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1995年の日本シリーズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
NPB 1995年の日本シリーズ
ゲームデータ
優勝
ヤクルトスワローズ
2年ぶり3回目
4勝1敗
試合日程 1995年10月21日 - 10月26日
最高殊勲選手 トーマス・オマリー
敢闘賞選手 小林宏
チームデータ
ヤクルトスワローズ(セ)
監督 野村克也
シーズン成績 82勝48敗
(シーズン1位)
オリックス・ブルーウェーブ(パ)
監督 仰木彬
シーズン成績 82勝47敗1分
(シーズン1位)
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1996 »
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1995年の日本シリーズ(1995ねんのにっぽんシリーズ、1995ねんのにほんシリーズ)は、1995年10月21日から10月26日まで行われたセ・リーグ優勝チームのヤクルトスワローズとパ・リーグ優勝チームのオリックス・ブルーウェーブによる46回目となるプロ野球日本選手権シリーズである。

概要

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1995年の日本シリーズは1995年のセ・リーグを制したヤクルトスワローズ(野村克也監督)と1995年のパ・リーグを制したオリックス・ブルーウェーブ(仰木彬監督)の対決となり、ヤクルトが4勝1敗で勝利し2年ぶり3度目の日本一に輝いた。この顔合わせは1978年の日本シリーズ以来17年ぶり(オリックスは当時の前身・阪急ブレーブス)。なお、このシリーズは31年ぶりに全試合ナイターで開催された。関東地方以外で日本シリーズが開催されたのは4年ぶり、関東対関西の対決となるのは、仰木監督が近鉄バファローズ監督として出場した1989年(対戦相手は読売ジャイアンツ)以来6年ぶりとなった。

このシリーズは「野村ID野球と仰木マジック」の対決と言われた[1]。実際にシリーズ開幕前から両監督は、マスコミや監督会議を通して舌戦(心理戦)を展開し、対決ムードが大いに盛り上がった[2]。

ヤクルトのデータ分析、経験の多さも一枚上手で、ヤクルトの要である捕手の古田敦也は、高めのストレートを効果的に使って打球を詰まらせるという戦略で投手をリードし、当時「高め弱点」と言われたイチローを封じることに成功した[3]。

4勝1敗という結果だが、このシリーズは第2、3、4戦では3試合連続で延長戦にもつれ込んでいる。

試合結果

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1995年 日本シリーズ
日付試合ビジター球団(先攻)スコアホーム球団(後攻)開催球場
10月21日(土)第1戦ヤクルトスワローズ5 - 2オリックス・ブルーウェーブグリーンスタジアム神戸
10月22日(日)第2戦ヤクルトスワローズ3 - 2オリックス・ブルーウェーブ
10月23日(月)移動日
10月24日(火)第3戦オリックス・ブルーウェーブ4 - 7xヤクルトスワローズ明治神宮野球場
10月25日(水)第4戦オリックス・ブルーウェーブ2 - 1ヤクルトスワローズ
10月26日(木)第5戦オリックス・ブルーウェーブ1 - 3ヤクルトスワローズ
優勝:ヤクルトスワローズ(2年ぶり3回目)

第1戦

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10月21日:GS神戸(開始18時11分、入場者32,486人)
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
ヤクルト 0 1 0 0 2 0 0 2 0 5 13 1
オリックス 0 0 0 1 0 1 0 0 0 2 6 0
  1. 勝利:ブロス(1勝)  
  2. セーブ:高津(1S)  
  3. 敗戦:佐藤(1敗)  
  4. 本塁打
    [ヤ]:大野1号(8回2ラン・清原)
  5. 審判
    [球審]前田
    [塁審]井野・山本隆・小林毅
    [外審]永見・久保田
  6. 試合時間:3時間14分
ヤクルト
投

