1987、ある闘いの真実
| 1987、ある闘いの真実[1] | |
|---|---|
| 1987 | |
| 監督 | チャン・ジュナン[1](張俊煥) |
| 脚本 | キム・ギョンチャン |
| 製作 |
イ・ウジョン チャン・ヨンファン |
| 出演者 |
キム・ユンソク[1] ハ・ジョンウ[1] ユ・ヘジン[1] キム・テリ[1] ソル・ギョング[1] カン・ドンウォン[1] パク・ヘスン[1] イ・ヒジュン[1] ヨ・ジング[1] |
| 音楽 | キム・テソン |
| 撮影 | キム・ウヒョン |
| 編集 | ヤン・ジンモ |
| 製作会社 |
友情フィルム 映画社ヨンドゥ |
| 配給 | CJエンタテインメント |
| 公開 |
|
| 上映時間 | 129分[1] |
| 製作国 |
|
| 言語 | 韓国語 |
| 製作費 | 150億ウォン |
| 興行収入 | 581億ウォン[4] |
| 1987、ある闘いの真実 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | 1987 (일구팔칠) |
| 発音: | イルグパルチル |
| 英題: | 1987: When the Day Comes |
『1987、ある闘いの真実』(いちきゅうはちなな、あるたたかいのしんじつ、原題:1987)は、2017年公開の韓国映画。1987年1月14日の学生運動家朴鍾哲拷問致死事件から6月民主抗争に至る大韓民国(韓国)の民主化闘争を様々な人物から描く[5]群像劇。
韓国では2017年12月27日に公開され、1か月余りで観客動員数700万人を超えた[6]。2018年8月29日時点で、上映スクリーン数1299、観客動員数723万1830人、興行収入5237万9028アメリカ合衆国ドルに達した[2]。
あらすじ
[編集]1987年1月14日、チョン・ドファン大統領による軍事政権下にあった韓国の警察施設(南営洞対共分室)内で、ソウル大学生のパク・ジョンチョルが死亡した。治安本部対共捜査処のパク・チョウォン処長は直ちに火葬するよう命じるが、死因に疑問を持ったソウル地検のチェ・ファンは遺体の解剖を命じた。警察は拷問の疑惑を否定するが、司法解剖の結果は「拷問による窒息死」とされ、チェ検事はその資料を秘かに新聞社に提供し事実が明るみに出る。パク所長ら当局は世間の批判をかわそうと、拷問致死に関わった5名の警察官のうち、実行者以外の2名の刑事を逮捕し、刑を軽くする約束で収監した。
収監された刑務所には、元東亜日報記者のイ・ブヨンが収監されていた。内通者の看守ハン・ビョンヨンと協力しながら、刑務所内の情報を民主化活動家キム・ジョンナムに秘密裡に流していた。そして、ビョンヨンの姪のヨニはその橋渡しを手伝っていた。ある日ヨニは、学生デモと機動隊のせめぎ合いに巻き込まれてしまうが、大学生活動家のイ・ハニョルに助けられ彼に淡い恋心を抱く。その頃、獄中のイ・ブヨンは拷問事件の重要情報を入手し、ビョンヨンを通じてジョンナムに渡そうとするが、ビョンヨンはジョンナムに接触する前に逮捕され過酷な拷問を受ける。
姪のヨニは叔父が所持するその情報を家で見つけ、ハニョルの助けを得て教会に潜伏していたジョンナムに渡し、さらに天主教正義具現全国司祭団代表のキム・スンワン神父に託される。情報を入手したスンワン神父はミサの場で、拷問致死事件関係者の名前と、隠蔽工作など事件の真相を明らかにし、それら全てが報道されてパク所長ら関係者全員が逮捕された。
この事件解明を機に民主化運動は更に加熱するが、6月9日、デモに参加していたハニョルが機動隊の催涙弾を受けて重体に陥った。それを新聞で知ったヨニは思わず街に飛び出し、民主化運動の市民の輪に自ら加わり、バスの上から拳を振り上げるのだった。
キャスト
[編集]- 朴處源(パク・チョウォン)
- 演 - キム・ユンソク、日本語吹替 - 山路和弘[7]
- 内務部治安本部対共捜査処長。脱北者。
