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2004年ロシア航空機爆破事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ロシア航空機同時爆破テロ
エア・ボルガ1303便・S7航空1047便
爆破テロの概要
日付 2004年8月24日
概要 爆破テロ
現場 ロシアの旗 ロシア
負傷者総数 0
死者総数 89 (全員)
生存者総数 0
第1機体

事件の2ヶ月前に撮影された事故機(塗装はコガリムアビアのもの)
機種 ツポレフ Tu-134A-3[1]
運用者 ロシアの旗 エア・ボルガ
機体記号 RA-65080
出発地 ロシアの旗 ドモジェドヴォ空港
目的地 ロシアの旗 ヴォルゴグラード国際空港
乗客数 34
乗員数 9
負傷者数
(死者除く)
0
死者数 43 (全員)
生存者数 0
第2機体

事件の2ヶ月前に撮影された事故機
機種 ツポレフ Tu-154Б-2[2]
運用者 ロシアの旗 S7航空(シベリア航空)
機体記号 RA-85556
出発地 ロシアの旗 ドモジェドヴォ空港
目的地 ロシアの旗 ソチ国際空港
乗客数 38
乗員数 8
負傷者数
(死者除く)
0
死者数 46 (全員)
生存者数 0
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2004年ロシア航空機爆破事件(2004年ロシアこうくうきばくはじけん)は、2004年8月24日の23時前後にロシアの国内線を飛行する航空機2機が相次いでテロリストによって爆破された事件[3][4]。

爆破された航空機は2機とも首都モスクワのドモジェドヴォ空港を出発したものであり、合計で89人の死者を出した[5][6]。

なおこの事件はいずれもモスクワ時間圏内で発生しており、この記事における時刻の表記はモスクワ夏時間(協定世界時+4)に従うものである。

事件の経緯

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エア・ボルガ1303便

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エア・ボルガ(事件発生当時はボルガ・アヴィアエクスプレス)1303便モスクワ発ヴォルゴグラード行ツポレフTu-134型機は、モスクワのドモジェドヴォ空港を22時30分に離陸した後、22時56分にモスクワの南東180kmにあるトゥーラ州上空で消息を絶った[3]。その数時間後に地上にて航空機の残骸が発見されたが、地上にいた目撃者は航空機が墜落する直前に激しい爆発を起こしていたのを視認していた[3][4]。これにより1303便に搭乗していた乗客34人、乗員9人の合計43人全員が死亡した[3][4]。

S7航空1047便

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エア・ボルガ機が墜落した数分後、S7航空1047便モスクワ発ソチ行ツポレフTu-154型機が21時35分にモスクワのドモジェドヴォ空港を離陸後、レーダーから姿を消し墜落した[3]。インテルファクス通信によると匿名の政府筋の話として、1047便は22時59分にロストフ州上空でハイジャックの危険性があると報じられていたという[3][4]。

航空機はレーダーから消失後すぐに墜落したとみられ、乗客38人、乗員8人の合計46人全員が死亡した[4]。航空機の残骸は翌25日の朝にロストフ州のカメンスク=シャフチンスキーで発見されている。

首謀者

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この2件の航空機墜落はほぼ同時に起こっており、即座にテロの可能性が疑われ、当時の大統領であるウラジーミル・プーチンはロシア連邦保安庁に事故の調査を命じた[3]。8月28日、連邦保安庁は墜落した両機体からトリメチレントリニトロアミン (RDX) による爆発の痕跡を突き止め、8月30日にはロシアのイタルタス通信が、連邦保安庁が「疑いの余地は無く」テロリストによる攻撃と断定したことを報じた[7][8]。

これについて、ロシアではあまり知られていなかった「Islambouli Brigades」という組織が犯行声明を発表したが、この声明の内容が真実であるかどうかは未だに明らかになっていない。この組織は両機に併せて5人のテロリストを搭乗させていたとしているが、専門家は5人ものテロリストを航空機に搭乗させる事が出来る可能性については否定的である。

その後の調査で、爆薬を起爆させたのはグロズヌイに住むチェチェン人の女二人であることが明らかになった[9]。このうちボルガ・アヴィアエクスプレスを爆破した犯人の兄弟はロシア当局による拘束を恐れて事件発生から3年も前に姿を晦ませている[10]。

さらに、チェチェン独立派の強硬派指導者であるシャミル・バサエフが9月17日にウェブサイトにて別の犯行声明を発表した[11]。彼はIslambouli Brigadesによって出された声明を否定するとともに、爆薬に掛かった費用が4000米ドルであったことなどを明かしている[12]。