手
投
球
数
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
与
死
球
奪
三
振
失

点
自
責
点
勝T.ブロス1213386020721
S高津臣吾11310000200
オリックス
投

手
投
球
数
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
与
死
球
奪
三
振
失

点
自
責
点
敗佐藤義則95254.28040233
伊藤隆偉49122.23010411
清原雄一1230.12100011
渡辺伸彦1741.10000100
ヤクルト
打順守備選手
1[中]飯田哲也
2[指]荒井幸雄
打指大野雄次
3[二]土橋勝征
4[一]T.オマリー
5[捕]古田敦也
6[右]稲葉篤紀
7[遊]池山隆寛
遊宮本慎也
8[三]H.ミューレン
三山口重幸
9[左]真中満
オリックス
打順守備選手
1[右]中イチロー
2[二]福良淳一
3[中]左田口壮
4[一]D・J
5[遊]小川博文
6[指]T.ニール
7[左]高橋智
打右藤井康雄
8[捕]中嶋聡
打柴原実
9[三]馬場敏史
打高田誠

オリックスはチームの精神的支柱である佐藤義則、ヤクルトはシリーズ前に肩痛が伝えられていたブロスが登板、レギュラーシーズンにノーヒットノーランを達成した両投手のノーヒッター対決となった。2回表にヤクルトが飯田のタイムリーで先制すると、オリックスも4回にニールのタイムリーで追い付く。しかし5回表にヤクルトが池山の2点タイムリーで勝ち越し、オリックスも6回にニールの2打席連続タイムリーで追いすがるが、8回表、ヤクルトは代打の切り札・大野の2ランで突き放す。ブロスは150km/h台の高めの直球を有効に使ってイチローを始めオリックス打線を抑え、最後は守護神・高津が締めて、ヤクルトが先勝。

公式記録関係(日本野球機構ページ)

第2戦

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10月22日:GS神戸(開始18時11分、入場者32,475人)
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 R H E
ヤクルト 0 0 0 0 0 0 0 2 0 0 1 3 11 1
オリックス 0 1 0 0 1 0 0 0 0 0 0 2 4 0
  1. 勝利:山部(1勝)  
  2. 敗戦:平井(1敗)  
  3. 本塁打
    [ヤ]:オマリー1号(11回ソロ・平井)
    [オ]:D・J1号(2回ソロ・石井)
  4. 審判
    [球審]久保田
    [塁審]永見・井野・山本隆
    [外審]谷・前川
  5. 試合時間:3時間50分
ヤクルト
投

手
投
球
数
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
与
死
球
奪
三
振
失

点
自
責
点
石井一久80204.22131622
宮本賢治610.10000100
加藤博人17411000200
伊東昭光15310000100
勝山部太521441001300
オリックス
投

手
投
球
数
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
与
死
球
奪
三
振
失

点
自
責
点
野田浩司113307.28010822
野村貴仁510.01000000
鈴木平310.10000000
敗平井正史351132100011
ヤクルト
打順守備選手
1[中]飯田哲也
2[指]荒井幸雄
3[二]左土橋勝征
4[一]T.オマリー
5[捕]古田敦也
6[右]稲葉篤紀
打左秦真司
二宮本慎也
7[遊]池山隆寛
8[三]H.ミューレン
9[左]右真中満
オリックス
打順守備選手
1[右]イチロー
2[二]福良淳一
走二風岡尚幸
3[左]田口壮
4[指]T.ニール
5[遊]小川博文
遊勝呂壽統
打高橋智
6[一]D・J
走松山秀明
一藤井康雄
7[三]馬場敏史
8[捕]中嶋聡
9[中]本西厚博

オリックスは2回にD・Jのソロ本塁打で先制、5回にはヤクルト先発の石井一久の暴投で1点を追加し、石井一久はこの回途中で降板。一方、オリックス先発の野田は7回まで7奪三振の力投で得点を許さず、オリックスが優位に試合を進めた。しかしヤクルトは8回表、2死1、2塁からこの年3番を務める土橋がタイムリーを放ち、野田をマウンドから下ろすと、続くオマリーが2番手の野村から連続タイムリーでついに同点に追いつく。追いつかれたオリックス9回から、同点にもかかわらずリリーフエース平井を投入したが、延長11回表、ヤクルトは先頭のオマリーが左翼スタンドに一発を放ち勝ち越し。その裏をロングリリーフの山部が抑え、ヤクルトが敵地で連勝。

