1986年の鈴鹿8時間耐久ロードレース
| 1986年の鈴鹿8時間耐久ロードレース | |||
| 前年: | 1985 | 翌年: | 1987 |
| 1986 FIM世界耐久選手権 第3戦 鈴鹿8時間耐久ロードレース | ||
|---|---|---|
| 日付 | 1986年7月27日 | |
| 開催地 | ||
| コース | 常設サーキット 5.91358 km (3.67453 mi) | |
| 距離 | 8時間 | |
| レース | ||
| ポールポジション | ||
| ライダー | チームHRC | |
| タイム | 2'18.923 | |
| ファステストラップ | ||
| ライダー | ||
| タイム | 2'. | |
| 表彰台 | ||
| 優勝 | チームHRC | |
| 2位 | マールボロ・ヤマハ・ディーラーチーム | |
| 3位 | ヨシムラMOTUL | |
1986年の鈴鹿8時間耐久ロードレース (1986 Suzuka 8hours Endurance Road Race、1986ねんのすずか8じかんたいきゅうろーどれーす)は、世界耐久選手権の1986年シーズン第3戦として、7月25日から27日にかけて三重県の鈴鹿サーキットで開催された[1]。
概要
[編集]1986年大会
[編集]大会3連覇を目指すホンダ・ワークス (HRC)は前年ウイナーであるワイン・ガードナーのパートナーにWGP250参戦中のドミニク・サロンを起用。HRCはもう1チーム、全日本500ccクラスでのエース木下恵司と、AMAアメリカ・ホンダのスーパーバイクチャンピオンウェイン・レイニーのコンビで参戦を発表していたが、レイニーがアメリカでのレース中に負傷したため鈴鹿参戦が実現できず、代役としてオーストラリアのマルコム・キャンベルが木下のパートナーとなった[2]。
ヤマハ・ワークスは前年優勝チェッカー目前で勝利を逃したケニー・ロバーツと平忠彦がそれぞれ別チームから参戦[3]。ロバーツのパートナーはこの年に立ち上げた「チーム・ラッキーストライク・ロバーツ」からWGP500にフル参戦中のマイク・ボールドウィンとなった[4]。ボールドウィンは移籍前のホンダ所属時代に3度('78/'81/'84)鈴鹿8耐優勝歴があり、自身の持つこの時点での最多優勝記録更新のチャンスを得た。一方の平は、WGP500世界ランキング3位の実力者クリスチャン・サロンと組み、前年同様に資生堂TECH21チームでの参戦となる[5]。
スズキ勢は、ヨシムラチューンを施された油冷エンジン搭載のスズキ・GSX-R750で全日本選手権・TT F1クラス王者の走りを見せる辻本聡と、WGP500へのスポット参戦を開始し始めた22歳のヤング・アメリカンケビン・シュワンツを組ませた[6]。ヨシムラからはもう1組、国際A級ルーキーコンビの宮崎祥司&大島行弥組(30号車)も出走するが、辻本・シュワンツ組はミシュランタイヤ、宮崎・大島組はダンロップタイヤを使用する。また、島田紳助が千石清一のために組織した「チームシンスケ」の監督として8耐挑戦を開始するにあたり、前年型(辻本の全日本タイトル獲得車)のヨシムラスズキ・GSX-R750がチームシンスケに貸与された[7]。ケンウッド・スズキ(スズキ・フランス)からは耐久スペシャリストのエルブ・モアノーがGSX-R750/3号車で参戦する。
日本のコンストラクター・モリワキは、WGP500にデビューしヨーロッパへ遠征していた八代俊二と、国内でTT F1クラスを戦う宮城光のコンビで参戦するが、空冷であるホンダ・CBXのエンジンをベースにして設計された「Zero X7」はメーカーワークスの最新マシンと比して非力となりつつあり、着実に完走を目指す作戦を採ったため速さより安定した走行を優先する我慢の戦いとなった[8]。
海外メーカーは、BMW・K75やビモータ・HB750が参戦。ライダーでは、1978年・1979年のWGP250/350世界チャンピオンであるコーク・バリントンが日本のプライベイターと共同参戦し、GPファンから注目された。バリントンは外見的にほぼノーマルのホンダ・VFR750 RC24(内部にHRCパーツが組み込まれた)で決勝レース中に2度転倒するも8位で完走し選手権ポイントを獲得した[9]。
主催者発表による観客動員数は土曜日の予選で8万3000人、日曜の決勝レースには15万3000人の観衆が鈴鹿サーキットに来場。新聞・雑誌・テレビ報道関係では報道用プレスパスを求める申請数が約800名に及んだ[10]。
予選結果
[編集]| 順位 | No. | チーム | 車両 | タイヤ | タイム | ライダー | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 4 | Team HRC | ホンダ・RVF750 | M | 2'18.923 | ||
| 2 | 2 | ラッキーストライクロバーツ・ヤマハ | ヤマハ・YZF750 | M | 2'20.190 | ||
