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1989年の広島東洋カープ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1989年の広島東洋カープ
成績
セントラルリーグ2位
73勝51敗6分 勝率.589[1]
本拠地
都市 広島県広島市
球場 広島市民球場
球団組織
オーナー 松田耕平
経営母体 松田家(マツダ創業者一族)
監督 山本浩二
選手会長 達川光男
キャッチフレーズ
Winning Smile
« 1988
1990 »

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1989年の広島東洋カープ(1989ねんのひろしまとうようカープ)では、1989年における広島東洋カープの動向をまとめる。

この年の広島東洋カープは、山本浩二監督の1年目のシーズンである。

概要

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阿南準郎前監督の勇退を受け、1986年まで長く赤ヘルの4番を打った山本浩二がこの年から監督に就任。山本新監督はかつての同僚である大下剛史をヘッドコーチ、池谷公二郎を投手コーチ、水谷実雄を打撃コーチで招聘[2]。また開幕前には1973年からのプルオーバーユニフォームを廃止して、シンシナティ・レッズ風にモデルチェンジ。袖のラインから紺色が廃止され、帽子のCマークも白一色に変更されるなどイメージチェンジを図ったチームは5月まで巨人と首位争いを演じるなど好調だったが、夏場以降は巨人にゲーム差を広げられ結局4年ぶりの2位でシーズンを終了。投手陣では三本柱の北別府学と大野豊と川口和久を擁し、守護神には津田恒実が控えるなど盤石で川口が最多奪三振、津田が最優秀救援に輝いた。打撃陣は新外国人のウェイド・ロードンとロッド・アレンが加入して戦力を一新。ロードンは3割・22本塁打でまずまずの成績をあげたが、アレンは前半戦本塁打が出ないなど不振にあえいだものの夏場以降は11本塁打を放って復調し、来期につなげた。両外国人の活躍が目立ったが、それ以外の選手でも正田耕三が盗塁王に輝き、若手でもルーキーの野村謙二郎が高橋慶彦の控えながらも一軍に定着した。シーズン終了後チームの切り込み隊長だった高橋がロッテにトレードで移籍し、チームは転換期を迎えることになる。

広島東洋カープの当年及び近年のシーズン成績
年 最終成績 リ
丨
グ
試
合
勝 敗 分 勝
率
総
得
点
総
失
点
打
率
本
塁
打
盗
塁
犠
打
四
死
球
O
P
S
防
御
率
完
投
失
策
監
督
1989 リーグ2位2位13073516.589510431.271101117120473.7313.012873山本浩二
1988 リーグ3位3位13065623.512447442.24410598130463.6813.064272阿南準郎
1987 リーグ3位3位130655510.542549450.268143107130439.7513.143272阿南準郎
1986 日本シリーズ敗退優勝130734611.613511420.254137134101385.7152.893886阿南準郎
1985 リーグ2位2位13068575.544615570.271160178125558.7744.133776古葉竹識
1984 日本一優勝130754510.625635494.274167140118472.7853.374191古葉竹識
1983 リーグ2位2位130655510.542610527.269164165116464.7703.654992古葉竹識
1982 リーグ4位4位130595813.504513493.2541399984420.7163.304390古葉竹識
1981 リーグ2位2位13067549.554605519.2741815482426.7793.664384古葉竹識
1980 日本一優勝130734413.624544476.26316110888463.7563.373666古葉竹識
1979 日本一優勝130675013.573..古葉竹識

チーム成績

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レギュラーシーズン

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オーダー変遷
開幕:4/85/26/17/18/29/2
1 遊高橋慶彦 遊高橋慶彦遊高橋慶彦遊高橋慶彦二正田耕三二正田耕三
2 二正田耕三 二正田耕三二正田耕三二正田耕三右山崎隆造中山崎隆造
3 三ロードン 三ロードン三ロードン三ロードン三ロードン三ロードン
4 一長内孝 一小早川毅彦一小早川毅彦一小早川毅彦一小早川毅彦一小早川毅彦
5 左アレン 右長内孝左小川達明[注 1]左アレン[注 2]左アレン左アレン
6 中長嶋清幸 左アレン右山崎隆造中長嶋清幸遊高橋慶彦右西田真二
7 右山崎隆造 中長嶋清幸中長嶋清幸右山崎隆造中長嶋清幸遊高橋慶彦
8 捕達川光男 捕達川光男捕達川光男捕達川光男捕植田幸弘捕達川光男
9 投北別府学 投川口和久投白武佳久投北別府学投大野豊投大野豊

