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2001年の日本プロ野球

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2001年 > 2001年のスポーツ > 2001年の日本プロ野球
2001年のNPB
概要
日本一:ヤクルトスワローズ
日本シリーズ
正力松太郎賞 若松勉
沢村栄治賞 松坂大輔
セ・リーグ
最優秀選手 ロベルト・ペタジーニ
最優秀新人 赤星憲広
2001年セントラル・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝ヤクルトスワローズ76586.567---
2位読売ジャイアンツ75632.5433.0
3位横浜ベイスターズ69674.5078.0
4位広島東洋カープ68657.5117.5
5位中日ドラゴンズ62744.45615.0
6位阪神タイガース57803.41620.5
*順位は勝率に関係なく勝利数順で決定
パ・リーグ
最優秀選手 タフィ・ローズ
最優秀新人 大久保勝信
2001年パシフィック・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝大阪近鉄バファローズ78602.565---
2位福岡ダイエーホークス76631.5472.5
3位西武ライオンズ73670.5216.0
4位オリックス・ブルーウェーブ70664.5157.0
5位千葉ロッテマリーンズ64742.46414.0
6位日本ハムファイターズ53843.38724.5
その他
2001年NPBドラフト会議
2001年NPBオールスター
2001年の野球
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2002 →
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2001年の日本プロ野球(2001ねんのにほんぷろやきゅう)では、2001年の日本プロ野球(NPB)における動向をまとめる。

できごと

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1月

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3月

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4月

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5月

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  • 1日
    • 日本ハムファイターズの井出竜也が対大阪近鉄バファローズ戦(大阪ドーム)で髙村祐から初回先頭打者初球本塁打。試合はそのまま1対0で日本ハムファイターズが勝利、先頭打者本塁打による1-0は日本プロ野球史上4度目、初球だったのは同史上初[13]。
    • 読売ジャイアンツ対中日戦(東京ドーム)で中日のショーゴーがプロ初打席初本塁打。試合は17-0で中日が勝利し、読売ジャイアンツは最多得点差試合の球団ワースト記録[10]。
  • 5日
    • 日本ハムファイターズ対西武ライオンズ7回戦(東京ドーム)で、日本ハムファイターズの嶋田信敏外野守備走塁コーチが2回裏に井出竜也の内野ゴロの判定で、山本塁審に抗議し、胸を突くなどの暴力行為で退場処分となった[14]。
    • 阪神タイガースの平尾博司と西武ライオンズの谷中真二の交換トレードを両球団から発表[15]。
  • 8日
    • 中日ドラゴンズの益田大介が金銭トレードで大阪近鉄バファローズに移籍[10]
  • 11日
    • 千葉ロッテマリーンズは対大阪近鉄バファローズ戦(大阪ドーム)で日本プロ野球タイ記録の1試合4犠飛[16]。
  • 24日
  • 29日
    • 日本ハムファイターズ対大阪近鉄バファローズ10回戦(東京ドーム)は日本ハムファイターズが7人、大阪近鉄バファローズが9人の計16人が登板するプロ野球1試合登板数の最多記録[17]。
    • 大阪近鉄バファローズがフレッディ・ガルシアを解雇したと発表[18]。
  • 30日
    • 千葉ロッテマリーンズの小林雅英が5月25日の対日本ハムファイターズ戦(東京ドーム)からこの日の対福岡ダイエーホークス戦(千葉マリンスタジアム)まで、パ・リーグ史上初のチーム6試合連続セーブ[19]。
  • 31日
    • ヤクルトスワローズの稲葉篤紀が対読売ジャイアンツ11回戦(神宮球場)の9回裏に條辺剛から11号サヨナラ満塁本塁打を打つ。セ・リーグ史上26度目[20]。
    • 中日ドラゴンズは李鍾範の退団を発表[21]。

6月

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7月

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  • 4日
    • 千葉ロッテマリーンズの小林雅英が対大阪近鉄バファローズ16回戦(大阪ドーム)で敗戦投手となり、連続試合セーブのパ・リーグ記録が12で止まる[30]。
  • 8日
    • 読売ジャイアンツの松井秀喜が対横浜ベイスターズ18回戦(横浜スタジアム)の9回表に安打を打ち、セ・リーグタイ記録の50試合連続出塁[31]。
  • 9日
    • 千葉ロッテマリーンズのフランク・ボーリックが対福岡ダイエーホークス18回戦(千葉マリンスタジアム)の10回裏に20号サヨナラ満塁本塁打、パ・リーグ通算28度目[32]。
  • 12日
    • 読売ジャイアンツの松井秀喜が対ヤクルトスワローズ14回戦(東京ドーム)の9回裏に左前安打を打ち、セ・リーグ新記録の51試合連続出塁を達成[33]。
  • 20日
  • 28日
    • オリックス・ブルーウェーブの谷佳知が7月7日からの連続四球試合を11として球団記録を更新[35]。

8月

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  • 2日
    • 阪神タイガースは翌2002年の監督について、1999年からこの2001年まで3年契約で監督を務めていた野村克也が続投することを発表[36][37]。しかし野村はシーズン終了後の同年12月6日、妻・沙知代の不祥事を受けて監督辞任を表明(後述)。
  • 11日
    • 阪神タイガースの桧山進次郎が対中日ドラゴンズ20回戦(ナゴヤドーム)の9回表二死一、二塁の場面で左前適時安打を打ち、球団新記録となる27試合連続出塁を達成[38]。
  • 14日
    • 日本ハムファイターズの小笠原道大が対大阪近鉄バファローズ19回戦(東京ドーム)の1回裏に遊撃内野安打で出塁し、球団新記録となる40試合連続出塁を達成[39]。
  • 26日
    • 中日ドラゴンズの野口茂樹が対読売ジャイアンツ26回戦(東京ドーム)に先発して4失点で完投勝利し、プロ野球タイ記録となる4試合連続無四球完投勝利を達成[40]。
  • 27日
    • 日本ハムファイターズの小笠原道大が対福岡ダイエーホークス22回戦(東京ドーム)の一回裏に二塁打を打ち、プロ野球新記録となる17試合連続得点を達成[41]。

