H3ロケット試験機1号機

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H3ロケット試験機1号機(H3ロケットしけんき1ごうき)は、宇宙航空研究開発機構 (JAXA) が運用するH3ロケットの初号機である。2023年(令和5年)3月7日10時37分(日本標準時)に種子島宇宙センターから打ち上げられたが、第2段エンジンへの点火に失敗したことで地上からの信号で指令破壊され、搭載していた「だいち3号」が失われた[1]。

種子島宇宙センターから発射されたH3ロケット試験機1号機(2023年3月7日)

この機体はH3ロケットで初めての打ち上げで、延期を繰り返した末の失敗だったこともあり、その後の開発に大きな影響を与えた[2]。

ロケット諸元

  • 形式: H3ロケット22S型(H3-22S) - H-IIBロケットでの運用実績のあるエンジン2基クラスタ形態での段階的検証が重視され、H3-22Sの構成で打ち上げられた。
    • 1段目 LE-9エンジン(液体酸素・液体水素燃料ロケットエンジン)
    • 2段目 LE-5B-3エンジン(液体酸素・液体水素燃料ロケットエンジン)
    • 1段目 固体ロケットブースタ SRB-3×2基

ペイロード

  • 先進光学衛星「だいち3号」
    • 2011年(平成23年)4月に観測停止した先代の光学・レーダー衛星、「だいち」の後継機として地図作成、地域観測、災害状況把握、資源調査などへの貢献を目的としていた。失敗を受けて、文部科学省及びJAXAは2024年(令和6年)、後継機は開発せずに小型衛星を複数使用した観測システムを行うことを発表した[3][4]。

打ち上げまでの経緯

試験機1号機は、当初は2020年(令和2年)度の試験機1号機打ち上げを目指して開発が進められていた[5]。しかし、2018年(平成30年)から2020年にかけて行われた燃焼試験において、液体水素ターボポンプのタービン動翼に共振による破断と、燃焼室内壁に高熱による穿孔が確認されたため、設計が見直された。また、2020年5月に行われた燃焼試験では新開発のLE-9エンジンに技術的課題が見付かり、9月に2021年(令和3年)度中の打ち上げ予定へと延期され[6]、2022年(令和4年)1月に打ち上げ予定の時期は明言できないと再延期された[7]。その後、9月1日にJAXAによって行われた記者説明会では、ターボポンプの振動問題についてはほぼ解決し、同年11月に行う燃焼試験の結果から打ち上げの可否の判断が行われることが発表された[8][9][10]。その後、11月の試験結果が良好だったことを受け、JAXAは打ち上げを2023年(令和5年)2月12日に行うと発表した[11]。その後、その後の日程調整や気象条件などから2月17日に変更された[12][13]。

2月17日、10時37分55秒の打ち上げを目指し、カウントダウンが進められ、打ち上げ6.4秒前にLE-9エンジンに点火したが、0.4秒前にSRB-3への点火に失敗したため、この日の打ち上げを中止した[14][15][16][17]。原因は、発射直前に機体と地上設備の通信・電源ラインを切り離した際、電気信号の乱れから1段機体制御コントローラが誤動作したことであるとされた[18][19][20]。その後、誤動作の対策を経て打ち上げ日が再設定され、さらに天候による1日延期を経て3月7日に設定された[14][20][19][21]。

打ち上げの経過

10時37分55秒に固体ロケットブースタ(SRB-3)に点火されて上昇開始、1分56秒でSRB-3を、3分32秒後に衛星フェアリングを分離[22]。開発の課題だったLE-9エンジン(第1段ロケット)も正常に動作したため順調に飛行を続け、4分56秒後には第1段ロケットの燃焼を終了、5分3秒にこれを分離。計画では、太平洋上空を飛行したのち打ち上げから約16分57秒後に高度約675キロメートル、軌道傾斜角98.1度の太陽同期準回帰軌道上でペイロードを分離し、軌道に投入する予定であった[22]。

