コンテンツにスキップ

1992年の野球

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1992年 > 1992年のスポーツ > 1992年の野球

1992年の野球(1992ねんのやきゅう)では、1992年の野球界における動向をまとめる。

競技結果

[編集]

日本プロ野球

[編集]

ペナントレース

[編集]
1992年セントラル・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝ヤクルトスワローズ69611.531---
2位読売ジャイアンツ67630.5152.0
3位阪神タイガース67632.5152.0
4位広島東洋カープ66640.5083.0
5位横浜大洋ホエールズ61691.4698.0
6位中日ドラゴンズ60700.4629.0
1992年パシフィック・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝西武ライオンズ80473.630---
2位近鉄バファローズ74506.5974.5
3位オリックス・ブルーウェーブ61645.48818.0
4位福岡ダイエーホークス57721.44224.0
5位日本ハムファイターズ54733.42526.0
6位千葉ロッテマリーンズ54742.42226.5

日本シリーズ

[編集]
1992年 日本シリーズ
日付試合ビジター球団(先攻)スコアホーム球団(後攻)開催球場
10月17日(土)第1戦西武ライオンズ3 - 7xヤクルトスワローズ明治神宮野球場
10月18日(日)第2戦西武ライオンズ2 - 0ヤクルトスワローズ
10月19日(月)移動日
10月20日(火)第3戦雨天中止西武ライオンズ球場
10月21日(水)ヤクルトスワローズ1 - 6西武ライオンズ
10月22日(木)第4戦ヤクルトスワローズ0 - 1西武ライオンズ
10月23日(金)第5戦ヤクルトスワローズ7 - 6西武ライオンズ
10月24日(土)移動日
10月25日(日)第6戦西武ライオンズ7 - 8xヤクルトスワローズ明治神宮野球場
10月26日(月)第7戦西武ライオンズ2 - 1ヤクルトスワローズ
優勝:西武ライオンズ(3年連続11回目)

個人タイトル

[編集]
 セントラル・リーグパシフィック・リーグ
タイトル選手球団成績選手球団成績
最優秀選手J.ハウエルヤクルト石井丈裕西武
最優秀新人久慈照嘉阪神高村祐近鉄
最優秀投手斎藤雅樹巨人
沢村栄治賞石井丈裕西武
首位打者J.ハウエルヤクルト.338佐々木誠ダイエー.322
最多本塁打J.ハウエルヤクルト38本O.デストラーデ西武41本
最多打点L.シーツ大洋100打点ブーマーダイエー97打点
最多盗塁飯田哲也ヤクルト33盗塁佐々木誠ダイエー40盗塁
最多安打[1]J.パチョレック阪神159安打佐々木誠ダイエー164安打
最高出塁率T.オマリー阪神.460清原和博西武.401
最多勝利打点[2]J.パチョレック阪神14打点
広沢克己ヤクルト
最優秀防御率盛田幸妃大洋2.05赤堀元之近鉄1.80
最多勝利斎藤雅樹巨人17勝野茂英雄近鉄18勝
最多奪三振仲田幸司阪神194奪三振野茂英雄近鉄228奪三振
最高勝率[3]斎藤雅樹巨人.739石井丈裕西武.833
最優秀救援投手佐々木主浩大洋33SP赤堀元之近鉄32SP

ベストナイン

[編集]
 セントラル・リーグパシフィック・リーグ
守備位置選手球団選手球団
投手斎藤雅樹巨人石井丈裕西武
捕手古田敦也ヤクルト伊東勤西武
一塁手J.パチョレック阪神清原和博西武
二塁手和田豊阪神辻発彦西武
三塁手J.ハウエルヤクルト石毛宏典西武
遊撃手池山隆寛ヤクルト田辺徳雄西武
外野手前田智徳広島佐々木誠ダイエー
飯田哲也ヤクルト秋山幸二西武
L.シーツ大洋高橋智オリックス
指名打者 O.デストラーデ西武

ゴールデングラブ賞

[編集]
 セントラル・リーグパシフィック・リーグ
守備位置球団選手球団選手
投手巨人斎藤雅樹西武郭泰源
捕手ヤクルト古田敦也西武伊東勤
一塁手阪神J.パチョレック西武清原和博
二塁手阪神和田豊西武辻発彦
三塁手阪神T.オマリー西武石毛宏典
遊撃手ヤクルト池山隆寛西武田辺徳雄
外野手阪神亀山努西武秋山幸二
広島前田智徳西武平野謙
ヤクルト飯田哲也ダイエー佐々木誠

オールスターゲーム

[編集]

高校野球

[編集]

