c-MetまたはMETは、ヒトではMET遺伝子によってコードされているタンパク質で、肝細胞増殖因子受容体(hepatocyte growth factor receptor、HGFR)としても知られる[5][6]。
このタンパク質はチロシンキナーゼ活性を有する[7]。一本鎖の前駆体タンパク質への翻訳後、αサブユニットとβサブユニットへ切断される。両者はジスルフィド結合で連結されて成熟型の受容体を形成する。
METは1回膜貫通型の受容体型チロシンキナーゼで、胚発生、器官形成、創傷治癒に必須である。MET受容体の既知のリガンドは、肝細胞増殖因子/細胞分散因子(HGF/SF)とそのスプライシングによるアイソフォーム(NK1、NK2)のみである。METは通常上皮由来の細胞で発現しており、一方HGFの発現は間葉由来の細胞に限定されている。HGFがMETに結合すると、METは二量体化し活性化されるが、その過程は完全には理解されていない。
がんでのMETの異常な活性化は予後の悪さと相関しており、異常な活性型のMETは腫瘍の成長や、腫瘍へ栄養を供給する血管の形成(血管新生)、他の器官へのがんの拡散(転移)を引き起こす。METは、腎臓、肝臓、胃、乳房、脳などの多くのタイプの悪性腫瘍で調節異常がみられる。通常、METを発現しているのは幹細胞と前駆細胞だけであり、胚で新たな組織を形成したり、成体で損傷組織を再生するための浸潤性増殖を可能にする。しかし、がん幹細胞では正常な幹細胞のMETの発現能力が乗っ取られており、がんの持続や他の部位への拡散の原因となっている。MET遺伝子のさまざまな変異が乳頭状腎細胞がんと関係しており[8]、METの過剰発現や、HGFとの共発現による自己分泌型の活性化の双方が、発がんへ関与していると示唆されている[9][10]。
なおMETを「間葉上皮転換因子」(Mesenchymal-Epithelial Transition factor) とする記述が頻繁に見られるが誤りであり、METの3文字はN-methyl-N'-nitro-N-nitrosoguanidine (MNNG) に由来する[11]。
MET遺伝子(GeneID: 4233)は全長125,982bpで、7番染色体の7q31に位置している[12]。転写されて6,641塩基の成熟mRNAとなり、その後1,390アミノ酸のMETタンパク質へと翻訳される。
METは受容体型チロシンキナーゼであり、一本鎖の前駆体として産生される。前駆体はフーリン切断部位で切断され、高度にグリコシル化された細胞外のαサブユニットと、膜を貫通するβサブユニットとなる。両者はジスルフィド結合で連結されている[13]。
細胞外領域には次の構造が含まれる。
膜近傍セグメントには次の要素が含まれている。
HGFによるMETの活性化はMETのキナーゼ触媒活性を誘導し、Tyr1234とTyr1235のトランスリン酸化を開始する。これら2つのチロシン残基はさまざまなシグナル伝達因子と結合し[18]、METによって駆動されるさまざまな生物学的活性を開始する。METによって駆動される過程は、invasive growth program(浸潤性増殖プログラム)と総称されることもある。シグナル伝達因子はMETの多基質ドッキング部位と相互作用するが、GRB2、SH2[19]、SRC、PI3Kの調節サブユニットp85[19]のように直接相互作用するものと、足場タンパク質であるGAB1を介して間接的に相互作用するものがある[20]。
多基質ドッキング部位に位置するTyr1349とTyr1356はどちらもGAB1、SRC、SHCとの相互作用に関与しているが、GRB2、PLC-γ、p85、SHP2のリクルートにはTyr1356のみが関与する[21]。
GAB1はMETに対する細胞応答の重要な調節因子であり、METの細胞内領域に高いアビディティ、低いアフィニティで結合する[22]。METとの相互作用によってGAB1のいくつかのチロシン残基がリン酸化され、そこへPI3K、SHP2、PLC-γを含むシグナル伝達のエフェクター因子がリクルートされる。METによるGAB1のリン酸化によって、下流のシグナル伝達経路の大部分を媒介する持続的なシグナルがもたらされる[23]。
