2003年の日本プロ野球
表示
| 概要 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 日本一:福岡ダイエーホークス | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 日本シリーズ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 正力松太郎賞 | 王貞治、星野仙一 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 沢村栄治賞 | 井川慶、斉藤和巳 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| セ・リーグ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 最優秀選手 | 井川慶 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 最優秀新人 | 木佐貫洋 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| パ・リーグ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 最優秀選手 | 城島健司 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 最優秀新人 | 和田毅 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| その他 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2003年NPBドラフト会議 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2003年NPBオールスター | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2003年の野球 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
← 2002 2004 → | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
2003年の日本プロ野球(2003ねんのにほんぷろやきゅう)では、2003年の日本プロ野球(NPB)における動向をまとめる。
→メジャーリーグベースボール(MLB)の動向については2003年のメジャーリーグベースボール、NPB、MLB以外の野球動向については2003年の野球を参照
できごと
[編集]1月
[編集]- 1月7日
- 1月9日 - 横浜ベイスターズはコロラド・ロッキーズ傘下AAAコロラド・スプリングスのマット・ホワイトサイドを獲得したと発表[3]。
- 1月10日
- 2003年度の野球殿堂入りする野球人が発表され、競技者表彰で上田利治、関根潤三、特別表彰で元広島東洋カープオーナーの松田耕平を選出。また、昨年と今年のみ行う新世紀特別表彰で、日本に野球を伝えた人物とされる故ホーレス・ウィルソン、現在の軟式ボールの原型「少年野球用ゴム球」を発明した故鈴鹿栄が選出される[4]。
- オリックスは神戸市内のホテルにて記者会見し、前モントリオール・エクスポズの吉井理人の入団を正式に発表[5]。
- 1月11日 - 中日はフロリダ・マーリンズのケビン・ミラーの獲得を発表。2年契約で、年俸は契約金を含め300万(約3億6千万円)ドル。外国人選手の年俸としては球団史上過去最高額[6]。
- 1月16日 - パ・リーグは東京都内のホテルにてオーナー懇談会を開き、2004年度シーズンよりプレーオフ制度を導入することで合意。今後、パ・リーグ理事会にて方式について具体的に検討し、7月のオーナー会議で結論を出す方針となった[7][8]。
- 1月17日 - 【アメリカ時間16日】中日が獲得を発表したケビン・ミラーに対しボストン・レッドソックスが獲得の意向を示し、ミラーが拒否したとAP通信などアメリカのメディアが報道。中日が獲得を発表したミラーは現時点で、日本プロ野球界入りのためにウェイバーに掛けられている状態で、レッドソックスが獲得の意向を示すことはルール上は可能[9]。
- 1月25日 - オリックスは神戸市内のホテルにて昨年ドラフト会議で2巡目に指名した前カンザスシティ・ロイヤルズのマック鈴木の入団を正式に発表[10]。
2月
[編集]- 2月10日 - 大阪近鉄バファローズは中国野球リーグの上海ゴールデンイーグルスと中国の上海市にて業務提携を締結したと発表[11]。
- 2月16日 - 中日の球団社長の西川順之助は春季キャンプ地の沖縄県北谷町にて記者会見し、ケビン・ミラーとの契約解除に同意し、獲得を断念したと発表。日本プロフェッショナル野球組織とメジャー・リーグ機構との間でこの問題について協議した結果、、マーリンズが中日に対し同球団から支払いを受けたトレード・マネーの返還、ミラー側から中日側への文書による謝罪、の2点で解決することで合意し、この解決案の確実な履行をMLB機構が保障し、中日がこれを受諾したもの。受諾を決断した理由について、メジャー・リーグ選手会がミラー側のレッドソックス入りを支持し、受け入れらない場合は3月に開催予定の日本でのメジャー・リーグの開幕戦のボイコットを示唆するなど、球団及び日本プロ野球に影響が及ぶことを懸念した、と説明。また、日本球界入りのためにウェイバーに掛けた選手と交渉しないという「日米間選手契約に関する協定」について、これまでの「紳士協定」の状態から日米の野球機構の間で明確なルールを作るように日本野球機構に要望する考えがあることを明らかにした[12][13][14]。
- 2月18日
- 中日はセントルイス・カージナルスとマイナー契約を結んでいたアレックス・オチョアの獲得を発表[15]。
- パ・リーグは沖縄県宮古島のホテルにて理事会を開き、2004年より導入のプレーオフの骨子を検討。現行の年140試合制のままでプレーオフの試合を実施することは日程的に厳しいため、これを135試合程度に減らすことで基本合意。2位チームと3位チームのシリーズは3回戦制で、2位と3位の勝者と1位チームのシリーズは5回戦とすること合意[16]。また、前年ドラフト入団したオリックスのマック鈴木について、新人王の資格を有することを確認したが、オリックス球団社長の岡添裕が「本人から資格付与の辞退の申し出があった」と報告したためこれを認めた[17]。
- 2月19日 - ロッテは春季キャンプ地の鹿児島市内のホテルにてロバート・ローズの退団を発表。ローズはこの日成田空港にて同空港発ロサンゼルス行き航空機にて帰国する前に会見し、退団の理由について「野球に対する情熱がなくなった」などと語り、退団と共に現役引退を明言[18]。
3月
[編集]- 3月7日 - パ・リーグは理事会を開き、2004年度から実施のプレーオフ方式について討議し、ペナントレースの順位を反映させる方法として、2位チームと3位チームのシリーズは全試合2位チームの本拠地で、2位と3位の勝者と1位チームのシリーズは全試合1位チームの本拠地で開催すること、テレビの放映権料は全額上位チームが受け取る、と決定。また2004年の日本シリーズの開幕を10月23日とするようセ・リーグに要望することを決定。セ・リーグ側が拒否した場合、レギュラーシーズンの試合数が現行の140試合では10月の第3土曜日までにプレーオフを含めた全日程を消化することが困難であるため、5試合減らした135試合とすることを決定[19]。
- 3月15日 - 日本ハムは昨季ミルウォーキー・ブルワーズでプレーした野村貴仁と交渉し、入団で合意[20]。
- 3月19日 - 日本ハムは東京ドームにて野村貴仁の入団を正式に発表[21]。
- 3月20日
- 3月25日 - ロッテはホセ・フェルナンデスを獲得したと発表[24]。
- 3月28日
4月
[編集]- 4月1日
- 4月2日 - 読売ジャイアンツが東京ドームでの横浜2回戦で4-3、中日がナゴヤドームでの対ヤクルト2回戦で延長12回2-1、広島東洋カープが広島市民球場での阪神2回戦に延長10回2-1でサヨナラ勝利。セ・リーグ3試合すべてがサヨナラ試合となったのは史上初[30]。
- 4月5日
- 4月6日 - ダイエーの井口資仁が東京ドームでの対日本ハム3回戦の8回表に2号2点本塁打を打ち、プロ通算100本塁打を達成。史上225人目[33]。
- 4月9日 - 近鉄の髙村祐が千葉マリンスタジアムでの対ロッテ2回戦の一回裏にサブローから三振を奪い、プロ通算1000奪三振を達成。史上110人目[34]。
- 4月10日 - 阪神の桧山進次郎が甲子園球場での対中日3回戦に出場し、プロ通算1000試合出場を達成。史上384人目[35]。
- 4月11日
- 4月14日 - ダイエーの杉内俊哉が千葉マリンスタジアムでの対ロッテ4回戦の8回裏に先頭の小坂誠を振り逃げで出塁、続く渡辺正人、垣内哲也、福浦和也を三振に打ち取り、1イニング4奪三振を記録。パ・リーグ史上5人目[38]。
- 4月15日 - 巨人の清原和博が東京ドームでの広島3回戦の八回裏に林昌樹から死球を受け、プロ野球タイ記録となる通算166死球[39]。
- 4月16日
- 4月18日
- ヤクルトのアレックス・ラミレスが広島市民球場での対広島4回戦の9回表に8号ソロ本塁打を打ち、5試合連続本塁打の球団タイ記録を達成[43]。
- ダイエーは寺原隼人が福岡ドームでの対近鉄4回戦に先発し完投勝利を挙げ、1989年の球団誕生以来初の4試合連続完投勝利[44]。
- 4月19日 - ダイエーの村松有人が福岡ドームでの対近鉄5回戦の一回裏に二塁盗塁を決め、プロ通算200盗塁を達成[45]。
- 4月22日 - 阪神タイガースの橋本武広とロッテの吉田篤史の交換トレードが成立したと阪神、ロッテ両球団が発表[46]。