大学野球

[編集]

社会人野球

[編集]

メジャーリーグ

[編集]

オリンピック

[編集]

できごと

[編集]

1月

[編集]

2月

[編集]

3月

[編集]

4月

[編集]

5月

[編集]

6月

[編集]
  • 6月1日 - オリックスは一軍投手コーチに米田哲也が就任したと正式に発表[29]。
  • 6月3日 - オリックスの石嶺和彦が日生球場での対近鉄10回戦の六回表に二安打を打ち、プロ通算1000安打を達成[30]。
  • 6月6日 - ダイエーの広永益隆が西武球場での対西武10回戦の六回表に潮崎哲也から4号2点本塁打を打ち、これがパ・リーグ通算30000本塁打となる[31]。
  • 6月10日
    • 中日の長嶋清幸が甲子園球場での対阪神9回戦の二回表に安打を打ち、プロ通算1000安打を達成[32]。
    • 西武の秋山幸二がグリーンスタジアム神戸での対オリックス9回戦に4番・中堅で先発出場し、プロ通算1000試合出場を達成[33]。
  • 6月12日 - 大洋の長内孝がナゴヤ球場での対中日10回戦の五回表に2号2点本塁打を打ち、プロ通算100本塁打を達成[34]。
  • 6月14日 - 阪神の湯舟敏郎が甲子園球場での対広島14回戦に先発し、ノーヒットノーランを達成[35]。
  • 6月24日 - 西武の石毛宏典が西武球場での対ダイエー12回戦の二回裏に安打を打ち、プロ通算1500安打を達成[36]。
  • 6月26日 - 西武の清原和博が西武球場での対オリックス11回戦の一回裏に14号2点本塁打を打ち、プロ通算200本塁打を達成。史上最年少となる24歳10カ月での達成[37]。
  • 6月28日 - ダイエーの山内孝徳が平和台球場での対日本ハム12回戦に先発し今季2勝目を挙げ、プロ通算100勝を達成[38]。

7月

[編集]
  • 7月8日 - 近鉄の新井宏昌が藤井寺球場での対オリックス14回戦の3回裏に三塁打を放ち、プロ通算2000安打を達成[39][40]。
  • 7月10日 - 近鉄の野茂英雄が西武球場での対西武12回戦に先発し、14与四球の一試合最多与四球、5回表には二死無走者から5者連続与四球。いずれもプロ野球ワーストタイ記録[41]。
  • 7月12日 - ロッテの愛甲猛が千葉マリンスタジアムでの対日本ハム16回戦の先発メンバーから外され、パ・リーグの全イニング連続試合出場記録が535試合でストップ[42]。
  • 7月16日 - 広島の北別府学がナゴヤ球場での対中日15回戦で勝利投手となりプロ通算200勝を達成[43][44]。
  • 7月18日 - オールスターゲーム第1戦(甲子園)の5回表、全パの石井浩郎(近鉄)、田辺徳雄(西武)、佐々木誠(ダイエー)が全セの小松辰雄(中日)からオールスター初の3者連続本塁打。試合は6-1でパ・リーグが勝利。MVPは近鉄の石井が受賞[45]。
  • 7月19日 - オールスターゲーム第2戦(マリン)で全セの古田敦也(ヤクルト)がオールスター初のサイクル安打を達成。古田は史上6人目の2年連続MVP[20]。
  • 7月26日
    • バルセロナ五輪で野球が初めて正式種目として実施された。
    • オリックスは対ダイエー戦(グリーンスタジアム神戸)の8回に打者16人で9安打2四球の日本プロ野球記録の1イニング12連続得点。1イニング12点はパ・リーグタイ記録。試合は18対4でオリックスが勝利[46]。
  • 7月29日 - ヤクルトのジャック・ハウエルが明治神宮野球場での対広島15回戦で、日本プロ野球史上44人目のサイクル安打達成。外国人選手ではダリル・スペンサー以来2人目[47]。
  • 7月31日
    • オリックスの松永浩美が西武球場での対西武17回戦の9回表に安打を放ち、プロ通算1500安打を達成。史上64人目[48]。
    • 中日の長嶋清幸がナゴヤ球場での対ヤクルト15回戦の9回裏に本塁打を放ち、プロ通算100本塁打を達成。史上172人目[49]。

8月

[編集]