- 崔桓(チェ・ファン)
- 演 - ハ・ジョンウ、日本語吹替 - 内田夕夜[7]
- ソウル中央検察庁公安部長。検事。
- ハン・ビョンヨン
- 演 - ユ・ヘジン、日本語吹替 - 小野健一[7]
- 永登浦刑務所の刑務官。
- ヨニ
- 演 - キム・テリ、日本語吹替 - 早見沙織[7]
- 延世大学新入生。ハン・ビョンヨンの姪。
- 李韓烈(イ・ハニョル)
- 演 - カン・ドンウォン、日本語吹替 - 野島裕史[7]
- 延世大学校の学生。漫画サークルに所属。
- 朴鍾哲(パク・ジョンチョル)
- 演 - ヨ・ジング、日本語吹替 - 阿部大樹[7]
- ソウル大学校の学生。警察による拷問で死亡。
- キム・ジョンナム
- 演 - ソル・ギョング、日本語吹替 - 咲野俊介[7]
- 民主化運動家。民主化運動で指名手配され、逃亡中。
- 趙漢慶(チョ・ハンギョン)
- 演 - パク・ヒスン、日本語吹替 - 辻井健吾[7]
- 対共捜査処班長。
- 尹相参(ユン・サンサム)
- 演 - イ・ヒジュン、日本語吹替 - 中村和正[7]
- 東亜日報社会部記者。
- 李富榮(イ・ブヨン)
- 演 - キム・ウィソン
- 元東亜日報記者、元民主統一民衆運動連合常任委員長[8]。5・3仁川事態で逮捕され、収監中。
- 金勝勲(キム・スンフン)
- 演 - チョン・インギ
- 神父、民主化運動家、天主教正義具現全国司祭団代表。
- 咸世雄(ハム・セウン)
- 演 - イ・ファリョン
- 神父、民主化運動家、天主教正義具現全国司祭団ソウル大教区広報局長。
- 姜玟昌(カン・ミンチャン)
- 演 - ウ・ヒョン
- 内務部治安本部長。
- 張世東(チャン・セドン)
- 演 - ムン・ソングン
- 国家安全企画部長。全斗煥大統領の最側近の一人。
- 安裕(アン・ユ)
- 演 - チェ・グァンイル
- 永登浦刑務所の保安係長。
- 吳演相(オ・ヨンサン)
- 演 - イ・ヒョンギュン
- 中央大学龍山病院に勤務する内科医。
- 黄迪駿(ファン・ジョクジュン)
- 演 - キム・スンフン
- 国立科学捜査研究院の解剖検査医。
- 朴正基(パク・ジョンギ)
- 演 - キム・ジョンス
- 朴鍾哲の父親。
- パク・ウォルキル
- 演 - チョ・ウジン
- 朴鍾哲の叔父。
- イ・ホンギュ
- 演 - ソ・ヒョヌ
- ソウル中央検察庁公安4課長。
- シン・ソンホ
- 演 - イ・シンソン
- 中央日報記者。
- ユ・ジョンバン
- 演 - ユ・スンモク
- 対共捜査処第5課長。
- パク・ウォンテク
- 演 - ヒョン・ボンシク
- 対共捜査処第2係長。
- ファン・ジョンウン
- 演 - パク・チファン
- 対共捜査処刑事。
- 治安本部情報局長
- 演 - イム・チョリョン
- ヨニの母
- 演 - キム・スジン
- 中央日報社会部長
- 演 - オ・ダルス
- 東亜日報社会部長
- 演 - コ・チャンソク
スタッフ
[編集]- 監督:チャン・ジュナン
- 脚本:キム・ギョンチャン
- 脚色:キム・ギョンチャン、イ・ウジョン、チャン・ジュナン
- 制作:イ・ウジョン
- プロデューサー:チャン・ヨンファン
- 助監督:キム・スンハン、キム・ミンソン
- 撮影:キム・ウヒョン(C.G.K)
- 照明:キム・スンギュ
- 同時録音:チョン・グァンホ
- 美術:ハン・アルム
- 衣装:チェ・ギョンファ、イ・ウニ
- メイク:ファン・ヒョング、キム・チョンジャ
- 武術:パク・ヨンシク、チョン・ソンホ
- 特殊効果:パク・ヨソプ
- 特殊メイク:クァク・テヨン、ファン・ヒョギュン
- 編集:ヤン・ジンモ
- 音楽:キム・テソン
- サウンド:キム・ソクウォン
- 視覚効果:ホン・ジョンホ
- デジタル色補正:カン・サンウ
- 製作会社:友情フィルム、映画社ヨンドゥ
- 提供・配給:CJエンタテインメント
- 字幕翻訳:小寺由香
- 吹替翻訳:田辺佳子
