1976年南アフリカグランプリ
| レース詳細 | |||
|---|---|---|---|
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| |||
| 日程 | 1976年シーズン第2戦 | ||
| 決勝開催日 | 3月6日 | ||
| 開催地 |
キャラミ | ||
| コース長 | 4.104 km (2.550 mi) | ||
| レース距離 | 78周 320.112 km (198.908 mi) | ||
| 決勝日天候 | 曇(ドライ)[1] | ||
| ポールポジション | |||
| ドライバー | |||
| タイム | 1:16.10[W 1][2] | ||
| ファステストラップ | |||
| ドライバー |
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| タイム | 1:17.97(6周目)[W 2][3] | ||
| 決勝順位 | |||
| 優勝 | |||
| 2位 | |||
| 3位 | |||
1976年南アフリカグランプリ(1976ねんみなみアフリカグランプリ、英: 1976 South African Grand Prix、正式名称: XXII The Citizen Grand Prix of South Africa)は、1976年のF1世界選手権の第2戦として、1976年3月6日にキャラミで開催された自動車レース。1934年の初開催以来22回目の南アフリカグランプリであり、キャラミでの開催は10回目である。レースは全長4.104kmのサーキットを78周し、総走行距離は約320kmであった。
概要
[編集]レースはフェラーリ・312Tを駆るオーストリア人ドライバーのニキ・ラウダが優勝した。ラウダにとって3戦連続の勝利となった。ラウダはマクラーレン・M23を駆るイギリス人ドライバーでシーズンを通してのライバルであるジェームス・ハントを1.3秒差で抑えての勝利だった。ハントのチームメイトである西ドイツ人ドライバーのヨッヘン・マスが3位でフィニッシュした。
エントリー
[編集]本GPは25台がエントリーされた[4]。
前戦ブラジルGPから6週間のブランクがあり[4]、この間にラインナップはいくつか変更された。
ロニー・ピーターソンは新車ロータス・77に勝つ能力はないと判断してロータスを離れ、5年ぶりに古巣のマーチへ復帰した[5]。これに伴い、女性ドライバーのレラ・ロンバルディはシートを喪失した[5]。マリオ・アンドレッティもパーネリに戻り[6]、前年の小改変型VPJ4Bをドライブするため[7]、ロータスの空いた2つのシートには新人のグンナー・ニルソンと前年はBRMに在籍していたボブ・エバンスが収まることになった[8]。
前年の終盤戦から欠場していたサーティースが復帰し、新車TS19を投入した[9]。ドライバーはスポンサーのチェスターフィールドを持ち込んだブレット・ランガーを起用した[9][W 4]。前年末に撤退を決めたヘスケス[10]もマネージャーのアンソニー・ホースリーによってチームは再編され[W 5][W 6]、308の改良型308Dを投入した[11]。ドライバーはハラルド・アートルを起用した[W 6]。エンサインも旧型N174の改良版で復帰し、クリス・エイモンがドライブする[W 6]。
ウルフ・ウィリアムズはレンツォ・ゾルジに代わって、ミシェル・ルクレールを起用した[W 6]。
この年のローカルドライバーはイアン・シェクターのみで、レキシントン・レーシングからティレル・007で参加する[W 4]。シャドウは本GP限定でラッキーストライクのスポンサーが付いた[W 4][6]。
BRMは前戦ブラジルGPでの惨憺たる結果を受け、翌1977年向けの新車を開発するため、本年の活動を終了した[W 6]。
エントリーリスト
[編集]- 追記
予選
[編集]予選は水曜日から木曜日にかけて2回ずつのセッションで行われるが、木曜日の第1セッションは前戦ブラジルGP同様、タイム計測の対象外となる[4]。
ジェームス・ハントが0.1秒差でニキ・ラウダを上回り、2戦連続のポールポジションを獲得した[12]。ジョン・ワトソンとヨッヘン・マスが2列目を確保した[13]。マーチに移籍したロニー・ピーターソンは9番手からスタートする[13]。
予選結果
[編集]| 順位 | No. | ドライバー | コンストラクター | タイム | 差 | Grid |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 11 | マクラーレン-フォード | 1:16.10 | - | 1 | |
| 2 | 1 | フェラーリ | 1:16.20 | +0.10 | 2 | |