- 4月23日
- 4月24日 - 巨人の清原和博が東京ドームでの対ヤクルト5回戦の7回裏に死球を受け、通算167死球のプロ野球新記録を達成[50]。
- 4月26日
- ダイエーはヤフーBBスタジアムでの対オリックス3回戦に7-3で勝利し、監督の王貞治は通算900勝を達成[51]。
- ヤクルトは神宮球場での対中日5回戦に21-3で勝利。チーム20安打を記録。5回裏に打者14人、6安打5四死球で11得点を挙げる[52]。
- 4月27日 - 横浜スタジアムでの横浜対巨人5回戦は10-3で巨人が勝利。横浜が3-0とリードの8回表、巨人は2死無走者から途中四球を挟んでの8連打で10得点を挙げる[53]。
- 4月29日
- 4月30日 - 日本ハムの江尻慎太郎がイースタン・リーグの西武ドームでの対西武戦に先発し、ノーヒット・ノーランを達成。109球を投げ5奪三振、1四球[56]。
5月
[編集]- 5月1日 - 横浜のドミンゴ・グスマンが神宮球場での対ヤクルト6回戦で4打席連続三振を喫し、これで開幕から14打席連続三振となり、従来の記録の1959年東映フライヤーズ・高野一彦、1963年近鉄・徳久利明の13打席連続三振のプロ野球ワースト記録を更新[57]。
- 5月3日 - ダイエーの村松有人が福岡ドームでの対ロッテ8回戦に1番・中堅手で先発出場し、プロ通算1000試合出場を達成。史上385人目[58]。
- 5月5日 - 広島の緒方孝市が東京ドームでの対巨人7回戦の5回表に右越え二塁打を打ち、プロ通算1000安打を達成。史上212人目[62]。
- 5月6日 - ヤクルトの鈴木健が神宮球場での対巨人6回戦の1回裏に3号2点本塁打を打ち、プロ通算150本塁打を達成。史上125人目[63]。
- 5月7日 - 横浜のドミンゴ・グスマンが広島市民球場での対広島6回戦で3打席連続三振を喫し、連続打席三振のプロ野球記録を17に伸ばす[64]。
- 5月9日 - 阪神は横浜スタジアムでの対横浜7回戦の三回表に浜中治9号、片岡篤史4号、ジョージ・アリアス7号と1イニング3者連続本塁打を記録。チームでは1985年4月18日以来18年ぶり[65]。
- 5月12日 - 近鉄のタフィー・ローズが福岡ドームでの対ダイエー7回戦の五回表に13号本塁打を打ち、プロ野球通算250本塁打を達成。史上44人目[66]。
- 5月13日 - 横浜のドミンゴ・グスマンが東京ドームでの対巨人6回戦の3回表の第1打席で三振に倒れ、連続打席三振のプロ野球記録を18に伸ばす。[67]。
- 5月16日 - パ・リーグは札幌ドームでの西武対ダイエー6回戦で西武が6-1で勝ち、近鉄が大阪ドームでの対ロッテ7回戦に4-0で勝ったため、西武、ダイエー、近鉄の3チームが22勝16敗の成績で同率首位となる[68]。
- 5月19日 - プロ野球実行委員会が東京都内で開かれ、パ・リーグが来季より実施するプレーオフ制に伴う試合編成について、コミッショナーの川島廣守はパは年135試合制とすると裁定[69]。
- 5月20日 - ダイエーは東京ドームでの対日本ハム11回戦の2回表に四球を挟み1イニング9連続安打のパ・リーグタイ記録[70]。大道典嘉はこの回でパ・リーグ10人目の1イニング2二塁打を打つ[71]。
- 5月21日
- 巨人のクリス・レイサムが福岡ドームでの対ヤクルト9回戦、巨人が1対0とリードしたヤクルトの六回表の攻撃中、一死一、二塁の場面で左翼手として鈴木健の飛球を捕球したが、本来はこの時点2死であったが3アウト目と勘違いし誤ってボールを左翼席へ投げ入れる。野球規則により走者は2個進塁を与えられたため、二塁走者が本塁に生還して1-1の同点となる[72][73]。
- 大阪ドームでの近鉄対西武9回戦の近鉄の五回裏の攻撃、二死満塁の場面で中村紀洋が西武の青木勇人から死球を受け、これに怒った一塁走者のタフィー・ローズが青木に駆け寄って突き飛ばし転倒させる。ローズは暴力行為で退場処分。青木は大阪市内の病院にて診察を受け、頸椎捻挫と右足首捻挫などで1週間の痛みの症状。試合後、西武の球団代表の小野賢二は、ローズに対し刑事告訴する意向を示す[74]。
- ロッテの堀幸一がヤフーBBスタジアムでの対オリックス8回戦に出場し、プロ通算1500試合出場を達成。史上138人目[75]。
- 5月22日
- 5月26日 - 日本ハムは西武ドームでの対西武9回戦で10対1で勝利し、5月23日の対ロッテ戦(東京ドーム)からプロ野球タイ記録の4試合連続2桁得点。1951年巨人、98年ダイエーに次ぎ3度目[79]。
- 5月27日 - 中日の球団合宿所「昇竜館」館長の村田広光が膵臓がんのため56歳で死去[80]。
- 5月31日
6月
[編集]- 6月7日 - ダイエーの井口資仁が東京ドームでの対日本ハム14回戦で3安打を打ち、4試合連続猛打賞のパ・リーグタイ記録を達成[83]。
- 6月8日
- 6月10日 - 近鉄のタフィー・ローズが大阪ドームでの対オリックス13回戦に4番・左翼手として出場し、プロ野球通算1000試合出場を達成。史上387人目[87]。
- 6月11日 - 東京ドームでの巨人対ヤクルト12回戦はヤクルトが19-11で勝利。巨人は球団ワーストタイ記録の1試合19失点[88]。高橋由伸が1回裏に左前安打、続く3回の第2打席も安打を打ち、3四球を挟み11打数連続安打、14打席連続出塁のプロ野球タイ記録。第3打席で凡退し、記録が止まる[89][90]。
- 6月12日 - ヤクルトの稲葉篤紀が東京ドームでの対巨人13回戦の二回表に7号本塁打を打ち、プロ通算100号本塁打を達成。史上228人目[91]。
- 6月13日
- 6月14日 - 西武の張誌家が千葉マリンスタジアムでの対ロッテ12回戦に先発し、被安打1のみで完封勝利を達成[94]。
- 6月19日 - 阪神は甲子園球場での対横浜14回戦に8-2で勝ち、球団新記録となる同一カード13連勝[95]。
- 6月20日 - ヤクルトの高津臣吾が神宮球場での対横浜戦12回戦の九回表に登板し、史上71人目のプロ通算500試合登板を達成。九回を抑え今季16セーブ目を挙げ、プロ野球新記録となる通算270セーブポイントを達成[96]。
- 6月21日 - 阪神は東京ドームでの対巨人15回戦の8回表に打者15人で10得点を挙げる[97]。試合は阪神が16-5で勝利、20安打を記録[98]。
- 6月22日 - 日本ハムの奈良原浩が大阪ドームでの対近鉄14回戦の十回表に犠打を決め、プロ通算200犠打を達成[99]。
- 6月23日 - 近鉄はヤフーBBスタジアムでの対オリックス14回戦の6回表に藤井彰人、中村紀洋、北川博敏、礒部公一、阿部真宏が二塁打を打ち、1イニング5二塁打。パ・リーグ史上3度目、球団では1963年以来史上2度目[100]。
- 6月25日 - 近鉄のタフィー・ローズがヤフーBBスタジアムでの対オリックス15回戦の六回表無死満塁の場面で24号本塁打を打ち、プロ野球史上4人目の2試合連続満塁本塁打を記録[101]。
- 6月26日 - 中日の立浪和義が神宮球場での対ヤクルト15回戦の一回表に二塁打を打ち、プロ通算400二塁打。続くアレックス・オチョアの適時安打で二塁走者として本塁に生還し、プロ通算1000得点を達成[102]。
- 6月28日 - ヤクルトの古田敦也が広島市民球場での対広島14回戦の二回表に10号、4回四球、五回11号、六回12号3ラン、八回13号2ラン。史上5人目のプロ野球タイ記録の1試合4本塁打、史上10人目の4打数連続本塁打を達成[103]。
- 6月29日 - ロッテの小林雅英が千葉マリンスタジアムでの対オリックス16回戦で今季16セーブ目を挙げ、プロ通算100セーブを達成。222試合での達成は日本人選手最速[104]。
7月
[編集]- 7月1日 - ヤクルトの稲葉篤紀が松本市野球場での対横浜15回戦で、ダイエーの村松有人が大阪ドームでの対近鉄16回戦でサイクル安打を達成。同じ日に2選手がサイクル安打を達成したのはプロ野球史上初[105]。
- 7月2日 - 阪神の桧山進次郎が甲子園球場での対中日15回戦でサイクル安打を達成[106]。
- 7月5日 - 中日の立浪和義が東京ドームでの対巨人16回戦の八回表に右前適時安打を打ち、プロ野球史上30人目の通算2000本安打を達成[107]。
- 7月6日
- 7月8日
- 7月11日 - 阪神の藪恵壹が甲子園球場での対巨人17回戦に先発し、1回表に2死まで投げた時点でプロ通算1500投球回を達成。史上151人目[112]。
- 7月12日
- 7月17日 - 西武は1軍投手コーチの松沼博久が2軍投手コーチに降格し、後任に2軍投手コーチの松沼雅之が昇格すると発表[116]。
- 7月18日 - 横浜の小田嶋正邦が横浜スタジアムでの対巨人18回戦の延長11回裏二死満塁の場面で代打で起用され、2号サヨナラ本塁打を打つ。代打サヨナラ満塁本塁打はプロ野球史上14人目、セ・リーグ8人目[117]。
- 7月20日 - 巨人の江藤智が横浜スタジアムでの対横浜20回戦に6番・三塁で出場し、プロ通算1500試合出場を達成。史上139人目[118]。
- 7月21日 - 近鉄の大村直之が千葉マリンスタジアムでの対ロッテ15回戦の八回表に右前安打を打ち、プロ通算1000本安打を達成。史上213人目[119]。
- 7月22日 - 中日はセ・リーグに対しエディ・ギャラードのウェーバー公示を申請し、公示される[120]。
- 7月26日
- 7月27日
- 近鉄の礒部公一が大阪ドームでの対西武20回戦の五回裏二死三塁の打席、カウント2ストライク4ボールから四球と気づかず、その次の球を左前安打。4ボールでのカウント間違いはプロ野球史上5度目で、安打としたのは2度目[124]。
- 阪神の井川慶がナゴヤドームでの対中日18回戦に先発し8回1失点で13勝目を挙げ、11連勝を達成。球団では1968年・村山実以来35年ぶり[125]。