- 吹替演出:市来満
登場人物と実際の事件との比較
[編集]- キム・ジョンナム(ソル・ギョング) - 同名の民主化運動家のキム・ジョンナム(金正男、김정남)がモデル。映画では寺院や教会が潜伏先として描写されているが、実際はソウル駅村洞にある弁護士の高泳耉(コ・ヨング)の家に匿われていた[9]。1993年2月25日に金泳三が大統領に就任するとキム・ジョンナムは大統領秘書室の教育文化社会首席秘書官に就任した[10][11]。
- ヨニ(キム・テリ) - 延世大学校新入生のヨニは架空の人物である。監督のチャン・ジュナンは「その当時いた、多くの人々の心情を代弁する人物」として意図的にヨニというキャラクターを設定したという[12]。
- ハン・ビョンヨン(ユ・ヘジン) - 刑務官のハン・ビョンヨンは、実在する「ハン・ジェドン(한재동)」と「チョン・ビョンヨン(전병용)」という二人の刑務官を組み合わせて作られたキャラクターである。チョン・ビョンヨンは事件当時は刑務官を退職していたが、外部への連絡に協力した[13]。ハン・ビョンヨンは成人向け週刊誌『サンデー・ソウル』の中に文書を入れて、キム・ジョンナムら民主運動家と刑務所内との情報の連絡を行ったが、実際は収監者にティッシュペーパーで手紙を書かせ、それを外部に運んでいた。また、ハン・ジェドンもチョン・ビョンヨンも映画のようには拷問は受けていない。
- 治安本部情報局長(イム・チョリョン) - 映画の中で情報局長は対共捜査処長のパク・チョウォンと対立する。事件当時の治安本部の情報局長は金又鉉(キム・ウヒョン)といった。1987年5月29日にパク・チョウォンが当局に拘束[14]されると、金又鉉はそのあとを受けて治安本部第5次長に就任した。1990年6月には慶尚北道知事に就任した。
エピソード
[編集]- 拷問死した朴鍾哲は釜山の出身で、地元の惠光高等学校を卒業[15]後、1年浪人してソウル大学校に入学した[16]。キム・ユンソクとオ・ダルスも惠光高等学校の同窓生である。キム・ユンソクは朴鍾哲の2年後輩で、オ・ダルスは3年または4年後輩である[17][18]。
- ムン・ソングンの父親は民主化運動の指導者で元民主統一国民会議議長の文益煥(ムン・イクァン)。文益煥は映画の最後に出てくる朴鍾哲の葬儀の実際のニュース映像の中に登場する。
- 治安本部長を演じたウ・ヒョンは学生時代、6月民主抗争の闘士として活躍した。延世大学校在籍時は総学生会社会部長として、総学生会会長の禹相虎(ウ・サンホ)を支えた[19]。1987年7月9日に行われた李韓烈の追悼集会でウ・ヒョンと禹相虎が李韓烈の遺影を持って泣いている写真はメディアなどで報じられることが多い[20]。
- チャン・ジュナン監督の妻のムン・ソリはラストのデモシーンでスローガンを叫ぶ声のみで出演。それとともにデモの演技指導を引き受けた[21]。
受賞とノミネート
[編集]| 賞 | 部門 | 対象 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 第39回青龍映画賞 | 作品賞 | 『1987、ある闘いの真実』 | 受賞 |
| 監督賞 | チャン・ジュナン | ノミネート | |
| 主演男優賞 | キム・ユンソク | 受賞 | |
| 助演男優賞 | ユ・ヘジン | ノミネート | |
| 脚本賞 | キム・ギョンチャン | ノミネート | |
| 撮影照明賞 | キム・ウヒョン、キム・スンギュ | 受賞 | |
| 編集賞 | ヤン・ジンモ | ノミネート | |
| 音楽賞 | キム・テソン | ノミネート | |
| 美術賞 | ハン・アルム | ノミネート | |
| 技術賞(衣装) | チェ・ギョンファ、イ・ウニ | ノミネート | |
| 第55回大鐘賞 | 作品賞 | 『1987、ある闘いの真実』 | ノミネート |
| 監督賞 | チャン・ジュナン | 受賞 | |
