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1986年の読売ジャイアンツ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1986年の読売ジャイアンツ
成績
セントラル・リーグ2位
75勝48敗7分 勝率.610[1]
本拠地
都市 東京都文京区
球場 後楽園球場
球団組織
オーナー 正力亨
経営母体 読売新聞社
監督 王貞治
« 1985
1987 »

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1986年の読売ジャイアンツ(1986ねんのよみうりジャイアンツ)では、1986年の読売ジャイアンツの動向をまとめる。

この年の読売ジャイアンツは、王貞治監督の3年目のシーズンである。

概要

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読売ジャイアンツの当年及び近年のシーズン成績
年 最終成績 リ
丨
グ
試
合
勝 敗 分 勝
率
総
得
点
総
失
点
打
率
本
塁
打
盗
塁
犠
打
四
死
球
O
P
S
防
御
率
完
投
失
策
監
督
1986 リーグ2位2位13075487.610600437.2701558695413.7703.122679王貞治
1985 リーグ3位3位13061609.504616562.27915778114500.7913.962685王貞治
1984 リーグ3位3位13067549.554637517.2681869481501.7953.663980王貞治
1983 日本シリーズ敗退優勝13072508.590622542.27515613489474.7753.773785藤田元司
1982 リーグ2位2位130665014.569511439.254133112103407.7152.935594藤田元司
1981 日本一優勝13073489.603517418.26813511987411.7412.884779藤田元司
1980 リーグ3位3位13061609.504507450.24315383113425.7072.954479長嶋茂雄
1979 リーグ5位5位130586210.483..長嶋茂雄
1978 リーグ2位2位130654916.570508..3.612365長嶋茂雄
1977 日本シリーズ敗退優勝13080464.635648.280181102125545.816長嶋茂雄
1976 日本シリーズ敗退優勝13076459.628..長嶋茂雄

王監督就任後2年続けて3位に終わり、この年こそは結果を残したいチームだったが、5月までは前年の勝ち頭である斎藤雅樹が先発失敗を繰り返すなど2つの勝ち越しにとどまる。6月に入り、新人の桑田真澄がプロ初勝利を完投で挙げるとそこからチームも上向き、6月中旬から7連勝を記録し初めて首位に立つ。前半を2位で終えたチームは後半に入ると、前年の覇者阪神が「死のロード」で脱落したこともあり、広島とのマッチレース状態に入る。8月下旬の直接対決に連勝し、その時点で最大5.5ゲーム差を付けるが、9月に入ると広島が北別府学を始めとする投手陣の活躍で追い上げ、9月23日の直接対決で敗れ首位を明け渡す。さらに次の試合で原辰徳が津田恒実の直球をファウルした際に左手の有鉤骨を骨折する重傷を負い戦列を離脱する大ピンチ。ここで代わりに4番に入ったウォーレン・クロマティが神がかり的な活躍を見せ打線を牽引し、チームは8連勝をマークし広島とのつばぜり合いが続いたが、残り2試合となった10月7日の最下位ヤクルトとの試合で、槙原寛己がマーク・ブロハードに痛恨の本塁打を打たれて敗れ、結局これが響きわずか3厘差でまたしても優勝を逃した。投手陣は野村克也の盟友である皆川睦雄投手コーチが就任したこともあり、チーム防御率が前年の3.96から3.12へと改善された。打撃陣も原やクロマティ、松本匡史らの活躍もあり155本塁打とリーグ2位で、打率は3位の阪神に次ぐ.270をマークした。

チーム成績

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レギュラーシーズン

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開幕オーダー[2]
1 左松本匡史
2 二篠塚利夫
3 中クロマティ
4 三原辰徳
5 右吉村禎章
6 一中畑清
7 遊河埜和正
8 捕山倉和博
9 投江川卓
1986年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 最終成績
1位 広島-- 広島-- 広島-- 広島-- 巨人-- 巨人-- 広島--
2位 巨人3.0 巨人5.0 巨人1.5 巨人0.0 広島2.5 広島1.5 巨人0.0
3位 大洋3.5 大洋 阪神6.0 阪神3.5 阪神7.5 阪神10.5 阪神13.5
4位 阪神4.5 阪神6.0 大洋9.5 中日10.5 中日13.5 中日16.5 大洋20.0
5位 中日5.5 中日6.5 中日10.5 大洋12.0 大洋15.5 大洋18.0 中日20.0
6位 ヤクルト7.5 ヤクルト13.5 ヤクルト17.5 ヤクルト13.0 ヤクルト18.0 ヤクルト25.5 ヤクルト27.5

[3][4][5][6][7]

1986年セントラル・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝広島東洋カープ734611.613---
2位読売ジャイアンツ75487.6100.0
3位阪神タイガース606010.50013.5
4位横浜大洋ホエールズ56695.44820.0
5位中日ドラゴンズ54679.44620.0
6位ヤクルトスワローズ49774.38927.5

[1]

オールスターゲーム1986

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  • コーチ
王貞治
  • ファン投票
山倉和博
原辰徳
吉村禎章
  • 監督推薦
サンチェ(途中離脱)
加藤初
江川卓
西本聖(途中補充)
篠塚利夫

できごと

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入団・退団 

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選手名 背番号 前所属 備考
投手
桑田真澄 18

退団

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選手名 背番号 退団区分 去就
投手
定岡正二 20 現役引退 スポーツキャスター

選手・スタッフ

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[8][9]

表彰選手

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リーグ・リーダー

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受賞者なし

ベストナイン

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篠塚利夫(二塁手、2年ぶり4度目)
ウォーレン・クロマティ(外野手、初受賞)
吉村禎章(外野手、初受賞)
中畑清(一塁手、5年連続5度目)
篠塚利夫(二塁手、2年ぶり4度目)

ドラフト

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順位選手名ポジション所属結果
1位 木田優夫投手日本大学明誠高入団
2位 水沢薫投手河合楽器入団
3位 高田誠捕手法政大学入団
4位 樽見金典投手柳川高入団
5位 勝呂博憲内野手日本通運翌年シーズン後に入団
6位 緒方耕一内野手熊本工業高入団

出典

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  1. 1 2 “年度別成績 1986年 セントラル・リーグ”. 日本野球機構. 2016年12月16日閲覧。
  2. ↑ 『読売新聞』1986年4月7日付朝刊、14版、17面
  3. ↑ 『読売新聞』1986年5月1日付朝刊、14版、16面
  4. ↑ 『読売新聞』1986年6月1日付朝刊、14版、16面
  5. ↑ 『読売新聞』1986年6月30日付朝刊、14版、15面
  6. ↑ 『読売新聞』1986年8月1日付朝刊、14版、17面
  7. ↑ 『読売新聞』1986年9月1日付朝刊、14版、17面
  8. ↑ “読売巨人軍公式HP 背番号変遷”. 読売ジャイアンツ. 2016年12月16日閲覧。
  9. ↑ 『日本プロ野球80年史 1934-2014』 【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7。
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