9月

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  • 4日
    • 読売ジャイアンツの入来祐作が対横浜ベイスターズ24回戦(倉敷スポーツ公園野球場)の5回裏の第2打席で三振に倒れセ・リーグ新記録となる開幕から54打席連続無安打。次の打席の7回裏の第3打席で右前安打を打ち記録を止めた[42]
  • 10日
    • 大阪近鉄バファローズのタフィ・ローズが対福岡ダイエーホークス27回戦(大阪ドーム)の7回裏に53号本塁打を打ち、パ・リーグの年間最多本塁打の新記録となる[43]。
  • 12日
    • 阪神タイガース対ヤクルトスワローズ24回戦(阪神甲子園球場)は史上2度目のセ・リーグ両チーム1試合最多犠打タイとなる8犠打を記録。内訳はヤクルトが6犠打、阪神が2犠打。また、ヤクルトの6犠打も1チームのリーグタイ記録で史上5度目[44]。
  • 23日
    • オリックス・ブルーウェーブの谷佳知が対福岡ダイエーホークス27回戦(福岡ドーム)の6回表に二塁打を打ち、プロ野球新記録となる1シーズン49二塁打[45]。
  • 24日
    • 大阪近鉄バファローズのタフィ・ローズが対西武ライオンズ28回戦(大阪ドーム)の5回裏に松坂大輔から55本塁打を打ち、シーズン最多本塁打の日本プロ野球タイ記録[46][47]。
  • 25日
    • 中日ドラゴンズの監督の星野仙一が中日ドラゴンズ対ヤクルトスワローズ25回戦(ナゴヤドーム)の試合前に記者会見し、今季限りで辞任すると表明[48]。
  • 26日
    • 大阪近鉄バファローズ対オリックス・ブルーウェーブ26回戦(大阪ドーム)で大阪近鉄バファローズが6-5でサヨナラ勝ちし、12年ぶり4度目のパ・リーグ優勝を決める。北川博敏が2-5とリードされた9回裏無死満塁の場面で代打で登場し史上6人目の代打逆転サヨナラ満塁本塁打[49]。
  • 28日
    • 読売ジャイアンツは東京ドームホテルにて記者会見し監督の長嶋茂雄が退任し球団の経営母体の「株式会社よみうり」常務から専務取締役に昇格し「終身名誉監督」に、ヘッドコーチの原辰徳が新監督に就任すると発表[50]。
    • オリックス・ブルーウェーブは監督の仰木彬が今季限りで辞任すると正式に発表[51]。
  • 30日
    • 福岡ダイエーホークスは対大阪近鉄バファローズ戦でタフィ・ローズに対し敬遠策を取る。試合後福岡ダイエーホークスのバッテリーコーチの若菜嘉晴が監督の王貞治のシーズン本塁打記録を守るために敬遠を指示したとコメント[52]。
    • オリックス・ブルーウェーブの藤井康雄が対千葉ロッテマリーンズ27回戦(グリーンスタジアム神戸)の9回裏二死満塁の場面で代打で登場しプロ野球史上7人目の代打逆転サヨナラ満塁本塁打となる14号を打つ[53]。
    • 西武ライオンズの監督の東尾修が西武ドームにてオーナーの堤義明と会談し、今季限りで退任することが正式に決定[54]。
    • 斎藤雅樹・槙原寛己・村田真一の合同引退式。

10月

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  • 1日
    • 中日ドラゴンズは同シーズン限りで監督を退任する星野仙一に代わる翌2002年からの新監督として、同年にヘッドコーチを務めた山田久志が就任することを発表[55]。
    • 西武ライオンズの西崎幸広が今季限りでの現役引退を表明[56]。また、西武ライオンズはミゲール・デルトロに来季の契約を結ばないことを発表[57]。
  • 2日
    • 読売ジャイアンツの二軍監督の高田繁が今季限りでの辞任を申し入れ、了承される[58]。
  • 3日
    • 読売ジャイアンツは二軍打撃外野守備コーチの淡口憲治が二軍監督に就任すると発表[59][60]。
  • 4日
    • 日本ハムファイターズの一軍投手コーチの森繁和が退団[61]。
  • 5日
    • 西武ライオンズは伊東勤に対し来季の監督就任を要請したが、伊東は現役続行したい意向を伝える[62]。
  • 6日
    • ヤクルトスワローズが対横浜ベイスターズ戦26回戦(横浜スタジアム)に4-3で勝利し、4年ぶり6度目のセ・リーグ優勝を達成[63]。
    • プロ野球コナミ・ファーム日本選手権が松山坊っちゃんスタジアムで行われ、イースタンリーグ優勝の西武ライオンズがウエスタンリーグ優勝の阪神タイガースに5-0で勝利し、ファーム初の日本一を達成[64]。
    • 西武ライオンズのミゲール・デルトロがメキシコ・オブレゴン市近郊にて交通事故で死亡[65]。
  • 9日
    • オリックス・ブルーウェーブは神戸市のホテルにて記者会見し、野球評論家の石毛宏典が監督に就任すると正式に発表[66]。
  • 10日
  • 11日
    • 西武ライオンズは球団事務所にて守備走塁コーチの伊原春樹に対し監督就任を要請し、伊原は承諾[68]。
    • 広島東洋カープの菊地原毅が対ヤクルトスワローズ27回戦(神宮球場)で7回裏から登板し、セ・リーグタイ記録のシーズン77試合[69]。ヤクルトスワローズの宮本慎也が7回裏に犠打を決め、シーズン最多犠打のプロ野球タイ新記録となる66犠打[70]。
  • 12日
    • 中日ドラゴンズは翌2002年シーズンのコーチングスタッフを発表。一軍監督を山田久志、一軍ヘッドコーチを前二軍監督の仁村徹、一軍打撃コーチを前大阪近鉄バファローズの佐々木恭介、二軍監督を前一軍作戦総合コーチの島野育夫、二軍打撃コーチを元中日選手の川又米利が務める、などの人事である[71][72]。
    • ヤクルトスワローズの宮本慎也が対広島東洋カープ28回戦(神宮球場)の4回裏に犠打を決め、シーズン最多犠打のプロ野球新記録となる67犠打[73]。
    • 広島東洋カープの菊地原毅が対ヤクルトスワローズ28回戦(神宮球場)の6回裏から登板し、プロ野球タイ記録のシーズン78試合[74]。
    • セ・リーグは全日程を終了[75]。
  • 13日
    • 中日新監督の山田久志は今中慎二について、翌2002年の戦力構想に入っていないことを明言[76]。
  • 17日
    • 阪神タイガースは吉田剛が今季限りで現役引退すると発表[77]。
    • 阪神タイガースの塩谷和彦とオリックス・ブルーウェーブの斉藤秀光のトレードが成立したと両球団が発表[78]。
  • 18日
    • 千葉ロッテマリーンズの武藤潤一郎と日本ハムファイターズの黒木純司のトレードが成立[79]。
    • 日本ハムファイターズは前中日ドラゴンズの高代延博が一軍ヘッド兼内野守備コーチに就任すると発表[80]。
  • 19日
  • 22日
    • 沢村栄治賞の選考が都内のホテルで行われ、西武ライオンズの松坂大輔を選出[83]。
  • 25日
    • 日本シリーズの第5戦が神宮球場で行われ、ヤクルトスワローズが大阪近鉄バファローズに4-2で勝利し、4勝1敗で4年ぶり5度目の日本シリーズ優勝[84]。
  • 26日
  • 31日

