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1989年の読売ジャイアンツ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1989年の読売ジャイアンツ
成績
日本一
日本S 4勝3敗(対近鉄)[1]
セントラル・リーグ優勝
84勝44敗2分 勝率.656[2]
本拠地
都市 東京都文京区
球場 東京ドーム
球団組織
オーナー 正力亨
経営母体 読売新聞社
監督 藤田元司
選手会長 原辰徳
スローガン
スルメ野球
« 1988
1990 »

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1989年の読売ジャイアンツ(1989ねんのよみうりジャイアンツ)では、1989年の読売ジャイアンツの動向をまとめる。

この年の読売ジャイアンツは2回目の藤田元司監督体制の1年目(通算4年目)のシーズンである。

概要

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読売ジャイアンツの当年及び近年のシーズン成績
年 最終成績 リ
丨
グ
試
合
勝 敗 分 勝
率
総
得
点
総
失
点
打
率
本
塁
打
盗
塁
犠
打
四
死
球
O
P
S
防
御
率
完
投
失
策
監
督
1989 日本一優勝13084442.656520358.26310677131478.7302.566961藤田元司
1988 リーグ2位2位13068593.535518442.26813463125416.7433.093671王貞治
1987 日本シリーズ敗退優勝130764311.639608447.28115955116366.7763.063168王貞治
1986 リーグ2位2位13075487.610600437.2701558695413.7703.122679王貞治
1985 リーグ3位3位13061609.504616562.27915778114500.7913.962685王貞治
1984 リーグ3位3位13067549.554637517.2681869481501.7953.663980王貞治
1983 日本シリーズ敗退優勝13072508.590622542.27515613489474.7753.773785藤田元司
1982 リーグ2位2位130665014.569511439.254133112103407.7152.935594藤田元司
1981 日本一優勝13073489.603517418.26813511987411.7412.884779藤田元司
1980 リーグ3位3位13061609.504507450.24315383113425.7072.954479長嶋茂雄
1979 リーグ5位5位130586210.483..長嶋茂雄

辞任した王貞治前監督に代わり、藤田元司がこの年から再び就任。藤田監督は就任早々ディフェンス面の再強化を図るべく、西本聖を交換トレードで中日に放出し、代わって一昨年まで中日の正捕手だった中尾孝義を獲得。また前年まで三塁手を守っていた原辰徳を外野に、一塁の中畑清を三塁、遊撃の岡崎郁を一塁にそれぞれコンバートするなど内野陣を再編。さらに捕手陣では山倉和博に代わってレギュラーになった中尾のほか、村田真一を二番手捕手として起用するなど山倉・中尾と競争させた。投手陣では王監督時代はリリーフでの起用が多かった斎藤雅樹が先発に復帰し、槙原寛己・桑田真澄と新三本柱を形成。打線では中畑が故障して控えに回ったものの、原やこの年首位打者で4割近くを打ったウォーレン・クロマティが活躍し、さらに岡崎とこの年から一塁手となった駒田徳広のコンビは「最強の6・7番」と言われた。チームは5月まで広島と首位を争ったが、6月以降は広島に代わって首位に立つとゲーム差を広げていき、10月6日の大洋戦(横浜スタジアム)に5-0で勝って2年ぶりの優勝を果たした。この年の優勝により、当時「ニュースステーション」でキャスターを務めていた久米宏が同番組での企画で公約した通り丸刈りになったことや「NNNニュースプラス1」[3]に出演し万歳三唱したことが話題となり[4]、日本一は近鉄相手に3連敗4連勝の大逆転劇で話題となった[5][6]。

チーム成績

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レギュラーシーズン

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オーダー変遷
開幕:4/85/26/17/18/19/2優勝:10/6
1 三中畑清 右白幡隆宗三中畑清二緒方耕一左緒方耕一右緒方耕一右緒方耕一
2 遊勝呂博憲 遊勝呂博憲遊川相昌弘遊川相昌弘遊川相昌弘遊勝呂博憲遊勝呂博憲
3 二篠塚利夫 二篠塚利夫二篠塚利夫中クロマティ三岡崎郁二篠塚利夫三岡崎郁
4 左原辰徳 左原辰徳左原辰徳左原辰徳中クロマティ中クロマティ中クロマティ
5 中クロマティ 中クロマティ中クロマティ三岡崎郁一駒田徳広三岡崎郁左原辰徳
6 一岡崎郁 三岡崎郁一岡崎郁一駒田徳広二篠塚利夫左原辰徳一駒田徳広
7 右駒田徳広 一駒田徳広右駒田徳広右井上真二右井上真二一駒田徳広二篠塚利夫
8 捕中尾孝義 捕山倉和博捕中尾孝義捕中尾孝義捕中尾孝義捕中尾孝義捕中尾孝義
9 投桑田真澄 投香田勲男投槙原寛己投斎藤雅樹投斎藤雅樹投斎藤雅樹投宮本和知