METとの結合によって複数のシグナル伝達経路が活性化される。
METは浸潤性増殖(invasive growth)として知られる複雑な過程を媒介する[27]。METの活性化は有糸分裂の開始と形態形成を誘導する[32][33]。
胚発生において、扁平な2層の胚盤から3次元的な体構造への転換は、一部の上皮型細胞の紡錘形で運動性の高い間葉系細胞への転換に依存している。この過程は上皮間葉転換(epithelial to mesenchymal transition, EMT)と呼ばれている[34]。胚発生のより後の過程では、METは特に原腸形成、血管新生、筋芽細胞の移動、骨再構築、神経の発芽に重要である[35]。METは胚発生に必須であり、MET −/−マウスは胎盤発生の重篤な欠陥のため子宮内で死ぬ[36]。さらに、METは成体での肝臓の再生や創傷治癒などの重要な過程にも必要である[27]。
HGF/MET軸は心筋の発生にも関係している。HGFとMET受容体のmRNAは、心臓の運命決定直後のE7.5からE9.5まで心筋細胞で共発現している。HGFリガンドと受容体の転写産物は心臓の拍動とルーピングの出現以前から検出され、心臓の形態が複雑化しはじめるlooping stageを通じて持続する[37]。鳥類での研究では、心内膜床からのEMTが起こる発生段階では、HGFは房室管の心筋層に存在している[38]。しかしながら、METは心臓の発生には必須ではなく、心筋でMetがノックアウトされたコンディショナルノックアウトマウスの心臓発生は正常である[39]。
通常、METは上皮細胞で発現している[27]。しかし、METは内皮細胞、神経細胞、肝細胞、造血系細胞、メラニン細胞、新生児の心筋細胞にも存在している[33][40]。HGFの発現は、間葉由来の細胞に限定されている[34]。
METの転写は、HGFといくつかの成長因子によって活性化される[41]。MET遺伝子のプロモーターには、浸潤性増殖に関するいくつかの遺伝子を制御するETSファミリーの推定結合部位が4つ存在している[41]。ETS1はin vitroでMETの転写を活性化する[42]。METの転写は、細胞内の低酸素状態によって活性化されるHIF1によっても活性化される[43]。HIF1は、METのプロモーターの低酸素応答エレメント(HRE)の1つに結合する[34]。また、低酸素状態によって転写因子AP-1も活性化され、これもMETの転写に関係している[34]。
MET経路はがんの発生に重要な役割を果たす。
miR-199a*によるMETとその下流のエフェクター因子ERK2の協調的なダウンレギュレーションは、細胞の増殖を阻害するだけでなく、腫瘍細胞の運動性や浸潤性も効果的に阻害する可能性がある[45]。
自閉症のリスク遺伝子のデータベースであるSFARI gene databaseではMETの自閉症スコアは2.0であり、METが自閉症に関与する有力な候補遺伝子であることを意味している。データベースでは、少なくとも1つの研究において、METが統合失調症の症例に関係していることが示されている。MET遺伝子は、遺伝子のプロモーターの多型を同定した研究で初めて自閉症への関与が示唆された[48]。このプロモーターの多型はMETの転写を50%低下させる。さらに、自閉症リスク多型としてのMET遺伝子の変異は他の研究でも示されており、自閉症と消化管障害を抱える子供で多く見られることが示されている[49]。稀な変異が家族の2人で観察されており、1人は自閉症、もう1人は社会的コミュニケーション症の症状を示している[50]。脳の発達におけるMET受容体の役割は、他の発生過程におけるとは異なるものであり、MET受容体の活性化はシナプス形成を調節し[51][52][53][54][55]、社会的行動や情動的行動に関係する回路の機能の発達に影響を与えている[56]。