ロシアでは2004年2月にモスクワ地下鉄で41人が死亡する爆破事件が発生していたほか、直後の8月31日には再びモスクワ地下鉄の駅で爆発が起こり10人が死亡[13]、そして9月1日には北オセチア共和国で多くの子供を含む386人が死亡したベスラン学校占拠事件が発生するなどテロ事件が相次いでいた[14][15][16][17]。なおベスラン学校占拠事件を首謀したのはシャミル・バサエフである[18][19]。

裁判

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事件当日、犯人の女二人は、同じくチェチェン人の男二人とともにマハチカラからモスクワに航空機で到着した。その際身分証明や爆発物の検査などのために立ち会った警察官Mikhail Artamonovはこの4人を正当な検査を行わずにセキュリティを通過させたとして、職務違反で検察に起訴された。検察はArtamonov被告に対して禁固6年を求刑、それに対して裁判所は禁固7年の有罪判決を言い渡したが、最終的には再び6年に減刑された[20]。

また、Armen Aratyunyanは約140ユーロの金銭と引き換えに犯人の女2人に有効な本人確認書類の確認を行わずに航空券を販売したことと航空券をチェックする係員に協力を働きかけたことで、その航空券をチェックする係員であったNikolai Korenkovは25ユーロの金銭と引き換えに有効な身分証が無いにもかかわらず航空機に犯人らを搭乗させたことで起訴された。二人は賄賂を渡した罪と受け取った罪でそれぞれ有罪判決を下され、結果の重大性から、居留地への1年半の派遣を宣告された。

犠牲者の遺族21人はこの事件について航空機への搭乗にあたり乗客をチェックする業務についていた警備会社ZAO East-Line Aviation Securityに対して犠牲者一人当たり300万ルーブル(約850万円)の賠償を求める民事訴訟を起こし、裁判は2007年2月22日にヴォルゴグラードではじまった[21]。当初警備会社は自分たちに賠償の責任はなく、責任を持つのは爆破テロ事件を計画した者だという主張を行い、裁判所が検察に対して調査報告書の提出を求めたが、ここですでにこの事件に関する捜査が停止されていることがわかった。これは、航空機を爆発させた実行犯が二人とも死亡しているほか、事件の首謀者が特定できず、また犯行声明を出したシャミル・バサエフもロシア連邦軍の作戦により死亡しており、「容疑者がいない事件」となっていたからであり[22]、未だにこの裁判は解決されていない。一方他の犠牲者の遺族はロシア内務省とS7航空、保険会社2社を相手取った損害賠償訴訟を起こした[23]。2007年10月21日、裁判所はS7航空の責任を認め、遺族に対して遺族側の要求の約1%にあたる25万ルーブル(約70万円)の支払いを命じた[24]。これに対しS7航空は2008年5月に控訴したが認められず[25]、再び2009年4月に控訴を行ったところ、これが認められ、賠償判決は破棄された。これを不服とした遺族側はさらに異議を唱えたが棄却されたため、さらに上級裁判所への上告を検討している[26]。