- 福岡ドームでのダイエー対オリックス18回戦でダイエーが26対7で勝利。ダイエーの1試合32安打、1試合最高打率の5割8分2厘はプロ野球新記録。1回裏の1イニング10連続安打、1試合最多塁打52はプロ野球タイ記録。城島健司の1試合6安打はパ・リーグタイ記録[126]。
- 7月28日 - 西武の豊田清が西武ドームでの対ロッテ17回戦で26セーブ目を挙げ、11試合連続セーブの球団新記録を達成[127]。
- 7月29日
- 7月31日
8月
[編集]- 8月1日 - ダイエーがヤフーBBスタジアムでの対オリックス18回戦で29-1で勝利。プロ野球新記録となる1試合60塁打、パ・リーグ新記録の1試合29得点、得点差28、打点27。またチーム31安打を記録[133]。[134]。
- 8月2日 - ダイエーの新垣渚がヤフーBBスタジアムでの対オリックス19回戦に先発したが、1回裏の投球中に右足首を痛め、2/3を投げただけで降板。これにより2桁奪三振の連続試合記録が4試合で止まる[135]。
- 8月3日 - 西武の松井稼頭央が西武ドームでの対日本ハム21回戦の一回裏に二塁盗塁を決め、プロ通算300盗塁を達成。史上24人目[136]。
- 8月5日 - 新会社「北海道日本ハムファイターズ」の設立総会が札幌市内で開かれ、球団名を「北海道日本ハムファイターズ」とすることを決定。現会社「日本ハム球団」は今年で清算し、来年から新会社へ引き継ぎ[137]。
- 8月6日
- 8月7日 - パ・リーグは、来季から導入するプレーオフ制度について6球団の代表者と選手会長と意見交換会を行い、レギュラーシーズン1位通過のチームが2位チームに5ゲーム差以上の差をつけた場合、プレーオフで1勝のアドバンテージを与えることで合意[141]。
- 8月10日
- 巨人の川相昌弘が東京ドームでの対ヤクルト21回戦の五回裏無死一、二塁の場面で犠打を決め、メジャー・リーグ記録と並ぶ通算511犠打[142][143]。
- 西武の潮崎哲也が千葉マリンスタジアムでの対ロッテ21回戦の九回裏から登板し、プロ通算500試合登板を達成。史上72人目[144]。
- 横浜のエディ・ギャラードが横浜スタジアムでの対中日19回戦の9回表から登板し、中日から移籍後初セーブ。プロ野球史上初となる同一シーズンで2球団でのセーブを記録[145]。
- 東京ドームでの巨人対ヤクルト21回戦は延長12回11-11で規定により引き分け。試合時間は5時間24分[146]。また巨人、ヤクルトともに8投手が登板し、1試合両チーム合計登板16投手登板のプロ野球タイ記録[147]。
- 8月12日 - 阪神は札幌ドームでの対阪神21回戦に3-2で勝利。監督の星野仙一は監督通算900勝を達成。史上13人目[148]。
- 8月13日 - ダイエーは福岡ドームでの対ロッテ19回戦に7-0で勝利。監督の王貞治は1995年の就任以来ダイエーの監督として600勝を達成[149]。
- 8月16日
- 8月19日
- 8月20日
- 8月24日 - 広島の佐々岡真司がナゴヤドームでの対中日23回戦に先発して1回を投げ終え、プロ通算2000投球回を達成。史上82人目[159]。
- 8月27日
- 8月29日 - 西武の豊田清が西武ドームでの対日本ハム21回戦で今季33セーブ目を挙げ、プロ通算100セーブを達成。史上15人目[162]。
9月
[編集]- 9月3日
- 9月4日
- 9月5日 - 巨人の球団代表の土井誠は1軍ヘッドコーチの鹿取義隆が今季の投手陣の成績不振の責任を取り8月に辞任を申入れがあり、本人の意志が固く退団を認めると明らかにした[169]。
- 9月6日 - 広島の黒田博樹が東京ドームでの対巨人24回戦の五回表に空振り三振を喫し、開幕から54打席連続無安打のセ・リーグタイ記録。[170]。
- 9月7日 - 西武の松井稼頭央が福岡ドームでの対ダイエー27回戦の3回表に安打を打ってシーズン150安打となり、プロ野球新記録となる7年連続150安打を達成[171]。
- 9月9日 - 中日は広島市内のホテルにて球団社長の西川順之助と監督の山田久志が記者会見し、山田が休養し、残りの試合をヘッドコーチの佐々木恭介が代理監督を務めると発表[172]。
- 9月10日 - ダイエーの斉藤和巳が福岡ドームでの対近鉄25回戦に先発し7回1/3を投げ4失点の内容で敗戦投手となり、連勝が16で止まる[173]。
- 9月13日
- 9月14日
- 近鉄のタフィー・ローズが大阪ドームでの対ロッテ26回戦の3回裏に47号3点本塁打を打って通算本塁打が284本となり、外国人選手の通算本塁打数の歴代単独1位となる[176]。
- 西武のアレックス・カブレラが西武ドームでの対日本ハム27回戦の4回裏に46号ソロ本塁打を打ち、プロ野球通算150本塁打を達成。史上126人目。通算380試合での達成は、元近鉄のラルフ・ブライアントの424試合を更新するプロ野球新記録[177][178]。
- 日本ハムの小笠原道大が西武ドームでの対西武27回戦の7回表に29号ソロ本塁打を打ち、プロ通算150本塁打を達成。史上127人目[179]。
- 広島の佐々岡真司が広島市民球場での対横浜23回戦の九回表から救援登板してシーズン3セーブ目を挙げ、プロ通算100セーブを達成。史上16人目[180]。
- ダイエーはヤフーBBスタジアムでの対オリックス25回戦に20-11で勝利。1シーズン4度の1試合20得点はプロ野球新記録[181]。
- 巨人のロベルト・ペタジーニが東京ドームでの対26回戦の4回裏に31号2点本塁打を打ち、これがプロ野球通算8万号本塁打となる[182]。
- 9月15日
- 西武のアレックス・カブレラがヤフーBBスタジアムでの対オリックス24回戦の47号ソロ本塁打を打ち、パ・リーグタイ記録となる6試合連続本塁打を達成[183]。
- 阪神対広島23回戦が午後2時から行われ阪神が3-2でサヨナラ勝ちし、午後4時からヤクルト対横浜25回戦でヤクルトが6-12で敗れたため、阪神のリーグ優勝が決定。ヤクルトの敗戦が決まった午後7時33分、甲子園球場にて待機していた阪神ナインが監督の星野仙一を胴上げ[184][185]。
- 9月16日 - ナゴヤドームでの中日対巨人27回戦は19-2で中日が勝利。中日は6回裏に球団新記録となる1イニング12得点、セ・リーグタイ記録の11連続得点を達成[186]。敗れた巨人は1975年以来28年ぶりとなる球団ワーストタイ記録の9連敗。1試合19失点は球団史上3度目のワースト・タイ記録。6回裏の12失点、11者連続失点はいずれも1イニング最多失点、連続失点の球団ワースト新記録[187]。
- 9月17日
- 9月19日
- 9月20日 - 西武ドームでの西武対近鉄26回戦で、11回裏一死二塁の場面で近鉄はアレックス・カブレラとの勝負を避け敬遠。カブレラは9回裏の前打席と併せ2打席連続敬遠となり、本来右打者だが敬遠策への抗議の意味を込め敬遠中に左打席に立つ[197]。
- 9月26日 - 巨人は東京都内のホテルにて記者会見し、監督の原辰徳が辞任し、後任に球団OBで野球評論家の堀内恒夫が就任すると発表[198][199]。
- 9月27日
- 9月28日
- 9月29日 - ロッテの球団代表の川北智一は、監督の山本功児が任期満了により今季限りで退団すると発表[206]。
- 9月30日
- 中日の立浪和義が広島市民球場での対広島27回戦の4回表に11号ソロ本塁打を打ち、プロ通算150本塁打を達成。史上130人目[207]。
- 西武のアレックス・カブレラがヤフーBBドームでの対オリックス27回戦の7回表に50号ソロ本塁打を打ち、2年連続50本塁打を達成。1985・86年にマークしたロッテ・落合博満以来史上2人目。年間50本塁打が通算2度以上は王貞治、落合、タフィー・ローズに次いで史上4人目[208]。
- ダイエーは千葉マリンスタジアムでの対ロッテ28回戦の試合途中で、マジック対象チームの西武がヤフーBBスタジアムでの対オリックス27回戦に3-6で敗れたためリーグ優勝が決定。2000年以来2年ぶり3度目。試合は13-10で勝利し、試合後に監督の王貞治が同球場にてナインに胴上げされる[209]。
10月
[編集]- 10月1日 - ダイエーは千葉マリンスタジアムでの対ロッテ27回戦で、松中信彦が9回表に渡辺俊介から死球を受け、1978年・南海ホークスの72を更新するチームのシーズン最多死球73のプロ野球新記録を達成[210]。
- 10月3日
- 10月4日
- 10月5日
- 近鉄は小野仁、島田直也、松本拓也、髙塚信幸、覚前昌也に対し戦力外通告を行う[216]。
- 西武の松井稼頭央がシーズン最終戦となる千葉マリンスタジアムでの対ロッテ28回戦に1番・遊撃で出場し、パ・リーグ初の8年連続シーズン全試合出場、阪急・福本豊に次いで8度のシーズン全試合出場のパ・リーグタイ記録を達成[217]。
- 中日の福留孝介が横浜スタジアムでの対横浜26回戦の3回表に33号本塁打を打って今季105得点となり、1950年に西沢道夫がマークした球団記録のシーズン104得点を更新。6回表にも34号ソロ本塁打を打ち、記録を106まで伸ばした[218]。
- オリックスは進藤達哉がヤフーBBドームでの対日本ハム28回戦の試合後に今季限りでの現役引退を表明[219]。
- 10月6日
- 10月7日
- 10月8日
- 中日は名古屋市内で記者会見し、新監督に野球評論家の落合博満が就任したと発表[227]。
- オリックスの佐野慈紀が今季限りでの現役引退を表明[228]。
- 巨人の打撃コーチの吉村禎章、投手コーチの斎藤雅樹、バッテリーコーチの村田真一が東京都内の球団事務所を訪れ、球団代表の三山秀昭に対し今季限りでの辞任を申入れ、了承される。今季の巨人の一軍コーチ陣はトレーニング部門を除いて全員が退団することになった[229]。
- ダイエーの坊西浩嗣が今季限りで現役引退すると表明[230]。
- ロッテの堀幸一がヤフーBBスタジアムでの対オリックス27回戦の8回表に中越え22号ソロ本塁打を打ち、プロ通算150本塁打を達成。史上133人目[231]。