9月

[編集]
  • 9月1日 - 西武球場での西武対近鉄21回戦で西武が近鉄に22-0で勝利し、パ・リーグ最多得点差[57]。
  • 9月2日 - 大洋の長内孝が横浜スタジアムでの対広島23回戦に6番・一塁で先発出場し、プロ通算1000試合出場を達成[58]。
  • 9月4日 - ダイエーの門田博光が福岡市内の球団事務所にて記者会見し今季限りで現役引退すると発表[59]。
  • 9月11日 - 阪神対ヤクルト19回戦が甲子園球場にて行われ、9回裏阪神の攻撃で二死一塁から八木裕が左翼へライナーを打ち、二塁塁審の平光清は本塁打と判定したが、ヤクルト側が打球がフェンスに当たってスタンドに入ったのでエンタイトル二塁打だと抗議。平光はこれを受けいれ本塁打を二塁打へ訂正したが、今度は阪神の監督の中村勝広が抗議し、試合が約37分中断[60]。試合は延長十五回、3-3の引き分けとなり、試合時間はプロ野球史上最長の6時間26分となった[61]。
  • 9月12日
    • 巨人の原辰徳が東京ドームでの対広島23回戦の七回裏に2点適時打を打ち、プロ通算1500安打を達成[62]。
    • ヤクルトの西村龍次が甲子園球場での対阪神20回戦に先発し、四回裏に木戸克彦に2号満塁本塁打を打たれ、1シーズン4被満塁本塁打のプロ野球新記録[63]。
  • 9月16日 - ヤクルトの角富士夫が神宮球場での対横浜大洋26回戦の七回裏に代打として出場し、プロ通算1500試合出場を達成[64]。
  • 9月22日 - ヤクルトの広沢克己が神宮球場での対広島20回戦の四回裏に安打を打ち、プロ通算1000安打を達成[65]。
  • 9月25日 - 巨人の原辰徳が東京ドームでの対中日24回戦の六回裏に27号2点本塁打を打ち、プロ通算350本塁打を達成[66]。
  • 9月27日 - ヤクルトの広沢克己が神宮球場での対阪神23回戦に四番・一塁で先発出場し、プロ通算1000試合出場を達成[67]。
  • 9月29日 - 西武のオレステス・デストラーデが東京ドームでの対日本ハム21回戦の九回表に29号本塁打を打ち、通算150本塁打を達成[68]。
  • 9月30日

10月

[編集]
  • 10月1日
    • 平和台球場で最後の日本プロ野球公式戦となるダイエー対近鉄26回戦が行われ、ダイエーが広永益隆の本塁打で1-0で近鉄に勝利[71]。また、この試合後にダイエーの田淵幸一監督が今季限りでの監督辞任を表明[72]。
    • 広島市民球場での広島対ヤクルト25回戦は広島が延長13回裏8-7でサヨナラ勝利。試合時間6時間1分は史上2度目6時間台試合[73]。
  • 10月3日 - ジュニア日本選手権が川崎球場で行われ巨人が中日に延長10回3-2でサヨナラ勝ちし2年連続ジュニア日本一を達成[74]。
  • 10月4日 - 広島の達川光男と大洋の遠藤一彦が現役引退を表明[75]。
  • 10月5日 - 中日の石本貴昭が現役引退を表明[76]。
  • 10月8日 - 巨人の監督の藤田元司が読売新聞本社を訪れ最高経営会議メンバーに今季の報告を行い、任期切れによる退任が決定。元監督の長島茂雄が球団に監督就任の意思を伝える[77]。
  • 10月9日 - 巨人が高田繁ヘッドコーチの退団を発表[78]。
  • 10月10日
    • 甲子園球場での阪神対ヤクルト26回戦でヤクルトが5-2で勝利し、14年ぶり2度目のセ・リーグ優勝達成[79]。
    • ダイエーは山内孝徳と水上善雄が今季限りで現役引退すると発表[80]。
  • 10月11日 - セ・リーグのシーズン公式戦の全日程が終了[81]。
  • 10月12日 - 巨人の監督の藤田元司が勇退。後任に長嶋茂雄が就任することを発表[82]。
  • 10月13日
    • パ・リーグのシーズン公式戦の全日程が終了[83]。
    • 近鉄の新井宏昌が今季限りでの現役引退を正式に表明[84]。
    • 広島が投手コーチに古沢憲司の就任を発表[85]。
  • 10月14日
    • 大洋は横浜市内のホテルで記者会見し、新監督に近藤昭仁が就任したと正式に発表[86]。
    • 近鉄は鈴木啓示が新監督に就任したと正式に発表[86]。
  • 10月15日 - 大洋がカリフォルニア・エンゼルスのロバート・ローズの獲得とロバート・レイノルズの解雇を発表[87]。
  • 10月19日
    • 沢村賞の選考が沢村賞選考委員会によって都内のホテルで行われ、西武の石井丈裕を選出[88]。
    • 日本ハムの監督の土橋正幸が港区の球団事務所にて今季限りでの辞任を正式に表明[89]。
    • 阪神の高橋慶彦が今季限りでの現役引退を発表[90]。
    • 巨人がヘッドコーチに前大洋監督の須藤豊の就任を発表[91]。
    • 中日が西本聖の退団を正式に決定したと発表[92]。
  • 10月23日
  • 10月24日 - 【MLB】ワールドシリーズ第6戦がアトランタで行われ、トロント・ブルージェイズがアトランタ・ブレーブスに延長11回4-3で勝ち球団創設初のワールドチャンピオンとなった。米国以外のチームが世界一になったのはシリーズ史上初[95]。
  • 10月26日 - 1992年の日本シリーズの第7戦が神宮球場で行われ、西武がヤクルトに延長10回2-1で勝利し、4勝3敗で日本一。MVPは西武の石井丈裕[96]。
  • 10月27日
    • 中日の宇野勝、長嶋清幸とロッテの横田真之、今野隆裕の交換トレードが成立したと中日、ロッテ両球団が発表[97]。
    • 巨人は練習や試合中での大怪我が原因で現役を引退した選手を対象にした「公傷年金制度」を設けたと発表[98]。
  • 10月28日
    • プロ野球1992年度の最優秀選手、新人王、ベストナインの記者投票の結果が発表され、最優秀選手にセ・リーグはヤクルトのジャック・ハウエル、パ・リーグは西武の石井丈裕、最優秀新人にセは阪神の久慈照嘉、パは近鉄の高村祐を選出[99]。
    • 正力松太郎賞の選考委員会が開かれ、西武の石井丈裕を選出[100]。
  • 10月29日
    • 日本ハムは役員会を開き、球団常務取締役の大沢啓二を来季の監督に就任することを承認[101]。
    • ヤクルトは新浦寿夫の今季限りでの現役引退を了承[102]。

