J.D.マーティン

ウィキペディアから、無料の百科事典
J.D. マーティン
J. D. Martin
ナショナルズ時代
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州リッジクレスト
生年月日 (1983-01-02) 1983年1月2日(41歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
220 lb =約99.8 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2001年 MLBドラフト1巡目(全体35位)でクリーブランド・インディアンスから指名
初出場 MLB / 2009年7月20日 ニューヨーク・メッツ戦
KBO / 2014年4月20日 NCダイノス戦
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジョン・デイル・マーティン(John Dale Martin、1983年1月2日 - )は、アメリカ合衆国・カリフォルニア州リッジクレスト出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。現在は、フリーエージェント(FA)。

経歴

プロ入りとインディアンス傘下時代

2001年のMLBドラフトでクリーブランド・インディアンスに1巡目(全体35位)で指名され入団。

2003年にはA+級キンストン・インディアンス(英語版)で5勝3敗、2004年にはA+キンストンで11勝10敗の成績を残した。

2005年はAA級アクロン・ラバーダックスで10試合に登板し、3勝1敗、防御率2.38の成績を残していたが、右肘を故障しトミー・ジョン手術を受けた。これによりシーズン後半を全休した[1]。

2006年前半に復活登板を果たした[2]。

2008年はAA級アクロンで11勝、AAA級バッファロー・バイソンズで1勝を挙げた。11月3日にFAとなった[3]。

ナショナルズ時代

2008年11月24日にワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結んだ。

2009年はAAA級シラキュース・チーフスで開幕を迎え、7月19日にスコット・オルセンの怪我に伴いメジャーに初昇格[4]。20日のニューヨーク・メッツ戦でメジャー初登板初先発。5度目の先発登板となった8月9日のアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦で5回を1失点に抑え、メジャー初勝利を挙げた[5]。この年は15試合に登板し、5勝4敗、防御率4.44の成績を残した。

2010年は1勝5敗の成績にとどまり、オフにマイナー契約で残留した[6]。

2011年はメジャー昇格の機会はなく、AAA級シラキュースでプレーした。オフにFAとなった[6]。

マーリンズ傘下時代

2011年12月2日にマイアミ・マーリンズとマイナー契約を結び、翌年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[6]。2012年はAAA級ニューオーリンズ・ゼファーズで29試合に登板し、6勝9敗、防御率5.95の成績を残したが、オフにFAとなった[6]。

レイズ傘下時代

2013年1月10日にタンパベイ・レイズとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[6]。開幕後はAAA級ダーラム・ブルズに配属され、27試合に登板し、16勝4敗、防御率2.75の成績で、インターナショナルリーグのMVPを獲得した[6]。9月23日にDFAとなった。

サムスン時代

2013年12月12日に、KBOリーグのサムスン・ライオンズと契約した。2014年は24試合(うち先発23試合)に登板し、9勝6敗、防御率4.78の成績を残したが、同年限りで退団した。

サムスン退団後

2015年は所属球団なく、2016年3月31日に独立リーグ・アトランティックリーグのランカスター・バーンストーマーズと契約。

2016年6月9日にワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結んだ[6]。またこの年より本格的にナックルボーラーに転身した[7]。2017年7月5日に自由契約となった[6]。

2018年2月15日にタンパベイ・レイズとマイナー契約を結んだ[6]。この年はAA級モンゴメリー・ビスケッツで25試合(うち先発22試合)に登板し、8勝10敗、防御率4.49の成績を残した[6]。オフにFAとなった[6]。

2019年2月25日にロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結んだ[6]。オフにFAとなった[6]。

脚注

外部リンク