- 10月9日
- 10月10日
- 巨人は東京都内のホテルにて記者会見し、堀内恒夫の監督就任と来季の一、二軍の首脳陣を正式に発表。ヘッドコーチに須藤豊、投手コーチに池谷公二郎、阿波野秀幸、打撃コーチに淡口憲治、井上真二、内野守備走塁コーチに上田和明、外野守備走塁コーチに弘田澄男、バッテリーコーチに高田誠、トレーニングコーチに倉俣徹・伊藤博、二軍監督に高橋一三が就任した[234]。
- 西武は所沢市の球団事務所にて記者会見し、野球評論家の荒木大輔が1軍投手コーチに、球団OBの渡辺久信が2軍投手コーチに就任したと発表[235]。
- 阪神の井川慶が甲子園球場での対横浜28回戦に先発し6回2失点で今季20勝を挙げる。シーズン20勝はセ・リーグでは1999年の巨人・上原浩治以来4年ぶり、球団では1979年の小林繁以来24年ぶり。また今季パ・リーグでダイエー・斉藤和巳が20勝を記録しており、セ・パ両リーグで20勝をマークした選手が出たのは1982年の広島・北別府学、日本ハム・工藤幹夫以来21年ぶり[236]。
- 10月11日 - ファーム日本選手権が長野オリンピックスタジアムで行われ、阪神が日本ハムに3-0で勝利し、2年連続優勝[237]。
- 10月12日
- 10月13日 - ロッテは橋本武広の今季限りでの任意引退による現役引退を発表。併せて井上貴朗、伊与田一範に戦力外通告を行ったと発表[241]。
- 10月14日
- 10月16日
- 10月20日
- 10月27日 - 第54回日本シリーズ第7戦が行われ、ダイエーが阪神に6対2で勝利し、4勝3敗で4年ぶり4度目の日本一を達成[250]。
- 10月28日
- 10月29日
- 10月30日 -阪神の広澤克実が甲子園球場の球団事務所にて記者会見し、現役引退を表明[255]。
11月
[編集]- 11月1日 - 阪神は今季限りで監督を退任した星野仙一がオーナー付きシニア・ディレクターに、前ヘッドコーチの島野育夫がチーム・ディレクターに、特命コーチのトーマス・オマリーが駐米スカウトにそれぞれ1月1日付で就任すると発表[256]。
- 11月3日
- ダイエーは午前10時より福岡ドームにて記者会見し、小久保裕紀を巨人へ無償でトレードすると発表[257][258]。
- ロッテは東京都内のホテルにて記者会見し、ボビー・バレンタインが監督に就任したと発表。1995年以来9年ぶりの復帰、2度目の就任となる[259]。
- 11月4日
- 11月10日
- 11月15日 - 阪神の谷中真二・斉藤秀光とオリックスの牧野塁・葛城育郎の交換トレードが成立したと阪神、オリックス両球団が発表[265]。
- 11月17日 - 西武の松井稼頭央が東京都内のホテルにて記者会見しすでに行使を表明していたFA権について、今季限りで西武を退団しメジャーリーグ挑戦を正式に表明[266]。
- 11月19日 - 中日は大塚晶文のポスティング制度による入札に関し、メジャーリーグ機構から日本プロ野球のコミッショナー事務局を経由して最高入札額の通知があり、これを受諾したと発表。金額は30万ドルと公表[267]。
- 11月21日 - 横浜はドミンゴ・グスマンを自由契約としたと発表[268]。
- 11月28日
12月
[編集]- 12月2日 - ダイエーは本社の九州渉外担当で球団の非常勤取締役の佐々木博茂が代表取締役会長に就任すると発表[271]。
- 12月3日
- 12月5日
- 12月11日 - 巨人の入来祐作と日本ハムの井出竜也の交換トレードが成立したと巨人、日本ハムの両球団が発表[276]。
- 12月16日
- 12月22日
- 巨人は今季限りでロッテを自由契約となったブライアン・シコースキーの獲得を発表[279]。
- プロ野球実行委員会が開かれ、代理人を中心に協議。また、来年はオーナー会議を7月7日と11月2日に開催することを決定[280]。
- 12月25日 - 巨人は前近鉄のタフィー・ローズの入団を発表。2年契約で年俸5千万ドルプラス出来高払い[281]。
- 12月29日
- 西武は前ロッテのホセ・フェルナンデスの入団を発表[282]。
- 西武は臨時株主総会を開き、球団代表の小野賢二が退任し、後任に代表補佐の星野好男が就任することを決定[282]。
競技結果
[編集]
|
|
日本シリーズ
[編集]| 日付 | 試合 | ビジター球団(先攻) | スコア | ホーム球団(後攻) | 開催球場 |
|---|---|---|---|---|---|
| 10月18日(土) | 第1戦 | 阪神タイガース | 4 - 5 | 福岡ダイエーホークス | 福岡ドーム |
| 10月19日(日) | 第2戦 | 阪神タイガース | 0 - 13 | 福岡ダイエーホークス | |
| 10月20日(月) | 移動日 | ||||
| 10月21日(火) | 第3戦 | 雨天中止 | 阪神甲子園球場 | ||
| 10月22日(水) | 福岡ダイエーホークス | 1 - 2 | 阪神タイガース | ||
| 10月23日(木) | 第4戦 | 福岡ダイエーホークス | 5 - 6 | 阪神タイガース | |
| 10月24日(金) | 第5戦 | 福岡ダイエーホークス | 2 - 3 | 阪神タイガース | |
| 10月25日(土) | 移動日 | ||||
| 10月26日(日) | 第6戦 | 阪神タイガース | 1 - 5 | 福岡ダイエーホークス | 福岡ドーム |
| 10月27日(月) | 第7戦 | 阪神タイガース | 2 - 6 | 福岡ダイエーホークス | |
| 優勝:福岡ダイエーホークス(4年ぶり4回目) | |||||
個人タイトル
[編集]| セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 選手 | 球団 | 成績 | 選手 | 球団 | 成績 |
| 最優秀選手 | 井川慶 | 阪神 | 城島健司 | ダイエー | ||
| 最優秀新人 | 木佐貫洋 | 巨人 | 和田毅 | ダイエー | ||
| 最優秀投手 | 井川慶 | 阪神 | 斉藤和巳 | ダイエー | ||
| 沢村栄治賞 | 井川慶 | 阪神 | 斉藤和巳 | ダイエー | ||
| 首位打者 | 今岡誠 | 阪神 | .340 | 小笠原道大 | 日本ハム | .360 |
| 最多本塁打 | T.ウッズ | 横浜 | 40本 | T.ローズ | 近鉄 | 51本 |
| A.ラミレス | ヤクルト | |||||
| 最多打点 | A.ラミレス | ヤクルト | 124打点 | 松中信彦 | ダイエー | 123打点 |
| 最多盗塁 | 赤星憲広 | 阪神 | 61盗塁 | 井口資仁 | ダイエー | 42盗塁 |
| 最多安打 | A.ラミレス | ヤクルト | 189安打 | 谷佳知 | オリックス | 189安打 |
| 最高出塁率 | 福留孝介 | 中日 | .401 | 小笠原道大 | 日本ハム | .473 |
| 最優秀防御率 | 井川慶 | 阪神 | 2.80 | 斉藤和巳 | ダイエー | 2.83 |
| 松坂大輔 | 西武 | |||||
| 最多勝利 | 井川慶 | 阪神 | 20勝 | 斉藤和巳 | ダイエー | 20勝 |
| 最多奪三振 | 上原浩治 | 巨人 | 194奪三振 | 松坂大輔 | 西武 | 215奪三振 |
| 最高勝率[283] | 井川慶 | 阪神 | .800 | 斉藤和巳 | ダイエー | .870 |
| 最優秀救援投手 | 高津臣吾 | 中日 | 36SP | 豊田清 | 西武 | 40SP |
| 最優秀中継ぎ投手(セ) 最多ホールド投手(パ) | 岩瀬仁紀 | 中日 | 31.15RP | 森慎二 | 西武 | 26H |
ベストナイン
[編集]| セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | |||
|---|---|---|---|---|
| 守備位置 | 選手 | 球団 | 選手 | 球団 |
| 投手 | 井川慶 | 阪神 | 斉藤和巳 | ダイエー |
| 捕手 | 矢野輝弘 | 阪神 | 城島健司 | ダイエー |
| 一塁手 | G.アリアス | 阪神 | 松中信彦 | ダイエー |
| 二塁手 | 今岡誠 | 阪神 | 井口資仁 | ダイエー |
| 三塁手 | 鈴木健 | ヤクルト | 小笠原道大 | 日本ハム |
| 遊撃手 | 二岡智宏 | 巨人 | 松井稼頭央 | 西武 |
| 外野手 | 赤星憲広 | 阪神 | 谷佳知 | オリックス |
| 福留孝介 | 中日 | 和田一浩 | 西武 | |
| A.ラミレス | ヤクルト | T.ローズ | 近鉄 | |
| 指名打者 | A.カブレラ | 西武 | ||
ゴールデングラブ賞
[編集]| セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | |||
|---|---|---|---|---|
| 守備位置 | 選手 | 球団 | 選手 | 球団 |
| 投手 | 上原浩治 | 巨人 | 松坂大輔 | 西武 |
| 捕手 | 矢野輝弘 | 阪神 | 城島健司 | ダイエー |
| 一塁手 | G.アリアス | 阪神 | 福浦和也 | ロッテ |
| 二塁手 | 今岡誠 | 阪神 | 井口資仁 | ダイエー |
| 三塁手 | 立浪和義 | 中日 | 小笠原道大 | 日本ハム |
| 遊撃手 | 宮本慎也 | ヤクルト | 松井稼頭央 | 西武 |
| 外野手 | 高橋由伸 | 巨人 | 谷佳知 | オリックス |
| 赤星憲広 | 阪神 | 柴原洋 | ダイエー | |
| 福留孝介 | 中日 | 村松有人 | ダイエー | |
| 大村直之 | 近鉄 | |||
オールスターゲーム
[編集]→詳細は「2003年のオールスターゲーム (日本プロ野球)」を参照
二軍
[編集]- フレッシュオールスターゲーム(札幌ドーム、7月13日)