11月

[編集]

12月

[編集]

監督人事

[編集]

シーズン開幕までの変更

[編集]
チーム新任監督前任監督前職
中日高木守道星野仙一

誕生

[編集]

1月

[編集]

2月

[編集]

3月

[編集]

4月

[編集]

5月

[編集]

6月

[編集]

7月

[編集]

8月

[編集]

9月

[編集]

10月

[編集]

11月

[編集]

12月

[編集]

死去

[編集]

その他

[編集]

脚注

[編集]
  1. ↑ 当時連盟表彰なし
  2. ↑ セントラル・リーグのみ特別賞として表彰
  3. ↑ セントラル・リーグのみ当時連盟表彰なし
  4. ↑ 『中日新聞』1992年1月6日朝刊第二社会面26面「中山投手を釈放 横浜地検」
  5. ↑ 『中日新聞』1992年1月6日夕刊第一社会面11面「起訴猶予処分決まる 中山投手」
  6. ↑ 『中日新聞』1992年1月8日朝刊第二社会面26面「大洋 中山投手を解雇 球団社長らも処分 復帰は事実上無理」
  7. ↑ 『中日新聞』1992年1月8日朝刊第一スポーツ面23面「解説/ 中山投手解雇 『失格』避け復帰に細道 更生が条件 厳しさの中に温情も」(記者:会田豊彦)
  8. ↑ 『中日新聞』1992年1月9日朝刊第一スポーツ面23面「中山投手を自由契約公示」
  9. 1 2 3 4 中日ドラゴンズ 編『中日ドラゴンズ70年史』中日新聞社、2006年、172頁。ISBN 4806205141。
  10. ↑ 読売新聞1992年2月6日19面「『反日感情が理由でない』マリナーズ買収問題 コミッショナー言明」読売新聞縮刷版1992年2月p271
  11. ↑ 読売新聞1992年4月4日夕刊14面「『プロ』もプレーボール 空模様心配なファンの列」読売新聞縮刷版1992年4月p212
  12. ↑ 読売新聞1992年4月12日21面「1試合12二塁打のセ・リーグタイ記録」読売新聞縮刷版1992年4月p603
  13. ↑ 朝日新聞1992年4月12日24面「田村(日)1000試合出場」朝日新聞縮刷版1992年4月p626
  14. ↑ 読売新聞1992年4月15日21面「巨人・駒田が通算100号」読売新聞縮刷版1992年4月p725
  15. ↑ 読売新聞1992年4月22日21面「野茂、初の毎回奪三振」読売新聞縮刷版1992年4月p1093
  16. ↑ 読売新聞1992年4月24日19面「平野、史上初の350犠打」読売新聞縮刷版1992年4月p1203
  17. ↑ 読売新聞1992年4月27日21面「中日・落合が通算1000得点」読売新聞縮刷版1992年4月p1341
  18. ↑ 読売新聞1992年4月29日17面「日本ハム・西崎が1000投球回」読売新聞縮刷版1992年4月p1437
  19. ↑ 読売新聞1992年4月30日17面「頼れる"助っ人"阪神、土壇場で勝ち拾う」読売新聞縮刷版1992年4月p1465
  20. 1 2 3 “球団の歩み 1990年代”. 東京ヤクルトスワローズ公式サイト. 2015年12月29日閲覧。
  21. ↑ 読売新聞1992年5月4日23面「須藤監督、突然の"休養"」読売新聞縮刷版1992年5月p151
  22. 1 2 『ホエールズ&ベイスターズ60年の軌跡』ベースボール・マガジン社〈B.B.MOOK スポーツシリーズ〉、2009年、[要ページ番号]頁。ISBN 9784583616179。
  23. ↑ 読売新聞1992年5月5日19面「中日・落合博が1500試合出場」読売新聞縮刷版1992年5月p175
  24. ↑ 読売新聞1992年5月8日19面「江尻監督代行就任本決まり」読売新聞縮刷版1992年5月p275
  25. ↑ 読売新聞1992年5月9日19面「中尾、大久保のトレード発表」読売新聞縮刷版1992年5月p327
  26. ↑ 読売新聞1992年5月17日21面「近鉄・新井が2000試合出場」読売新聞縮刷版1992年5月p771