| 3 | 28 | ペンスキー-フォード | 1:16.43 | +0.33 | 3 | |
| 4 | 12 | マクラーレン-フォード | 1:16.45 | +0.35 | 4 | |
| 5 | 9 | マーチ-フォード | 1:16.64 | +0.54 | 5 | |
| 6 | 4 | ティレル-フォード | 1:16.77 | +0.67 | 6 | |
| 7 | 16 | シャドウ-フォード | 1:16.84 | +0.74 | 7 | |
| 8 | 26 | リジェ-マトラ | 1:16.88 | +0.78 | 8 | |
| 9 | 2 | フェラーリ | 1:16.94 | +0.84 | 9 | |
| 10 | 10 | マーチ-フォード | 1:17.03 | +0.93 | 10 | |
| 11 | 7 | ブラバム-アルファロメオ | 1:17.09 | +0.99 | 11 | |
| 12 | 3 | ティレル-フォード | 1:17.18 | +1.08 | 12 | |
| 13 | 27 | パーネリ-フォード | 1:17.25 | +1.15 | 13 | |
| 14 | 8 | ブラバム-アルファロメオ | 1:17.26 | +1.16 | 14 | |
| 15 | 17 | シャドウ-フォード | 1:17.35 | +1.25 | 15 | |
| 16 | 15 | ティレル-フォード | 1:17.40 | +1.30 | 16 | |
| 17 | 34 | マーチ-フォード | 1:17.44 | +1.34 | 17 | |
| 18 | 22 | エンサイン-フォード | 1:17.73 | +1.63 | 18 | |
| 19 | 20 | ウルフ・ウィリアムズ-フォード | 1:18.13 | +2.03 | 19 | |
| 20 | 18 | サーティース-フォード | 1:18.36 | +2.26 | 20 | |
| 21 | 30 | コパスカー-フォード | 1:18.40 | +2.30 | 21 | |
| 22 | 21 | ウルフ・ウィリアムズ-フォード | 1:18.82 | +2.72 | 22 | |
| 23 | 5 | ロータス-フォード | 1:19.35 | +3.25 | 23 | |
| 24 | 24 | ヘスケス-フォード | 1:22.11 | +6.01 | 24 | |
| 25 | 6 | ロータス-フォード | 1:22.70 | +6.60 | 25 | |
| 出典: [W 1][W 8] | ||||||
決勝
[編集]10万人の観衆が集まる中、15時にレースはスタートした[6]。
ニキ・ラウダが先頭で第1コーナーに進入し、ジェームス・ハントはチームメイトのヨッヘン・マスと、マーチ・761を駆るイタリア人ドライバーのヴィットリオ・ブランビラに抜かれて4位に順位を落とした。ブランビラは2周目の第1コーナーでマスを強引に抜き去って2位の座を奪い、これが結果的にラウダの独走を助けることになる[14]。ハントはマスに順位を譲られ、5周目にはブランビラを抜き去って2位に浮上した。ラウダはレース終盤にリアのショックアブソーバーからのガス漏れや左リアタイヤのエア漏れが発生したためペースを落としたものの[15]、スタートからフィニッシュまでトップを走り続け、ハントに1.3秒差で優勝を飾った[16]。ハントとマスの後方では、ティレル・007を駆る母国出身のジョディー・シェクターが4位でフィニッシュした。1周遅れで5位でフィニッシュしたのは、ペンスキー・PC3を駆るジョン・ワトソンで、6位はパーネリ・VPJ4Bを駆るマリオ・アンドレッティだった。
開幕2連勝を挙げたラウダは、ハントやティレルのパトリック・デパイユに対し、ドライバーズ・チャンピオンシップで12点のリードを築いた。コンストラクターズ・チャンピオンシップでは、フェラーリがティレルに9点、マクラーレンに11点の差を付けた。
レース結果
[編集]| 順位 | No. | ドライバー | コンストラクター | 周回数 | タイム/リタイア原因 | Grid | Pts. |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1 | フェラーリ | 78 | 1:42:18.4 | 2 | 9 | |
| 2 | 11 | マクラーレン-フォード | 78 | +1.3 | 1 | 6 | |
| 3 | 12 | マクラーレン-フォード | 78 | +45.9 | 4 | 4 | |
| 4 | 3 | ティレル-フォード | 78 | +1:08.4 | 12 | 3 | |
| 5 | 28 | ペンスキー-フォード | 77 | +1 Lap | 3 | 2 | |