| 主演男優賞 | キム・ユンソク | ノミネート | |
| 主演女優賞 | キム・テリ | ノミネート | |
| 脚本賞 | キム・ギョンチャン | ノミネート | |
| 撮影賞 | キム・ウヒョン、キム・スンギュ | ノミネート | |
| 編集賞 | ヤン・ジンモ | ノミネート | |
| 音楽賞 | キム・テソン | ノミネート | |
| 照明賞 | キム・スンギュ | ノミネート | |
| 衣装賞 | チェ・ギョンファ、イ・ウニ | ノミネート | |
| 企画賞 | イ・ウジョン | 受賞 | |
| 第54回百想芸術大賞 | 大賞(映画部門) | 『1987、ある闘いの真実』 | 受賞 |
| 作品賞 | 『1987、ある闘いの真実』 | ノミネート | |
| 監督賞 | チャン・ジュナン | ノミネート | |
| 最優秀演技賞(男) | キム・ユンソク | 受賞 | |
| 助演賞(男) | パク・ヒスン | 受賞 | |
| 脚本賞 | キム・ギョンチャン | 受賞 | |
| 第38回韓国映画評論家協会賞 | 作品賞 | 『1987、ある闘いの真実』 | 受賞 |
| 音楽賞 | キム・テソン | 受賞 | |
| 映画評論家11選 | 『1987、ある闘いの真実』 | 受賞 | |
| 第18回ディレクターズ・カット・アワーズ | 今年の監督賞 | チャン・ジュナン | 受賞 |
| 今年の脚本賞 | キム・ギョンチャン | 受賞 | |
| 今年の特別言及 | チャン・ジュナン | 受賞 | |
| 第19回今年の女性映画人賞[注 1] | 技術賞 | チェ・ウナ | 受賞 |
| 広報マーケティング賞 | エンドクレジット | 受賞 | |
| シネ21今年の映画・映画人[注 2] | 今年の監督賞 | チャン・ジュナン | 受賞 |
| 今年の男優賞 | キム・ユンソク | 受賞 | |
| 今年の脚本賞 | キム・ギョンチャン | 受賞 | |
| 今年の映画賞 | 『1987、ある闘いの真実』 | 3位 | |
| 第20回ウーディネ極東映画祭 | 観客賞 | チャン・ジュナン | 受賞 |
| ブラックドラゴン観客賞 | チャン・ジュナン | 受賞 | |
| 第12回アジア・フィルム・アワード | 主演男優賞 | キム・ユンソク | ノミネート |
脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ 2000年4月、中央大学校演劇映画学部教授のチュ・ジンスク(주진숙、女性)らが中心となって「女性映画人会(여성영화인모임、Women in Film Korea)」が設立された。同年より「今年の女性映画人賞(올해의 여성영화인상)」を毎年開催している。チュ・ジンスクは2001年に『女性映画人事典(여성영화인사전)』を出版した[22][23][24]。
- ↑ 1995年4月14日、韓国初の映画週刊誌『シネ21』がハンギョレ新聞社から創刊された[25]。初代編集長はハンギョレ紙の女性記者のチョ・ソンヒだった。そして翌1996年に「シネ21映画賞(씨네21 영화상)」がつくられ、1998年まで毎年2月に授賞式が行われた。同年12月からは『シネ21』誌上に毎年発表される「今年の映画、今年の映画人」に改編された[26]。
出典
[編集]- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 “1987、ある闘いの真実”. キネマ旬報映画データベース. キネマ旬報社. 2018年8月30日閲覧。
- 1 2 “1987: When the Day Comes (2017)” (英語). 韓国映画振興委員会. 2018年8月30日閲覧。
- 1 2 3 4 “韓片《1987》即將登陸北美和亞洲院線” (中国語). 聯合ニュース (2018年1月4日). 2018年8月30日閲覧。