11月

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  • 1日
    • 大阪近鉄バファローズはオリックス・ブルーウェーブから五十嵐章人を金銭トレードで獲得[87]。
    • ヤクルトスワローズが福岡ダイエーホークスの浜名千広を金銭トレードで獲得したと発表[88]。
  • 9日
    • 日本ハムファイターズが前大阪近鉄バファローズの柴田佳主也の獲得を発表。背番号は33[89]。
  • 10日
    • 中日ドラゴンズの今中慎二が名古屋市内で記者会見し、今季限りでの現役引退を正式に発表[90]。
  • 15日
    • プロ野球実行委員会が開かれ、横浜ベイスターズの筆頭株主がマルハからニッポン放送に替わることを承認[91]。
  • 16日
    • 読売ジャイアンツのオーナーの渡辺恒雄が、ニッポン放送が横浜ベイスターズの筆頭株主となったことがプロ野球実行委員会で承認された事に対し、一つの球団が他球団の株式を持つことを禁じる野球協約に違反するとの見解を示す。ニッポン放送はフジテレビの筆頭株主でヤクルトスワローズ球団の株を20パーセント保有しており、この資本関係が野球協約183条に違反し、「フジがヤクルトの株を売却するしかない」と指摘した[92]。
  • 17日
    • プロ野球コミッショナーの川島廣守は、読売ジャイアンツのオーナーの渡辺恒雄がニッポン放送が横浜の筆頭株主となるのは野球協約に違反するとの指摘に対し「そのような状況にあるように思える」と述べる[93]。
  • 20日
    • ドラフト会議が東京の新高輪プリンスホテルにて行われる[94]。
    • 大阪近鉄バファローズが香田勲男の現役引退を表明。来季は大阪近鉄バファローズの一軍投手コーチに就任[95]。
  • 21日
    • 中日ドラゴンズがFA宣言していた山﨑武司の残留を発表[96]。
  • 22日
    • 中日ドラゴンズからFA宣言した前田幸長が読売ジャイアンツへの入団を正式に表明。背番号は29[97]で、これを受けて上野裕平の背番号は29から31に[98]。併せてダレル・メイ、ドミンゴ・マルティネスの退団を発表[99]。
  • 28日
    • 千葉ロッテマリーンズは松本尚樹が現役引退しスカウトに就任すると発表[100]。
    • オリックス・ブルーウェーブからFA宣言した加藤伸一が大阪近鉄バファローズへの入団を正式に表明[101]。
  • 29日
    • 日本野球機構は臨時のプロ野球実行委員会を開き、11月15日に承認した横浜ベイスターズの筆頭株主がマルハからニッポン放送への移行を白紙に戻すと決定。また、問題を検討するため野球協約で11月30日が期限となっていた「参加球団の変更」について3月29日までに延期することを決定[102][103]。
  • 30日

12月

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  • 2日
    • セ・リーグは理事会を開き、2002年からリーグ優勝決定方式を勝数優先から勝率優先に戻すことを決定[105]。
  • 4日
    • 読売ジャイアンツは前中日ドラゴンズの武田一浩の入団を正式に発表[106]。
  • 5日
    • 東京地検特捜部は午後、阪神タイガース監督である野村克也の妻・野村沙知代を法人税法・所得税法両違反容疑で逮捕[107]。
  • 6日
    • 阪神タイガースは0時半より西宮市の球団事務所にて記者会見し、監督の野村克也が妻・野村沙知代の脱税容疑で逮捕された責任を取り辞任したと正式に発表[108]。
    • 横浜ベイスターズが前千葉ロッテマリーンズの石井浩郎と正式契約を結んだと発表。背番号は3[109]。
    • 大阪近鉄バファローズが山村宏樹の背番号を65から12に変更したと発表[110]。
  • 7日
    • 阪神タイガースは大阪府大阪市福島区の阪神電気鉄道本社で緊急役員会を開き、監督を辞任した野村克也の後任として、同年まで中日ドラゴンズの監督を務めた星野仙一を招聘する方針を決定[111]。
  • 10日
    • 阪神タイガースから次期監督就任要請を受けることになった前中日ドラゴンズ監督の星野仙一は同日、中日球団名誉オーナーの大島宏彦、球団オーナーの白井文吾を訪ね、12日に阪神との交渉の席に着くことを報告した。阪神は同日、球団オーナーの久万俊二郎と球団社長の野崎勝義が12日に愛知県名古屋市のホテルで星野と交渉し、正式に監督就任を要請すると発表[112]。
  • 12日
    • 阪神タイガース球団オーナーの久万俊二郎と球団社長の野崎勝義は愛知県名古屋市西区のホテルで、星野仙一に翌2002年からの監督就任を要請[113]。星野は同日、要請に対し大筋で合意したことを発表[114]。
    • 加藤伸一の大阪近鉄バファローズへのFA移籍に伴う人的補償として、オリックス・ブルーウェーブがユウキの獲得を発表[115]。
  • 13日
  • 15日
    • 前中日ドラゴンズ監督の星野仙一は、2002年シーズンからの監督就任を要請してきた阪神タイガースと2回目の入団交渉を行い、この日の正式発表はしなかったが、要請を内諾したと報じられる[119]。
  • 18日
  • 19日
    • 阪神タイガースの新監督に就任した星野仙一は中日ドラゴンズ球団事務所を訪れ、翌2002年シーズンから中日二軍監督を務めることが決定していた島野育夫について、阪神のコーチとして招聘したい意向を申し入れたが、中日球団社長の西川順之助は島野について、まだ正式契約こそ完了していないものの、よくシーズンのポストについては本人の承諾を得ているとして、申し入れを断った[122]。
  • 20日
    • 日本ハムファイターズからFAで退団した片岡篤史が阪神タイガースへの入団を正式に表明[123]。
    • 阪神タイガースは翌2002年からチーフ打撃コーチとして、元阪神選手であり、新監督の星野仙一からコーチ就任要請を受けていた田淵幸一が就任することを発表[124]。
  • 21日
  • 24日
    • 中日ドラゴンズはFAでのメジャーリーグ移籍を表明していた横浜ベイスターズの谷繁元信と電話で入団交渉を行い、入団で合意[126]。
  • 25日
    • 阪神タイガースが前オリックス・ブルーウェーブのジョージ・アリアスの入団と、イバン・クルーズと来季の契約を結ばないことを発表[127]。
    • 中日ドラゴンズ二軍監督の島野育夫は中日球団事務所を訪れ、球団社長の西川順之助と球団総括の伊藤一正に対し退団を申し入れた。これに対し、中日球団側は球団残留を要請、複数年契約も提示した[128]。
  • 27日
    • ヤクルトスワローズの石井一久が都内の球団事務所にてポスティングによるメジャー・リーグへの移籍を申しいれ、了承される[129]。
  • 28日
    • 横浜ベイスターズが金銭トレードで中日ドラゴンズの中村武志を獲得した発表[130]。