  27. ↑ 読売新聞1992年5月24日22面「江尻代行が監督に」読売新聞縮刷版1992年5月p1096
  28. ↑ 読売新聞1992年6月1日23面「巨人・松谷、イースタンで2度目の無安打無得点」読売新聞縮刷版1992年6月p23
  29. ↑ 読売新聞1992年6月2日21面「米田コーチの就任発表」読売新聞縮刷版1992年6月p81
  30. ↑ 読売新聞1992年6月4日19面「オリックス・石嶺が1000本安打」読売新聞縮刷版1992年6月p181
  31. ↑ 読売新聞1992年6月7日19面「打撃戦ー譲らず ダイエー・西武時間切れ 強運広永、パ通算3万号←2年前にはプロ6万号」読売新聞縮刷版1992年6月p337
  32. ↑ 読売新聞1992年6月11日21面「中日・長島が1000本安打」読売新聞縮刷版1992年6月p553
  33. ↑ 読売新聞1992年6月11日21面「西武・秋山が1000試合出場」読売新聞縮刷版1992年6月p553
  34. ↑ 読売新聞1992年6月13日21面「長内100号アーチ」読売新聞縮刷版1992年6月p661
  35. ↑ 読売新聞1992年6月15日夕刊15面「湯舟ノーヒットノーラン 2年ぶり58人目 熱投123球、走者3人」読売新聞縮刷版1992年6月p743
  36. ↑ 読売新聞1992年6月25日21面「西武・石毛が千五百本安打」読売新聞縮刷版1992年6月p1263
  37. ↑ 読売新聞1992年6月27日218面「清原、最年少200号 王抜く24歳10カ月 初回に決めた2ラン」読売新聞縮刷版1992年6月p1384
  38. ↑ 読売新聞1992年6月29日23面「山内男泣き通算100勝」読売新聞縮刷版1992年6月p1477
  39. ↑ 毎日新聞1992年7月9日25面「近鉄・新井が2000本安打 26人目 『不惑』の職人芸」毎日新聞縮刷版1992年7月p353
  40. ↑ “【7月8日】1992年(平4) 脇役が主役になった日 新井宏昌「こういうの困るんだよ」”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン (2009年7月8日). 2015年12月29日閲覧。
  41. ↑ 読売新聞1992年7月11日19面「プロ野球ワーストタイを5回で2つも 野茂 四球地獄 『一試合最多14+5者連続』」読売新聞縮刷版1992年7月p525
  42. ↑ 毎日新聞1992年7月13日21面「愛甲連続出場記録ストップ」毎日新聞縮刷版1992年7月p515
  43. ↑ 読売新聞1992年7月17日21面「北別府、円熟200勝 17年、480試合、22人目 10勝も一番乗り」読売新聞縮刷版1992年7月p839
  44. ↑ “【7月16日】1992年(平4) 20世紀最後の金字塔 北別府学 広島初の200勝達成”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン (2009年7月15日). 2015年12月29日閲覧。
  45. ↑ “【7月18日】1992年(平4)史上初!夢の球宴で夢の3連続本塁打!MVPは石井浩郎”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン (2009年7月16日). 2015年12月29日閲覧。
  46. ↑ 宇佐美徹也『日本プロ野球記録大鑑』講談社、1993年、573頁。ISBN 4062061082。
  47. ↑ 読売新聞1992年7月31日20面「ハウエル、サイクル安打」読売新聞縮刷版1992年7月p1526
  48. ↑ 「記録メモ 松永(オリックス)通算1500安打」『北海道新聞』(縮刷版) 1992年(平成4年)8月1日付朝刊、20面(スポーツ面)。
  49. ↑ 「記録メモ 長島(中日)通算100本塁打」『北海道新聞』(縮刷版) 1992年(平成4年)8月1日付朝刊、21面(スポーツ面)。