| 3 | 21 | 資生堂ヤマハTECH21 RT | ヤマハ・YZF750 | M | 2'21.142 | ||
| 4 | 17 | マールボロ・ヤマハ・ディーラーチーム | ヤマハ・FZ750 | M | 2'21.248 | ||
| 5 | 5 | Team HRC | ホンダ・RVF750 | M | 2'21.694 | ||
| 6 | 12 | ヨシムラMOTUL | スズキ・GSX-R750 | M | 2'21.840 | ||
| 7 | 1 | ロスマンズ・ホンダ・フランス | ホンダ・RVF750 | M | 2'21.988 | ||
| 8 | 30 | ヨシムラMOTUL | スズキ・GSX-R750 | D | 2'22.188 | ||
| 9 | 31 | チームレーシングスポーツ | ヤマハ・YZF750 | M | 2'22.358 | ||
| 10 | 40 | モリワキレーシング | モリワキホンダ・Zero X7 | D | 2'23.572 | ||
| 11 | 3 | ケンウッド・スズキ | スズキ・GSX-R750 | M | 2'23.908 | ||
| 12 | 7 | ベネトン ICFスポーツアクション | スズキ・GSX-R750 | D | 2'24.191 | ||
| 13 | 78 | Agipスーパーモンキー | ホンダ・VFR750 | D | 2'24.608 | ||
| 14 | 27 | シンスケレーシングチーム | ヨシムラスズキ・GSX-R750 | D | 2'25.283 | ||
| 15 | 44 | 浜松チームタイタン | スズキ・GSX-R750 | 2'25.459 | |||
| 16 | 89 | チームカナヤ&モトショップ梶ヶ谷 | ヤマハ・FZ750 | D | 2'25.654 | ||
| 17 | 65 | SRSスガヤ | スズキ・RG500Γ | 2'25.779 | |||
| 18 | 8 | ペアスロープ with B! | ホンダ・VFR750 | D | 2'26.073 | ||
| 19 | 67 | 明和レーシングチーム | ホンダ・CBX750 | 2'26.154 | |||
| 20 | 33 | DICレーシングチーム | ヤマハ・FZ750 | D | 2'26.358 | ||
| 21 | 41 | Do!スポーツ&國武舞RT | モリワキホンダ・Zero X7 | D | 2'26.360 | ||
| 22 | 63 | KISSレーシングチーム | ヤマハ・FZ750 | 2'26.410 | |||
| 23 | 94 | 磐田レーシングファミリー | ヤマハ・FZ750 | 2'26.650 | |||
| 24 | 25 | KENZレーシングライダース | スズキ・RG500Γ | D | 2'26.739 | ||
| 25 | 45 | 浜松エスカルゴ | ホンダ・VFR750 | 2'26.837 | |||
- 予選出走90台/予選通過62台
- 太字は予選タイムを記録したライダー。
決勝結果
[編集]| 順位 | No. | チーム | ライダー | 使用車両 | タイヤ | 周回 | タイム | グリッド |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 4 | チームHRC | ホンダ・RVF750 | M | 197 | 8:01'30.738 | 1 | |
| 2 | 17 | マールボロ・ヤマハ・ディーラーチーム | ヤマハ・FZ750 | M | 195 | 8:01'57.584 | 4 | |
| 3 | 12 | ヨシムラMOTUL | スズキ・GSX-R750 | M | 194 | 8:00'07.246 | 6 | |
| 4 | 31 | チームレーシングスポーツ | ヤマハ・YZF750 | M | 191 | 8:01'42.051 | 9 | |
| 5 | 40 | モリワキレーシング | モリワキホンダ・Zero X7 | D | 190 | 8:00'56.499 | 10 | |
| 6 | 7 | ベネトン ICFスポーツアクション | スズキ・GSX-R750 | D | 189 | 8:00'29.651 | 12 | |
| 7 | 10 | Team Motorcycle News | ヤマハ・FZ750 | 188 | 8:00'12.936 | 47 | ||
| 8 | 8 | ペアスロープ with B! | ホンダ・VFR750 | D | 187 | 8:01'10.383 | 18 | |
| 9 | 29 | ブルーヘルメットMSC | ホンダ・CBX750 | 186 | 8:00'15.990 | 39 | ||
| 10 | 30 | ヨシムラMOTUL | スズキ・GSX-R750 | D | 186 | 8:00'50.891 | 8 | |