- 全イースタン・リーグ 4対3 全ウエスタン・リーグ
- MVP 今江敏晃(ロッテ)
- 全イースタン・リーグ 4対3 全ウエスタン・リーグ
誕生
[編集]→詳細は「2003年の野球#誕生」を参照
死去
[編集]→詳細は「2003年の野球#死去」を参照
出典
[編集]- ↑ 読売新聞2003年1月8日16面「球界情報 中日山崎BW平井交換トレード発表」読売新聞縮刷版2003年1月p382
- ↑ 読売新聞2003年1月8日16面「球界情報 中日・鈴木を獲得」読売新聞縮刷版2003年1月p382
- ↑ 読売新聞2003年1月10日21面「球界情報 元ブレーブス投手獲得」読売新聞縮刷版2003年1月p511
- ↑ 読売新聞2003年1月11日23面「上田、関根氏殿堂入り」読売新聞縮刷版2003年1月p573
- ↑ 読売新聞2003年1月11日23面「ベテラン吉井は先発1、2番手 オリックス入団発表」読売新聞縮刷版2003年1月p573
- ↑ 読売新聞2003年1月12日20面「球界情報 12日 【中日】ミラー外野手獲得」読売新聞縮刷版2003年1月p632
- ↑ 読売新聞2003年1月16日夕刊3面「パ、2004年からプレーオフ」読売新聞縮刷版2003年1月p865
- ↑ 読売新聞2003年1月17日19面「パ・リーグがプレーオフ導入 3チーム方式が有力 7月のオーナー会議で結論」読売新聞縮刷版2003年1月p901
- ↑ 読売新聞2003年1月18日19面「中日入りミラーをRソックス獲得へ 本人拒否、球団も当惑」読売新聞縮刷版2003年1月p957
- ↑ 読売新聞2003年1月27日20面「BWマック鈴木 『V貢献』と抱負 入団発表」読売新聞縮刷版2003年1月p1432
- ↑ 読売新聞2003年2月11日22面「近鉄が中国チームと業務提携」読売新聞縮刷版2003年2月p562
- ↑ 読売新聞2003年2月17日25面「中日、ミラー獲得を断念 契約解除合意 Rソックス入り」読売新聞縮刷版2003年2月p905
- ↑ 毎日新聞2003年2月17日17面「"開幕戦中止"騒動回避へ苦渋 中日社長」毎日新聞縮刷版2003年2月p620
- ↑ 朝日新聞2003年2月17日14面「収拾策をのみ中日契約解除」朝日新聞縮刷版2003年2月p830
- ↑ 読売新聞2003年2月18日夕刊3面「オチョア獲得を中日が正式発表」読売新聞縮刷版2003年2月p985
- ↑ 毎日新聞2003年2月19日15面「シーズン試合削減 プレーオフ パ理事会合意」毎日新聞縮刷版2003年2月p697
- ↑ 毎日新聞2003年2月19日15面「マック鈴木が新人王資格辞退」毎日新聞縮刷版2003年2月p697
- ↑ 毎日新聞2003年2月20日18面「ロッテ ローズ退団、帰国 紅白戦不振、生活でも不安」毎日新聞縮刷版2003年2月p740
- ↑ 毎日新聞2003年3月8日16面「プレーオフ方式 上位を有利に パ・リーグ理事会」毎日新聞縮刷版2003年3月p290
- ↑ 毎日新聞2003年3月16日19面「野村が日本ハム入団」毎日新聞縮刷版2003年3月p593
- ↑ 読売新聞2003年3月20日19面「野村が会見」読売新聞縮刷版2003年3月p1115
- ↑ 朝日新聞2003年3月21日16面「プロ野球短信 堀・ヤクルト本社社長がオーナーに就任」朝日新聞縮刷版2003年3月p1156
- ↑ 読売新聞2003年3月21日27面「『中日・大塚』を発表」読売新聞縮刷版2003年3月p1195
- ↑ 毎日新聞2003年3月26日18面「ロッテがホセ・フェルナンデス内野手を獲得」毎日新聞縮刷版2003年3月p962
- ↑ 読売新聞2003年3月29日1面「2003 プレーボール!!」読売新聞縮刷版2003年3月p1683
- ↑ 読売新聞2003年3月29日20面「巨人・清水が開幕先頭打者本塁打」読売新聞縮刷版2003年3月p1702
- ↑ 読売新聞2003年3月29日20面「オリックス・オーティズが初打席初本塁打」読売新聞縮刷版2003年3月p1702
- ↑ 読売新聞2003年4月1日24面「ダイエー・大道が1000試合出場」読売新聞縮刷版2003年4月p24
- ↑ 読売新聞2003年4月1日24面「近鉄球団初開幕5連勝」読売新聞縮刷版2003年4月p24
- ↑ 読売新聞2003年4月3日25面「セの3試合サヨナラは初」読売新聞縮刷版2003年4月p145
- ↑ 読売新聞2003年4月5日19面「ギャラード最速の100S」読売新聞縮刷版2003年4月p315
- ↑ 毎日新聞2003年4月6日23面「ダイエーが通算4000勝」毎日新聞縮刷版2003年4月p229
- ↑ 毎日新聞2003年4月7日15面「ダイエー・井口、通算100号本塁打」毎日新聞縮刷版2003年4月p259
- ↑ 読売新聞2003年4月10日18面「高村通算1000奪三振」読売新聞縮刷版2003年4月p530
- ↑ 毎日新聞2003年4月11日17面「阪神の桧山進次郎、通算1000試合出場」毎日新聞縮刷版2003年4月p417
- ↑ 読売新聞2003年4月11日19面「巨人・清原が2000試合出場を達成」読売新聞縮刷版2003年4月p651
- ↑ >読売新聞2003年4月11日18面「阪神・アリアスが通算100本塁打」読売新聞縮刷版2003年4月p650
- ↑ 読売新聞2003年4月15日15面「杉内が1回4奪三振」読売新聞縮刷版2003年4月p789
- ↑ 読売新聞2003年4月16日22面「大物の"勲章"」読売新聞縮刷版2003年4月p856
- ↑ 読売新聞2003年4月17日23面「宮本が200犠打」読売新聞縮刷版2003年4月p913
- ↑ 読売新聞2003年4月17日23面「高津229S日本タイ」読売新聞縮刷版2003年4月p913
- ↑ 毎日新聞2003年4月17日18面「近鉄が全員得点―パ・リーグ史上9度目」毎日新聞縮刷版2003年4月p648
- ↑ 読売新聞2003年4月19日23面「ラミレス球団タイ5試合連続アーチ」読売新聞縮刷版2003年4月p1037
- ↑ 読売新聞2003年4月19日22面「『本格派』寺原 プロ初完投」読売新聞縮刷版2003年4月p1036
- ↑ 読売新聞2003年4月20日18面「ダイエー・村松が200盗塁」読売新聞縮刷版2003年4月p1088
- ↑ 読売新聞2003年4月23日16面「橋本と吉田がトレード」読売新聞縮刷版2003年4月p1252
- ↑ 毎日新聞2003年4月24日19面「BW、石毛監督解任 成績不振で 後任レオン氏」毎日新聞縮刷版2003年4月p935
- ↑ 読売新聞2003年4月24日20面「オリックス 石毛監督を解任 成績不振 後任にレオンコーチ」読売新聞縮刷版2003年4月p1312
- ↑ 読売新聞2003年4月24日21面「高津 日本新230S」読売新聞縮刷版2003年4月p1313
- ↑ 読売新聞2003年4月25日23面「清原 男の勲章」読売新聞縮刷版2003年4月p1387
- ↑ 読売新聞2003年4月27日18面「王監督900勝 レオン監督は黒星スタート」読売新聞縮刷版2003年4月p1506
- ↑ 毎日新聞2003年4月27日23面「20安打21得点 ツバメの驚異」毎日新聞縮刷版2003年4月p1077
- ↑ 読売新聞2003年4月28日11面「G 沈黙‥‥一転8連打 2死から10点」読売新聞縮刷版2003年月p1543
- ↑ 毎日新聞2003年4月30日15面「阪神・片岡篤史内野手、通算150本塁打」毎日新聞縮刷版2003年4月p1175
- ↑ 毎日新聞2003年4月30日15面「オリックス・進藤達哉内野手、通算100本塁打」毎日新聞縮刷版2003年4月p1175
- ↑ 読売新聞2003年5月1日16面「江尻がノーヒットノーラン」読売新聞縮刷版2003年5月p16
- ↑ スポーツ報知2003年5月1日4面「記録メモ プロ野球新!! ドミンゴ14打席連続三振」
- ↑ 毎日新聞2003年5月4日21面「ダイエーの村松有人外野手、1000試合出場-プロ385人目」毎日新聞縮刷版2003年5月p125
- ↑ 毎日新聞2003年5月4日21面「近鉄・中村紀洋内野手が1試合5四球=パ・リーグタイ」毎日新聞縮刷版2003年5月p125
- ↑ 読売新聞2003年5月4日14面「オーティズがサイクル安打」読売新聞縮刷版2003年5月p154
- ↑ 毎日新聞2003年5月4日21面「決めて欠いて十二回ドロー」毎日新聞縮刷版2003年5月p125
- ↑ 毎日新聞2003年5月6日夕刊9面「広島・緒方、通算1000安打を達成」毎日新聞縮刷版2003年5月p179
- ↑ 毎日新聞2003年5月7日19面「ヤクルト・鈴木健内野手が150本塁打=プロ野球125人目」毎日新聞縮刷版2003年5月p201
- ↑ スポーツ報知2003年5月8日4面「記録メモ」
- ↑ 読売新聞2003年5月10日16面「猛虎3連発 3回 浜中、片岡、アリアス」読売新聞縮刷版2003年5月p430
- ↑ 読売新聞2003年5月13日19面「近鉄・ローズが通算250本塁打」読売新聞縮刷版2003年5月p593
- ↑ スポーツ報知2003年5月18日4面「横浜・ドミンゴ 連続打席三振18でストップ」
- ↑ 読売新聞2003年5月17日18面「パ3強 横一線 タカ勝って レオ、猛牛こけた」読売新聞縮刷版2003年5月p820
- ↑ 読売新聞2003年5月20日17面「プレーオフ導入で来季のパは135試合 コミッショナー裁定」読売新聞縮刷版2003年5月p981
- ↑ 読売新聞2003年5月21日16面「ダイエーが1イニング9連続安打のリーグタイ記録」読売新聞縮刷版2003年5月p1038
- ↑ 読売新聞2003年5月21日16面「ダイエー・大道が1イニング2二塁打」読売新聞縮刷版2003年5月p1038