公式記録関係(日本野球機構ページ)

第3戦

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10月24日:神宮(開始18時33分、入場者32,915人)
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 R H E
オリックス 0 0 0 0 1 0 3 0 0 0 4 8 0
ヤクルト 1 0 0 0 1 0 0 1 1 3x 7 12 0
  1. 勝利:高津(1勝1S)  
  2. 敗戦:平井(2敗)  
  3. 本塁打
    [ヤ]:ミューレン1号(9回ソロ・平井)、池山1号(10回3ラン・平井)
  4. 審判
    [球審]前川
    [塁審]谷・永見・井野
    [外審]前田・小林毅
  5. 試合時間:4時間25分
オリックス
投

手
投
球
数
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
与
死
球
奪
三
振
失

点
自
責
点
星野伸之561544000411
小林宏110.01000011
清原雄一410.10000000
鈴木平2361.20010200
伊藤隆偉3171.22000311
野村貴仁410.00010000
敗平井正史55111.25210144
ヤクルト
投

手
投
球
数
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
与
死
球
奪
三
振
失

点
自
責
点
吉井理人852253040311
加藤博人1441.01000011
宮本賢治1340.12010022
山部太310.11000000
伊東昭光3361.10020100
勝高津臣吾34821010000
オリックス
打順守備選手
1[左]田口壮
2[二]福良淳一
3[中]右イチロー
4[一]D・J
5[右]藤井康雄
打中本西厚博
6[捕]中嶋聡
7[三]馬場敏史
8[遊]小川博文
遊勝呂壽統
9[投]星野伸之
打柴原実
投小林宏
投清原雄一
投鈴木平
打三輪隆
打T.ニール
走松山秀明
投伊藤隆偉
投野村貴仁
投平井正史
ヤクルト
打順守備選手
1[中]飯田哲也
2[左]城友博
打秦真司
投高津臣吾
3[二]左土橋勝征
4[一]T.オマリー
走野口寿浩
5[捕]古田敦也
6[遊]池山隆寛
7[三]H.ミューレン
8[右]橋上秀樹
打荒井幸雄
右真中満
9[投]吉井理人
打青柳進
打稲葉篤紀
投加藤博人
投宮本賢治
投山部太
投伊東昭光
打左金森栄治
二宮本慎也

先発は星野伸之と吉井理人。ヤクルトは初回にオマリーの適時打で先制。オリックスは5回表、この試合3番に入ったイチローの犠飛で追い付くが、その裏、代打稲葉篤紀の犠飛で再びリード。7回表、オリックスは山部を攻め、この試合1番の田口壮と4番D・Jの適時打で3点を挙げ逆転。しかし8回裏、ヤクルトは2死満塁のチャンスをつかむと、古田の放った当たりはショートへの高いバウンドのゴロであったが、2塁カバーが一瞬遅れて内野安打となり、1点差。この判定に激昂した仰木監督が、退場覚悟の猛抗議で10分間中断。平井投入で逃げ切りを計るオリックスだったが、9回裏にミューレンが起死回生の同点本塁打を放ち、第2戦に続いて延長戦へ突入した。

延長10回裏、ヤクルトはオマリーの四球と古田2塁打で2、3塁のチャンスをつかむと、オマリーに代走を送るなど勝利への執念を見せ、続く池山のサヨナラ3点本塁打が飛び出し、3連勝。シーズンで成績が低迷し、忸怩たる思いでこのシリーズに臨んだ池山は、お立ち台で「本当に、夢のようです」のセリフを残した。ヤクルトの日本シリーズでのサヨナラ勝ちは1992年・対西武第6戦(秦真司の本塁打)以来3年ぶり3度目。

公式記録関係(日本野球機構ページ)