| 11 | 60 | 浜松チームタイタン | スズキ・GSX-R750 | 186 | 8:00'51.436 | 30 | ||
| 12 | 6 | チーム・イクザワ | ホンダ・VFR750 | D | 186 | 8:01'17.365 | 35 | |
| 13 | 16 | Van Der Wal Endurance Team | ニコ・バッカー・ヤマハ・FZ750 | 185 | 8:00'36.902 | 61 | ||
| 14 | 1 | ロスマンズ・ホンダ | ホンダ・RVF750 | M | 185 | 8:02'18.484 | 7 | |
| 15 | 41 | Do!スポーツ&國武舞レーシング | モリワキホンダ・Zero X7 | D | 184 | 8:01'20.106 | 21 | |
| 16 | 54 | 鈴鹿レーシングチーム | ホンダ・VFR750 | 183 | 8:01'35.254 | 36 | ||
| 17 | 56 | 鈴鹿レーシングチーム | ホンダ・CBX750 | 183 | 8:02'29.324 | 27 | ||
| 18 | 19 | OVER プロト レーシングチーム | ヤマハ・FZ750 | 182 | 8:01'40.496 | 41 | ||
| 19 | 91 | 月木レーシング | カワサキ・GPZ750R | D | 182 | 8:02'32.685 | 37 | |
| 20 | 45 | 浜松エスカルゴRT | ホンダ・VFR750 | 181 | 8:00'30.975 | 25 | ||
| 21 | 18 | Team MOTORRAD & MOTO JURNAL | ヤマハ・FZ750 | 180 | 8:00'16.678 | 29 | ||
| 22 | 50 | ワンダーラビットRT | スズキ・GSX-R750 | 180 | 8:01'22 233. | 55 | ||
| 23 | 11 | 荘レーシングチーム | ホンダ・VFR750 | 179 | 8:00'24.752 | 26 | ||
| 24 | 75 | ステハニー&フルバンク | スズキ・GSX-R750 | 178 | 8:01'04.221 | 42 | ||
| 25 | 90 | ビモータジャパン&ニッケン | ビモータ・HB750 | 178 | 8:02'15 695. | 54 |
- 決勝出走62台/完走40台
各種記録
[編集]併催レース
[編集]- 7月26日 鈴鹿4時間耐久ロードレース
観客データ
[編集]- チケット:1日券大人 4500円 このほか4日券と9日券が設定された[13]。
- 観客動員
- 7月26日(土曜): 8万3000人
- 7月27日(日曜):15万3000人
テレビ放映
[編集]映像ソフト
[編集]関連項目
[編集]脚注
[編集]- ↑ 『CWスペシャル 1986鈴鹿8時間耐久レース特集号』 CBS・ソニー出版、1986年9月10日、11頁。
- ↑ 「RIDER&MACHINES」『鈴鹿8時間耐久オートバイレース公式プログラム』鈴鹿サーキットランド、1988年7月、48頁。
- ↑ 熱狂の時代1986・2年連続リタイア、哀愁漂うTECH21 ヤマハ発動機(2019年6月4日)
- ↑ 8耐を走った王者たち vol.4 ケニー・ロバーツ 鈴鹿8時間耐久レース公式特設サイト (2017年5月6日)
- ↑ 「8耐ウィーク入場券が前売り制に」『グランプリ・イラストレイテッド No.11』 ヴェガ・インターナショナル、1986年8月1日、98頁。
- ↑ 8耐を走った王者たちvol.5 ケビン・シュワンツ 鈴鹿8時間耐久レース公式特設サイト (2017年5月7日)
- ↑ 鈴鹿8耐の知られざるストーリー・チームシンスケが挑んだあの夏の物語 レッドバロンFor R (2022年7月21日)
- ↑ 「モリワキの我慢、悔しさを押し隠し得た5位入賞」『CWスペシャル 1986鈴鹿8時間耐久レース特集号』CBS・ソニー出版、1986年9月10日、30-31頁。
- ↑ 「静かに甦った英雄コーク その実力と情熱に最敬礼」『CWスペシャル 1986鈴鹿8時間耐久レース特集号』 CBS・ソニー出版、1986年9月10日、32頁。
- ↑ 「GPライダーに用意されたもうひとつのステージ SUZUKA 8hours」『サイクルワールド11月号増刊 1986 GRAND PRIX SCENE』CBS・ソニー出版、1986年11月20日、112-114頁。
- ↑ レーススターティンググリッド 鈴鹿サーキット公式サイト (2024年11月30日閲覧)
- ↑ レースオフィシャルリザルト 鈴鹿サーキット公式サイト (2024年11月30日閲覧)
- ↑ 「真夏のドラマの始まり 世界選手権 鈴鹿8時間耐久オートバイレース(FIM公認)」『ライディング No.196』MFJ日本モーターサイクルスポーツ協会、1986年7月1日、18頁。