達成された記録

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打者の記録

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  • 4月4日 - ヤクルトスワローズの池山隆寛が読売ジャイアンツ戦(明治神宮野球場)で南真一郎から代打二塁適時打を放ち、日本プロ野球通算1500安打、史上81人目[6]。
  • 4月12日 - 読売ジャイアンツの松井秀喜が対中日ドラゴンズ3回戦(ナゴヤドーム)に先発出場し、プロ通算1000試合出場を達成。史上366人目[131]。松井はこの試合の5回表に4号本塁打を放ち、プロ通算250本塁打も達成。史上41人目[132]。
  • 4月28日 - オリックス・ブルーウェーブの田口壮が対日本ハムファイターズ7回戦(グリーンスタジアム神戸)に出場し、プロ通算1000試合出場を達成。史上367人目[133]。
  • 5月6日 - ヤクルトスワローズの池山隆寛が広島東洋カープ戦(広島市民球場)で山﨑健から通算300本塁打、史上24人目[6]。
  • 5月13日 - 大阪近鉄バファローズのタフィ・ローズが対千葉ロッテマリーンズ9回戦(大阪ドーム)の7回裏に14号2点本塁打を放ち、プロ野球通算150本塁打を達成。史上117人目で、外国人選手としては19人目[134]。
  • 5月23日 - 読売ジャイアンツの川相昌弘が対ヤクルトスワローズ8回戦(東京ドーム)の7回裏に代打で出場し、プロ通算1500試合出場を達成。史上132人目[135]。
  • 6月13日 - 大阪近鉄バファローズの中村紀洋が対福岡ダイエーホークス12回戦(福岡ドーム)で通算200本塁打[136]。
  • 6月16日 - 西武ライオンズの鈴木健が対日本ハムファイターズ12回戦(福島)で、通算1000安打を達成[137]。
  • 6月17日 - 読売ジャイアンツの清原和博がナゴヤドームでの対中日ドラゴンズ15回戦の1回表に三振を喫し、通算1500三振[138]。
  • 6月28日 - ヤクルトスワローズのロベルト・ペタジーニが対横浜ベイスターズ14回戦(神宮球場)で、通算100本塁打[139]。
  • 6月30日 - ヤクルトスワローズの土橋勝征が対阪神タイガース15回戦(甲子園球場)に8番・二塁で先発出場し、通算1000試合出場[140]。
  • 7月7日 - 広島東洋カープの金本知憲が対阪神タイガース14回戦(広島市民球場)で、通算200本塁打[141]。
  • 7月8日 - 西武ライオンズの松井稼頭央が対オリックス・ブルーウェーブ18回戦(グリーンスタジアム神戸)で、通算1000安打。818試合目での達成は日本プロ野球史上歴代5位(当時)[142][143]。
  • 7月10日 - ヤクルトスワローズの古田敦也が対読売ジャイアンツ14回戦(東京ドーム)で、通算150本塁打[144]。
  • 7月11日 - ヤクルトスワローズの古田敦也が東京ドームでの対読売ジャイアンツ15回戦(東京ドーム)で、通算1500安打[145]。
  • 7月12日 - 読売ジャイアンツの江藤智が対ヤクルトスワローズ16回戦(東京ドーム)で、通算300本塁打[146]。
  • 7月31日 - 横浜ベイスターズの鈴木尚典が対広島東洋カープ14回戦(広島市民球場)の1回表に左前適時打を放ち、プロ通算1000安打を達成。史上206人目[147]。
  • 8月1日 - 読売ジャイアンツの高橋由伸が中日ドラゴンズ19回戦(東京ドーム)で、通算100本塁打[148]。
  • 8月11日 - 読売ジャイアンツのドミンゴ・マルティネスが対ヤクルトスワローズ21回戦(東京ドーム)で、通算100本塁打[149]。
  • 8月12日 - オリックス・ブルーウェーブの大島公一が対福岡ダイエーホークス20回戦(グリーンスタジアム神戸)に出場し、通算1000試合出場[150]。
  • 8月15日 - 広島東洋カープの金本知憲が対阪神タイガース20回戦(大阪ドーム)に出場し、通算1000試合出場[151]。
  • 8月18日 - 広島東洋カープの町田公二郎が対読売ジャイアンツ21回戦(広島市民球場)の8回裏に8号本塁打を打ち、代打本塁打14本の球団新記録を達成[152]。
  • 8月19日 - 広島東洋カープの西山秀二が対読売ジャイアンツ22回戦(広島市民球場)の9回表から途中出場し、プロ通算1000試合出場を達成。史上373人目[153]。
  • 8月21日 - 千葉ロッテマリーンズの初芝清が対福岡ダイエーホークス24回戦(宮城県営球場)の4回裏に12号本塁打を打ち、通算200本塁打[154]。
  • 9月2日
    • 広島東洋カープの金本知憲が対読売ジャイアンツ25回戦(広島市民球場)の8回裏に中前適時打を打ち、通算1000安打[155]。
    • 中日ドラゴンズの立浪和義が対横浜ベイスターズ23回戦(ナゴヤドーム)の6回裏に二塁打を放ち、プロ通算350二塁打を達成。史上22人目[156]。
  • 9月12日 - 阪神タイガースの広澤克実が対ヤクルトスワローズ24回戦(阪神甲子園球場)の5回裏に11号2点本塁打を放ち、プロ通算300本塁打を達成。史上26人目[157]。
  • 10月3日 - 横浜ベイスターズの谷繁元信が対広島東洋カープ27回戦(広島市民球場)で、通算100本塁打[158]。
  • 10月9日 - 横浜ベイスターズの谷繁元信が対中日ドラゴンズ27回戦(横浜スタジアム)の3回裏に中前安打を打ち、通算1000安打[159]。
  • 10月11日 - 広島東洋カープの町田康嗣郎が対ヤクルトスワローズ27回戦(神宮球場)の8回表に代打で9号満塁本塁打を打ち、プロ野球タイ記録となる通算代打本塁打4本[160]。