  50. ↑ 読売新聞1992年8月3日19面「西武・鹿取が100セーブ」読売新聞縮刷版1992年8月p109
  51. ↑ 読売新聞1992年8月6日18面「ヤクルトの角盈が600試合登板」読売新聞縮刷版1992年8月p264
  52. ↑ 読売新聞1992年8月6日19面「日本ハムが10試合2ケタ安打のリーグタイ」読売新聞縮刷版1992年8月p265
  53. ↑ 読売新聞1992年8月17日夕刊16面「松井無念 5連続敬遠 星稜、1点差に涙のむ」読売新聞縮刷版1992年8月p762
  54. ↑ 読売新聞1992年8月21日21面「巨人・篠塚が1500試合出場」読売新聞縮刷版1992年8月p947
  55. ↑ 読売新聞1992年8月21日21面「日本ハム・大島が2500試合出場」読売新聞縮刷版1992年8月p947
  56. ↑ 読売新聞1992年8月28日19面「大洋の高木が1500安打を達成」読売新聞1992年8月p1303
  57. ↑ 読売新聞1992年9月2日19面「22点差はパ・リーグ最多」読売新聞縮刷版1992年9月p71
  58. ↑ 読売新聞1992年9月3日19面「大洋・長内が1000試合出場」読売新聞縮刷版1992年9月p127
  59. ↑ 読売新聞1992年9月5日19面「"求道の球歴"門田引退 現役最長の44年 奇跡の回復40歳2冠」読売新聞縮刷版1992年9月p227
  60. ↑ 読売新聞1992年9月12日19面「サヨナラ弾が一転二塁打 審判ミス37分中断」読売新聞縮刷版1992年9月p589
  61. ↑ 読売新聞1992年9月12日19面「阪神―ヤクルト 二日がかりの首位攻防 お疲れ最長6時間26分」読売新聞縮刷版1992年9月p601
  62. ↑ 読売新聞1992年9月13日18面「巨人・原辰が1500安打」読売新聞縮刷版1992年p636
  63. ↑ 読売新聞1992年9月13日19面「ヤクルト・西村がシーズン満塁被本塁打4の新記録」読売新聞縮刷版1992年9月p637
  64. ↑ 読売新聞1992年9月17日19面「ヤクルト・角が1500試合出場」読売新聞縮刷版1992年p811
  65. ↑ 読売新聞1992年9月23日19面「ヤクルト・広沢が1000本安打」読売新聞縮刷版1992年9月p1107
  66. ↑ 読売新聞1992年9月26日19面「巨人逃げ切り3連勝 原、技あり350号」読売新聞縮刷版1992年9月p1215
  67. ↑ 読売新聞1992年9月28日23面「ヤクルト・広沢が1000試合出場」読売新聞縮刷版1992年9月p1301
  68. ↑ 読売新聞1992年9月30日21面「西武・デストラーデが150号」読売新聞縮刷版1992年9月p1415
  69. ↑ 読売新聞1992年10月1日1面「西武3連覇 パ・リーグ」読売新聞縮刷版1992年10月p1
  70. ↑ 読売新聞1992年10月2日18面「ブレット(ロイヤルズ)が3000本安打 肩痛を克服 史上18人目」読売新聞縮刷版1992年10月p66
  71. ↑ 読売新聞1992年10月2日19面「平和台、名勝負の43年に幕」読売新聞縮刷版1992年10月p67
  72. ↑ 「田淵監督、辞任表明」『読売新聞』(縮刷・関東版) 1992年(平成4年)10月2日付朝刊、19面(スポーツ面)。
  73. ↑ 読売新聞1992年10月2日19面「史上2度目の6時間試合」読売新聞縮刷版1992年10月p67
  74. ↑ 読売新聞1992年10月4日19面「平巨人、サヨナラで2連覇 ジュニア日本選手権」読売新聞縮刷版1992年10月p163
  75. ↑ 「達川・遠藤今季限り引退」『読売新聞』(縮刷・関東版) 1992年(平成4年)10月5日付朝刊、23面(スポーツ面)。
  76. ↑ 「中日・石本貴昭投手(二九)が引退」『読売新聞』(縮刷・関東版) 1992年(平成4年)10月6日付朝刊、21面(スポーツ面)。