| 6 | 27 | パーネリ-フォード | 77 | +1 Lap | 13 | 1 | |
| 7 | 16 | シャドウ-フォード | 77 | +1 Lap | 7 | ||
| 8 | 9 | マーチ-フォード | 77 | +1 Lap | 5 | ||
| 9 | 4 | ティレル-フォード | 77 | +1 Lap | 6 | ||
| 10 | 5 | ロータス-フォード | 77 | +1 Lap | 23 | ||
| 11 | 18 | サーティース-フォード | 77 | +1 Lap | 20 | ||
| 12 | 34 | マーチ-フォード | 76 | +2 Laps | 17 | ||
| 13 | 21 | ウルフ・ウィリアムズ-フォード | 76 | +2 Laps | 22 | ||
| 14 | 22 | エンサイン-フォード | 76 | +2 Laps | 18 | ||
| 15 | 24 | ヘスケス-フォード | 74 | +4 Laps | 24 | ||
| 16 | 20 | ウルフ・ウィリアムズ-フォード | 73 | +5 Laps | 19 | ||
| 17 | 30 | コパスカー-フォード | 70 | エンジン | 21 | ||
| Ret | 2 | フェラーリ | 52 | エンジン | 9 | ||
| Ret | 26 | リジェ-マトラ | 49 | エンジン | 8 | ||
| Ret | 17 | シャドウ-フォード | 28 | ラジエーター | 15 | ||
| Ret | 8 | ブラバム-アルファロメオ | 22 | 油圧 | 14 | ||
| Ret | 6 | ロータス-フォード | 18 | クラッチ | 25 | ||
| Ret | 7 | ブラバム-アルファロメオ | 16 | 油圧 | 11 | ||
| Ret | 10 | マーチ-フォード | 15 | アクシデント | 10 | ||
| Ret | 15 | ティレル-フォード | 0 | アクシデント | 16 | ||
| 優勝スピード(勝者ラウダの平均速度):187.737 km/h | |||||||
| ファステストラップ:ニキ・ラウダ - 1:17.97(6周目)[W 2] | |||||||
| 出典: [W 9][W 3][W 8] | |||||||
| ドライバー | 周回数 | リードラップ |
|---|---|---|
| ニキ・ラウダ | 78周 | 1-78(全周回) |
| 出典: [W 10] | ||
- 太字は最多ラップリーダー
記録
[編集]ドライバー
[編集]コンストラクター
[編集]エンジン
[編集]- フェラーリが60勝目を挙げた[W 18]。
第2戦終了時点のランキング
[編集]
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- 注: トップ5のみ表示。有効ポイントは前半8戦のうちベスト7戦と後半8戦のうちベスト7戦の合計。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- 書籍・雑誌
- ↑ (F1全史1976–1980 1993, p. 114)
- ↑ (Lang 1983, p. 112)
- ↑ (Lang 1983, p. 114)
- 1 2 3 (AUTOSPORT 192, p. 24)
- 1 2 (AUTOSPORT 191, p. 98)
- 1 2 3 (AUTOSPORT 192, p. 26)
- ↑ (F1全史1976–1980 1993, p. 28)
- ↑ (AUTOSPORT 191, p. 99)
- 1 2 (AUTOSPORT 191, p. 97)
- ↑ (AUTOSPORT 184, p. 68)
- ↑ (F1全史1976–1980 1993, p. 26)
- ↑ (Nye 1989, p. 246)
- 1 2 (AUTOSPORT 192, p. 25)
- ↑ (AUTOSPORT 192, p. 28)
- ↑ (AUTOSPORT 192, p. 29)
- ↑ (Henry 1989, p. 286)
- ウェブサイト
- 1 2 “South Africa 1976 - Qualifications” (英語). STATS F1. 2026年3月18日閲覧。
- 1 2 “South Africa 1976 - Best laps” (英語). STATS F1. 2026年3月18日閲覧。
- 1 2 “South Africa 1976 - Result” (英語). STATS F1. 2026年3月18日閲覧。
- 1 2 3 “South African GP, 1976” (英語). grandprix.com. 2026年3月18日閲覧。