投手の記録

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  • 4月28日 - 西武ライオンズの西口文也が対千葉ロッテマリーンズ6回戦(西武ドーム)に先発して8回まで投げ、プロ通算1000投球回を達成。史上289人目[161]。
  • 5月5日 - オリックス・ブルーウェーブの加藤伸一が対千葉ロッテマリーンズ7回戦(千葉マリンスタジアム)に先発して4回を投げ、プロ通算1500投球回を達成。史上147人目[162]。
  • 6月26日 - 横浜ベイスターズの斎藤隆が長野での対ヤクルトスワローズ12回戦で、通算1000奪三振[163]。
  • 7月8日 - 横浜ベイスターズの小宮山悟が対読売ジャイアンツ18回戦(横浜スタジアム)に先発し8回まで投げ今季5勝目を挙げ、プロ通算100勝[164]。
  • 7月30日 - 西武ライオンズの橋本武広が対福岡ダイエーホークス16回戦(西武ドーム)の延長11回表に2番手で救援登板し、プロ通算500試合登板を達成。史上70人目[165]。
  • 8月1日 - 阪神タイガースの星野伸之がヤクルトスワローズ18回戦(甲子園)で、通算2000奪三振[166]。
  • 8月5日 - 横浜ベイスターズの野村弘樹が対読売ジャイアンツ21回戦(横浜スタジアム)で、通算100勝[167]。
  • 8月8日 - 中日ドラゴンズの前田幸長が対横浜ベイスターズ20回戦(札幌ドーム)で、通算1000奪三振[168]。
  • 8月10日 - 読売ジャイアンツの桑田真澄が対ヤクルトスワローズ20回戦(東京ドーム)に先発し今季2勝目を挙げ、通算150勝[169]。
  • 8月12日 - 中日ドラゴンズの野口茂樹が対阪神タイガース21回戦(ナゴヤドーム)で、通算1000投球回[170]。
  • 8月17日 - 中日ドラゴンズの山本昌が対ヤクルトスワローズ19回戦(神宮球場)で、通算1500奪三振[171]。
  • 9月15日 - 横浜ベイスターズの小宮山悟が対阪神タイガース23回戦(阪神甲子園球場)に先発して4回を終えた時点でプロ通算2000投球回を達成。史上81人目[172]。
  • 9月16日 - 中日ドラゴンズの紀藤真琴が対読売ジャイアンツ27回戦(ナゴヤドーム)で、通算1000奪三振[173]。

その他の記録

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  • 4月30日 - 千葉ロッテマリーンズのフランク・ボーリックが大阪近鉄バファローズ戦(千葉マリンスタジアム)で日本プロ野球通算75000号本塁打[16]。
  • 5月5日 - 西武ライオンズの橋本武広が対日本ハムファイターズ7回戦(東京ドーム)の9回裏に2番手で救援登板し、439試合連続救援登板のプロ野球新記録(当時)[174]。
  • 5月29日 - 千葉ロッテマリーンズの山﨑貴弘が対福岡ダイエーホークス11回戦(千葉マリンスタジアム)の8回表に4番手で救援登板し、1球目で松中信彦を併殺打に打ち取り、同回裏にロッテが勝ち越したため、プロ野球史上初の1球でプロ初勝利を記録。1球勝利投手は史上13人目[175]。
  • 6月27日 - ヤクルトスワローズが横浜ベイスターズ13回戦(神宮球場)に3-1で勝利し、球団通算3000勝を達成[176]。高津臣吾が今季16セーブ目を挙げ、プロ通算200セーブポイント[177]。
  • 6月28日 - 読売ジャイアンツが中日ドラゴンズ18回戦(札幌ドーム)に6-0で勝ち、監督の長嶋茂雄が監督通算1000勝を達成[178]。
  • 8月12日 - 中日ドラゴンズ対阪神タイガース21回戦(ナゴヤドーム)で阪神タイガースが1-0で勝利し、球団通算4000勝[179]。
  • 10月7日 - 横浜ベイスターズ対ヤクルトスワローズ27回戦(横浜スタジアム)で横浜ベイスターズが7-2で勝利し、球団通算3000勝[180]。

競技結果

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2001年セントラル・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝ヤクルトスワローズ76586.567---
2位読売ジャイアンツ75632.5433.0
3位横浜ベイスターズ69674.5078.0
4位広島東洋カープ68657.5117.5
5位中日ドラゴンズ62744.45615.0
6位阪神タイガース57803.41620.5

*順位は勝率に関係なく勝利数順で決定

2001年パシフィック・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝大阪近鉄バファローズ78602.565---
2位福岡ダイエーホークス76631.5472.5
3位西武ライオンズ73670.5216.0
4位オリックス・ブルーウェーブ70664.5157.0
5位千葉ロッテマリーンズ64742.46414.0
6位日本ハムファイターズ53843.38724.5

