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1986年のヤクルトスワローズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1986年のヤクルトスワローズ
成績
セントラル・リーグ6位
49勝77敗4分 勝率.389[1]
本拠地
都市 東京都新宿区
球場 明治神宮野球場
球団組織
オーナー 松園尚巳
経営母体 ヤクルト本社
監督 土橋正幸
« 1985
1987 »

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1986年のヤクルトスワローズ(1986ねんのヤクルトスワローズ)では、1986年のヤクルトスワローズの動向をまとめる。

この年のヤクルトスワローズは、土橋正幸監督の3年目(途中就任の1984年を含む)のシーズンである。

概要

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巨人との開幕3連戦で3タテを喫し、最初の11試合でわずか2勝と早くも最下位に定着すると、その後も5月から7月上旬にかけ5連敗2回(うち1度は引き分け挟む)、4連敗1回、3連敗を2回喫し、7月3日時点で借金22と大きく負け越し。しかし7月4日からシーズン初の3連勝、同月10日から2度目の3連勝すると、オールスターゲーム明けの後半開幕早々7連勝し、7月は単月で貯金7を記録、一時は5位大洋に0.5ゲーム差まで迫るが、8月に入り3連敗4連敗各1回、同月末の大洋との5位攻防3連戦に全敗しそのまま5連敗、9月も中旬に4連敗、同月末から10月上旬にかけ7連敗など最下位脱出が遠のいていった。打線では前年に大洋を自由契約になったレオン・リーが4番として活躍しベストナインに選ばれるが、前年の4番杉浦享は故障で42試合の出場にとどまり、この年から打撃コーチ兼任となった若松勉も自己ワーストの打率.275と低迷。チーム打率は.252の5位で、本塁打119本もリーグ5位で阪神と65本差の5位。投手陣も高野光が自己最多の12勝を挙げたがチーム防御率はリーグ唯一の4点台。2年連続最下位が決定的となり土橋監督の辞任も発表される中、シーズン終盤の10月7日、広島と熾烈な優勝争いを展開していた巨人との最終戦で、マーク・ブロハードが槙原寛己から逆転2ランを放ち巨人に引導を渡し、最後の最後で意地を見せた。広島が優勝を決めたのは5日後の10月12日でヤクルト戦だったが、この年優勝の広島にヤクルトは最後まで食らいつき、12勝14敗と健闘したが2位巨人には9勝16敗1分と大きく負け越した。

ヤクルトスワローズの当年及び近年のシーズン成績
年 最終成績 リ
丨
グ
試
合
勝 敗 分 勝
率
総
得
点
総
失
点
打
率
本
塁
打
盗
塁
犠
打
四
死
球
O
P
S
防
御
率
完
投
失
策
監
督
1986 リーグ6位6位13049774.389480620.25211959125356.6874.2730105土橋正幸
1985 リーグ6位6位130467410.383550664.26414329111441.7414.752881土橋正幸
1984 リーグ5位5位13051718.418530653.26410149136463.7154.762075武上四郎
1983 リーグ6位6位13053698.434557604.26614990109357.7374.523278武上四郎
1982 リーグ6位6位130457510.375437519.240958794401.6523.652774武上四郎
1981 リーグ4位4位130565816.491520591.25512010588385.7064.302475武上四郎
1980 リーグ2位2位130685210.567562462.27013211188414.7473.174182武上四郎
1979 リーグ6位6位130486913.410..広岡達朗
1978 日本一優勝130684616.596633..4.382794広岡達朗
1977 リーグ2位2位130625810.517593.26717071109457.773広岡達朗
1976 リーグ5位5位130526810.433..荒川博

チーム成績

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レギュラーシーズン

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開幕オーダー
1 遊水谷新太郎
2 左若松勉
3 三レオン
4 右杉浦享
5 中ブロハード
6 一広沢克実
7 捕八重樫幸雄
8 二角富士夫
9 投荒木大輔
1986年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 最終成績
1位 広島-- 広島-- 広島-- 広島-- 巨人-- 巨人-- 広島--
2位 巨人3.0 巨人5.0 巨人1.5 巨人0.0 広島2.5 広島1.5 巨人0.0
3位 大洋3.5 大洋 阪神6.0 阪神3.5 阪神7.5 阪神10.5 阪神13.5
4位 阪神4.5 阪神6.0 大洋9.5 中日10.5 中日13.5 中日16.5 大洋20.0
5位 中日5.5 中日6.5 中日10.5 大洋12.0 大洋15.5 大洋18.0 中日20.0
6位 ヤクルト7.5 ヤクルト13.5 ヤクルト17.5 ヤクルト13.0 ヤクルト18.0 ヤクルト25.5 ヤクルト27.5

[2][3][4][5][6]

1986年セントラル・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝広島東洋カープ734611.613---
2位読売ジャイアンツ75487.6100.0
3位阪神タイガース606010.50013.5
4位横浜大洋ホエールズ56695.44820.0
5位中日ドラゴンズ54679.44620.0
6位ヤクルトスワローズ49774.38927.5

オールスターゲーム1986

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  • ファン投票
荒木大輔
  • 監督推薦
高野光

選手・スタッフ

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[7]

表彰選手

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リーグ・リーダー
受賞者なし
ベストナイン
選手名ポジション回数
レオン三塁手初受賞[注 1]
ゴールデングラブ賞
選出なし

ドラフト

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順位選手名ポジション所属結果
1位 西岡剛投手近畿大学入団
2位 土橋勝征内野手印旛高入団
3位 内藤尚行投手豊川高入団
4位 飯田哲也捕手拓殖大学紅陵高入団
5位 佐々木重樹投手泉館山高入団
6位 鈴木康博外野手日光高入団

脚注

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注釈

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  1. ↑ 1980年に一塁手部門で受賞しており、通算2度目。

出典

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  1. ↑ “年度別成績 1986年 セントラル・リーグ”. 日本野球機構. 2017年4月12日閲覧。
  2. ↑ 『読売新聞』1986年5月1日付朝刊、14版、16面
  3. ↑ 『読売新聞』1986年6月1日付朝刊、14版、16面
  4. ↑ 『読売新聞』1986年6月30日付朝刊、14版、15面
  5. ↑ 『読売新聞』1986年8月1日付朝刊、14版、17面
  6. ↑ 『読売新聞』1986年9月1日付朝刊、14版、17面
  7. ↑ 『日本プロ野球80年史 1934-2014』 【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7。
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