しかし、第1段ロケット分離後、打ち上げから5分16秒後に点火するはずだったLE-5B-3エンジン(第2段ロケット)への着火に失敗し、ロケットと衛星は高度632キロメートルをピークに降下し始めた[22]。これを受けた管制は、衛星を軌道投入できる見込みがないとして10時51分50秒(打ち上げから13分55秒後)にロケットに高度459.5キロメートルの位置で指令破壊信号を送出し、ロケットを破壊させた[22][23][24]。これにより、ロケットはペイロードとともに第1段ロケットが落下した区域に近いフィリピン東方沖に落下した[25][26]。

失敗の原因

3月16日に文部科学省により開かれた「宇宙開発利用に係る調査・安全有識者会合」では、JAXAにより事故調査の経過が報告され、第2段の制御系がエンジン起動に使う電力系に過電流を検知して、電源を遮断していたために着火に失敗したことが判明した[27]。当初に挙げられていた電気系自己診断プログラムの誤動作・誤検知や設定ミスより電源が遮断されていたという可能性は4月27日の会合では否定され、第2段ロケットのLE-5B-3エンジンの配管バルブや、エキサイタ(点火装置)などの動作をつかさどるPNP内部での電力回路の短絡により過電流が発生したという見解が出された[28]。

過電流の直接原因となったシナリオは6月22日の調査では9つまで[29]、10月26日の調査では以下の3つにまで絞り込まれた[30][31]。

  1. エキサイタ内で飛行中に振動によって軽度な短絡が発生しており、第2段への着火信号送信の際に完全に短絡し、過電流が発生したこと
  2. エキサイタ内部のトランジスタは、地上点検時に繰り返し絶対最大定格以上の電圧が印加されたことにより電圧耐性が低下しており、飛行中の着火信号送信の際に定格以上の電圧に耐えきれず短絡し、過電流が発生したこと
  3. エンジン周辺の制御を行う装置(PSC2)のうちA系統の一部部品が故障したことや着火信号の際の電気変化によって定電圧ダイオードの短絡と過電流が発生、B系にも短絡電流が波及したことでB系の定電圧ダイオードでも短絡と過電流が発生したこと

この3つのシナリオはいずれも発生可能性を否定できないことから、それぞれ以下のような対策を行った[31]。

  • エキサイタ内で短絡が発生したことについては、エキサイタ内部の電気部品の絶縁強化とX線CT検査の強化を実施
  • エキサイタへの通電で過電流が発生したことについては、トランジスタに印加され る電圧が定格内となるように部品選別を実施
  • PSC2での短絡の波及については、A系、B系双方の定電圧ダイオードを削除

また、この3つのそれぞれの故障シナリオが成立した背景として、

  1. 「エキサイタ内部での短絡」について、H-IIロケット以来の実績を重視したことや、製造後の運用段階で状態は変化しないとの考えから、状態変化を考えた対策が存在しなかったこと
  2. 「エキサイタへの通電による過電流の発生」について、H-IIロケット以前に確立され運用し続けている電気系機器をH3に適用する際、部品の適合性についての評価の不足についての確認がなかったこと
  3. 「PSC2での短絡の波及」については、システムに異常が発生した際に予想される事象に対する安全装置の耐久性の確認が不十分であったこと

を指摘し、それらへの対策や信頼性回復の取り組みを提示した[30][31]。

事故の影響

「だいち3号」の喪失により、「だいち」の運用終了後「だいち2号」のみで断続的に観測が行われてきた日本の地球観測衛星を補充するという計画は不可能となり、光学観測の空白期間が12年以上開くこととなった[32]。そのため、災害大国の日本において重要な災害観測にかかわる衛星を、試験機でもある初号機に搭載したことへの批判の声も上がった[33]。日本の宇宙ビジネスへの影響も大きいとされ、科学技術ジャーナリストの松浦晋也は「ロケットの2段エンジンの不着火は過去に国内外で聞いたことがない事例だ」「早くリカバリーすることが重要」と指摘した[34]。JAXAは前年の2022年(令和4年)10月にはイプシロンロケット6号機の打ち上げに失敗しており、それと重ね合わせて宇宙開発への影響の大きさを指摘する報道もあった[35]。

