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1981年の広島東洋カープ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1981年の広島東洋カープ
成績
セントラル・リーグ2位
67勝54敗9分 勝率.554[1]
本拠地
都市 広島県広島市中区
球場 広島市民球場
球団組織
オーナー 松田耕平
経営母体 松田家(東洋工業創業者一族)
監督 古葉竹識
キャッチフレーズ
3A BASEBALL - Active Action Appeal
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1981年の広島東洋カープ(1981ねんのひろしまとうようカープ)では、1981年における広島東洋カープの動向をまとめる。

この年の広島東洋カープは、古葉竹識監督の7年目のシーズンである。

概要

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3連覇のかかったシーズンだが、江夏豊を日本ハムへトレード、交換相手として松田耕平オーナーの絶対的指名によりエースの高橋直樹を獲得。

レギュラー定着を期待された山崎隆造がオープン戦で外野フェンスに激突して1年を棒に振り、さらに開幕直後に2年連続盗塁王の高橋慶彦が右膝の故障で離脱するなど故障者続出のチームはスタートダッシュに失敗。5月中旬頃に高橋慶が戦列に復帰し、チームの成績が上向いて来た頃には既に巨人が頭一つリードしていた。6月以降は、首位を快走する巨人とは対照的に、広島を始めとする他球団が5割ライン上で苦戦する状況が2か月ほど続いた。8月に入り衣笠祥雄が2番に固定されるようになってから上昇傾向になり、9月以降21勝6敗と貯金15を稼いでようやく2位に浮上したが時すでに遅く、3連覇はならなかった。打撃陣では本塁打と打点の二冠に輝いた山本浩二を始めジム・ライトル、衣笠が30本塁打を記録するなどチーム打率、本塁打はリーグ1位だったが、出遅れた高橋慶が14盗塁に終わるなどチーム盗塁数はリーグ最下位。

投手陣では16勝の北別府学を始め2ケタ勝利が4人出た一方、期待の高橋は先発以外にリリーフ登板を命じられるなど江夏と同じ役割を強いられ、またセリーグの野球の対応が出来ず、わずか2勝と期待を裏切り、抑えに回った大野豊も11セーブにとどまった。シーズン終了後、かつてのエース・安仁屋宗八がこの年限りで引退した。

広島東洋カープの当年及び近年のシーズン成績
年 最終成績 リ
丨
グ
試
合
勝 敗 分 勝
率
総
得
点
総
失
点
打
率
本
塁
打
盗
塁
犠
打
四
死
球
O
P
S
防
御
率
完
投
失
策
監
督
1981 リーグ2位2位13067549.554605519.2741815482426.7793.664384古葉竹識
1980 日本一優勝130734413.624544476.26316110888463.7563.373666古葉竹識
1979 日本一優勝130675013.573..古葉竹識
1978 リーグ3位3位130625018.554596..4.383887古葉竹識
1977 リーグ5位5位130516712.432603.26816312484480.772古葉竹識
1976 リーグ3位3位130615811.513..古葉竹識
1975 日本シリーズ敗退優勝130724711.605421..2.963985J.ルーツ→古葉竹識
1974 リーグ6位6位13054724.429448.2421274972358.672森永勝也
1973 リーグ6位6位13060673.472..別当薫
1972 リーグ6位6位13049756.395522..3.574091根本陸夫
1971 リーグ4位4位13063616.508422.2338910481459.642根本陸夫

チーム成績

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レギュラーシーズン

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開幕オーダー
1 遊木下富雄
2 二三村敏之
3 右ライトル
4 中山本浩二
5 三衣笠祥雄
6 一水谷実雄
7 左ガードナー
8 捕水沼四郎
9 投池谷公二郎
1981年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 最終成績
1位 中日-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人--
2位 巨人1.5中日6.0ヤクルト7.5阪神9.0ヤクルト9.0広島6.0
3位 広島6.0広島6.5阪神8.5ヤクルト12.0阪神11.5阪神8.0
4位 ヤクルト8.0ヤクルト9.0広島9.0中日12.5広島12.5ヤクルト13.5
5位 阪神8.0阪神10.0中日10.0広島12.5中日13.5中日16.0
6位 大洋9.5大洋13.5大洋大洋17.0大洋22.5大洋31.5
1981年セントラル・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝読売ジャイアンツ73489.603---
2位広島東洋カープ67549.5546.0
3位阪神タイガース67585.5368.0
4位ヤクルトスワローズ565816.49113.5
5位中日ドラゴンズ58657.47216.0
6位横浜大洋ホエールズ42808.34431.5

オールスターゲーム1981

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選出選手及びスタッフ
ポジション名前選出回数
監督古葉竹識
投手福士敬章3
北別府学3
内野手衣笠祥雄7
外野手ライトル初
  • この年の広島は監督推薦による選出のみであった。

できごと

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選手・スタッフ

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表彰選手

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リーグ・リーダー
選手名タイトル成績回数
山本浩二 本塁打王43本2年連続3度目
打点王103打点3年連続3度目
ライトル 最多安打157本初受賞
ベストナイン
選手名ポジション回数
山本浩二外野手5年連続6度目
ライトル初受賞
ダイヤモンドクラブ賞
選手名ポジション回数
山本浩二外野手10年連続10度目
ライトル4年連続4度目

ドラフト

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順位選手名ポジション所属結果
1位津田恒美投手協和醗酵入団
2位斉藤浩行外野手東京ガス入団
3位高木宣宏投手北陽高入団
4位木原彰彦内野手デュプロ入団
5位上本孝一捕手西舞鶴高入団
6位及川美喜男外野手東芝入団

出典

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  1. ↑ “年度別成績 1981年 セントラル・リーグ”. 日本野球機構. 2016年8月30日閲覧。
  2. ↑ 58年巨人長嶋が初/ベース踏み忘れ本塁打取り消し日刊スポーツ 2017年6月10日
  3. ↑ 『日本プロ野球80年史 1934-2014』 【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7。
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