[7]

1989年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 最終成績
1位 広島-- 広島-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人--
2位 巨人3.5 巨人0.0 広島2.5 広島7.0 広島8.0 広島4.5 広島9.0
3位 ヤクルト8.0 阪神10.5 阪神15.5 中日14.0 中日13.0 中日13.0 中日15.5
4位 阪神8.0 ヤクルト11.5 ヤクルト15.5 ヤクルト20.0 ヤクルト24.5 ヤクルト23.0 ヤクルト28.5
5位 中日8.0 中日12.0 中日 阪神22.0 阪神29.0 阪神28.0 阪神30.5
6位 大洋8.5 大洋14.0 大洋17.0 大洋24.0 大洋30.5 大洋33.5 大洋36.5
1989年セントラル・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝読売ジャイアンツ84442.656---
2位広島東洋カープ73516.5899.0
3位中日ドラゴンズ68593.53515.5
4位ヤクルトスワローズ55723.43328.5
5位阪神タイガース54751.41930.5
6位横浜大洋ホエールズ47803.37036.5

日本シリーズ

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1989年 日本シリーズ
日付試合ビジター球団(先攻)スコアホーム球団(後攻)開催球場
10月21日(土)第1戦読売ジャイアンツ3 - 4近鉄バファローズ藤井寺球場
10月22日(日)第2戦読売ジャイアンツ3 - 6近鉄バファローズ
10月23日(月)移動日
10月24日(火)第3戦近鉄バファローズ3 - 0読売ジャイアンツ東京ドーム
10月25日(水)第4戦近鉄バファローズ0 - 5読売ジャイアンツ
10月26日(木)第5戦近鉄バファローズ1 - 6読売ジャイアンツ
10月27日(金)移動日
10月28日(土)第6戦読売ジャイアンツ3 - 1近鉄バファローズ藤井寺球場
10月29日(日)第7戦読売ジャイアンツ8 - 5近鉄バファローズ
優勝:読売ジャイアンツ(8年ぶり17回目)

[1]

オールスターゲーム1989

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  • 選出選手及びスタッフ
ポジション名前選出回数
コーチ藤田元司
投手槙原寛己2
桑田真澄3
斎藤雅樹初
捕手中尾孝義3
二塁手篠塚利夫8
三野手岡崎郁初
外野手原辰徳9
クロマティ2
井上真二初
  • 太字はファン投票による選出、取消線は出場辞退。

できごと

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選手・スタッフ

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[8][9]

表彰選手

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斎藤雅樹(投手、初受賞)
中尾孝義(捕手、7年ぶり2度目)
ウォーレン・クロマティ(外野手、2年ぶり3度目)
中尾孝義(捕手、7年ぶり2度目)
駒田徳広(一塁手、初受賞)
川相昌弘(遊撃手、初受賞)

ドラフト

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順位選手名ポジション所属結果
1位 大森剛内野手慶應義塾大学入団
2位 川辺忠義投手川崎製鉄千葉入団
3位 吉岡雄二投手帝京高入団
4位 佐久間浩一外野手東海大学入団
5位 鈴木望内野手駒澤大学入団
6位 浅野智治投手岡山南高入団

出典

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  1. 1 2 “1989年度日本シリーズ”. 日本野球機構. 2015年10月19日閲覧。
  2. ↑ “年度別成績 1989年 セントラル・リーグ”. 日本野球機構. 2015年10月19日閲覧。
  3. ↑ この年まで日本テレビのアナウンサーだった徳光和夫がキャスターを務めていた(徳光はフリー転向後も1991年9月まで同番組を担当)。
  4. ↑ 巨人優勝で丸刈りになった久米宏日刊ゲンダイ 2014年1月16日
  5. ↑ “近鉄・加藤哲郎が明かした「巨人はロッテより弱い」発言の真相”. 文春オンライン. 2020年11月25日. 2020年12月1日閲覧.
  6. ↑ 【平成名勝負】1989年日本シリーズ 泣けたよキヨシの有終弾スポーツ報知 2019年4月16日
  7. ↑ 『日本プロ野球記録年鑑 ベースボール・レコード・ブック1990』ベースボール・マガジン社、1989年。ISBN 4-583-02810-5。
  8. ↑ “読売巨人軍公式HP 背番号変遷”. 読売ジャイアンツ. 2015年10月19日閲覧。
  9. ↑ 『日本プロ野球80年史 1934-2014』 【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7。
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