[3]

1989年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 最終成績
1位 広島-- 広島-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人--
2位 巨人3.5 巨人0.0 広島2.5 広島7.0 広島8.0 広島4.5 広島9.0
3位 ヤクルト8.0 阪神10.5 阪神15.5 中日14.0 中日13.0 中日13.0 中日15.5
4位 阪神8.0 ヤクルト11.5 ヤクルト15.5 ヤクルト20.0 ヤクルト24.5 ヤクルト23.0 ヤクルト28.5
5位 中日8.0 中日12.0 中日 阪神22.0 阪神29.0 阪神28.0 阪神30.5
6位 大洋8.5 大洋14.0 大洋17.0 大洋24.0 大洋30.5 大洋33.5 大洋36.5
1989年セントラル・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝読売ジャイアンツ84442.656---
2位広島東洋カープ73516.5899.0
3位中日ドラゴンズ68593.53515.5
4位ヤクルトスワローズ55723.43328.5
5位阪神タイガース54751.41930.5
6位横浜大洋ホエールズ47803.37036.5

オールスターゲーム1989

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  • コーチ
山本浩二
  • 監督推薦
津田恒美
長冨浩志
川口和久
達川光男
正田耕三
長内孝(補充選手)

できごと

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・5月31日の対中日6回戦で北別府学が通算2500投球回を達成
・6月4日、対大洋3回戦で1回裏に高橋慶彦、正田耕三、ロードンが先頭打者から3連続本塁打を記録
・6月6日、対ヤクルト9回戦で高橋慶彦が通算456盗塁を記録し、歴代5位となる
・6月7日、対ヤクルト10回戦で川口和久が通算1000奪三振を記録(球団OBの江夏豊に次ぐスピード記録)
・7月18日、対ヤクルト13回戦で高橋慶彦が通算150本塁打を達成
・8月8日、対巨人18回戦で高橋慶彦が通算1500試合出場を達成
・9月17日、対中日22回戦で山崎隆造が通算1000試合出場を達成
・9月24日、対大洋22回戦で達川光男が通算1000試合出場を達成
・9月27日、対巨人23回戦で大野豊が通算100勝を達成
・9月30日、対阪神23回戦で長嶋清幸が通算1000試合出場を達成

選手・スタッフ

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[4]

表彰選手

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リーグ・リーダー
選手名タイトル成績回数
正田耕三 盗塁王34個初受賞
川口和久 最多奪三振192個2年ぶり2度目
津田恒実 最優秀救援投手40SP初受賞
ベストナイン
選手名ポジション回数
正田耕三二塁手2年連続2度目
ゴールデングラブ賞
選手名ポジション回数
正田耕三二塁手3年連続3度目
ロードン三塁手初受賞

ドラフト

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順位選手名ポジション所属結果
1位 佐々岡真司投手NTT中国入団
2位 仁平馨外野手宇都宮工業高入団
3位 前間卓投手鳥栖高入団
4位 前田智徳外野手熊本工業高入団
5位 山口晋投手島田商業高入団
6位 浅井樹外野手富山商業高入団

脚注

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注釈

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  1. ↑ 偵察メンバーの長冨浩志と交代。
  2. ↑ 偵察メンバーの白武佳久と交代。

出典

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  1. ↑ “年度別成績 1989年 セントラル・リーグ”. 日本野球機構. 2016年9月9日閲覧。
  2. ↑ “監督就任 成功体験で猛練習課す 生きて・広島東洋カープ元選手・監督 山本浩二さん(1946年~)⑰”. 中國新聞デジタル. 2024年2月16日閲覧。
  3. ↑ 『日本プロ野球記録年鑑 ベースボール・レコード・ブック1990』ベースボール・マガジン社、1989年。ISBN 4-583-02810-5。
  4. ↑ 『日本プロ野球80年史 1934-2014』 【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7。
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