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1984年の読売ジャイアンツ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1984年の読売ジャイアンツ
成績
セントラル・リーグ3位
67勝54敗9分 勝率.554[1]
本拠地
都市 東京都文京区
球場 後楽園球場
球団組織
オーナー 正力亨
経営母体 読売新聞社
監督 王貞治
« 1983
1985 »

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1984年の読売ジャイアンツ(1984ねんのよみうりジャイアンツ)では、1984年の読売ジャイアンツの動向をまとめる。

この年の読売ジャイアンツは、王貞治監督の1年目のシーズンである。

概要

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読売ジャイアンツの当年及び近年のシーズン成績
年 最終成績 リ
丨
グ
試
合
勝 敗 分 勝
率
総
得
点
総
失
点
打
率
本
塁
打
盗
塁
犠
打
四
死
球
O
P
S
防
御
率
完
投
失
策
監
督
1984 リーグ3位3位13067549.554637517.2681869481501.7953.663980王貞治
1983 日本シリーズ敗退優勝13072508.590622542.27515613489474.7753.773785藤田元司
1982 リーグ2位2位130665014.569511439.254133112103407.7152.935594藤田元司
1981 日本一優勝13073489.603517418.26813511987411.7412.884779藤田元司
1980 リーグ3位3位13061609.504507450.24315383113425.7072.954479長嶋茂雄
1979 リーグ5位5位130586210.483..長嶋茂雄
1978 リーグ2位2位130654916.570508..3.612365長嶋茂雄
1977 日本シリーズ敗退優勝13080464.635648.280181102125545.816長嶋茂雄
1976 日本シリーズ敗退優勝13076459.628..長嶋茂雄
1975 リーグ6位6位13047767.382510..3.532992長嶋茂雄
1974 リーグ2位2位13071509.587589.2531596480573.754川上哲治

球団創設50周年を迎えたこの年、前任の藤田元司のもとで助監督を務めた王監督が就任。チームはエクスポズからウォーレン・クロマティを獲得し開幕前の下馬評では優勝の本命とされていた。しかし開幕10試合で1勝しかできず、ファンの期待を裏切る形となった。結局4月は5勝10敗5分と苦戦。5月に5連勝、6月に7連勝するなど巻き返し、8月下旬から10連勝で自力優勝の可能性を残したものの9月15日と16日の広島戦で長嶋清幸に2試合連続サヨナラ本塁打を浴びて自力優勝が消滅。9月23日から5連勝するも時すでに遅く、優勝の広島と8.5ゲーム差の3位でシーズンを終えた。投手陣は先発3本柱の江川卓、西本聖、定岡正二が前年に続いてローテを守ったものの定岡は前年の腰痛の影響で2桁敗戦を喫して9月からはローテから外れ、前年新人王の槙原寛己も負け越した。リリーフも角三男・鹿取義隆のダブルストッパーに加えて後半から斎藤雅樹が台頭し、チーム防御率は広島に次ぐリーグ2位の3.66を記録した。打撃陣では篠塚利夫が初の首位打者に輝き、不振の原辰徳に代わり途中から4番に入った中畑清も自身最多の31本塁打を記録、新外国人のクロマティも期待通りの活躍を見せ、中日に次いでリーグ2位の186本塁打を記録した。チームは優勝の広島に12勝12敗2分と健闘したが、敵地・広島で苦手にし続けた。2位の中日には2戦目から同一カード14連敗を喫するなど8勝17敗1分と苦戦し、中日躍進の引き立て役になった。

チーム成績

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レギュラーシーズン

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開幕オーダー
1 中松本匡史
2 遊河埜和正
3 二篠塚利夫
4 三原辰徳
5 右スミス
6 左クロマティ
7 一中畑清
8 捕山倉和博
9 投江川卓
1984年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 最終成績
1位 広島-- 広島-- 広島-- 中日-- 中日-- 広島--
2位 中日5.0 中日0.5 中日0.5 広島1.0 広島1.0 中日3.0
3位 阪神6.0 阪神5.5 巨人9.5 巨人9.0 巨人9.5 巨人8.5
4位 大洋7.5 大洋8.0 阪神10.5 阪神11.0 阪神18.5 阪神23.0
5位 巨人8.5 巨人8.0 大洋14.5 大洋20.0 ヤクルト21.5 ヤクルト25.0
6位 ヤクルト9.0 ヤクルト14.0 ヤクルト19.0 ヤクルト22.0 大洋24.5 大洋30.5
1984年セントラル・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝広島東洋カープ754510.625---
2位中日ドラゴンズ73498.5983.0
3位読売ジャイアンツ67549.5548.5
4位阪神タイガース53698.43423.0
5位ヤクルトスワローズ51718.41825.0
6位横浜大洋ホエールズ46777.37430.5

オールスターゲーム1984

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  • 監督
王貞治
  • ファン投票
西本聖
山倉和博
中畑清
篠塚利夫
原辰徳
松本匡史
  • 監督推薦
江川卓

できごと

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入団・退団

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入団

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選手名 背番号 前所属 備考
投手
水野雄仁 31 徳島県立池田高等学校 1983年ドラフト1位
香田勲男 48 長崎県立佐世保工業高等学校 1983年ドラフト2位
加茂川重治 57 茨城県立茨城東高等学校 1983年ドラフト4位

選手・スタッフ

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表彰選手

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リーグ・リーダー

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首位打者(.334、初受賞)
最高勝率(.750、3年ぶり2度目)

ベストナイン

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篠塚利夫(二塁手、2年ぶり3度目)
西本聖(投手、6年連続6度目)
中畑清(一塁手、3年連続3度目)
篠塚利夫(二塁手、2年ぶり3度目)

ドラフト

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順位選手名ポジション所属結果
1位 上田和明内野手慶應義塾大学入団
2位 藤岡寛生内野手三田学園高入団
3位 宮本和知投手川崎製鉄水島入団
4位 佐藤洋捕手電電東北入団
5位 井上真二外野手熊本工業高入団
6位 藤本健治内野手東海大学付属相模高入団

出典

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  1. ↑ “年度別成績 1984年 セントラル・リーグ”. 日本野球機構. 2016年12月12日閲覧。
  2. ↑ “読売巨人軍公式HP 背番号変遷”. 読売ジャイアンツ. 2016年12月14日閲覧。
  3. ↑ 『日本プロ野球80年史 1934-2014』 【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7。
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