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1978年の南海ホークス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1978年の南海ホークス
成績
パシフィック・リーグ6位
年間6位:42勝77敗11分 勝率.353
後期6位:20勝38敗7分 勝率.345
前期6位:22勝39敗4分 勝率.361
本拠地
都市 大阪府大阪市浪速区
球場 大阪球場
球団組織
オーナー 川勝傳
経営母体 南海電気鉄道
監督 広瀬叔功
« 1977
1979 »

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1978年の南海ホークス(1978ねんのなんかいホークス)では、1978年の南海ホークスにおける動向をまとめる。

このシーズンの南海ホークスは、広瀬叔功監督の1年目のシーズンである。

概要

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南海ホークスの当年及び近年のシーズン成績
年 最終成績 リ
丨
グ
試
合
勝 敗 分 勝
率
総
得
点
総
失
点
打
率
本
塁
打
盗
塁
犠
打
四
死
球
O
P
S
防
御
率
完
投
失
策
監
督
1978 リーグ6位6位130427711.353..広瀬叔功
1977 リーグ2位2位130635512.534..野村克也
1976 リーグ2位2位13071563.559..野村克也
1975 リーグ5位5位13057658.467..野村克也
1974 リーグ3位3位130595516.518..野村克也
1973 日本シリーズ敗退優勝13068584.540..野村克也
1972 リーグ3位3位13065614.516..野村克也
1971 リーグ4位4位13061654.484..野村克也
1970 リーグ2位2位13069574.548589510.2551478440456.7203.4331108野村克也
1969 リーグ6位6位13050764.397409.241859765347.632飯田徳治
1968 リーグ2位2位13679516.608548.24312710992508.695鶴岡一人

野村克也前監督の解任を受けて就任した広瀬新監督は「泥まみれ野球」を掲げ、鶴岡野球への回帰と野村色の一掃を図り、ユニフォームのデザインも一新するなどチームのイメージチェンジを図った。しかし野村に続き主力選手の江夏豊と柏原純一まで抜けたチームの戦力低下は明白で(三人のうち交換トレードになったのは柏原だけで、野村が抜けた後の正捕手候補を獲得する手も打たれなかった)、4月中旬の8連敗に続いて5月にも8連敗を喫し、5月下旬に最下位に転落するとそのまま浮上することなく前期が終了。後期に入っても、開幕早々7連敗で最下位に転落、その後一時は5位に浮上するが、8月12日の日本ハムとのダブルヘッダーに連敗し再び最下位になると、チームに再びはい上がる力は残っていなかった。戦力が大幅ダウンしたチームは成績も大きく下落し、チーム打率はリーグ唯一の2割3分台で本塁打も唯一3桁に届かず(この年4連覇の阪急も含め5球団が2割6分台以上だった)。チーム防御率も前年のリーグ1位から1点近く落としロッテと同率のリーグ最下位に沈む中、2年目の村上之宏が5勝8敗という平凡な成績ながら新人王に輝き、数少ない明るい話題を提供した。対戦成績では11年ぶりにAクラス入りの日本ハムに13勝12敗1分と勝ち越して全球団負け越しこそ逃れたものの、前年まで互角だった阪急には5勝19敗2分で阪急の4連覇を許し、後期に阪急とマッチレースを演じた近鉄には5勝17敗4分と大きく負け越し、近鉄2位躍進の引き立て役となってしまった。首位阪急との年間成績ゲーム差39.0は、2リーグ制以降としては初の最下位となった1969年の26.0ゲーム差を大幅に更新しチームワースト新記録となる首位とのゲーム差で[注釈 1]、1リーグ時代を含めても1940年に記録した首位と45.5ゲーム差に次ぎチーム史上ワースト2位の記録だった。

チーム成績

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レギュラーシーズン

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開幕オーダー
1 三藤原満
2 中新井宏昌
3 右門田博光
4 左メイ
5 指片平晋作
6 一小田義人
7 二桜井輝秀
8 捕黒田正宏
9 遊定岡智秋
投手 山内新一
1978年パシフィック・リーグ順位変動
前期
順位 4月終了時 5月終了時 前期成績
1位 阪急-- 阪急-- 阪急--
2位 ロッテ2.0 近鉄5.0 近鉄9.0
3位 近鉄3.5 ロッテ 日本ハム13.0
4位 南海8.0 日本ハム9.0 クラウン13.5
5位 日本ハム9.0 クラウン15.0 ロッテ16.0
6位 クラウン10.5 南海17.0 南海20.5
後期
順位 7月終了時 8月終了時 後期成績
1位 阪急-- 阪急-- 阪急--
2位 近鉄1.0 近鉄3.0 近鉄0.0
3位 ロッテ5.5 クラウン8.5 ロッテ10.0
4位 クラウン6.5 日本ハム10.0 日本ハム12.5
5位 南海7.5 ロッテ11.5 クラウン16.0
6位 日本ハム9.5 南海15.0 南海18.5
1978年パシフィック・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝阪急ブレーブス82399.678---
2位近鉄バファローズ714613.6079.0
3位日本ハムファイターズ556312.46625.5
4位ロッテオリオンズ536215.46126.0
5位クラウンライターライオンズ516712.43229.5
6位南海ホークス427711.35339.0

*阪急が前後期完全優勝したため、プレーオフは行わずそのまま年間優勝

オールスターゲーム1978

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コーチ 広瀬叔功
ファン投票 選出なし
監督推薦 藤田学 藤原満

できごと

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選手・スタッフ

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[1]

表彰選手

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リーグ・リーダー
選手名タイトル
村上之宏 新人王
ベストナイン
選出なし
ダイヤモンドグラブ賞
選出なし

ドラフト

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順位選手名ポジション所属結果
1位 高柳秀樹外野手国士舘大学入団
2位 藤田達也投手八代東高入団
3位 岡本光投手串本高拒否・松下電器入社
4位 吉田博之捕手横浜高入団

脚注

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注釈

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  1. ↑ 後に福岡移転後の1990年に首位と40.0ゲーム差で記録更新。

出典

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  1. ↑ 『日本プロ野球80年史 1934-2014』 【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7。


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