日本シリーズ

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2001年 日本シリーズ
日付試合ビジター球団(先攻)スコアホーム球団(後攻)開催球場
10月20日(土)第1戦ヤクルトスワローズ7 - 0大阪近鉄バファローズ大阪ドーム
10月21日(日)第2戦ヤクルトスワローズ6 - 9大阪近鉄バファローズ
10月22日(月)移動日
10月23日(火)第3戦大阪近鉄バファローズ2 - 9ヤクルトスワローズ明治神宮野球場
10月24日(水)第4戦大阪近鉄バファローズ1 - 2ヤクルトスワローズ
10月25日(木)第5戦大阪近鉄バファローズ2 - 4ヤクルトスワローズ
優勝:ヤクルトスワローズ(4年ぶり5回目)

個人タイトル

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セントラル・リーグパシフィック・リーグ
タイトル選手球団成績選手球団成績
最優秀選手R.ペタジーニヤクルトT.ローズ近鉄
最優秀新人赤星憲広阪神大久保勝信オリックス
最優秀投手藤井秀悟ヤクルト
沢村栄治賞松坂大輔西武
首位打者松井秀喜巨人.333福浦和也ロッテ.346
最多本塁打R.ペタジーニヤクルト39本T.ローズ近鉄55本
最多打点R.ペタジーニヤクルト127打点中村紀洋近鉄132打点
最多盗塁赤星憲広阪神39盗塁井口資仁ダイエー44盗塁
最多安打石井琢朗横浜171安打小笠原道大日本ハム195安打
最高出塁率R.ペタジーニヤクルト.466中村紀洋近鉄.434
最優秀防御率野口茂樹中日2.46N.ミンチーロッテ3.26
最多勝利藤井秀悟ヤクルト14勝松坂大輔西武15勝
最多奪三振野口茂樹中日187奪三振松坂大輔西武214奪三振
最高勝率[181]入来祐作巨人.765田之上慶三郎ダイエー.650
最優秀救援投手高津臣吾ヤクルト37SPR.ペドラザダイエー38SP
最優秀中継ぎ投手(セ)
最多ホールド投手(パ)
木塚敦志横浜28.40RP吉田修司ダイエー19H

ベストナイン

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セントラル・リーグパシフィック・リーグ
守備位置選手球団選手球団
投手藤井秀悟ヤクルト松坂大輔西武
捕手古田敦也ヤクルト城島健司ダイエー
一塁手R.ペタジーニヤクルト小笠原道大日本ハム
二塁手E.ディアス広島井口資仁ダイエー
三塁手江藤智巨人中村紀洋近鉄
遊撃手石井琢朗横浜松井稼頭央西武
外野手松井秀喜巨人谷佳知オリックス
金本知憲広島礒部公一近鉄
稲葉篤紀ヤクルトT.ローズ近鉄
指名打者F.ボーリックロッテ

ゴールデングラブ賞

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セントラル・リーグパシフィック・リーグ
守備位置選手球団選手球団
投手野口茂樹中日松坂大輔西武
捕手古田敦也ヤクルト城島健司ダイエー
一塁手R.ペタジーニヤクルト小笠原道大日本ハム
二塁手仁志敏久巨人井口資仁ダイエー
三塁手岩村明憲ヤクルト中村紀洋近鉄
遊撃手宮本慎也ヤクルト小坂誠ロッテ
外野手高橋由伸巨人田口壮オリックス
松井秀喜巨人谷佳知オリックス
赤星憲広阪神柴原洋ダイエー