第4戦

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10月25日:神宮(開始18時33分、入場者32,911人)
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 R H E
オリックス 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 1 2 12 0
ヤクルト 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 1 5 0
  1. 勝利:小林(1勝)  
  2. 敗戦:伊東(1敗)  
  3. 本塁打
    [オ]:小川1号(9回ソロ・川崎)、D・J2号(12回ソロ・伊東)
  4. 審判
    [球審]小林毅
    [塁審]前田・谷・永見
    [外審]久保田・山本隆
  5. 試合時間:4時間38分
オリックス
投

手
投
球
数
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
与
死
球
奪
三
振
失

点
自
責
点
長谷川滋利1082262030411
鈴木平26620000300
野村貴仁1230.21010000
野田浩司820.11000100
勝小林宏521131010100
ヤクルト
投

手
投
球
数
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
与
死
球
奪
三
振
失

点
自
責
点
川崎憲次郎130388.110140411
山部太1951.01010000
敗伊東昭光3092.21100111
オリックス
打順守備選手
1[左]田口壮
2[二]福良淳一
3[中]右イチロー
4[一]D・J
5[右]藤井康雄
中本西厚博
6[捕]三輪隆
打捕中嶋聡
7[三]馬場敏史
8[遊]小川博文
9[投]長谷川滋利
打柴原実
投鈴木平
打T.ニール
走松山秀明
投野村貴仁
投野田浩司
打高田誠
投小林宏
ヤクルト
打順守備選手
1[中]飯田哲也
2[右]稲葉篤紀
右真中満
打大野雄次
走左城友博
打荒井幸雄
走右橋上秀樹
3[二]左右左土橋勝征
4[一]T.オマリー
5[捕]古田敦也
6[左]秦真司
二宮本慎也
打金森栄治
7[遊]池山隆寛
8[三]H.ミューレン
9[投]川崎憲次郎
投山部太
投伊東昭光

オリックスは佐藤、野田、星野で1つも勝てずに、王手をかけられて第4戦を迎えた先発は長谷川滋利。一方のヤクルトは、この年5月以降、怪我で登板のなかった川崎憲次郎がシリーズで復活登板。5回裏、守備の乱れからチャンスとなり、飯田の適時打でヤクルトが1点を先制。そのまま最終回を迎えたヤクルトは、ここでストッパー高津をつぎ込まずに川崎を続投させたが、オリックスは先頭の小川博文の本塁打で同点に追いつき、その裏のサヨナラのピンチでは第2戦に先発した野田をつぎ込む執念の継投でしのぎ、このシリーズ3試合連続の延長戦に突入した。

オリックスは、このシーズン15勝27セーブのストッパー平井正史が、第2・3戦と敗戦投手となってベンチを外れており、第5戦で先発予定だった小林宏を延長10回から投入。その小林は11回裏に代打荒井幸雄の四球と土橋の安打による1死1、2塁で4番オマリーを迎えるという大ピンチを招く。ここで「小林の14球」と呼ばれることになる12分強にわたったこの勝負は、14球目の低めのボール球の直球にオマリーのバットが空を切り、小林に軍配。続く古田も抑え、この回を無得点で切り抜ける。延長12回表、オリックスは、先頭のD・Jがヤクルト3番手の伊東から本塁打を放ち、遂にオリックスがこの試合初めてリードを奪うと、続投した小林は12回裏もそのまま無失点に抑え、オリックスが一矢報いて4タテを阻止し、前回出場の1984年の日本シリーズ第7戦(前身の阪急)から続いていたシリーズ連敗を4で止めた。

公式記録関係(日本野球機構ページ)

第5戦

[編集]
10月26日:神宮(開始18時33分、入場者33,112人)
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
オリックス 1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 7 1
ヤクルト 0 2 0 0 1 0 0 0 X 3 7 0
  1. 勝利:ブロス(2勝)  
  2. セーブ:高津(1勝2S)  
  3. 敗戦:高橋功(1敗)  
  4. 本塁打
    [オ]:イチロー1号(1回ソロ・ブロス)
    [ヤ]:オマリー2号(5回ソロ・伊藤)
  5. 審判
    [球審]山本隆
    [塁審]久保田・前田・谷
    [外審]前川・井野
  6. 試合時間:3時間14分
オリックス
投