注釈

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  1. ↑ Accident Database: Accident Synopsis 08242004
  2. ↑ Accident Database: Accident Synopsis 08242004
  3. 1 2 3 4 5 6 7 「同時テロか、露2旅客機墜落…ハイジャック信号も」『読売新聞』読売新聞社、2004年8月25日。オリジナルの2004年8月25日時点におけるアーカイブ。2025年4月25日閲覧。
  4. 1 2 3 4 5 「ロシアで旅客機2機が墜落 乗客乗員90人不明」『朝日新聞』朝日新聞社、2004年8月25日。オリジナルの2004年8月26日時点におけるアーカイブ。2025年4月25日閲覧。
  5. ↑ 「ロシア機連続墜落、乗員乗客89人全員の死亡確認」『読売新聞』読売新聞社、2004年8月26日。オリジナルの2004年8月26日時点におけるアーカイブ。2025年4月25日閲覧。
  6. ↑ 「「同時テロ」か ロシア機墜落、計89人全員の死亡確認」『朝日新聞』朝日新聞社、2004年8月25日。オリジナルの2004年8月25日時点におけるアーカイブ。2025年4月25日閲覧。
  7. ↑ 「ロシア機墜落事件、機体から爆薬の痕跡」『読売新聞』読売新聞社、2004年8月28日。オリジナルの2004年8月30日時点におけるアーカイブ。2025年4月25日閲覧。
  8. ↑ 「ロシア機墜落で2機目からも爆薬成分検出」『朝日新聞』朝日新聞社、2004年8月28日。オリジナルの2004年8月29日時点におけるアーカイブ。2025年4月25日閲覧。
  9. ↑ 「「肉親の仇を討つ」容疑のチェチェン女性に動機」『読売新聞』読売新聞社、2004年8月28日。オリジナルの2004年8月29日時点におけるアーカイブ。2025年4月25日閲覧。
  10. ↑ “Russia plane crashes caused by explosives”. Associated Press. 2004年8月30日. 2009年6月3日閲覧.
  11. ↑ 「ロシア連続テロ、チェチェン独立派司令官が犯行声明」『朝日新聞』朝日新聞社、2004年9月17日。オリジナルの2004年9月19日時点におけるアーカイブ。2025年4月25日閲覧。
  12. ↑ 「チェチェンのバサエフ司令官、学校占拠などで犯行声明」『読売新聞』読売新聞社、2004年9月18日。オリジナルの2004年9月19日時点におけるアーカイブ。2025年4月25日閲覧。
  13. ↑ “Suicide Bomber Kills 9 at Moscow Subway Station”, The New York Times, (September 1, 2004)
  14. ↑ 「露の学校占拠、児童ら400人人質…銃撃戦で9人死亡」『読売新聞』読売新聞社、2004年9月2日。オリジナルの2004年9月2日時点におけるアーカイブ。2025年4月25日閲覧。
  15. ↑ 「武装集団、黒マスクで銃乱射 抵抗した教師ら20人射殺」『朝日新聞』朝日新聞社、2004年9月4日。オリジナルの2004年9月6日時点におけるアーカイブ。2025年4月25日閲覧。
  16. ↑ 「突入…銃撃戦、死者150人超す ロシア学校占拠」『朝日新聞』朝日新聞社、2004年9月3日。オリジナルの2004年9月3日時点におけるアーカイブ。2025年4月25日閲覧。
  17. ↑ 「逃げる子供20人を背後から銃撃 人質事件で目撃者語る」『朝日新聞』朝日新聞社、2004年9月3日。オリジナルの2004年9月3日時点におけるアーカイブ。2025年4月25日閲覧。
  18. ↑ 「背後に劇場事件と同じ最強硬派司令官 ロシア学校占拠」『朝日新聞』朝日新聞社、2004年9月3日。オリジナルの2004年9月3日時点におけるアーカイブ。2025年4月25日閲覧。
  19. ↑ 「学校占拠、バサエフ一派の犯行か…ナゾ残す武装勢力」『読売新聞』読売新聞社、2004年9月4日。オリジナルの2004年9月4日時点におけるアーカイブ。2025年4月25日閲覧。
  20. ↑ “Мособлсуд снизил наказание капитану милиции, осужденному за халатность, повлекшую взрывы самолетов” (ロシア語). NEWSru.com. 2006年1月26日. 2009年6月3日閲覧.
  21. ↑ “В Волгограде началось рассмотрение иска родственников погибших пассажиров Ту-154, взорванного в 2004 году” (ロシア語). NEWSru.com. 2007年2月22日. 2009年6月3日閲覧.
  22. ↑ “Генпрокуратура прекратила дело о взрывах самолетов, летевших из Москвы в Волгоград и Сочи” (ロシア語). NEWSru.com. 2007年4月27日. 2009年6月3日閲覧.
  23. ↑ “Родственники погибшего при взрыве самолета в 2004 году подали в суд на МВД РФ” (ロシア語). NEWSru.com. 2007年8月17日. 2009年6月3日閲覧.
  24. ↑ Voronov, Konstantin (2007年10月22日). “Суд дал оценку жизни пассажира // Вынесено решение по иску к авиакомпании S7” (ロシア語). Kommersant. 2009年6月3日閲覧.
  25. ↑ Voronov, Konstantin (2008年5月28日). “Авиаперевозчика обязали заплатить за теракт // S7 Airlines оказалась в долгу перед погибшими пассажирами” (ロシア語). Kommersant. 2009年6月3日閲覧.
  26. ↑ “Вины «Сибири» в теракте не нашли” (ロシア語). Kommersant. 2009年8月8日. 2009年12月10日閲覧.

関連項目

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