戦績:C.エイモン”. F1 DataWeb. 2026年4月13日閲覧。
- ↑ “Lotus - Grands Prix started 1976” (英語). STATS F1. 2026年4月13日閲覧。
- 1 2 “FIA Formula One World Championship 1976 Monaco Grand Prix Standings” (英語). Motorsport Stats. 2026年4月13日閲覧。
- 1 2 “FIA Formula One World Championship 1976 Belgian Grand Prix Standings” (英語). Motorsport Stats. 2026年4月13日閲覧。
参照文献
[編集]- 『F1全史』シリーズ(NCID BN12600893)
- 林信次『F1全史 1976-1980 [空力を求めて / 王者ラウダの光と影]』ニューズ出版(現:三栄)、1993年。ASIN B07DPBCDV6。ISBN 4-938495-04-X。ASB:FZS19930701。
- 『オートスポーツ』(NCID AA11437582)
- 『No.198 1976年8月1日号』三栄書房(現:三栄)、1976年、17-24頁。ASB:AST19760801。
- 『No.200 1976年9月1日号』三栄書房(現:三栄)、1976年、37頁。ASB:AST19760901。
- アラン・ヘンリー 著、早川麻百合、鳥江政弘 訳『チーム・フェラーリの全て』CBS・ソニー出版、1989年。ISBN 4-7897-0491-2。
- ダグ・ナイ 著、森岡成憲 訳『チーム・マクラーレンの全て』CBS・ソニー出版、1989年。ISBN 4-7897-0504-8。
- Lang, Mike (1983). Grand Prix! Vol 3. Haynes Publishing Group. ISBN 0-85429-380-9
翻訳元
[編集]- Wikipedia英語版 - en:1976 Monaco Grand Prix(2026年3月29日 23:17:11(UTC))
外部リンク
[編集]- Monaco 1976 - STATS F1(レースレポートのみフランス語。他は英語)
- 1976年第6戦モナコグランプリの結果 - F1 DataWeb
| 前戦 1976年ベルギーグランプリ |
FIA F1世界選手権 1976年シーズン |
次戦 1976年スウェーデングランプリ |
| 前回開催 1975年モナコグランプリ |
次回開催 1977年モナコグランプリ |