Illustrisプロジェクト
Illustrisプロジェクト(英語: Illustris project)は科学者の国際協力で行われている一連の天体物理学シミュレーションシリーズを実施しているプロジェクトである[1]。 包括的な物理モデルを用いて、宇宙における銀河の形成と進化のプロセスを研究することを目的としている。2014年に初期成果の時点で複数の論文にまとめられて発表され[2][3][4]、多数の報道がなされるなど注目を集めた[5][6][7]。 2015年にはシミュレーションで生成されたデータがすべて公開された。シミュレーションの主任開発者はマックス・プランク天体物理学研究所のフォルカー・シュプリンゲルとマサチューセッツ工科大学のマーク・フォーゲルスバーガーである。シュプリンゲルは過去にも、成果論文が2020年時点でネイチャー・アストロノミー誌で最も引用された論文となっていることで知られるミレミアム・ランといった大規模シミュレーションを主導しており、Illustrisの成果を含めた長年の貢献から2020年にはグルーバー宇宙論賞を[8]、2021年にはライプニッツ賞を受賞している[9]。
Illustrisシミュレーションのフレームワークや銀河形成モデルは多数のスピンオフとなるシミュレーションプロジェクトでも使用されており、2017年に行われたAurigaプロジェクトや[10]IllustrisTNGを皮切りに[11]、2021年に実施された宇宙再電離期のシミュレーションであるThesanプロジェクト[12]、2022年実施のMillenniumTNGシミュレーション[13]、2023年実施のTNG-Clusterなどが行われている[14]。
シミュレーション
概要

オリジナルのIllustrisプロジェクトはフォーゲルスバーガーらによって[15]、シュプリンゲルが開発したArepoと呼ばれるコードを最初に大規模な銀河形成シミュレーションに適用した研究として行われた[16]。
Illustrisプロジェクトではビッグバンの初期条件から138億年後の現在に至るまでの、宇宙の年代を辿る宇宙論シミュレーションである。シミュレーションの実行時点で最も精密なデータや計算結果に基づいたモデリングを行い、コンピューター内で再現された宇宙の姿を実際に観測された宇宙と比較することで、銀河の形成やダークマター、ダークエネルギーの性質についてより理解を深めることが狙いとされている[5][6][7]。
このシミュレーションには銀河形成にあたって不可欠と考えられている物理プロセスが含まれている。考慮されたプロセスには星形成やその後の超新星爆発によるフィードバック効果、超大質量ブラックホールの形成とその近傍ガスの消費、さらにそれらのエネルギーフィードバックの複数の態様が含まれる[1][4][17]。
シミュレーションされた結果は画像や映像をはじめ様々な形態で視覚化され、一般向けに公開された[18]。
計算リソース

Illustrisシミュレーションの主要な計算は、フランス原子力・代替エネルギー庁のTGCCに設置されたキュリースーパーコンピューターと、ドイツのライプニッツスーパーコンピューティングセンターに設置されたSuperMUCで実行された[1][19]。 合計で1900万CPU時間が要求され、CPUの8192コアが使用された[1]。ピーク時のメモリ消費量はRAM25TBにも達し[1]、最終的に136のスナップショットが保存され、そのデータ量は230TBに達した[2]。
シミュレーションにはArepoと呼ばれるシュプリンゲルが書いたコードが用いられ、シュプリンゲルはそれまでにもGADGETといった宇宙論シミュレーションのコードを書いていた[20]。Arepoという名前はSATORスクエアと呼ばれる古代ローマ遺跡などで見られるラテン語の回文に由来する。Arepoは移動するボロノイ分割に基づく空間離散化を用いて重力と流体力学の連立方程式を解き、計算はMPIアプローチによって分散メモリ型の大規模スーパーコンピューターで実行できるようにコードされている。
公開データリリース
最初の成果論文の出版から11か月後の2015年4月に、プロジェクトチームはシミュレーションで得られた全てのデータ産物について公開した[21]。 データファイルには個々のハローとサブハローのグループカタログ、時間経過につれてこれらの天体を追いかけるマージャーツリー、特定の135時点におけるスナップショットでのすべての粒子データや様々な補助的なカタログが含まれる。直接データをダウンロードする以外にも、ウェブベースのAPIは様々な検索やデータ抽出に対応しており、膨大なフルデータセットをダウンロードすることなく必要なタスクを実行できる[22]。
プロジェクト外での反響