その後、試験機2号機は翌2024年(令和6年)2月17日にロケット性能確認用ペイロードと小型衛星2基を搭載して打ち上げに成功、H-IIロケット以来30年ぶりとなる完全新型ロケットの運用開始となったほか[36]、2024年度の終わりまでに3号機(「だいち4号」搭載)[37]、4号機[38]、5号機の打ち上げに連続で成功した[39]。

脚注

注釈

出典

  1. ↑ Inc, Nikkei (2023年3月7日). “H3ロケット初号機失敗 打ち上げ後に指令破壊”. 日本経済新聞. 2026年6月18日閲覧。
  2. ↑ “第2段着火せず破壊 次世代基幹ロケットH3、開発遅れの末 打ち上げ失敗:朝日新聞”. 朝日新聞 (2023年3月8日). 2026年6月18日閲覧。
  3. ↑ “Marble Visionsの資本業務提携に合意、高分解能・高頻度な衛星システムの開発に着手”. NTTデータグループ. 2026年6月18日閲覧。
  4. ↑ “宇宙政策委員会 衛星開発・実証小委員会 第31回会合 議事次第 : 宇宙政策 - 内閣府”. 内閣府ホームページ. 2026年6月18日閲覧。
  5. ↑ “新型基幹ロケットの開発状況について” (PDF). JAXA (2015年7月2日). 2026年6月18日閲覧。
  6. ↑ “JAXA | H3ロケットの開発計画の見直しについて”. JAXA | 宇宙航空研究開発機構. 2026年6月19日閲覧。
  7. ↑ “JAXA | H3ロケットの試験機1号機の打上げについて”. JAXA | 宇宙航空研究開発機構. 2026年6月19日閲覧。
  8. ↑ “JAXA、「H3ロケット」年度内打ち上げへ 11月試験で判断”. 日刊工業新聞 (2022年9月2日). 2022年9月4日閲覧。
  9. ↑ “「新エンジン開発の見通し立つ」新型のH3ロケット2022年度中打ち上げへ JAXA”. FNNプライムオンライン (2022年9月1日). 2022年9月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月4日閲覧。
  10. ↑ “新型ロケット「H3」 発射地点でメインエンジン燃焼試験 鹿児島”. 日本放送協会 (2022年11月7日). 2022年11月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月8日閲覧。
  11. ↑ “新たな主力ロケット「H3」初号機 来年2月12日に打ち上げ JAXA”. NHK NEWS WEB. NHK (2022年12月23日). 2023年2月19日閲覧。
  12. ↑ 日本放送協会. “新たな主力ロケット「H3」初号機の打ち上げ15日に JAXA | NHK”. NHKニュース. 2023年11月24日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2026年6月19日閲覧.
  13. ↑ 日本放送協会. “「H3」初号機 打ち上げ17日に JAXA “気象条件整わず” | NHK”. NHKニュース. 2023年11月24日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2026年6月19日閲覧.
  14. 1 2 “H3ロケット試験機1号機による先進光学衛星「だいち3号」(ALOS-3)の本日の打上げ中止について”. JAXA (2023年2月17日). 2023年2月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年2月17日閲覧。
  15. ↑ “H3ロケット、打ち上げ0.4秒前にトラブル 3月までに再トライへ”. 朝日新聞デジタル. 2023年2月17日. 2023年2月18日閲覧.
  16. ↑ “6日に打ち上げ再挑戦 発射直前に中止のH3ロケット―ノイズで誤作動、対策にめど・JAXA”. JIJI.com. 2023年3月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年3月7日閲覧。
  17. ↑ “H3ロケット試験機1号機 打上げ中止の原因調査と対応について”. JAXA. 2023年3月7日閲覧。
  18. ↑ “「H3」ロケット続報 打ち上げ中止の原因は機体や地上設備の電気的な挙動による影響か”. sorae (2023年2月24日). 2023年2月24日閲覧。
  19. 1 2 “H3ロケット試験機1号機による先進光学衛星「だいち3号」(ALOS-3)の打上げについて[再設定(その4)]”. JAXA (2023年3月3日). 2023年3月4日閲覧。