- ↑ “韓国映画振興委員会 歴代ボックスオフィス”. 韓国映画振興委員会. 2019年9月15日閲覧。
- ↑ “韓国映画、民主化や言論統制描く 前政権の圧力越えて”. 日本経済新聞夕刊. 日本経済新聞社 (2018年8月27日). 2018年8月30日閲覧。
- ↑ “[芸能]映画「1987」 観客動員数700万人突破”. 聯合ニュース (2018年8月27日). 2018年8月30日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 「1987、ある闘いの真実」株式会社twin - ツイン。2019年9月30日閲覧。
- ↑ “이부영, 정계은퇴 선언…"멍에 내려놓고 떠난다"”. 조선일보 (2015年2月11日). 2026年6月10日閲覧。
- ↑ “급히 적네, 박종철 사건이 조작됐네..6월 부른 '감옥 편지'”. 한겨레 (2017年6月10日). 2026年6月1日閲覧。
- ↑ 강희철 (2007年6月10日). “‘박종철 고문치사’ 조작 폭로‘이부영 메모’ 첫공개”. 한겨레. 2026年6月10日閲覧。
- ↑ 김태완 (2010年10月). “박종철 고문치사 은폐·조작 사건 내부고발자, 23년 만에 밝혀져”. 월간조선. 2019年8月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年6月13日閲覧。
- ↑ “31年前に韓国でなにが起きたのか。チャン・ジュナン監督が語る“民主化運動”のいま”. MOVIE WALKER PRESS (2018年9月5日). 2026年6月1日閲覧。
- ↑ 정희상 (2018年7月26日). “‘1987 비둘기’ 날린 어느 민주 교도관”. 시사IN. 2026年6月1日閲覧。
- ↑ 『月刊朝鮮資料』1987年8月号、朝鮮問題研究所、91-96頁。
- ↑ “열사·희생자·민주인사 추모”. 민주화운동기념사업회. 2026年2月11日閲覧。
- ↑ “진보정당 '깃발'로 부활하는 박종철”. 오마이뉴스 (2002年1月14日). 2026年6月18日閲覧。
- ↑ “뉴스인사이드 김윤석·오달수·우현, 영화 ‘1987’이 각별한 이유”. 동아일보 (2017年11月30日). 2026年6月15日閲覧。
- ↑ 구영식 (2018年1月8日). “영화 <1987>, 조국과 김윤석·오달수의 공통점”. 오마이뉴스. 2026年6月18日閲覧。
- ↑ “‘1987’ 치안본부장 우현, 알고보니 6월 항쟁 주역…‘썰전’ 우상호의 기억”. 중앙일보 (2018年1月12日). 2026年6月15日閲覧。
- ↑ “모친 제사 앞두고 '출당' 권유받은 우상호…이한열 어머니 "힘내라"”. 파이낸셜뉴스 (2021年6月9日). 2026年7月21日閲覧。
- ↑ “비하인드 스토리 영화 '1987'에 배우 문소리 목소리가?”. 인터뷰365 (2017年12月27日). 2026年6月16日閲覧。
- ↑ ““破格イメチェン”も話題に!女優キム・ゴウン、「今年の女性映画人賞」で演技賞を受賞”. シネマカフェ (2024年12月9日). 2026年2月20日閲覧。
- ↑ “女優ムン・グニョン、今年制定された女性映画人賞の「カン・スヨン賞」に選定”. KBS WORLD (2022年12月9日). 2026年2月20日閲覧。
- ↑ “俳優ラ・ミラン、今年の女性映画人賞に選定”. KBS WORLD (2024年12月5日). 2026年2月20日閲覧。
- ↑ 안창현 (2015年4月12日). “한국영화 1000만 시대 이끌어온 ‘씨네21’ 1000호”. 한겨레. 2026年2月25日閲覧。
- ↑ “독자들이 뽑은 올해의 영화들”. 네이버 엔터 (2016年4月19日). 2026年2月25日閲覧。