2008年、低迷が続く太陽ケアはチャンピオン・カーニバルに臨んだが、全敗を喫してしまう。 それにより、TARU率いるVOODOO-MURDERSに誘われたが、ケアはこれを拒否。直後に現れた鈴木みのるの決起に同調し、「力のプロレス」をモットーとして、東京愚連隊も引き入れ活動を開始。
命名理由は週刊プロレスの鈴木のコラムによるとジャンケンで鈴木にNOSAWA論外が勝ったこと、メンバーに誰も東京出身がいないこと、アメリカ人の太陽ケアがいるので英文字にしたとのこと。もし鈴木が勝っていたらユニット名は「鈴木みのるとゆかいな仲間たち」にする予定だったと週刊プロレスで語っている。
初期は三冠ヘビー級、世界タッグ王座を所持していた本隊を親の敵の如く標的にしていたが、F4結成以降は、天コジの宣戦布告により抗争範囲を広げることとなった。また、鈴木とヘイトの遺恨により、VOODOO-MURDERSとも敵対している。
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