- ↑ “About - HESKETH RACING” (英語). Hesketh Racing. 2026年3月18日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 “South Africa 1976”. STATS F1. 2026年3月18日閲覧。
- ↑ “South Africa 1976 - Race entrants” (英語). STATS F1. 2026年3月18日閲覧。
- 1 2 “South Africa 1976 - Starting grid” (英語). STATS F1. 2026年3月18日閲覧。
- ↑ “1976 South African Grand Prix” (英語). formula1.com. 2014年12月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年3月18日閲覧。
- ↑ “South Africa 1976 - Laps led” (英語). STATS F1. 2026年3月18日閲覧。
- ↑ “戦績:G.ニルソン”. F1 DataWeb. 2026年3月18日閲覧。
- ↑ “United Kingdom - Pole positions” (英語). STATS F1. 2026年3月18日閲覧。
- ↑ “James HUNT - Podiums” (英語). STATS F1. 2026年3月18日閲覧。
- ↑ “戦績:M.ルクレール”. F1 DataWeb. 2026年3月18日閲覧。
- ↑ “戦績:B.エバンス”. F1 DataWeb. 2026年3月18日閲覧。
- ↑ “Ferrari - Wins” (英語). STATS F1. 2026年3月18日閲覧。
- ↑ “戦績:パーネリ”. F1 DataWeb. 2026年3月18日閲覧。
- ↑ “Ferrari - Wins” (英語). STATS F1. 2026年3月18日閲覧。
- 1 2 “FIA Formula One World Championship 1976 South African Grand Prix Standings” (英語). Motorsport Stats. 2026年3月18日閲覧。
- 1 2 “FIA Formula One World Championship 1976 Brazilian Grand Prix Standings” (英語). Motorsport Stats. 2026年3月18日閲覧。
参照文献
[編集]- 『F1全史』シリーズ(NCID BN12600893)
- 林信次『F1全史 1976-1980 [空力を求めて / 王者ラウダの光と影]』ニューズ出版(現:三栄)、1993年。ASIN B07DPBCDV6。ISBN 4-938495-04-X。ASB:FZS19930701。
- 『オートスポーツ』(NCID AA11437582)
- 『No.184 1976年1月15日号』三栄書房(現:三栄)、1976年、68-69頁。ASB:AST19760115。
- 『No.191 1976年4月15日号』三栄書房(現:三栄)、1976年、97-99頁。ASB:AST19760415。
- 『No.192 1976年5月1日号』三栄書房(現:三栄)、1976年、24-29頁。ASB:AST19760501。
- アラン・ヘンリー 著、早川麻百合、鳥江政弘 訳『チーム・フェラーリの全て』CBS・ソニー出版、1989年。ISBN 4-7897-0491-2。
- ダグ・ナイ 著、森岡成憲 訳『チーム・マクラーレンの全て』CBS・ソニー出版、1989年。ISBN 4-7897-0504-8。
- Lang, Mike (1983). Grand Prix! Vol 3. Haynes Publishing Group. ISBN 0-85429-380-9
翻訳元
[編集]- Wikipedia英語版 - en:1976 South African Grand Prix(2026年1月10日 22:18:28(UTC))
外部リンク
[編集]- South Africa 1976 - STATS F1(レースレポートのみフランス語。他は英語)
- South African GP, 1976 - grandprix.com(英語)
- 1976年第2戦南アフリカグランプリの結果 - F1 DataWeb
| 前戦 1976年ブラジルグランプリ |
FIA F1世界選手権 1976年シーズン |
次戦 1976年アメリカ西グランプリ |
| 前回開催 1975年南アフリカグランプリ |
次回開催 1977年南アフリカグランプリ |