1980年イギリス労働党党首選挙
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1980年イギリス労働党党首選挙(1980ねんイギリスろうどうとうとうしゅせんきょ、英語: 1980 Labour Party leadership election)は、1980年11月4日から11月10日までイギリスで行われた労働党党首の選挙である[1]。
概要
[編集]1976年 - 1979年まで首相を務めたジェームズ・キャラハンの辞任を受けて実施された。キャラハンは、1979年の総選挙で敗北した後も、18ヶ月間党首の座に留まり、後継者と目されていたデニス・ヒーリーへの党首禅譲を目指していたとされる。しかし、この間に党方針決定の手続きや将来の方向性に関する党内議論は行き詰まりを見せていた。
ヒーリーの他、ピーター・ショア、ジョン・シルキンの立候補が予想されていた。最終的に当選したマイケル・フットは、彼を右派・ヒーリーを破ることが出来る唯一の候補だとみなしていた左派の担ぎ上げにより、出馬を決めた。
選挙データ
[編集]現職の有無にかかわらず、議会の新会期ごとに党首選を実施。しかし現職が在職中は党首選は形式的であり、現職以外の立候補は行われずに事実上、現職の再任を妨げず承認する[注 2][2]。
党首
[編集]- 選挙前:ジェームズ・キャラハン(第14代)
- 選挙後:マイケル・フット(第15代)
投票日
[編集]選挙制度
[編集]- 有効投票の過半数を獲得した候補者が当選。不在の場合は、投票数が最も少ない候補者が除外され、さらに投票が行われる[2]。
投票方法
[編集]選挙権
[編集]被選挙権
[編集]- 議会労働党所属庶民院議員
- 立候補にあたっては、庶民院議員の推薦人並びに賛成者を各々1名必要[2]。
有権者数
[編集]- 268[注 3]
候補者
[編集]| 候補者 | 出生日 出生地 |
経歴 |
|---|---|---|
マイケル・フット |
1913年7月23日(67歳) デヴォン、プリマス |
庶民院議員(10期)(1945-)[注 4] 庶民院院内総務/枢密院議長(1976-1979) 雇用大臣(1974-1976) 陛下の野党副党首/影の副首相(1979-) 影の庶民院院内総務(1979-) 労働党副党首(1976-) |
デニス・ヒーリー |
1917年8月30日(63歳) ロンドン、ランベス |
庶民院議員(9期[注 5])(1952-) 財務大臣(1974-1979) 国防大臣(1964-1970) 影の財務大臣(1970-1972, 1979-) 影の外務大臣(1972-1974, 1960-1961) 影の国防大臣(1970,1963-1964) 影の植民地大臣(1961-1963) |
ピーター・ショア |
1924年5月20日(56歳) ノーフォーク、グレート・ヤーマス |
庶民院議員(6期)(1964-)[注 6] 環境大臣(1976-1979) 貿易大臣(1974-1976) 無任所大臣(1969-1970) 経済大臣(1967-1969) 影の外務大臣(1979-) 影の環境大臣(1979) 影の欧州担当大臣(1971-1972) |
ジョン・シルキン |
1923年3月18日(53歳) ロンドン |
庶民院議員(7期)(1963-)[注 7] 農業・漁業・食糧大臣(1976-1979) 住宅・計画大臣(1974-1976) 公共建築・公共事業大臣(1969-1970) 影の産業大臣(1979-) 影の保健・社会サービス大臣(1972-1974) |
選挙結果
[編集]候補者別得票結果
[編集]| 候補者 | 第1回投票 | 第2回投票 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 得票数 | 得票率 | 得票数 | 得票率 | ||||
| デニス・ヒーリー | 112 | 42.26% | 129 | 48.13% | |||
| マイケル・フット | 83 | 31.32% | 139 | 51.87% | |||
| ジョン・シルキン | 38 | 14.34% | |||||
| ピーター・ショア | 32 | 12.08% | |||||
| 総計 | 265 | 100.0% | 268 | 100.0% | |||
| 投票総数(投票率) | 265 | 98.88% | 268 | 100.0% | |||
| 棄権者数(棄権率) | 3 | 0.12% | 0 | 0.00% | |||
| 有権者数 | 268 | 100.0% | 268 | 100.0% | |||
| 出典:Leaders of the Labour Party | |||||||
脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ 1976年党首選挙における第2回投票との比較。
- ↑ 1960年と1961年は党内の路線対立により、再任を望む現職に新人が挑んで選挙となっている。
- ↑ 1979年イギリス総選挙で当選した268議員と、補欠選挙で当選した2議員から、辞職・死去した2議員を差し引いた議員数。
- ↑ 1955からエブ・ヴェイル選挙区、1945-1955まではプリマス・デヴォンポート選挙区選出。
- ↑ 1955からリーズ・イースト選挙区、1952-1955まではリーズ・サウスイースト選挙区選出。
- ↑ 1974からステップニー・ポプラー選挙区、1964-1974まではステップニー・ポプラー選挙区選出。
- ↑ 1974からルイシャム・デプトフォード選挙区、1963-1974まではデプトフォード選挙区選出。