  77. ↑ 読売新聞1992年10月9日1面「長島・巨人監督が内定 12年ぶりの復帰 藤田監督は勇退が決まる」読売新聞縮刷版1992年10月p401
  78. ↑ 「高田コーチ 巨人退団へ」『読売新聞』(縮刷・関東版) 1992年(平成4年)10月10日付朝刊、19面(スポーツ面)。
  79. ↑ 読売新聞1992年10月11日1面「ヤクルト 14年ぶりV 130試合目で『混セ』に決着」読売新聞縮刷版1992年10月p485
  80. ↑ 読売新聞1992年10月11日23面「ダイエーの山内と水上が引退」読売新聞縮刷版1992年10月p507
  81. ↑ 読売新聞1992年10月12日夕刊18面「セ全日程終了 ハウエル2冠 阪神、最終戦勝ち2位確保」読売新聞縮刷版1992年10月p542
  82. ↑ “巨人軍年表”. 読売巨人軍公式サイト. 2015年12月29日閲覧。
  83. ↑ 読売新聞1992年10月14日19面「パも全日程終了 野茂最多勝飾る18勝 D砲3年連続本塁打王」読売新聞縮刷版1992年10月p623
  84. ↑ 「新井が現役を引退」『北海道新聞』(縮刷版) 1992年(平成4年)10月14日付朝刊、17面(スポーツ面)。
  85. ↑ 「投手コーチに古沢氏 広島」『北海道新聞』(縮刷版) 1992年(平成4年)10月14日付朝刊、17面(スポーツ面)。
  86. 1 2 読売新聞1992年10月15日21面「"古巣"強化へ全力 近鉄・鈴木、大洋・近藤監督が就任」読売新聞縮刷版1992年10月p677
  87. ↑ 「大洋に新外国人ローズ」『読売新聞』(縮刷・関東版) 1992年(平成4年)10月16日付朝刊、21面(スポーツ面)。
  88. ↑ 読売新聞1992年10月15日21面「決戦前にエースの勲章 沢村賞に石井(西武)」読売新聞縮刷版1992年10月p945
  89. ↑ 読売新聞1992年10月15日21面「不振で引責 土橋監督辞任会見」読売新聞縮刷版1992年10月p945
  90. ↑ 読売新聞1992年10月15日21面「阪神・高橋が現役を引退」読売新聞縮刷版1992年10月p945
  91. ↑ 「須藤前大洋監督が巨人ヘッドコーチに」『北海道新聞』(縮刷版) 1992年(平成4年)10月20日付朝刊、15面(スポーツ面)。
  92. ↑ 「西本の中日退団決定」『北海道新聞』(縮刷版) 1992年(平成4年)10月20日付朝刊、15面(スポーツ面)。
  93. ↑ 「大洋のヘッドコーチに長池氏」『読売新聞』(縮刷・関東版) 1992年(平成4年)10月24日付朝刊、21面(スポーツ面)。
  94. ↑ 「88年パ・リーグ首位打者 ロッテ・高沢引退へ 本道出身 佐藤兼内野手も」『北海道新聞』(縮刷版) 1992年(平成4年)10月24日付朝刊、18面(スポーツ面)。
  95. ↑ 読売新聞1992年10月26日23面「ブルージェイズ優勝 カナダチーム初の"頂点" ボーダースMVP」読売新聞縮刷版1992年10月p1245
  96. ↑ 読売新聞1992年10月27日1面「西武が三連覇 熱闘日本シリーズ」読売新聞縮刷版1992年10月p1289
  97. ↑ 読売新聞1992年10月28日21面「宇野、ロッテに移籍 2対2トレード」読売新聞縮刷版1992年10月p1361
  98. ↑ 読売新聞1992年10月28日21面「巨人がプロ初『公傷年金制度』」読売新聞縮刷版1992年10月p1361
  99. ↑ 読売新聞1992年10月29日21面「投手で2人目 正力賞満場一致」読売新聞縮刷版1992年10月p1413
  100. ↑ 読売新聞1992年10月29日21面「石井MVP.正力賞 『セ』はハウエル逆転 古田破る 新人王に久慈、高村」読売新聞縮刷版1992年10月p1413
  101. ↑ 読売新聞1992年10月30日19面「大沢監督、正式決定」読売新聞縮刷版1992年10月p1463