オールスターゲーム

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誕生

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2001年の野球を参照

死去

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2001年の野球を参照

出典

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  4. ↑ 「野球殿堂 故根本、小山ら4氏」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)1月13日付朝刊、25面(スポーツ面)。
  5. ↑ 「横浜の福盛が「一夫」に」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)3月2日付朝刊、22面(スポーツ面)。
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  8. ↑ 「プロ野球情報 日ハム、原田を獲得」『北海道新聞』(縮刷版) 2001年(平成13年)4月7日付朝刊、21面(スポーツ面)。
  9. ↑ 『王貞治監督 ホークス14年の軌跡』福岡ソフトバンクホークスマーケティング〈SOFTBANK MOOK〉、2008年、36頁。ISBN 9784797348309。
  10. 1 2 3 4 5 中日ドラゴンズ 編 編『中日ドラゴンズ70年史』中日新聞社、2006年、192頁。ISBN 4806205141。
  11. ↑ 「ダイエー・柴原外野手が日本タイ記録の1試合4二塁打」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)4月30日付朝刊、16面(スポーツ面)。
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  18. ↑ 「ガルシアを解雇」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)5月30日付朝刊、21面(スポーツ面)。
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  74. ↑ 読売新聞2001年10月13日23面「広島・菊地原がシーズン最多登板数の日本タイ」読売新聞縮刷版2001年10月p719
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  90. ↑ 読売新聞2001年11月11日26面「今中が引退発表 目うるませ『投げる自信なくなった』」読売新聞縮刷版2001年11月p592
  91. ↑ 読売新聞2001年11月16日23面「ベイスターズ筆頭株主交代 経営強化へ『メディア主導』」読売新聞縮刷版2001年11月p845
  92. ↑ 読売新聞2001年11月17日23面「横浜の株取得は『野球協約に違反』巨人オーナーが異議」読売新聞縮刷版2001年11月p905
  93. ↑ 読売新聞2001年11月18日20面「『協約違反』問題で報告求める意向 川島コミッショナー」読売新聞縮刷版2001年11月p958
  94. ↑ 読売新聞2001年11月20日夕刊1面「寺原はダイエーが交渉権 ドラフト会議 巨人は真田」読売新聞縮刷版2001年11月p1045
  95. ↑ 「球界情報 20日 近鉄・香田引退へ 一軍投手コーチに」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)11月21日付朝刊、19面(スポーツ面)。
  96. ↑ 「球界情報 21日 FA山崎武残留」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)11月22日付朝刊、21面(スポーツ面)。
  97. ↑ 「「巨人・前田」誕生 背番号は「29」のまま 「先発も中継ぎもOK」」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)11月23日付朝刊、21面(スポーツ面)。
  98. ↑ 「球界情報 22日 上野、現状維持」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)11月23日付朝刊、21面(スポーツ面)。
  99. ↑ 「メイ、マル退団」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)11月23日付朝刊、21面(スポーツ面)。
  100. ↑ 読売新聞2001年11月28日24面「松本が現役引退」読売新聞縮刷版2001年11月p1522
  101. ↑ 「球界情報 28日 FA加藤、近鉄へ」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)11月29日付朝刊、21面(スポーツ面)。
  102. ↑ 読売新聞2001年11月30日21面「『誤った判断』実行委認める 『横浜株譲渡』白紙 波紋広げた"拙速"議論 横浜常務『結論に従う』」読売新聞縮刷版2001年11月p659
  103. ↑ 読売新聞2001年11月30日38面「横浜ベイスターズ株譲渡 野球機構『白紙』に戻す 臨時実行委全会一致」読売新聞縮刷版2001年11月p1668
  104. ↑ 読売新聞2001年12月1日23面「アリアス退団」読売新聞縮刷版2001年12月p23
  105. ↑ 読売新聞2001年12月4日19面「順位は『勝率優先』セ理事会正式決定」読売新聞縮刷版2001年12月p189
  106. ↑ 読売新聞2001年12月5日19面「武田『最後のひと踏ん張り』巨人と契約 目標は日本一」読売新聞縮刷版2001年12月p251
  107. ↑ 読売新聞2001年12月6日1面「野村沙知代社長逮捕 脱税事件 阪神・野村監督が辞任」読売新聞縮刷版2001年12月p283
  108. ↑ 読売新聞2001年12月6日25面「野村監督 事実上の解任 脱税容疑で夫人逮捕 釈明3分 無残な引き際」読売新聞縮刷版2001年12月p307
  109. ↑ 「球界情報 6日 石井、年俸5千万円「フルに能力出す」」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)12月7日付朝刊、18面(スポーツ面)。
  110. ↑ 「球界情報 6日 7勝山村が倍増更改 8勝門倉ダウン保留」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)12月7日付朝刊、18面(スポーツ面)。
  111. ↑ 『中日新聞』2001年12月8日朝刊運動1面29頁「阪神が「星野監督」正式要請へ 「話聞く。少し待って」」(中日新聞社)
  112. ↑ 『中日新聞』2001年12月11日朝刊運動2面14頁「阪神新監督 あす星野氏に要請 久万オーナーら来名」(中日新聞社)
  113. ↑ 『中日新聞』2001年12月12日夕刊社会面13頁「燃える男へ平身低頭 『星野監督』を正式要請」(中日新聞社)
  114. ↑ 『中日新聞』2001年12月13日朝刊1面1頁「星野氏 阪神監督に 球団と初交渉 15日にも就任決定」(中日新聞社)
  115. ↑ 「球界情報 12日 ユウキを獲得」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)12月13日付朝刊、25面(スポーツ面)。
  116. ↑ 「背番号変更 清水9 高橋尚17」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)12月14日付朝刊、23面(スポーツ面)。
  117. ↑ 「球界情報 13日 谷1億4000万 球団トップ」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)12月14日付朝刊、23面(スポーツ面)。
  118. ↑ 「球界情報 13日 メジャー投手を獲得」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)12月14日付朝刊、23面(スポーツ面)。
  119. ↑ 『中日新聞』2001年12月16日朝刊1面1頁「「星野阪神」18日にも発表 2回目交渉 監督就任要請を内諾」(中日新聞社)
  120. ↑ 読売新聞2001年12月19日21面「星野阪神 始動 入団発表 やるべきことができない選手には鬼になる」読売新聞縮刷版2001年12月p1025
  121. ↑ 「球界情報 18日 3Aの右腕獲得」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)12月19日付朝刊、21面(スポーツ面)。
  122. ↑ 『中日新聞』2001年12月20日夕刊スポーツ面11頁「星野監督 島野氏招へい要請 中日球団社長は断る」(中日新聞社)
  123. ↑ 読売新聞2001年12月21日22面「夢新たに 阪神入り決断 日本ハムからFA宣言 古巣に感謝と申し訳なさ」読売新聞縮刷版2001年12月p1142
  124. ↑ 『中日新聞』2001年12月21日朝刊運動1面27頁「FA片岡 阪神入り表明 田淵打撃コーチも誕生」(中日新聞社)
  125. ↑ 「球界情報 21日 エクスポズの内野手獲得」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)12月22日付朝刊、21面(スポーツ面)。