- ↑ 読売新聞2003年5月22日15面「レイサム大ポカ 出血ファンサービス!?」読売新聞縮刷版2003年5月p1107
- ↑ “大ボケ失点 由伸救ったV4号 レイサム勘違い!! ああ2死だ”. 日刊スポーツ. 日刊スポーツ新聞社. 2016年1月9日閲覧。
- ↑ 読売新聞2003年5月22日14面「ローズ暴行退場 西武・青木がノリに死球…激怒 首ねんざ、レオ告訴検討」読売新聞縮刷版2003年5月p1106
- ↑ 毎日新聞2003年5月22日19面「ロッテ・堀幸一、1500試合出場」毎日新聞縮刷版2003年5月p201
- ↑ 読売新聞2003年5月23日21面「ローズ2試合出場停止処分」読売新聞縮刷版2003年5月p1167
- ↑ 読売新聞2003年5月23日夕刊3面「近鉄代表が謝罪 ローズ暴行で西武に」読売新聞縮刷版2003年5月p1129
- ↑ 読売新聞2003年5月23日21面「西武、告訴見送り」読売新聞縮刷版2003年5月p1167
- ↑ 読売新聞2003年5月27日15面「ビッグバン大噴火 4試合連続2ケタ」読売新聞縮刷版2003年5月p1375
- ↑ 読売新聞2003年5月28日17面「村田広光氏」読売新聞縮刷版2003年5月p1429
- ↑ 毎日新聞2003年6月1日19面「近鉄・大村直之外野手が通算1000試合出場―プロ386人目」毎日新聞縮刷版2003年6月p19
- ↑ 読売新聞2003年6月1日17面「阪神・金本が250本塁打」読売新聞縮刷版2003年6月p17
- ↑ 読売新聞2003年6月8日24面「井口が4試合連続猛打賞のパ・リーグタイ記録」読売新聞縮刷版2003年6月p412
- ↑ 読売新聞2003年6月9日夕刊9面「福留サイクル安打」読売新聞縮刷版2003年6月445
- ↑ 読売新聞2003年6月9日夕刊9面「井口5戦連続猛打賞」読売新聞縮刷版2003年6月445
- ↑ 読売新聞2003年6月9日夕刊9面「ヘッドコーチ解任」読売新聞縮刷版2003年6月445
- ↑ 読売新聞2003年6月11日18面「近鉄・ローズが1000試合出場」読売新聞縮刷版2003年6月p538
- ↑ 読売新聞2003年6月12日25面「19失点は最多タイ」読売新聞縮刷版2003年6月p601
- ↑ 読売新聞2003年6月12日25面「孤軍奮闘 由伸 11打数連続安打 日本タイ」読売新聞縮刷版2003年6月p601
- ↑ 読売新聞2003年6月12日25面「巨人・高橋由が連続安打、連続出塁のプロ野球タイ記録」読売新聞縮刷版2003年6月p601
- ↑ 読売新聞2003年6月13日23面「稲葉が100号本塁打」読売新聞縮刷版2003年6月p667
- ↑ 読売新聞2003年6月14日19面「広島がデイビー投手と契約」読売新聞縮刷版2003年6月p723
- ↑ 読売新聞2003年6月14日18面「ダイエーがデイビー内野手と契約」読売新聞縮刷版2003年6月p722
- ↑ 読売新聞2003年6月15日23面「『父の日に』 最高の贈り物」読売新聞縮刷版2003年6月p783
- ↑ 読売新聞2003年6月20日21面「阪神が同一カード13連勝の新記録」読売新聞縮刷版2003年6月p1075
- ↑ 読売新聞2003年6月21日19面「高津 日本新270S 大魔神抜く」読売新聞縮刷版2003年6月p1133
- ↑ 読売新聞2003年6月22日19面「阪神八回の打者15人」読売新聞縮刷版2003年6月p1193
- ↑ 読売新聞2003年6月22日19面「トラ猛威 G救援ズタズタ」読売新聞縮刷版2003年6月p1193
- ↑ 読売新聞2003年6月23日18面「日本ハム・奈良原が通算200犠打」読売新聞縮刷版2003年6月p1236
- ↑ 読売新聞2003年6月14日19面「近鉄が1イニング5二塁打のパ・リーグタイ記録」読売新聞縮刷版2003年6月p1301
- ↑ 読売新聞2003年6月26日24面「近鉄・ローズが2試合連続満塁本塁打のプロ野球タイ記録」読売新聞縮刷版2003年6月p1424
- ↑ 読売新聞2003年6月27日21面「2000本へ立浪あと8」読売新聞縮刷版2003年6月p1493
- ↑ 読売新聞2003年6月29日27面「古田『ビックリ』4連発 史上5人目」読売新聞縮刷版2003年6月p1625
- ↑ 読売新聞2003年6月30日20面「日本人最速小林雅100S」読売新聞縮刷版2003年6月p1666
- ↑ 読売新聞2003年7月2日21面「初のWサイクル 稲葉 一気4安打で 村松 9回アーチで」読売新聞縮刷版2003年7月p81
- ↑ 読売新聞2003年7月3日21面「『走れ!走れ!』大声援が背中を押した 桧山サイクル T打 爆発」読売新聞縮刷版2003年7月p137
- ↑ 読売新聞2003年7月6日17面「立浪 2000本安打 30人目」読売新聞縮刷版2003年7月p321
- ↑ 読売新聞2003年7月7日20面「BW『惨デー』ともお別れ 連敗23でストップ」読売新聞縮刷版2003年7月p368
- ↑ 読売新聞2003年7月7日21面「横浜・江藤ヘッドが降格」読売新聞縮刷版2003年7月p369
- ↑ 読売新聞2003年7月9日19面「横浜・石井が200犠打」読売新聞縮刷版2003年7月p479
- ↑ 読売新聞2003年7月9日1面「阪神 セ最速M49」読売新聞縮刷版2003年7月p461
- ↑ 読売新聞2003年7月12日19面「阪神・藪が1000投球回」読売新聞縮刷版2003年7月p663
- ↑ 毎日新聞2003年7月13日24面「猛牛8発 乱弾押し切る」毎日新聞縮刷版2003年7月p502
- ↑ 毎日新聞2003年7月13日24面「『最後のチャンスと‥‥』鷹野、涙の3連発」毎日新聞縮刷版2003年7月p502
- ↑ 毎日新聞2003年7月13日24面「通算200犠打=プロ野球25人目-ロッテ・小坂誠内野手」毎日新聞縮刷版2003年7月p502
- ↑ 読売新聞2003年7月17日夕刊3面「松沼兄コーチ二軍降格」読売新聞縮刷版2003年7月p943
- ↑ 毎日新聞2003年7月19日15面「横浜の小田嶋正邦捕手、代打満塁サヨナラ本塁打-セ・リーグ」毎日新聞縮刷版2003年7月p719
- ↑ 読売新聞2003年7月21日19面「巨人・江藤が1500試合出場」読売新聞縮刷版2003年7月p1139
- ↑ 読売新聞2003年7月22日18面「近鉄・大村が1000本安打」読売新聞縮刷版2003年7月p1180
- ↑ 読売新聞2003年7月23日18面「監督と対立のギャラード ウェーバー公示される」読売新聞縮刷版2003年7月p1232
- ↑ 読売新聞2003年7月27日17面「阪神・吉野が5連続与四球のプロ野球タイ記録」読売新聞縮刷版2003年7月p1483
- ↑ 読売新聞2003年7月27日17面「新垣4試合連続二けたK 新人では野茂以来2人目」読売新聞縮刷版2003年7月p1482
- ↑ 読売新聞2003年7月27日17面「ダイエー・井口がプロ野球タイの1試合4二塁打」読売新聞縮刷版2003年7月p1482
- ↑ 読売新聞2003年7月28日18面「4ボールから安打」読売新聞縮刷版2003年7月p1528
- ↑ 毎日新聞2003年7月28日21面「井川 11連勝でM34 永久欠番『11』に並ぶ快記録」毎日新聞縮刷版2003年7月p1073
- ↑ 読売新聞2003年7月28日18面「この試合で達成された記録」読売新聞縮刷版2003年7月p1528
- ↑ 読売新聞2003年7月29日19面「さみしかったよ、西口 カブ再会祝砲」読売新聞縮刷版2003年7月p1585
- ↑ 読売新聞2003年7月30日17面「ベイの中の懲りない面々 神は見捨てず 横浜勝てた 対トラ 16連敗で止める」読売新聞縮刷版2003年7月p1639
- ↑ 読売新聞2003年7月30日18面「『全員野球』で9点差を逆転」読売新聞縮刷版2003年7月p1638
- ↑ 読売新聞2003年8月1日19面「井上浩一氏」読売新聞縮刷版2003年8月p19
- ↑ “井上浩一氏死去/元プロ野球近鉄マネジャー”. 四国新聞. 四国新聞社. 2026年4月3日閲覧。
- ↑ 読売新聞2003年8月1日19面「横浜・小川が100本塁打」読売新聞縮刷版2003年8月p19
- ↑ 毎日新聞2003年8月2日20面「タカまたまたパ新29得点」毎日新聞縮刷版2003年8月p60
- ↑ 【8月1日】2003年(平15) 5日で記録更新!凄いぞダイエー、情けないぞオリックススポーツニッポン2008年7月30日配信
- ↑ 読売新聞2003年8月3日20面「新垣が右足首痛で降板」読売新聞縮刷版2003年8月p124
- ↑ 読売新聞2003年8月4日19面「松井300盗塁」読売新聞縮刷版2003年8月p163
- ↑ 読売新聞2003年8月6日17面「札幌で日ハムの新会社設立総会」読売新聞縮刷版2003年8月p275
- ↑ 読売新聞2003年8月7日17面「横浜・石井が通算300盗塁」読売新聞縮刷版2003年8月p327
- ↑ 読売新聞2003年8月7日17面「中日・谷繁が通算1000三振」読売新聞縮刷版2003年8月p327
- ↑ 読売新聞2003年8月7日16面「ミンチー4年連続2けた勝利 外国人4人目」読売新聞縮刷版2003年8月p326
- ↑ 読売新聞2003年8月8日25面「パ・プレーオフ 首位優遇 5差以上なら1勝」読売新聞縮刷版2003年8月p391
- ↑ 読売新聞2003年8月11日夕刊6面「川相511犠打 世界タイ」読売新聞縮刷版2003年8月p524
- ↑ 読売新聞2003年8月11日夕刊6面「川相 犠打世界新 『バント、犠牲と思わない』 『勝負』し続け21年 家族、涙の祝福」読売新聞縮刷版2003年8月p1042
- ↑ 読売新聞2003年8月11日夕刊6面「西武・潮崎が通算500試合登板」読売新聞縮刷版2003年8月p524
- ↑ 【8月10日】2003年(平15) “キレる”守護神ギャラード 初の1シーズン2球団セーブスポーツニッポン2009年8月11日配信