  102. ↑ 読売新聞1992年10月30日19面「新浦が引退」読売新聞縮刷版1992年10月p1463
  103. ↑ 読売新聞1992年11月2日23面「根本監督就任」読売新聞縮刷版1992年11月p63
  104. ↑ 「西武・鈴木康が引退」『北海道新聞』(縮刷版) 1992年(平成4年)11月3日付朝刊、21面(スポーツ面)。
  105. ↑ 読売新聞1992年11月3日21面「二村、古巣に復帰」読売新聞縮刷版1992年11月p19
  106. ↑ 読売新聞1992年11月11日20面「マリナーズ監督にピネラ氏」読売新聞縮刷版1992年11月p508
  107. ↑ 読売新聞1992年11月12日19面「エカーズリーにサイ・ヤング賞」読売新聞縮刷版1992年11月p557
  108. ↑ 読売新聞1992年11月12日19面「『横浜ベイスターズ』誕生」読売新聞縮刷版1992年11月p557
  109. ↑ 読売新聞1992年11月13日19面「サイ・ヤング賞にマダックス」読売新聞縮刷版1992年11月p609
  110. ↑ 「球界情報 12日 阪神・金森を自由契約」『読売新聞』(縮刷・関東版) 1992年(平成4年)11月13日付朝刊、19面(スポーツ面)。
  111. ↑ 「広島の新外人にメディナ外野手 元インディアンス」『北海道新聞』(縮刷版) 1992年(平成4年)11月13日付朝刊、18面(スポーツ面)。
  112. ↑ 読売新聞1992年11月14日19面「西武・前田耕と広島・大塚がトレード」読売新聞縮刷版1992年11月p657
  113. ↑ 「ヤンキース中軸、長距離砲 ホール、ロッテと契約」『読売新聞』(縮刷・関東版) 1992年(平成4年)11月14日付朝刊、19面(スポーツ面)。
  114. ↑ 「ブラッグス「横浜」と契約」『読売新聞』(縮刷・関東版) 1992年(平成4年)11月17日付朝刊、23面(スポーツ面)。
  115. ↑ 「球界情報 16日 ブーマー、ラガを解雇」『読売新聞』(縮刷・関東版) 1992年(平成4年)11月17日付朝刊、23面(スポーツ面)。
  116. ↑ 「西武・大宮が引退 コーチに就任」『北海道新聞』(縮刷版) 1992年(平成4年)11月20日付朝刊、18面(スポーツ面)。
  117. ↑ 読売新聞1992年11月21日夕刊1面「巨人、松井獲得へ ドラフトで交渉権」読売新聞縮刷版1992年11月p1009
  118. ↑ 「西本 オリックス移籍決定」『北海道新聞』(縮刷版) 1992年(平成4年)11月24日付朝刊、14面(スポーツ面)。
  119. ↑ 「ヤクルト西岡 オリックス森 交換トレード」『北海道新聞』(縮刷版) 1992年(平成4年)11月24日付朝刊、14面(スポーツ面)。
  120. ↑ 「広島・松井と中日・小早川も」『北海道新聞』(縮刷版) 1992年(平成4年)11月24日付朝刊、14面(スポーツ面)。
  121. ↑ 「2新コーチを発表 ヤクルト」『北海道新聞』(縮刷版) 1992年(平成4年)11月24日付朝刊、14面(スポーツ面)。
  122. ↑ 読売新聞1992年12月1日19面「西武投手コーチに杉下氏」読売新聞縮刷版1992年12月p19
  123. ↑ 読売新聞1992年12月2日19面「ヤクルト打撃コーチに若松氏」読売新聞縮刷版1992年12月p67
  124. ↑ 読売新聞1992年12月5日19面「レイノルズ、近鉄と契約」読売新聞縮刷版1992年12月p229
  125. ↑ 「球界情報 8日 ハドラー獲得へ」『読売新聞』(縮刷・関東版) 1992年(平成4年)12月9日付朝刊、19面(スポーツ面)。
  126. ↑ 読売新聞1992年12月10日19面「11年間で120発 ジャコビー入団」読売新聞縮刷版1992年12月p475
  127. ↑ ジャビット誕生物語~球団マスコット日本テレビ 2018.06.15
⌬ Phoenix Mesh CID: 未登録 IPFS未登録 📡 0ピア PQS A95