AN/FPS-20

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AN/FPS-20
ベンディックス社製 AN/FPS-20 レーダー
種別 一般監視レーダー
開発・運用史
開発国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
別名 AN/FPS-3, AN/MPS-7, AN/FPS-64, AN/FPS-65, AN/FPS-66, AN/FPS-67, AN/FPS-91, AN/FPS-93, AN/FPS-100, AN/FPS-113, AN/GPS-4, AN/FPS-508
送信機
周波数 Lバンド
パルス幅 4 μs
パルス繰返数 440
送信尖頭電力 750 kW × 2
アンテナ
走査速度 3.3, 5, 10 rpm
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FPS-3
パインツリーラインに設置されていたもの。現在はオタワのカナダ科学技術博物館に展示されている。測高用のストリップアンテナは左側にあり、FPS-3の個々のフィードホーンを置き換える。

AN/FPS-20は、アメリカ空軍防空軍団、大陸防空司令部(英語版)(CONAD)、カナダのNORADパインツリーライン(英語版) [注釈 1]、およびその他の場所で広く使用されていたLバンド早期警戒および地上要撃管制システムである。

概要

1950年にベンディックス社製AN/FPS-3として誕生し、その後FPS-20へと改良された。さらにその後追加のアップグレードが適用されるにつれて12種類以上の異なるバリエーションが生まれた。FPS-20は冷戦初期を通じて米国の防空ネットワークの基幹を形成し、200基以上が配備された。ほとんどのFPS-20サイトは1960年代後半に後継機へと置き換えられたが、一部は連邦航空局(FAA)に引き渡され、航空交通管制用に改造されてARSR-60になった。

最初のAN/FPS-3は1950年12月に納入され、1951年初頭の原爆実験に関与した航空機を制御するためにエニウェトク環礁に設置される予定であった[1]。その後数年間で、ラッシュアップ・レーダー・ネットワーク(英語版)の古いシステムを置き換えるために48基のAN/FPS-3が設置された。AN/FPS-3は、携帯仕様のAN/MPS-7としても生産された[2][注釈 2]。このシステムは、750 kWのピーク電力で2つの5J26マグネトロンを使用し、1,300 MHz、400 Hz のパルス繰り返し周波数 (PRF) および2μsのパルス幅で動作した。アンテナは3.3、5、または10 rpmの3つの固定速度で駆動され、通常は5 rpmで動作する。動作モジュールの多くは回転プラットフォームに取り付けられ、出力信号はスリップ リングを介してユニットの底部にあるアンプとディスプレイに供給される。

AN/FPS-3が探知可能な高度は約17 km(55,000 ft)に制限されていたが、ソ連で開発中と考えられていた新型ジェット爆撃機を考慮すると、これは限界とみなされていた。これがAN/GPA-27 アドオンユニットの開発につながり、探知可能な高度は20 km(65,000 ft)まで上昇した。設置は1956年に始まり[2]、この機器が事前に取り付けられたベンディックス社の新設ユニットは1957年にAN/FPS-20になった。それ以外の場合、ゼネラル・エレクトリックのアンテナを備えた同様のユニットはAN/FPS-20Bとして知られていた。AN/FPS-20の上にあるスロット付き導波管アンテナは、関連するIFFシステム用である。

AN/FPS-20は単純なパルスレーダーシステムであり、一般的なジャミングによって容易に妨害を受ける可能性があった。これにより、1959年から妨害対策機能を提供するためのアップグレードが行われた。その中には、AN/FPS-20をAN/FPS-64に、AN/FPS-20AをAN/FPS-66に改良したGPA-102(MK-448)や、AN/FPS-20をAN/FPS-65に、AN/FPS-20AをAN/FPS-67に改良したGPA-103(MK-447)などがあった[4]。また、カナダ製のOA-4831システムを用いた同様のアップグレードにより、AN/FPS-87およびAN/FPS-87Aが誕生した。さらに、AN/FPS-20Aに対してBADGE 412-L計画に基づくアップグレードを施したものが、AN/FPS-82である。

より大規模なアップデートはMK-747で、レイセオン社製の新しいアンテナ、ダイプレックス ゲーティング ユニット(DGU)、バンドパスフィルター、その他の改良が追加され、AN/FPS-91および91Aが製造された。同様のMK-748を-60シリーズに適用した結果、AN/FPS-64A、AN/FPS-65A、AN/FPS-66A、AN/FPS-67Aが誕生した。カナダ軍のAN/FPS-87も改修され、AN/FPS-93および93Aとなった。これらの装置はSAGEシステムにおいて運用された[5]。

AN/FPS-20は日本でも広く使用された。日本側では独自の改良を施し、トンネルダイオードベースのアンプやエアボーン・インスツルメンツ・ラボラトリーズ・システム用の独立した受信機などを開発し、AN/FPS-20/20A JAPAN(または-J)を開発した。

インド空軍は、ベンディックス社製の新しいデジタル移動目標指示器(MTI)システムを搭載したFPS-20を使用して、AN/FPS-100および100Aを開発した。これらのシステムはブルーパール、またはベンディックス・レーダープロセッサ BRP-150として知られていた。これらはアンテナを刷新した改修機であり、新たに低雑音のフロントエンド増幅器も搭載されていた。その後、ジェネラル・ダイナミクス社も同様のデジタルMTIシステムであるAN/FPS-113を製造した。

軍用電子機器型式命名規則(JETDS)に基づくと、AN/FPS-20という名称は、アメリカ陸軍・アメリカ海軍共用の固定式地上捜索レーダー用電子機器の20番目の設計を表す[6][7]。

関連項目

脚注

注釈

  1. ↑ ここに配備されたものはAN/FPS-508として知られている
  2. ↑ ウィンクラーによれば、FPS-3の設計は、ベル研究所とゼネラル・エレクトリック社による以前のCPS-5の設計を基に開発されたものだという[3]。しかしradomes.orgは、CPS-5との関連性に異議を唱えている。ウィンクラーの著作に掲載された写真からわかるように、CPS-5のアンテナはFPS-3のものとは多少異なっているからである。こうした混乱は、バッキーの記述において「新たに開発されたAN/FPS-3長距離レーダー装置」と言及されていることに起因している可能性がある。

出典

  1. ↑ Bacque 1990.
  2. 1 2 Winkler 1997, p. 76.
  3. ↑ CPS-5 at FortWiki.com
  4. ↑ Winkler 1997, p. 40.
  5. ↑ Winkler 1997, pp. 77–78.
  6. ↑ Winkler 1997, p. 73.
  7. ↑ Avionics Department (2013). “Missile and Electronic Equipment Designations”. Electronic Warfare and Radar Systems Engineering Handbook (4 ed.). Point Mugu, California: Naval Air Warfare Center Weapons Division. pp. 2–8.1

参考文献

  • Bacque, Cramer (1990年10月). “The History of the BFEC”. 1999年10月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年7月1日閲覧。
  • Winkler, David F. (1997). “Radar Systems Classification Methods”. Searching the Skies: The Legacy of the United States Cold War Defense Radar Program. Langley AFB, Virginia: United States Air Force Headquarters Air Combat Command. LCCN 97020912. https://nuke.fas.org/guide/usa/airdef/1997-06-01955.pdf 

外部リンク