  20. 1 2 “「H3」初号機 今月6日に改めて打ち上げへ 正式発表 JAXA”. NHK (2023年3月3日). 2023年3月4日閲覧。
  21. ↑ “H3ロケット打ち上げ1日延期 7日午前に”. 産経新聞 (2023年3月4日). 2023年3月4日閲覧。
  22. 1 2 3 4 “H3ロケット試験機 1号機 打上げ失敗の原因究明に係る報告書”. JAXA. 国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構 H3 ロケット試験機 1 号機原因究明チーム (2023年10月26日). 2026年6月19日閲覧。
  23. ↑ Inc, Nikkei (2023年3月7日). “H3ロケット初号機失敗 打ち上げ後に指令破壊”. 日本経済新聞. 2026年6月19日閲覧。
  24. ↑ “第2段着火せず破壊 次世代基幹ロケットH3、開発遅れの末 打ち上げ失敗:朝日新聞”. 朝日新聞 (2023年3月8日). 2026年6月19日閲覧。
  25. ↑ “「次の打ち上げまで最低1年は必要か」次世代ロケット「H3」初号機、打ち上げ失敗…機体とともに「だいち3号」もフィリピン沖に落下【news23】 | TBS NEWS DIG (1ページ)”. TBS NEWS DIG (2023年3月8日). 2026年6月19日閲覧。
  26. ↑ 日経クロステック(xTECH) (2023年3月7日). “H3ロケット初号機打ち上げに失敗、地球観測衛星「だいち3号」軌道に投入できず | 日経クロステック(xTECH)”. xtech.nikkei.com. 2026年6月19日閲覧。
  27. ↑ 日経クロステック(xTECH) (2023年3月24日). “H3打ち上げ失敗、過電流を自己診断プログラムが検知して電源を遮断か | 日経クロステック(xTECH)”. xtech.nikkei.com. 2026年6月19日閲覧。
  28. ↑ 日経クロステック(xTECH) (2023年4月28日). “H3ロケット打ち上げ失敗、電力回路の短絡が原因か | 日経クロステック(xTECH)”. xtech.nikkei.com. 2026年6月19日閲覧。
  29. ↑ 日本放送協会. “「H3」打ち上げ失敗 想定されるケースは9つ JAXA | NHK”. NHKニュース. 2024年5月28日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2026年6月20日閲覧.
  30. 1 2 “H3初号機失敗、背景に「実績重視、対策や確認の不足」文科省が報告書”. Science Portal - 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」. 2026年6月20日閲覧。
  31. 1 2 3 “H2ロケット試験機2号機打上げ失敗の原因究明に係る調査・安全小委員会報告書”. JAXA (2023年10月26日). 2026年6月20日閲覧。
  32. ↑ 秋山文野 (2023年3月14日). “「H3ロケット打ち上げ失敗」が日本の宇宙開発に与える4つの影響。地球観測網に大ダメージも”. Business Insider Japan. 2026年6月20日閲覧。
  33. ↑ “「だいち3号」喪失の波紋 災害の状況把握に期待したが H3と消えた高性能観測衛星:朝日新聞”. 朝日新聞 (2023年4月11日). 2026年6月20日閲覧。
  34. ↑ “「過去に聞いたことない」専門家も驚き H3ロケット打ち上げ失敗”. 毎日新聞. 2026年6月20日閲覧。
  35. ↑ “H3打ち上げ失敗 日本の宇宙開発、打撃:朝日新聞”. 朝日新聞 (2023年3月8日). 2026年6月20日閲覧。
  36. ↑ “「H3」2号機打ち上げ、衛星分離に成功 30年ぶり国産新型”. 毎日新聞. 2026年6月22日閲覧。
  37. ↑ “H3ロケット3号機、観測衛星の打ち上げ成功 本格運用スタート”. 毎日新聞. 2026年6月22日閲覧。
  38. ↑ “「H3」の打ち上げ3回連続で成功…防衛省の通信衛星「きらめき3号」搭載の4号機”. 読売新聞 (2024年11月4日). 2026年6月22日閲覧。
  39. ↑ “「H3」5号機打ち上げ成功、衛星「みちびき」分離…日本版GPS7基体制に向け大きく前進”. 読売新聞 (2025年2月2日). 2026年6月22日閲覧。

関連項目

外部リンク