手
投
球
数
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
与
死
球
奪
三
振
失

点
自
責
点
敗高橋功一55142.23011221
星野伸之510.10000100
伊藤隆偉551432120111
野田浩司43922010300
ヤクルト
投

手
投
球
数
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
与
死
球
奪
三
振
失

点
自
責
点
勝T.ブロス1153387150411
S高津臣吾18310000200
オリックス
打順守備選手
1[左]二田口壮
2[二]福良淳一
投野田浩司
3[中]イチロー
4[一]左D・J
5[右]藤井康雄
6[遊]小川博文
7[三]馬場敏史
8[捕]三輪隆
9[投]高橋功一
投星野伸之
打高田誠
投伊藤隆偉
打一T.ニール
ヤクルト
打順守備選手
1[中]飯田哲也
2[右]稲葉篤紀
投高津臣吾
3[二]左土橋勝征
4[一]T.オマリー
5[捕]古田敦也
6[左]秦真司
走左右真中満
7[遊]池山隆寛
8[三]H.ミューレン
9[投]T.ブロス
打金森栄治
走城友博
二宮本慎也

ヤクルトの先発は、シリーズ2試合目となるブロス。一方のオリックスは、先発予定の小林宏を前日リリーフで使ってしまったため、高橋功一が先発。初回、イチローのシリーズ初本塁打でオリックスが先制するも、2回裏にヤクルトが池山、ミューレンの連続犠牲フライで逆転。5回にはオマリーのソロアーチで突き放す。ブロスが初回の1失点に抑えて高津にバトンを繋ぎ、ヤクルトが逃げ切ってシリーズ制覇。ヤクルトは初めて明治神宮球場で日本一を決めた[注釈 1]。

公式記録関係(日本野球機構ページ)

表彰選手

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テレビ・ラジオ中継

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テレビ中継

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※関東地区での視聴率は(ビデオリサーチ調べ)、第1戦(フジテレビ系)は32.4%。 第2戦(TBS系)は30.5%。第3戦(テレビ朝日系)は29%。第4戦(フジテレビ系)は35.2%。第5戦(フジテレビ系)は32.8%だった。

ラジオ中継

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脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ↑ 1978年は後楽園球場、1993年は西武ライオンズ球場
  2. ↑ この日は中継が2時間30分延長したため、21:00のドラマ『正義は勝つ』は23:30開始で番組の中盤で日付が翌10月26日にまたいで放送され、22:00の『タモリのSuperボキャブラ天国』は、日付が翌10月26日に変わった24:30開始となった。また、23時の『ニュースJAPAN』は1:30開始となり、同番組に内包していた『プロ野球ニュース』も1:50過ぎに開始となった。
  3. ↑ フジテレビ製作映画『バースデイプレゼント』のPRで出演。
  4. ↑ オリックス側のベンチリポーターを務めていた赤木誠(毎日放送アナウンサー)が2021年11月19日(オリックスの後継球団・オリックス・バファローズが出場した日本シリーズ開幕前日)の『MBSベースボールパーク番外編』(MBSラジオの生放送番組)で述懐したところによれば、寒風が吹きすさぶ屋外球場(神宮球場)でナイトゲームとして開催された影響で、当初実況を任されていたTBSのアナウンサーの発声が回を追うにつれて困難になったため、ヤクルト側のベンチリポートに就いていた同局の先輩アナウンサーが自身の判断で途中から実況の担当を引き継いだという。

出典

[編集]
  1. ↑ “勝負を決めた野村メモ〜日本シリーズ・頭脳戦の舞台裏〜”. 2016年3月5日閲覧。
  2. ↑ “収蔵品紹介”. 野球体育博物館. 2016年3月5日閲覧。このページは、両監督がともに1935年生まれということにも着目している。
  3. ↑ “プロ野球2世代写真展「日本シリーズ」”. 2016年3月5日閲覧。

外部リンク

[編集]
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