- ↑ 読売新聞2003年8月11日夕刊6面「両リーグ今季最長試合」読売新聞縮刷版2003年8月p524
- ↑ 読売新聞2003年8月11日夕刊6面「16人登板はプロ野球タイ記録」読売新聞縮刷版2003年8月p524
- ↑ 読売新聞2003年8月13日19面「トラ連敗ストップ M25」読売新聞縮刷版2003年8月p609
- ↑ 読売新聞2003年8月14日21面「斉藤完封 14連勝 王ダイエー600勝に花」読売新聞縮刷版2003年8月p663
- ↑ 読売新聞2003年8月17日19面「高津250S」読売新聞縮刷版2003年8月p809
- ↑ 読売新聞2003年8月17日19面「雨で1時間超える中断」読売新聞縮刷版2003年8月p809
- ↑ 読売新聞2003年8月17日19面「横浜・金城が今季2度目の1試合左右両打席本塁打」読売新聞縮刷版2003年8月p809
- ↑ 読売新聞2003年8月20日20面「オリックス・山崎が200号本塁打」読売新聞縮刷版2003年8月p972
- ↑ 読売新聞2003年8月20日20面「オリックス・谷が通算1000本安打」読売新聞縮刷版2003年8月p972
- ↑ 読売新聞2003年8月20日21面「横浜・種田が1000試合出場」読売新聞縮刷版2003年8月p971
- ↑ 毎日新聞2003年8月21日19面「通算1000投球回-広島の高橋建投手」毎日新聞縮刷版2003年8月p867
- ↑ 読売新聞2003年8月21日1面「川相犠打512世界新」読売新聞縮刷版2003年8月p1009
- ↑ 読売新聞2003年8月21日18面「ダイエー・斉藤が15連勝の球団新」読売新聞縮刷版2003年8月p1026
- ↑ 読売新聞2003年8月25日21面「広島・佐々岡が通算2000投球回」読売新聞縮刷版2003年8月p1253
- ↑ 読売新聞2003年8月28日17面「横浜・石井が1500試合出場」読売新聞縮刷版2003年8月p1425
- ↑ 読売新聞2003年8月28日16面「日本ハム・小笠原がプロ野球タイ記録の14連続打席出塁」読売新聞縮刷版2003年8月p1424
- ↑ 読売新聞2003年8月30日18面「西武・豊田が100セーブ」読売新聞縮刷版2003年8月p1552
- ↑ 朝日新聞2003年9月4日17面「オリックス球団社長交代」朝日新聞縮刷版2003年9月p185
- ↑ 毎日新聞2003年9月4日17面「オリックスがシェルドンに戦力外通告」毎日新聞縮刷版2003年9月p143
- ↑ 読売新聞2003年9月4日25面「阪神・赤星がシーズン盗塁数の球団新記録を達成」読売新聞縮刷版2003年9月p201
- ↑ 毎日新聞2003年9月4日17面「通算1000安打-オリックスの大島公一内野手」毎日新聞縮刷版2003年9月p143
- ↑ 朝日新聞2003年9月5日17面「プロ野球短信 クローマー(日)が戦力外」朝日新聞縮刷版2003年9月p237
- ↑ 読売新聞2003年9月5日23面「阪神・下柳が通算1000投球回を達成」読売新聞縮刷版2003年9月p267
- ↑ 毎日新聞2003年9月6日19面「巨人・鹿取ヘッド辞任」毎日新聞縮刷版2003年9月p241
- ↑ 読売新聞2003年9月7日19面「広島・黒田が開幕からの連続無安打のセ・タイ記録」読売新聞縮刷版2003年9月p379
- ↑ 読売新聞2003年9月8日22面「西武・松井が7年連続150安打のプロ野球新」読売新聞縮刷版2003年9月p379
- ↑ 読売新聞2003年9月10日16面「山田監督 事実上の解任」読売新聞縮刷版2003年9月p430
- ↑ 朝日新聞2003年9月11日19面「まようタカ 斉藤8回KO 連勝記録16止まり」朝日新聞縮刷版2003年9月p566
- ↑ 読売新聞2003年9月14日18面「近鉄・ローズが1000三振」読売新聞縮刷版2003年9月p794
- ↑ 読売新聞2003年9月14日18面「オリックスがシーズン最多失点のリーグ新記録」読売新聞縮刷版2003年9月p794
- ↑ 読売新聞2003年9月15日24面「ローズ通算284号 外国人歴代1位」読売新聞縮刷版2003年9月p848
- ↑ 朝日新聞2003年9月15日24面「カブレラ(西)がプロ野球最速の通算150号」朝日新聞縮刷版2003年9月p798
- ↑ 読売新聞2003年9月15日25面「レオ逆転負け カブレラ150号実らず」読売新聞縮刷版2003年9月p848
- ↑ 朝日新聞2003年9月15日24面「小笠原(日)が通算150本塁打」朝日新聞縮刷版2003年9月p798
- ↑ 読売新聞2003年9月15日25面「広島・佐々岡が通算100セーブ」読売新聞縮刷版2003年9月p849
- ↑ 読売新聞2003年9月15日24面「ダイエーが20得点シーズン4度のプロ野球新記録」読売新聞縮刷版2003年9月p848
- ↑ 読売新聞2003年9月15日25面「プロ野球通算8万号本塁打」読売新聞縮刷版2003年9月p848
- ↑ 毎日新聞2003年9月16日夕刊7面「西武・カブレラ、6試合連続本塁打=パ・リーグタイ」毎日新聞縮刷版2003年9月p617
- ↑ 読売新聞2003年9月16日夕刊1面「阪神18年ぶりV」読売新聞縮刷版2003年9月p873
- ↑ 読売新聞2003年9月16日夕刊3面「ダメ虎変えた『星野流』」読売新聞縮刷版2003年9月p875
- ↑ 朝日新聞2003年9月17日17面「中日が球団新の1イニング12得点」朝日新聞縮刷版2003年9月p747
- ↑ 読売新聞2003年9月17日25面「G失点八倒」読売新聞縮刷版2003年9月p917
- ↑ 読売新聞2003年9月18日25面「ダイエーがシーズン最多安打と最多二塁打のリーグ新記録」読売新聞縮刷版2003年9月p977
- ↑ 読売新聞2003年9月18日25面「横浜がシーズン本塁打の球団新記録」読売新聞縮刷版2003年9月p977
- ↑ 読売新聞2003年9月18日25面「巨人一丸 9連敗で脱出」読売新聞縮刷版2003年9月p977
- ↑ 読売新聞2003年9月20日20面「41歳伊東 涙の引退 常勝西武に22年 満を持して監督へ」読売新聞縮刷版2003年9月p1100
- ↑ 朝日新聞2003年9月20日14面「伊東、引退を表明 西武22年 黄金期支える パ最年長41歳」朝日新聞縮刷版2003年9月p1018
- ↑ 毎日新聞2003年9月20日20面「『伊東西武』来季から 引退表明」毎日新聞縮刷版2003年9月p776
- ↑ 【9月19日】2003年(平15) 年には勝てなかった 現役22年伊東勤 ついに引退スポーツニッポン 2009年9月1日配信
- ↑ 朝日新聞2003年9月20日14面「ラミレス(ヤ)が球団新のシーズン168安打」朝日新聞縮刷版2003年9月p1018
- ↑ 毎日新聞2003年9月20日21面「シーズン被安打1398=プロ野球新-オリックス」毎日新聞縮刷版2003年9月p777
- ↑ 読売新聞2003年9月21日23面「レオ絶体絶命 連続敬遠 カブ怒りの左打席」読売新聞縮刷版2003年9月p1163
- ↑ 読売新聞2003年9月27日1面「原監督が辞任 巨人特別顧問に 後任、堀内氏」読売新聞縮刷版2003年9月p1501
- ↑ 【9月26日】2003年(平15) 原辰徳監督 無念の“辞任”「読売グループ内の人事異動」 - スポニチアネックス(2011年9月26日)。2016年2月28日閲覧。
- ↑ 読売新聞2003年9月28日21面「ダイエー・松中が通算150本塁打」読売新聞縮刷版2003年9月p1581
- ↑ 読売新聞2003年9月28日21面「伊東 涙の花道 燃え尽きた 悔いはない」読売新聞縮刷版2003年9月p1581
- ↑ 読売新聞2003年9月28日20面「巨人・高橋由が通算150本塁打」読売新聞縮刷版2003年9月p1580
- ↑ 読売新聞2003年9月29日23面「ハム"有終の美"飾れず ドーム最終戦逆転負け」読売新聞縮刷版2003年9月p1635
- ↑ 読売新聞2003年9月29日23面「伊原監督、辞任を表明」読売新聞縮刷版2003年9月p1635
- ↑ 読売新聞2003年9月29日23面「オリックスがシーズン最多失点」読売新聞縮刷版2003年9月p1635
- ↑ 朝日新聞2003年9月30日17面「ロッテ 山本監督が退団 後任、村田兆治ら候補」朝日新聞縮刷版2003年9月p1579
- ↑ 読売新聞2003年10月1日25面「中日・立浪が通算150本塁打」読売新聞縮刷版2003年10月p25
- ↑ 読売新聞2003年10月1日25面「カブレラ50号」読売新聞縮刷版2003年10月p25
- ↑ 西日本新聞2003年10月1日1面「ダイエーV奪還 パ・リーグ3年ぶり 阪神と決戦」
- ↑ 読売新聞2003年10月2日21面「ダイエーがシーズン最多死球」読売新聞縮刷版2003年10月p83
- ↑ 朝日新聞2003年10月4日16面「オリックス次期監督 伊原氏、確実に」朝日新聞縮刷版2003年10月p180
- ↑ 読売新聞2003年10月4日21面「『セ・パ3球団から誘いがあった』オリックス監督伊原さん受諾へ」読売新聞縮刷版2003年10月p203
- ↑ 読売新聞2003年10月4日21面「ダイエー・城島が通算150本塁打」読売新聞縮刷版2003年10月p203
- ↑ 毎日新聞2003年10月5日17面「巨人・篠塚和典総合コーチが退任」毎日新聞縮刷版2003年10月p181
- ↑ 読売新聞2003年10月5日16面「西武・松井が150号本塁打」読売新聞縮刷版2003年10月p262
- ↑ 毎日新聞2003年10月6日19面「近鉄が5選手に戦力外通告」毎日新聞縮刷版2003年10月p219
- ↑ 毎日新聞2003年10月6日19面「西武・松井稼頭央内野手、パ・リーグ初の8年連続全試合出場」毎日新聞縮刷版2003年10月p219
