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1978年のグランプリシーズンは、大変な熱気に包まれてスタートした。ディフェンディングチャンピオンのバリー・シーンの人気は今や最高潮となっており、これまでになく多くのメディアの目がロードレースに集まっていた。アメリカからやってきた未知数の挑戦者、ケニー・ロバーツの存在も、マスコミの熱狂ぶりに拍車をかけていた。
シーンは開幕戦のベネズエラを勝利で飾り、順調なスタートを切ったかに見えたが、シーズン序盤にウイルス感染という思わぬ伏兵に苦しめられることになってしまった。シーンのチームメイトであるアメリカ人のパット・ヘネンもまた、序盤の3戦で2回の2位に加えスペインでは勝利を飾るなど好調さを見せていたが、グランプリの合間を縫って参戦したマン島TTレースでのアクシデントにより頭部に重傷を負ってしまう。この怪我によって将来有望と思われていたヘネンのレーシングライダーとしてのキャリアは突然断たれてしまうことになった。ロバーツとシーズンを通してウイルスに苦しみながらも健闘を見せたシーンによるタイトル争いは、最終戦の西ドイツGPまでもつれ込んだが、ロバーツがシーンの目の前の3位でゴールしたことにより、ロバーツのフル参戦1年目での初タイトルが決定した。これは同時にアメリカ人が初めて500ccクラスのワールドチャンピオンになった瞬間でもあった。
カワサキのコーク・バリントンは、350ccと250ccというふたつの激戦クラスでダブルタイトルを獲得した。これは1967年のマイク・ヘイルウッド、1976年のウォルター・ヴィッラに続く快挙であった。
エウジーニョ・ラッツァリーニは、MBAのマシンで125ccクラスタイトルを獲得した。
若きスペイン人、リカルド・トルモは全7戦中5勝を挙げ、ブルタコに50ccクラスのタイトルをもたらした。
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| 色 | 結果 |
| 金色 | 優勝 |
| 銀色 | 2位 |
| 銅色 | 3位 |
| 緑 | ポイント圏内完走 |
| 青灰色 | ポイント圏外完走 |
| 周回数不足 (NC) |
| 紫 | リタイヤ (Ret) |
| 赤 | 予選不通過 (DNQ) |
| 予備予選不通過 (DNPQ) |
| 黒 | 失格 (DSQ) |
| 白 | スタートせず (DNS) |
| エントリーせず (WD) |
| レースキャンセル (C) |
| 空欄 |
欠場 |
| 出場停止処分 (EX) |
太字:ポールポジション
斜体:ファステストラップ |
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| 年度 |
| 1940年 - | |
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| 1950年 - | |
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| 1960年 - | |
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| 1970年 - | |
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| 1980年 - | |
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| 1990年 - | |
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| 2000年 - | |
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| 2010年 - | |
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| クラス |
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