  126. ↑ 読売新聞2001年12月25日18面「谷繁、中日入り メジャーは断念」読売新聞縮刷版2001年12月p1314
  127. ↑ 「球界情報 25日 アリアス獲得」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)12月26日付朝刊、21面(スポーツ面)。
  128. ↑ 『中日新聞』2001年12月25日夕刊スポーツ面10頁「中日・島野2軍監督 退団を申し入れ 球団は慰留 年明けに再交渉」(中日新聞社)
  129. ↑ 読売新聞2001年12月27日夕刊3面「石井一、メジャー挑戦 『プロ初めての大きな夢』イチロー同様入札制度で」読売新聞縮刷版2001年12月p1427
  130. ↑ 読売新聞2001年12月28日夕刊3面「中日・中村 横浜へ移籍 金銭トレード」読売新聞縮刷版2001年12月p1471
  131. ↑ 「巨人・松井が1000試合出場」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)4月13日付朝刊、25面(スポーツ面)。
  132. ↑ 「記録メモ 松井が250本塁打」『北海道新聞』(縮刷版) 2001年(平成13年)4月13日付朝刊、19面(スポーツ面)。
  133. ↑ 「オリックス・田口が1000試合出場」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)4月29日付朝刊、18面(スポーツ面)。
  134. ↑ 「近鉄・ローズ外野手が150本塁打」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)5月14日付朝刊、20面(スポーツ面)。
  135. ↑ 「巨人・川相が1500試合出場」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)5月24日付朝刊、23面(スポーツ面)。
  136. ↑ 読売新聞2001年6月14日23面「近鉄・中村が通算200本塁打」読売新聞縮刷版2001年6月p767
  137. ↑ 読売新聞2001年6月17日20面「西武・鈴木が1000本安打」読売新聞縮刷版2001年6月p956
  138. ↑ 読売新聞2001年6月18日17面「巨人・清原が通算1500三振」読売新聞縮刷版2001年6月p1001
  139. ↑ 読売新聞2001年6月29日19面「ヤクルト・ペタジーニが通算100本塁打」読売新聞縮刷版2001年6月p1691
  140. ↑ 読売新聞2001年7月1日17面「ヤクルト・土橋が1000試合出場」読売新聞縮刷版2001年7月p17
  141. ↑ 「2001年7月7日、通算200号本塁打を放った広島時代の金本」『スポーツニッポンdate=2012-09-12』。2016年1月9日閲覧。
  142. ↑ 「【7月8日】2001年(平13) 後に大リーグへ 1000本安打の松井稼頭央と100勝小宮山悟」『スポーツニッポン』2012年7月8日。2016年1月9日閲覧。
  143. ↑ 読売新聞2001年7月9日夕刊5面「西武・松井1000安打」読売新聞縮刷版2001年7月p481
  144. ↑ 読売新聞2001年7月11日25面「ヤクルト・古田が通算150本塁打」読売新聞縮刷版2001年7月p587
  145. ↑ 読売新聞2001年7月12日25面「ヤクルト・古田が通算1500安打」読売新聞縮刷版2001年7月p647
  146. ↑ 読売新聞2001年7月13日25面「巨人・江藤が通算300本塁打」読売新聞縮刷版2001年7月p713
  147. ↑ 「横浜・鈴木尚が1000本安打」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)8月1日付朝刊、20面(スポーツ面)。
  148. ↑ 読売新聞2001年8月2日21面「巨人・高橋由が通算100本塁打」読売新聞縮刷版2001年8月p80
  149. ↑ 読売新聞2001年8月12日23面「巨人・マルチネスが通算100号本塁打」読売新聞縮刷版2001年8月p615
  150. ↑ 読売新聞2001年8月13日夕刊4面「オリックスの大島が1000試合出場」読売新聞縮刷版2001年8月p640
  151. ↑ 読売新聞2001年8月16日21面「広島・金本が1000試合出場」読売新聞縮刷版2001年8月p773
  152. ↑ 読売新聞2001年8月19日20面「広島・町田が代打本塁打14本の球団新」読売新聞縮刷版2001年8月p924
  153. ↑ 「広島・西山が1000試合出場」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)8月20日付朝刊、23面(スポーツ面)。
  154. ↑ 読売新聞2001年8月22日25面「ロッテ・初芝が通算200号本塁打」読売新聞縮刷版2001年8月p1095
  155. ↑ 読売新聞2001年9月3日21面「金本が1000本安打」読売新聞縮刷版2001年9月p129
  156. ↑ 「中日・立浪が350二塁打」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)9月3日付朝刊、21面(スポーツ面)。
  157. ↑ 「阪神・広沢が300号本塁打」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)9月13日付朝刊、23面(スポーツ面)。
  158. ↑ 読売新聞2001年10月4日25面「谷繁100、101号」読売新聞縮刷版2001年10月p203
  159. ↑ 読売新聞2001年10月10日18面「谷繁1000安打 三浦完投11勝目」読売新聞縮刷版2001年10月p439
  160. ↑ 読売新聞2001年10月12日27面「広島・町田が代打満塁本塁打の日本タイ記録」読売新聞縮刷版2001年10月p663
  161. ↑ 「西武・西口が1000投球回」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)4月29日付朝刊、18面(スポーツ面)。
  162. ↑ 「オリックス・加藤が通算1500投球回」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)5月6日付朝刊、26面(スポーツ面)。
  163. ↑ 読売新聞2001年6月27日23面「斎藤が1000K」読売新聞縮刷版2001年6月p1561
  164. ↑ 読売新聞2001年7月9日夕刊5面「小宮山が100勝」読売新聞縮刷版2001年7月p481
  165. ↑ 「西武・橋本が500試合登板」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)7月31日付朝刊、27面(スポーツ面)。
  166. ↑ 読売新聞2001年8月2日21面「阪神・星野伸が2000奪三振」読売新聞縮刷版2001年8月p80
  167. ↑ 読売新聞2001年8月日16面「野村、完投で100勝」読売新聞縮刷版2001年8月p284
  168. ↑ 読売新聞2001年8月9日17面「中日・前田幸が1000奪三振」読売新聞縮刷版2001年8月p441
  169. ↑ 読売新聞2001年8月11日21面「桑田150勝 松井2発 G対ヤク3連戦先制パンチ」読売新聞縮刷版2001年8月p561
  170. ↑ 読売新聞2001年8月13日夕刊5面「中日・野口が1000投球回」読売新聞縮刷版2001年8月p641
  171. ↑ 読売新聞2001年8月18日17面「中日・山本昌が1500奪三振」読売新聞縮刷版2001年8月p869
  172. ↑ 「横浜・小宮山が2000投球回」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)9月16日付朝刊、27面(スポーツ面)。
  173. ↑ 読売新聞2001年9月17日19面「中日・紀藤が1000奪三振」読売新聞縮刷版2001年9月p919
  174. ↑ 「西武・橋本武広投手が連続リリーフ登板プロ野球新記録」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)5月6日付朝刊、26面(スポーツ面)。
  175. ↑ 「ロッテ・山崎が史上初の1球でプロ初勝利」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2001年(平成13年)5月30日付朝刊、20面(スポーツ面)。
  176. ↑ 読売新聞2001年6月28日25面「ヤクルトが球団通算3000勝」読売新聞縮刷版2001年6月p1625
  177. ↑ 読売新聞2001年6月28日25面「ヤクルト・高津が通算200セーブポイント」読売新聞縮刷版2001年6月p1625
  178. ↑ 読売新聞2001年6月29日24面「長嶋監督が監督通算1000勝目」読売新聞縮刷版2001年6月p1690
  179. ↑ 読売新聞2001年8月13日夕刊5面「阪神が通算4000勝」読売新聞縮刷版2001年8月p641
  180. ↑ 読売新聞2001年10月8日13面「横浜が通算3000勝」読売新聞縮刷版2001年10月p439
  181. ↑ セントラル・リーグのみ当時連盟表彰なし

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