2018年12月にはドイツ郵便がIllustrisシミュレーションの成果を記念した切手を発行した[23]。
シミュレーションで誕生した銀河の数は膨大で、コンピューター内で人工的に生成したにもかかわらずそのすべてを研究者が確認できないほどだった。 そのため生成された銀河の形態分類は市民科学プロジェクトでも実施され、ギャラクシー・ズーでは専用のワークフローが設けられた[24]。派生シミュレーションのIllustris TNGで生成された銀河は日本の国立天文台が実施している市民科学プロジェクト、Galaxy Cruiseで2023年に分類対象とされた[25]。
関連項目
脚注
出典
- 1 2 3 4 5 Staff (2014年6月14日). “The Illustris Simulation - Towards a predictive theory of galaxy formation.”. 2014年7月16日閲覧。
- 1 2 Vogelsberger, Mark; Genel, Shy; Springel, Volker; Torrey, Paul; Sijacki, Debora; Xu, Dandan; Snyder, Greg; Nelson, Dylan et al. (14 May 2014). “Introducing the Illustris Project: Simulating the coevolution of dark and visible matter in the Universe”. Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 444 (2): 1518–1547. arXiv:1405.2921. Bibcode:2014MNRAS.444.1518V. doi:10.1093/mnras/stu1536.
- ↑ Genel, Shy; Vogelsberger, Mark; Springel, Volker; Sijacki, Debora; Nelson, Dylan; Snyder, Greg; Rodriguez-Gomez, Vicente; Torrey, Paul et al. (15 May 2014). “The Illustris Simulation: the evolution of galaxy populations across cosmic time”. Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 445 (1): 175–200. arXiv:1405.3749. Bibcode:2014MNRAS.445..175G. doi:10.1093/mnras/stu1654.
- 1 2 Vogelsberger, M.; Genel, S.; Springel, V.; Torrey, P.; Sijacki, D.; Xu, D.; Snyder, G.; Bird, S. et al. (8 May 2014). “Properties of galaxies reproduced by a hydrodynamic simulation”. Nature 509 (7499): 177–182. arXiv:1405.1418. Bibcode:2014Natur.509..177V. doi:10.1038/nature13316. PMID 24805343.
- 1 2 “Astronomers Create First Realistic Virtual Universe - Release No.: 2014-10”. Harvard-Smithsonian Center for Astrophysics (2014年5月7日). 2014年7月16日閲覧。
- 1 2 Overbye, Dennis (16 July 2014). “Stalking the Shadow Universe”. ニューヨークタイムズ. 2014年7月16日閲覧.
- 1 2 Nemiroff, R.; Bonnell, J., eds. (12 May 2014). “Illustris Simulation of the Universe”. Astronomy Picture of the Day. NASA. 2014年7月16日閲覧.
- ↑ “2020 Gruber Cosmology Prize”. Gruber Foundation. Yale University. 2026年10月29日閲覧。
- ↑ “ORIGINS Scientist Volker Springel honored with the 2021 Leibniz Prize”. ORIGINS Cluster (2020年12月11日). 2026年10月29日閲覧。
- ↑ “Auriga”. Max Planck Institute for Astrophysics. 2026年10月29日閲覧。
- ↑ “The IllustrisTNG Project”. IllustrisTNG. 2026年10月29日閲覧。
- ↑ “THESAN”. THESAN Project. 2026年10月29日閲覧。
- ↑ “The MillenniumTNG Project”. MillenniumTNG. 2026年10月29日閲覧。
- ↑ “TNG-Cluster”. IllustrisTNG. 2026年10月29日閲覧。
- ↑ “MIT Department of Physics”. web.mit.edu. 2018年11月22日閲覧。
- ↑ Vogelsberger, Mark; Sijacki, Debora; Kereš, Dušan; Springel, Volker; Hernquist, Lars (2012-09-05). “Moving mesh cosmology: numerical techniques and global statistics” (英語). Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 425 (4): 3024–3057. arXiv:1109.1281. Bibcode:2012MNRAS.425.3024V. doi:10.1111/j.1365-2966.2012.21590.x. ISSN 0035-8711.
- ↑ Vogelsberger, Mark; Genel, Shy; Sijacki, Debora; Torrey, Paul; Springel, Volker; Hernquist, Lars (2013-10-23). “A model for cosmological simulations of galaxy formation physics” (英語). Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 436 (4): 3031–3067. arXiv:1305.2913. Bibcode:2013MNRAS.436.3031V. doi:10.1093/mnras/stt1789. ISSN 1365-2966.
- ↑ “Media”. Illustris Project. 2026年10月29日閲覧。
- ↑ Mann, Adam (7 May 2014). “Supercomputers Simulate the Universe in Unprecedented Detail”. Wired 2014年7月18日閲覧。.
- ↑ Volker Springel. “Cosmological simulations with GADGET-2”. Max Planck Institute for Astrophysics. 2026年10月29日閲覧。
- ↑ Nelson, D.; Pillepich, A.; Genel, S.; Vogelsberger, M.; Springel, V.; Torrey, P.; Rodriguez-Gomez, V.; Sijacki, D. et al. (14 May 2014). “The Illustris Simulation: Public Data Release”. Astronomy and Computing 13: 12–37. arXiv:1504.00362. Bibcode:2015A&C....13...12N. doi:10.1016/j.ascom.2015.09.003.
- ↑ “Illustris Data Release API”. Illustris Project. 2026年10月29日閲覧。
- ↑ Meinbresse, Debbie (2018年12月27日). “Stamp of approval”. MIT News. Massachusetts Institute of Technology. 2026年10月29日閲覧。
- ↑ “Illustris”. Galaxy Zoo Blog. 2026年10月29日閲覧。
- ↑ “「GALAXY CRUISE」2023 特別キャンペーンを開催 - 答え合わせのできる銀河を分類しよう”. すばる望遠鏡 (2023年9月10日). 2026年10月29日閲覧。
外部リンク
- プレスリリース - ハーバード・スミソニアン天体物理学センター (2014年5月7日)
- Video (06:44) - "Illustris" Simulation - YouTube
- Video (86:49) - "Search for Life in the Universe" - YouTube - NASAによる解説
- “Galaxy simulations are at last matching reality—and producing surprising insights into cosmic evolution”. Science. 2026年10月29日閲覧。 - サイエンス誌による解説記事