成体のマウスでは、METは加齢と関連した酸化ストレス、アポトーシス、線維形成、心臓機能不全を防ぎ、心筋細胞を保護するために必要である[39]。さらに、クリゾチニブやPF-04254644などのMET阻害剤は細胞モデルや臨床前モデルでの短期投与試験が行われており、活性酸素種の産生、カスパーゼの活性化、代謝の変化、イオンチャネルの遮断によって心筋細胞の細胞死を誘導することが示されている[57][58]。
損傷した心臓では、HGF/MET軸は心筋細胞での生存効果(抗アポトーシス、抗オートファジー)の促進、血管新生、線維形成の阻害、抗炎症・免疫調節シグナル、心筋幹細胞の活性化による再生によって、心臓保護に重要な役割を果たす[59][60]。
PTEN(phosphatase and tensin homolog)は、脂質とプロテインホスファターゼに依存した活性と依存しない活性の双方を有するがん抑制因子である[61]。PTENはホスファターゼであり、PI3Kによって生成されたPIP3またはSHCのp52アイソフォームを脱リン酸化することでMETシグナル伝達に干渉する。SHCの脱リン酸化はGRB2アダプタータンパク質の活性化METへのリクルートを阻害する[30]。
腎細胞がんにおいて、がん抑制因子VHLの不活性化とMETシグナル伝達の増加が相関しているという証拠が存在する。心臓の悪性形質転換でも同様である[62][63]。
腫瘍の浸潤と転移はがん患者の主な死因であり、METシグナル伝達の阻害は有望な治療アプローチとなると考えられる。ヒトで臨床試験が行われているHGFとMETを標的とした実験的治療薬のリストはこちらで見ることができる。
キナーゼ阻害剤は、ATPがMETに結合するのを防ぎ、受容体のトランスリン酸化と下流のエフェクター分子のリクルートを防ぐ低分子である。キナーゼ阻害剤の限界は、METのキナーゼ活性依存的な活性を阻害するだけであること、METに対する十分な特異性を示すものはまだ存在しないことである。
HGFはMETの既知の唯一のリガンドであるため、HGF:MET複合体の形成を防ぐことでMETの生物学的活性を防ぐことができる。こうした目的のために、切り詰められたMETや抗HGF中和抗体、非切断型HGFがこれまで利用されてきた。HGF阻害薬の大きな限界は、HGF依存的なMETの活性化しか防ぐことができない点である。
デコイMETは切り詰められた可溶性のMET受容体である。デコイはリガンドの結合とMET受容体のホモ二量体化の双方を防ぐため、HGF依存的なMETの活性化と非依存的な活性化の双方を阻害することができる。CGEN241(Compugen)は、腫瘍の成長と転移を高効率で防ぐことが動物モデルで示されている[74]。
免疫療法に用いられる薬剤は、MET発現細胞に対する免疫反応を強化するか、または免疫細胞を刺激し腫瘍細胞の分化・増殖に変化を与える[75]。
モノクローナル抗体の投与は、一種の受動免疫療法である。モノクローナル抗体は補体依存性細胞傷害(CDC)と抗体依存性細胞傷害(ADCC)によって腫瘍細胞の破壊を促進する。CDCにおいては、モノクローナル抗体は特定の抗原に結合して補体系の活性化を引き起こし、腫瘍細胞に孔の形成を引き起こす。ADCCにおいては、モノクローナル抗体のFabドメインが主要抗原に結合し、Fcドメインがエフェクター細胞(食細胞とNK細胞)に存在するFc受容体に結合することで、エフェクター細胞と標的細胞の間にブリッジを形成する。これによってエフェクター細胞の活性化が誘導され、好中球やマクロファージによる腫瘍細胞に対する食作用が引き起こされる。さらに、NK細胞は細胞傷害性分子を放出し、腫瘍細胞を溶解する[75]。
MET発現細胞に対する能動免疫療法は、インターフェロンやインターロイキン(IL-2)などのサイトカインの投与によって行われ、多数の免疫細胞の非特異的な刺激を引き起こす。インターフェロンは多くの種類のがんに対する治療としての試験が行われており、治療効果が示されている。IL-2は、MET活性の調節異常が多く見られる腎細胞がんと転移性メラノーマに対する治療として、アメリカ食品医薬品局(FDA)に承認されている[75]。
METは次に挙げる因子と相互作用することが示されている。
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