- ↑ 読売新聞2003年10月6日24面「中日・福留が球団新記録の1シーズン106得点」読売新聞縮刷版2003年10月p312
- ↑ 読売新聞2003年10月6日24面「オリックス・進藤が現役引退」読売新聞縮刷版2003年10月p312
- ↑ 朝日新聞2003年10月7日14面「川相、引退を撤回 巨人 コーチを断り自由契約へ」朝日新聞縮刷版2003年10月p346
- ↑ 読売新聞2003年10月7日20面「川相を自由契約 現役続行希望で 巨人」読売新聞縮刷版2003年10月p368
- ↑ 読売新聞2003年10月7日20面「横浜・中根が引退」読売新聞縮刷版2003年10月p368
- ↑ 読売新聞2003年10月8日21面「『負けない野球を』伊東新監督が抱負 西武」読売新聞縮刷版2003年10月p421
- ↑ 読売新聞2003年10月8日21面「斉藤20勝 パ18年ぶり」読売新聞縮刷版2003年10月p421
- ↑ 読売新聞2003年10月8日21面「城島、全イニング出場 捕手で63年野村以来2人目」読売新聞縮刷版2003年10月p421
- ↑ 毎日新聞2003年10月8日17面「シーズンチーム打率2割9分7厘=プロ野球新記録-ダイエー」毎日新聞縮刷版2003年10月p299
- ↑ 読売新聞2003年10月9日25面「1年目から優勝狙う 落合監督は66」読売新聞縮刷版2003年10月p481
- ↑ 読売新聞2003年10月9日25面「オリックスの佐野が引退」読売新聞縮刷版2003年10月p481
- ↑ 読売新聞2003年10月9日25面「吉村、斎藤、村田3コーチも辞任」読売新聞縮刷版2003年10月p481
- ↑ 毎日新聞2003年10月8日18面「ダイエー・坊西浩嗣捕手が引退」毎日新聞縮刷版2003年10月p338
- ↑ 毎日新聞2003年10月8日18面「通算150本塁打-ロッテ・堀幸一内野手」毎日新聞縮刷版2003年10月p338
- ↑ 読売新聞2003年10月10日23面「西武、水尾らに戦力外通告」読売新聞縮刷版2003年10月p547
- ↑ 毎日新聞2003年10月10日19面「中日・佐々木監督代行が退団」毎日新聞縮刷版2003年10月p379
- ↑ 読売新聞2003年10月11日25面「堀内巨人 信頼の新体制」読売新聞縮刷版2003年10月p609
- ↑ 朝日新聞2003年10月11日19面「西武コーチに荒木・渡辺氏」朝日新聞縮刷版2003年10月p567
- ↑ 毎日新聞2003年10月11日21面「井川勲章 トラ24年ぶり20勝」毎日新聞縮刷版2003年10月p425
- ↑ 読売新聞2003年10月12日21面「ひと足お先に トラ弟日本一」読売新聞縮刷版2003年10月p681
- ↑ 読売新聞2003年10月13日25面「広島・林が1球でプロ初勝利」読売新聞縮刷版2003年10月p733
- ↑ 読売新聞2003年10月13日25面「パ・リーグ全日程終了 投手部門 斉藤3冠 松坂2冠 小笠原2年連続首位打者 最多安打は谷」読売新聞縮刷版2003年10月p733
- ↑ 読売新聞2003年10月13日25面「オリックスがチーム防御率のワースト記録」読売新聞縮刷版2003年10月p733
- ↑ 朝日新聞2003年10月14日21面「連続救援526試合 橋本武が引退 ロッテ」朝日新聞縮刷版2003年10月p729
- ↑ 朝日新聞2003年10月15日19面「伊原新監督が就任 オリックス 『立て直しは面白い』」朝日新聞縮刷版2003年10月p751
- ↑ 朝日新聞2003年10月15日19面「巨人2軍ヘッド山本功児氏就任」朝日新聞縮刷版2003年10月p751
- ↑ 読売新聞2003年10月17日24面「セ・リーグ全日程終了 ラミ40号追いついた ウッズと本塁打王」読売新聞縮刷版2003年10月p924
- ↑ 朝日新聞2003年10月17日1面「星野監督 今季限り 岡田コーチ後任確実」朝日新聞縮刷版2003年10月p849
- ↑ 毎日新聞2003年10月17日1面「星野監督、今季で勇退 阪神 健康上の理由で 後任・岡田氏有力」毎日新聞縮刷版2003年10月p613
- ↑ 読売新聞2003年10月17日39面「阪神 星野監督、勇退へ 体調不良でGMに 後任、岡田コーチ」読売新聞縮刷版2003年10月p939
- ↑ 読売新聞2003年10月21日1面「沢村賞に井川、斉藤 堀内・村山以来 37年ぶりに2人同時」読売新聞縮刷版2003年10月p1135
- ↑ 朝日新聞2003年10月21日19面「プロ野球短信 日本ハムが中嶋獲得」朝日新聞縮刷版2003年10月p1091
- ↑ 西日本新聞2003年10月28日1面「ダイエー日本一 4年ぶり2度目 MVPは杉内」
- ↑ 読売新聞2003年10月29日1面「正力賞に王、星野両監督」読売新聞縮刷版2003年10月p1611
- ↑ 読売新聞2003年10月29日19面「縦じまの重さ 想像絶する 星野監督退任会見」読売新聞縮刷版2003年10月p1629
- ↑ 読売新聞2003年10月30日1面「MVP 井川、城島 新人王 木佐貫、和田」読売新聞縮刷版2003年10月p1667
- ↑ 朝日新聞2003年10月30日17面「ヤクルト伊藤引退」朝日新聞縮刷版2003年10月p1617
- ↑ 毎日新聞2003年10月31日21面「『息子たちとキャッチボールがしたい』 41歳広沢が引退 シリーズの一発 置き土産」読売新聞縮刷版2003年10月p1239
- ↑ 読売新聞2003年11月2日21面「球界情報 1日 【阪神】 仙さん役員待遇に オーナー付きディレクター」読売新聞縮刷版2003年11月p81
- ↑ 読売新聞2003年11月4日28面「小久保 巨人入り 主砲 異例の無償トレード 『新天地』本人望む」読売新聞縮刷版2003年11月p180
- ↑ 【11月3日】2003年(平15) なぜだ…小久保裕紀、巨人へ無償トレードスポーツニッポン2009年11月1日配信
- ↑ 毎日新聞2003年11月3日16面「『プライド注入したい』 バレンタイン新監督会見」毎日新聞縮刷版2003年11月p126
- ↑ 毎日新聞2003年11月5日16面「高津がFA宣言 メジャー移籍視野」毎日新聞縮刷版2003年11月p167
- ↑ 読売新聞2003年11月5日23面「高津FA宣言へ」読売新聞縮刷版2003年11月p235
- ↑ 毎日新聞2003年11月5日16面「プロ野球だより ダイエー」毎日新聞縮刷版2003年11月p167
- ↑ 読売新聞2003年11月10日夕刊12面「ローズ近鉄退団決定」読売新聞縮刷版2003年11月p540
- ↑ 読売新聞2003年11月11日25面「竹下 金銭で獲得」読売新聞縮刷版2003年11月p573
- ↑ 読売新聞2003年11月16日23面「阪神、オリックスがトレード発表」読売新聞縮刷版2003年11月p883
- ↑ 読売新聞2003年11月18日22面「松井稼 メジャー挑戦 移籍なら初の内野手 複数球団が獲得前向き」読売新聞縮刷版2003年11月p992
- ↑ 読売新聞2003年11月18日夕刊3面「大塚 メジャーへ 入札の連絡」読売新聞縮刷版2003年11月p1073
- ↑ 読売新聞2003年11月22日25面「ドミンゴ自由契約」読売新聞縮刷版2003年11月p1253
- ↑ 読売新聞2003年11月29日22面「球界情報 28日 【オリックス】 村松4年4億」読売新聞縮刷版2003年11月p1658
- ↑ 読売新聞2003年11月29日22面「ムーア解雇」読売新聞縮刷版2003年11月p1658
- ↑ 読売新聞2003年12月3日24面「ダイエー球団会長に佐々木氏」読売新聞2003年12月p148
- ↑ 読売新聞2003年12月4日22面「パの顔"メジャー流" 新庄『とにかく野球一筋』」読売新聞2003年12月p206
- ↑ 読売新聞2003年12月4日22面「小宮山『奇跡に近い』」読売新聞2003年12月p206hosi
- ↑ 読売新聞2003年12月5日17面「タフネス三沢G復帰 中継ぎ強化に期待 根市が近鉄へ」読売新聞2003年12月p333
- ↑ 読売新聞2003年12月5日17面「川尻と前川が交換 阪神・近鉄が発表」読売新聞2003年12月p333
- ↑ 読売新聞2003年12月11日夕刊3面「巨人入来、近鉄井出 交換トレード」読売新聞2003年12月p651
- ↑ 読売新聞2003年12月17日18面「李『目標30発100打点』ロッテ入団会見」読売新聞2003年12月p942
- ↑ 読売新聞2003年12月17日18面「『代理人交渉』で選手会が要望書」読売新聞2003年12月p942
- ↑ 読売新聞2003年12月23日13面「巨人 シコースキー獲得」読売新聞2003年12月p1265
- ↑ 読売新聞2003年12月23日13面「代理人問題を協議 プロ野球実行委」読売新聞2003年12月p1265
- ↑ 読売新聞2003年12月26日21面「YG ローズ発表 2年10億7000万 背番号20」読売新聞2003年12月p1417
- 1 2 読売新聞2003年12月30日16面「フェルナンデス獲得」読売新聞2003年12月p1576
- ↑ セントラル・リーグは当時連盟表彰なし
パシフィック・リーグは最優秀投手として表彰
| セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 優勝 | 阪神タイガース | 2位 | 中日ドラゴンズ | 優勝 | 福岡ダイエーホークス | 2位 | 西武ライオンズ |
| 3位 | 読売ジャイアンツ | 3位 | ヤクルトスワローズ | 3位 | 大阪近鉄バファローズ | 4位 | 千葉ロッテマリーンズ |
| 5位 | 広島東洋カープ | 6位 | 横浜ベイスターズ | 5位 | 日本ハムファイターズ | 6位 | オリックス・ブルーウェーブ |
| :日本一 :日本シリーズ出場 | |||||||